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それは最初の層にすぎない

七月二十四日。獅子神祭り、当日。



どんどんどん、ぴ~ひゃらら



広場からはが聴こえる。

この日のために重ねられてきた音だ。

少々のぎこちなさの奥に、練習の跡がにじむ。



どどんがどんどん ぴ~~ひょろひょろろ どんかっかっ



意外と様になり、粋な拍子と音色を奏でている。



先ほどから、春子とヨシ江は和室にこもっている。


「せっかくのお祭りだ。

思いっきりめかしこんで、父ちゃんをびっくりさせてやろう!」

ヨシ江はそう意気込み、春子の浴衣の着付けを手伝う。


台所の隅の丸椅子に腰掛けながら

皇乃介は春子の支度が終わるのを待っていた。


(着物と何が違うのかはわかんねェが、女には女の世界があるからなァ)


女の支度は長い。これはいつの世も変わらないこと。

そして男には、いささか理解しがたいものだ。

これも、いつの世も変わらない。



ふすまの奥からヨシ江の声が聞こえる。


「ちょっと前はあんなに小さかったのに、もう立派なお姉さんだ。

こんなに成長が早いなんてねぇ。あんたは獅子神様の子かもしれない。」


(ンな、馬鹿な。)

皇之介は苦笑しつつ、なんとなくその声を聞いていた。


「あんたがコウノトリに運ばれてこの村に来てから、

この村は少しだけ、笑顔が増えた。

少しだけ、明るくなった。少しだけ、元気が出てきたんだ。」

「なんで?」

「あんたがいつも笑顔だからだよ。目をキラキラさせてさ。

こんな寂れた村でも、底抜けに明るい。

そんな春子ちゃんを見て、つられてみんな笑うんだ」



突然ヨシ江は妙な事を言いだした。


「・・・いいかい?女の子っていうのは

いつかは親元を離れて、いいひとの嫁になる。

春子ちゃん、あんたを嫁に迎えたい家がたくさんあるんだ。

今回の獅子神祭りでは、あんたを見に、下町から人が来るって噂だよ。」



(・・・なんだって?)



「やだ。はるこ、父ちゃんとずっといっしょにいるもん。」

「・・・そうだねぇ。

春子ちゃん・・・つい最近まで赤ん坊だったんだもんねぇ・・・。

本当ならまだまだお父ちゃんに甘える歳だもんねぇ・・・」


ヨシ江は困ったように言った。



二人の会話を聞いて、皇乃介は動揺した。


ほんの半年ほど前に拾った赤ん坊が、急に大きくなって

男たちに嫁候補として見られるなど、夢にも思わないだろう。


確かに春子は見た目も可愛いし、器量良し。

おまけに素直で明るく、よく笑う。

年頃の男たちが、放っておくわけがない。



(でも、相手がいい男なら、春子にとっては幸せな事だよな。

でも、春子の頭はまだ五歳くらいだぜ?でも・・・)


頭の中を妙な思考がぐるぐると駆け巡る。


(いや・・・そもそも、春子にとっての幸せって、なんなんだ?)



「さぁ出来た!」

ヨシ江の大きな声で我に返り、うつむいていた顔を上げる。


ふすまがススッ・・・とゆっくり開き



「またせてごめんなさい。どうかなぁ・・・?」



軽く照れながら、春子が姿を見せる。


いつも黒髪を雑に結い、もちろん化粧なんてした事がない。

それでも十分に可愛い娘だが


きちんと結い上げられた髪

軽いおしろいと、口元にさした紅。

薄化粧を施した春子は、いつになく整って見えた。


乃亜がくれた浴衣は、そんな春子の魅力を引き立て

いっそう増して華やかに見える。



普段と何もかもが違う娘に

皇乃介はぽかんとくちを半開きにし、目を点にした。


「驚いたろう?正直、あたしも驚いたよ。

こんなにべっぴんさんになっちまうとはね。まるで都にいるお様だ。」

ヨシ江は額に浮かぶ汗をぬぐいながら、満足気に言った。


春子は嬉しそうにはにかむ。

いつの間に、こんなに見目麗しい女性へと成長したのか。

皇乃介はただただ驚き、言葉を失っていた。



______________




ヨシ江に礼を言い、二人が広場へ向かう頃

陽はもう落ちかけていた。


祭りの会場である広場には、立派なやぐらが建ち

いくつもの提灯がぶら下げられている。


いつもはがらんとしているこの広場も

今日は、祭りを見に来たたくさんの人でごった返し

数々の出店が並び、煙と食欲をそそる香りをかもしだす。


たくさんの提灯のおかげで、陽が完全に落ちても広場は明るかった。


村の中央の薄汚れている獅子神の像も、今日だけは丁寧に磨かれ

いつもの老人たちが手を合わせ拝んでいた。




春子は初めて見るお祭りに目を輝かせ

きょろきょろと周りを見ながら歩いている。


「あんまりよそ見してると転ぶぞ」


皇之介は自然と春子の手をとる。

春子はその手を握り返し

えへへ、と無邪気な笑みを浮かべ、皇乃介を見上げるのだ。



すれ違う人は皆、ちらちらと春子を見る。

それがわかった皇乃介は、内心鼻高々だ。



───ふいに、若者に肩をぶつけられた。

そして


「なんだ。男がいるんじゃねぇか」

その若者はそう吐き捨て、去って行った。


どうやら皇乃介が、春子の恋人だと誤解したらしい。



当たり前だ。

見た目は成人の男と女。事情を知らない輩には、親子とは見られまい。


(今のが下町から春子を見に来た輩か?)


