盗賊、天道皇乃介
ここは山奥、人里離れた小さな村。
質素な和風家屋が並ぶこの村。
その様子は、遥か昔、江戸時代の頃の日本を思わせる。
この村には活気のカケラも無い。
それに冬のせいだろうか、景色はより一層寂れて見えた。
呉服屋、八百屋、魚屋。
店の数は少ない。
瘦せこけた店主が、生気の無い顔で店の奥に座っていた。
店に並ぶ品数は少なく、高値がつけられている。
疲れた顔で歩く、よれた着物姿の女。
茶屋でうつむき一服する若者。
よたよたと杖をついて歩く老人。
それでも子供たちだけは、元気に走り回っている。
いつもと変わらぬ風景。
そんな様子を見ながら、一人の男が歩いていた。
長くもなく短くもない黒い髪、歳は三十路近いだろうか。
中肉中背、顔立ちもまぁ悪くは無い。
ほころびの多い紺色のを着た、どこにでもいるような普通の男だ。
この道を抜ければ広場に出る。
ひとつ、木枯らしが吹いた。
───ばさっ
突然、一枚の人相書(現代でいう指名手配)が風にのって
男の顔に張り付いた。
男は紙を顔から剥がし、文面を読む。
『背 五尺八寸(170センチほど)
黒地に金色の刺繍の装束 頭巾に福面 ───』
(※福面とは、口元を覆い隠す物。現代でいうマスク)
この男、昼はただの貧乏くさいその日暮らしだが──夜は別の顔を持つ。
何処にも属さない、たった一人の盗賊。
名を、天道皇乃介という。
(街はずれに住む富豪のオヤジ・・・今夜、旅から戻るだろう)
皇之介は目を閉じ考えた。
(まず失敗はない)
しばらく供物と老人たちを眺めていたが、踵を返し帰路につく。
人相書は丸めて投げ捨てた。
村はずれの竹林の中、小さな神社がひっそりと佇んでいる。
神社と呼んでいいのかもわからない、祠のようなものだ。
塗装の剥がれた鳥居、誰も銭を投げ入れない賽銭箱。
そして、風が吹くたびに軋む音を鳴らす社。
管理する宮司も巫女もいない。
とうの昔───、一人巫女がいた気がするが、彼にはうまく思い出せなかった。
無言で銭を投げ、手を合わせ目を閉じた。
そして社の扉を開け、中に祀られる小さな石像を見る。
『獅子神』
かつてこの村を救った、守り神。
その像はいくつもの小さなヒビが入り、欠けた部分さえある。
修理する者などいない。
それどころか、こうして神社に訪れる者さえ、今はいなかった。
信仰心は長い時間を経て、村人の心から消え去っていた。
『大和村 部外者ノ立チ入リヲ禁ズ』
小さな音をたて、入口の看板が傾く。
地図にも載らない辺鄙で小さな、変わり者が集まり暮らす村。
物語は、この場を舞台にして始まる。
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冬は日が暮れるのが早い。
食事を終え、夜更けが来るまで書物などに目を遠し暇を潰す。
───そして次第に夜の闇が濃くなり、人の声や足音が消える。
遠くから酔っ払いの喧噪が聞こえる程度だ。
「・・・そろそろ時間か。」
皇之介は一人呟き、フッと息を吹き手元の蝋燭の火を消した。
辺りは静寂と闇だけが残る。
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裏道から村を出て、真っ暗な山道をる。
この山を降りたところに下町がある。
今夜の獲物はそこに出向き
あくどいやり方で巻き上げた金を抱えて村に帰るつもりだ。
───その金を、横からかすめとってやろう
皇乃介は隠した口元に、薄く笑みを浮かべた。
ちょうど大和村と下町との中間辺り。
皇乃介は茂みの中で気配を殺す。
(もうすぐ馬車がこの辺りを通るはずだ・・・)
腰に下げた愛刀の柄に手を添える。
(雇いの用心棒は、四人程度だろう)
しばらく待つと
がらがらがら・・・車輪の音が聞こえてきた。
遠くから小さく聞こえるその音は、あっという間に近くなり
馬の荒い息遣い、そしてひづめの音が辺りに響く。
(来たな・・・)
皇乃介は茂みから飛び出し、大きく跳躍し馬車の屋根に飛び乗った。
突然の衝撃に驚いた馬は暴れ始め、馬車は大きく揺れる。
想定外の人物の登場に御者(馬車を運転する者)は
心臓が飛び出んばかりに驚いた。
「ま、まさか、盗賊・・・?」
御者は馬車の屋根を見上げ、上ずった声で叫ぶ。
そこには、
昼間の顔 ───ほころびの多い袴を脱いで
黒地にの刺繍が入った忍び装束を身にまとう
『人相書』に書かれた盗賊の姿があった。
馬車についている小さなランタンが、刺繍を照らしチラチラと光る。
