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夏の夕暮れ、満ちてゆく心

いつの間にか、季節は夏を迎えていた。


照り続ける日差しは強く、汗で肌に張り付くが気持ち悪い。


そして、もはや春子の姿は成人女性そのもの。

乃亜と同い年、といってもおかしくない。


今でも春子についてやたらと気にする人間はいる。


興味や好奇心、それだけにとどまらず

『あれは人間じゃない。妖怪だ』

などと言ってヨシ江に強烈な平手打ちをくらった男もいた。


だが、それを気にし続けて何になるだろう。

なんであろうと、春子は春子。

可愛らしい、大事な一人娘。


皇乃介は無理にでもそう考えるようにしていた。




ある日書物を買いに出た皇之助は

若い男たちが木材を運んでいるのを見た。


「あっ、皇乃介さん!こんちわ!」

こんがりと肌を焼いた青年が、挨拶をしてきた。

工具を肩にかつぎ、随分と上機嫌だ。


「ん?・・・あっ。もしかして、祭りの準備か?」

皇乃介が問うと、青年は一枚のチラシを差し出してきた。


「ご名答っす!今年も張り切って”やぐら”を建てますよ!」



『七月二十四日 獅子神祭リ 開催。』



チラシには祭りの開催日が記されていた。


「へぇ、頑張ってな。」

「うぃっす!皇乃介さんも祭り来てくださいよ、春子ちゃんと一緒に!」

そう言って白い歯を見せ、広場へ向かっていった。


陰気さを一切感じさせない笑顔だ。

彼が特別明るい性分、というわけではない。


婦人が二人チラシを手にし、談笑しながら通り過ぎて行った。

茶屋で一服する若者も、団子を食いながら店主と笑っている。


皆、祭りが楽しみなのだろう。



「そっか。もうそんな時期か。」

春子の事ばかり考え、皇乃介の頭からは祭りのことなどすっぽ抜けていた。


”獅子神祭り”。


大和村の救い主、獅子神への感謝の意を込めて・・・というのは表向き。

豊作と、村の繁栄を願い行う祭りだ。

神になど見向きもしない村民だが、祭りの名前から、この日だけは獅子神の存在を思い出す。


辺鄙な村の祭りでも一応名物扱いらしく、下町から遊びに来る人間も多い。




(一年に一度、この日だけ、村は以前の活気を取り戻すんだ。

・・・まるであの頃みたいに・・・。)




───小さな島国『ヒイズル』。


その島国の、山奥に位置する大和村。

最初からこんなさびれた村では無かった。


あれは気の遠くなるほど昔の事

他国の男が迷い込んできた。


親切な村人はその男を手厚くもてなした。

しかしその男は、病原菌を体内に隠し持っていたのだ。



『コロリ』



感染力は恐ろしいほど強く、発症してから数日で死が訪れため

三日コロリと呼ばれることもあった。

(正式な病名はコレラ)


村人は次々に倒れる。


その事を知った、都の君主は

大和村を住民ごと焼き討ちにすることを命じた。


次々と飛ぶ、火のついた矢。

村はごうごうと燃える。


死ぬ事を拒んだ村人は、藁にもすがる思いで神を呼び出した。

────祈りをささげたその身に神を降ろす儀式



 『アンモニカ』



熱心に祈る一人の村人の身に神は降りた。

降霊術ならぬ、あえていうならば降神術といったところか。


その時降りた神が『獅子神』。


赤い目をしたその神はは村人に火縄銃を与え、抗う力を得た村民は

都から襲い来る武士をかたっぱしから撃った。


そして武士どもは撤退し、村は守られたという。


だが村民は、信じる心を失くした。

病原菌ごと焼き払おうとした都を、心底恨み心を閉ざした。



(んで、コロリもなんとなく収束して、寂れた村の出来上がり。めでたしめでたし、と)



病原菌が消え去った理由ははっきりとされていない。

獅子神が消し去ってくれた、と曖昧に伝えられてはいるが。



(神話ってのは、ご都合主義なところがあるからなァ)