まるでチンピラのような男だった。

冗談じゃない。あんな輩どもに春子をくれてやるものか。

皇乃介は獣のような威嚇の目を向けた。


「・・・気をつけろよ。」

皇乃介は春子に声をかけ、改めてつないだ手を強く握る。

「うん!」

何に気を付けるのかはわからないだろうが、春子はまた笑顔で答えた。



並ぶ出店の眺めながら、ゆっくり歩く。

すると、ふいに春子が足を止めた。


春子の目線の先を追うと、そこには工芸品が並んだ屋台があった。

帯留め、根付、色とりどりのかんざし・・・。


(そっか、女の子はこういう物が好きなのか)


「どれがほしい?買ってやるよ」

皇之助がそう聞くと、春子は

「いいの!?」

と声をあげ、目をキラキラと輝かせた。



その屋台に近づき、並んでるかんざしをじっくりと吟味する。



「これにする!」

淡い水色のかんざしを手に取った。

「桃色じゃなくていいのか?」

春子はコクリと頷いた。


勘定を済ませ、春子の結い上げた髪の毛にスッと差し込む。


「えへへ、にあうー?」

「あぁ、似合うよ。

でも、なんで水色を選んだんだ?いつもだったら桃色だろ」

「だって、このかんざしが呼んでたんだもん。」

「呼んでた?」


春子は少し考え・・・口を開いた。


「このかんざしが・・・いってるの。

たいへんだって。たすけてって。はるこにいってる。」

「大変?」


神妙な顔つきをして春子が歩き出した。


「せかいが・・・えっと、ぼろぼろになっちゃう・・・」


皇乃介は慌てて春子の後を追い、再び手をつなぐ。

そして、歩きながらその話を聞いた。


「世界がぼろぼろに?」

「これからぼろぼろ・・・こわれちゃう。

これは、もうきまってるの。しかたないの。さけられないの。」

「・・・。」

「だから、こわれるまえに、・・・かこにもどって、やりなおすの。」

「誰が?春子がか?」





「んーん。────ししがみさまが。」





皇乃介は、春子の横顔を見つめた。

背筋をスッと何かが一瞬触れたような、小さな違和感を覚える。


何がなんだかわからない。さっぱりわからないが

しかし・・・


いくつもの、謎という名の層に包まれ、

その奥に触れてはいけない真実が存在する───

その一つ目の層に触れてしまったような・・・そんな感覚に陥った。


所詮は子供のかもしれない。

だがその一言で片づけられない。

ただの思い付きでは出てこない言葉の羅列、未来、世界───崩壊。


「そ、そうか・・・。じゃあ、そのかんざしさんをたすけてやんなきゃなァ」

「うん!かんざしさんには『しめい』があるの!

このかんざしをつかうと、かこに」


ふいに、前から団体客が押し寄せてきた。

圧力に負け、春子の手が離れる。


「わわっ、父ちゃん!」

「春子!」


あっという間に人混みに流されて、二人ははぐれてしまった。




団体客が遠ざかっていっても、今宵の広場はすし詰め状態。

皇乃介は焦り、娘の姿を探した。


「春子!・・・春子!!」

名を呼びながら、人混みをかきわける。


すると目の前に、真っ赤な大きい玉がぬっと現れた。

「父ちゃん!あっちにりんごあめうってた!父ちゃんの分もかってきたよ!」


春子は相も変わらず能天気だ。

皇乃介は安堵のため息をついた。


「春子、お話に夢中になるのはいいけど、

ちゃんと前を見て歩かなきゃだめだろ?」

「あっ、ごめんなさい」

「無事ならいいんだ、あぁ、びっくりした。もう手を離すなよ」



広場の隅っこ、ほんの小さな隙間で立ち止まり

二人でりんご飴をかじる。


皇乃介は先ほどの感触を思い出す。


───手と手が離れた瞬間、あっけなく目の前で離れていった。

しまった!という一瞬の狼狽、そしてサァッと血の気が引く焦燥感。


春子はすぐに見つかった(しかもりんご飴つき)から良かったものの

あのまま見つからなかったら・・・


嫌な想像を振り払うよう、彼は大きく被りを振る。


小さな油断は、時に大きな過ちを呼ぶ。

彼は一口だけかじったりんご飴を見つめた。


春子が人混みに飲み込まれていく瞬間。

小さな焦りは、一瞬で大きなものと変わった。



春子はいつか、ああやって自分の元から離れていくのではないか。


竹取物語ではないが、どこぞの使者が突然現れて、春子を連れて去って行く・・・

そんな想像が脳裏をかすめる。



隣に立つ春子は、口の周りをべたべたにして

りんご飴と格闘している。

皇乃介の心中などどこ吹く風、だ。



「謎の子よ、君は誰・・・ってか。」



皇乃介は空を見上げた。

雲一つない綺麗な空に、小さな三日月が静かに輝いている。


未来の事など考えたことが無かった。

自由気ままに過ごし、特別生きがいなどと言えるものもない。

遠い過去には・・・何か目的があった気がするが

それもとっくの昔に忘れていた。


春子が目の前に現れ、退屈な毎日にりがつき

『守る者』がいる喜びを知った。


それが彼にとって、『生き甲斐』と呼べるものに

知らず知らずのうちに変化していたのだ。


(・・・なんで、こんなに不安なんだ)


得体の知れない、もやのようなものが心の奥からゆっくりと吹き出し

彼の脳内を染めていく。



彼の心には、恐怖が生まれていた。

───春子を失う事に。



だが、彼にはまだその自覚が無い。

自分が何に恐れているのか、それどころか

今まで、恐れるという感覚を味わった事がなかった。


(・・・一体俺はどうしちまったっていうんだ)


後ろ向きな気持ちを取っ払おうと、りんご飴をガリッと乱暴にかじる。




また思考の内側にこもり始めそうになった時

ドォン!!と大きな音が鳴り、小さな光が上空へ昇った。


春子は驚いて空を見上げる。


その小さな光はパッと弾け

夜空に鮮やかな花が咲き誇る。



「うわぁ・・・!父ちゃん、あれなぁに?」

「打ち上げ花火だよ。」

「うち、あげ・・・はなび・・・?」



続けて二発目、三発目。

ドォン!!・・・パラパラパラ・・・



「父ちゃん、はなび、すごい!!きれい!!おおきい!!」

「そうだな。」



春子は夢中になって花火を見ている。



「父ちゃん」



春子は皇之介の目を見て、言った。


「たのしいね!」

「あァ、楽しいな。」

「いっぱいたのしい!父ちゃんといっしょだからだよ!

はること父ちゃんはずっといっしょだよ!やくそく!」


色とりどりの花火に照らされて微笑む春子は、花火より何倍も美しく


その顔は、微笑みは、どこかで見たことが・・・





────もう 私を 縛るものは ないんです  





ぽとり

彼が手にしていたりんご飴が、指からするりと離れ、地面に落ちる。


昔この村にいた少女。

いつもおとなしく、下を向いていた。


「みね・・・こ・・・?」



皇乃介は小さく呟いた。

しかしその呟きも、次々打ちあがる花火の音にかき消される。





────この村を出て 旅に出ようかと





ドォン!・・・パラパラパラ・・・

花火の音が、徐々に小さくなっていく。



たーまやー

誰かが叫んだ。


観客の歓声や、花火が打ちあがる音も、何もかもが小さく聞こえる。

まるで現実が彼から遠ざかっていくかのように。


そしてそれと相反して

思い出の中の声が、やけに鮮明に聞こえた。





────巫女になりたいんです そのために





思い出した。

ずっと、頭の片隅で眠っていた記憶─────


前々から、感じていた違和感。

春子が成長するたびに、その違和感は大きくなっていく

そして今の春子の姿は二十歳を少しすぎたほど。


その姿は

遠い過去にこの村を出ていった、峰子という女と瓜二つなのた。


なぜ気づけなかったのだろうか。

背格好、顔立ち、声色、・・・こんなに似ているのに。


彼女が去り際に見せた、最初で最後の笑顔。

その笑顔が、今春子が浮かべた表情とぴったりと重なる。




ドオォン・・・!!

最後に一番大きく、派手な花火が上がった。




わあぁ・・・!

広場にいた観客が一層大きな声を上げる。


大空を埋めつくすように、大輪の花が鮮やかに咲いた。

そしてその美しさは、あっけなく一瞬でパラパラ・・・と散る。



春子は夢中で拍手をしていた。



「もうはなび、ないの?」

「・・・あァ。あれが最後だ。」


皇乃介は平静を装ったが、声は震えていた。


観客たちは、帰り支度を始める。

ござをしいて酒盛りをしている奴らはまだ続けるようだが。


「えー、つまんない!」

春子は皇乃介の動揺に気づかなず、祭りの終わりに不満を垂れている。



謎が謎を呼び、混乱が渦を巻く。

皇乃介は再び、もやもやとこみ上げてくる不安に襲われた。


気づかないうちに、はまっていたのだ。

正体不明な存在が仕組んだ、巧妙な罠に。

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