物思いにふけり、ぼうっと立ち尽くしていると


「あ!皇乃介!」


ふいに名を呼ばれ我に返る。

乃亜だ。


暑い暑い、と手で顔を仰ぎながら


「ちょうどアンタのとこへ行こうと思ってたんだよ!」

「ん?」

「実は春子ちゃんに渡したい物があってね」


乃亜は、もう片方の手で持っている風呂敷包みを得意げに見せた。


「なんだ?それ」

「開けてみてのお楽しみだよ!」



______________




家の前まで戻ると、中から春子の悲鳴が聞こえた。


「うわあああん、どうしよ~~~!」


皇乃介と乃亜は顔を見合わせ引き戸を開ける。



するとそこには両手で鈍器のような物を握り

振り回している春子の姿があった。


「お、おい!どうしたんだ!」

「父ちゃん!たすけて~~~~!」


すっかり冷静さを失っていた春子は、皇乃介に向かって鈍器を振る。



パシン。



「・・・落ち着け。」

「はい・・・。」



春子は肩で息をしながら動きを止めた。


皇乃介が白刃取りのように受け止めたものは

『包丁が刺さったスイカ』であった。




と事情を話す春子を見て、ノアは腹を抱えて笑った。


「スイカを切ろうとして包丁を刺して、

スイカは切れないし包丁は抜けなくるし・・・

それでぶんぶん振り回してたってわけね!?」


しゅんとした顔をした春子は、小さな声で、うん、と答えた。


「あのね、父ちゃんによろこんでほしくて・・・」



春子の話を要約するとこうだ。



_________




買い物に出かけた春子は八百屋で『見慣れない野菜』を見かけた。


それは小さなスイカ。

夏になるとたまに棚に並ぶが、随分と高値がつけられる。

・・・きっと山を下りたところにある下町の

三倍以上の値段はついているだろう。


春子は物珍しそうにスイカを見ていた。

すると八百屋の親父がニヤニヤしながら


「お嬢ちゃん、それが気になるのかい?」

と声をかけてきたそうだ。


素直に、うん、と頷き

「これ、なぁに?」

と聞く春子に


「それはスイカっつうんだ。真っ二つに割ると中身は真っ赤で甘い。

皮はぬか漬けにすれば漬物になる。」


親父の説明に、春子は興味津々に耳を傾けていた。


「そういやぁ、お前さんの父ちゃんの好物だっけなぁ」

「そうなの?」

「あぁ、家に帰ってスイカがあったら父ちゃん喜ぶだろうなぁ。

お前さんの細腕でも、さびた包丁でも簡単に切れるさ。

真っ赤な実に、こうやってかぶりつくのが、最高にうまいんだ。

中のちっさな黒い種を庭に撒けば、根が出て芽が出て・・・

たくさんのスイカが実るかもしんねぇぞ?」


親父は大げさな身振り手振りで話し続ける。

高額な値がつけられたスイカは、なかなか売れることがないのだ。


春子は目を輝かせながら言った。

「これくださいな!」



_________




皇乃介は眉間にしわを寄せる。

「・・・あとで八百屋の親父に文句言ってやらねェとな。

春子に怪我でもあったらどうしてくれるんだ。」


笑い疲れた乃亜は息を整え言った。

「まぁ、いいじゃん。せっかく買ったんだし食べようよ。」


「そうするか・・・」

スイカに刺さった包丁をさっと引き抜き、いとも簡単に六等分に切る。


「父ちゃんすごい!」

「うんうん、すごいね~」


乃亜は適当に相槌を打ち、春子と一切れずつ手にとりかぶりついた。


「お前も食うのかよ。」

「なぁに、悪い?あ、塩ちょうだい」


皇乃介のつっこみに全く悪びれず、乃亜はスイカに塩をかける。




「・・・あぁそうだ!ウチはスイカを食べに来たんじゃないんだよ!」

「お前、そう言いながら二切れも食ってんじゃねェか」


乃亜は手ぬぐいで入念に手を拭き、風呂敷包みを台に置き、広げた。


「うわあ、きれい!!」

春子は風呂敷の中身を見て目を輝かせる。



淡い花模様の桃色の浴衣。そして赤い帯。



「春子ちゃんに似合いそうだなと思ってさ、買ってきたんだ。

春子ちゃん桃色好きだもんね~」

乃亜は得意げに胸を張る。


春子の好きな色は桃色。何を選ぶにも、常に桃色一択だ。


「これはいい浴衣だな・・・。でも、高いんだろ」

「野暮なことは言わないでよ、これはウチからの贈り物」


春子は浴衣を抱きしめて小躍りしている。


「もうすぐ獅子神祭りじゃん?これ着て行っといでよ」

「ありがとう。乃亜は行かねェのか?」

「ウチは仕事があるからね。獅子神がどうなっても、村がどうなっても

給仕の仕事は休めないのさ。」



_________




広場では獅子神祭りの準備が始まった。

男達は『やぐら』を建てるために資材を運ぶ。


皇乃介と春子はその様子を見ていた。


「あれはなぁに?」

「この広場に、でっかい・・・なんていうのかなァ。お祭りの象徴が建つんだ。」


へぇー!と感嘆の声を漏らしながら

「たのしみだね!父ちゃん!」

春子は皇乃介の手を握り、嬉しそうに言った。


祭りなど気にしたことも無い皇乃介であったが

春子が隣にいる今、少々心が躍る。


皇乃介の右手を握る、一回り小さな柔らかい手

その手のぬくもりは

”無慈悲な盗賊”を演じていた皇乃介の心を、優しくほどいていった。


「俺もまだまだ甘ェなァ」


ぽつり呟き、彼は空いた方の手で頭をぼりぼりとかいた。

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