忍び装束にしてはいささか派手であるが
ただの地味な盗賊にはなり下がらない、それが彼のこだわりであった。
「フッ。俺も随分有名になったもんだなァ。」
彼は煽るように笑った。
屋根から飛び降り、御者を蹴り飛ばす。
そして愛刀をスラリと抜き、手綱を斬った。
自由になった馬はあっという間に逃げていき、馬車はぐらぐらと揺れたが
横転せず動きを止めた。
御者は道に転がり落ち、這いつくばり逃げようとする。
「た、助けてくれえ・・・!」
どうも腰を抜かし、立てないようだ。
静かになった馬車の中に入ると、襟をはだけ、肩を露出させた遊女が二人。
そしてその奥に中年の男が震えながら後ずさりをしていた。
「まさか女を盾にするつもりか?」
皇之介は愛刀『獅子闘辛志』の刃先を向け、告げる。
「今すぐ全財産を差し出すか、ここで殺されるか、どちらか選べ」
今日の獲物───
趣味の悪い柄の着物。
油でぬらぬらと光る頭。贅肉だらけのだらしない体。
村はずれの屋敷で高利貸をとする男だ。
借用書に伴を押させ金を貸した後、ケタ外れの利子を請求し
どれだけの人間が苦しんだか。
男は、目を白黒させながら叫ぶ。
「よ、用心棒!!・・・こいつを・・・」
しかしすでに皇之介は”用心棒”とやらをみねうちで気絶させていた。
その数予測通り四人。
男は額から脂汗を流し、大きな袋を目の前に出した。
「この中に金が」
言い終える間もなく、皇乃介の刀が素早くその袋を斬り裂く
ボトボトボト・・・と、中身が落ちた。
金ではなく、ただの羊羹だった。
「嘘をつくなら、もう少しうまくつくんだな」
皇之介はまた愛刀を勢いよく振り、遊女達が悲鳴をあげた。
獲物の背後にある米俵をズバズバッと斬った。
切り裂かれた米俵から、勢いよく米が流れ落ちていく。
ある程度流れきった後
奥底に隠されてあったのだろう、金の延べ棒が出てきた。
泡を吹いて気を失っている下衆どもをし
「こいつァもらってくぜ。」
金の延べ棒を抱え
馬車から抜け出し、その場から走り去った。
誰一人、命を奪うどころか傷一つ負わせていない。
そして盗んだ金の延べ棒は、下衆が悪事をい得た賄賂だ。
盗みは華麗に、されど非道はせず。
殺しを嫌い、狙う獲物は悪者のみ。
───彼は、盗賊にあらず”義賊”であった。
風を切るように茂みの中を駆け抜ける。
「こいつァでかい収穫だ・・・!」
脇に抱えた金の延べ棒のズシリとした重さは
彼にこの上無い達成感を感じさせる。
ふと
「盗賊を捕まえろ!」
───遥か後方で声が聞こえた。
先程逃げた御者が呼んだのだろう。
松明の明かりが一つ、二つ・・・増えていく。
皇乃介は、舌打ちをひとつ漏らした。
「下町の奉行所の奴らか。相変わらず面倒くせェな・・・」
このまま走り続けるより、暗闇に隠れてやり過ごす方が得策だろう。
走るのをやめ、草木の中に飛び込む。
隠れて気配を消し、周囲の声や気配に神経を研ぎ澄ます。
次第に追手が近づいてきた。
頼りない灯りを振り回し、辺りを見回す役人達。
自分の存在に気付いている人間はいなそうだ。
「いないな・・・どこへ逃げた?」
「こんな真っ暗じゃ一寸先も見えんな・・・」
「どこから奇襲をかけてくるかわからん。気を抜くな」
彼らが会話するすぐ近くの茂みに、皇乃介は隠れていた。
(俺のいる真ん前で悠長にお話かよ。鈍い奴らだ。)
皇之介は気配を消すことに集中しつつ
心の中で、『盗賊探し』に必死な役人を煽る。
だがその時、足元に何か塊があることに気づいた。
(野生動物の死骸か・・・?)
灯一つ無い山の茂みの中とはいえ、うっかり踏んでしまうところだった。
皇之介はその塊が何か、覗き込んでみる。
───なぜ気づかなかったのだろう
「!!!」
玄人の盗賊でありながら、思わず声が出るところだった。
足元の塊は、小さな赤ん坊だった。
(な、なんでこんなところに!?誰かが捨てたのか? )
皇之介は、すやすやと眠る赤子を見ながら硬直した。
相変わらず役人達はすぐそばにいたが
「ここいらじゃないみたいだな。もっと遠くを探してみるか」
「あぁ、俺はあっちを見てみる。反対方向を頼む。」
ありがたい事に、分散しこの場を離れてくれるようだ。
少々取り乱したが、役人が遠ざかった事で
皇乃介は落ち着きを取り戻した。
(真冬にこんな山奥に捨てるなんて。
ここで寝てたら大人でも凍死しちまうって・・・)
信じられない事に、赤子は気持ちよさそうにすやすやと眠っている。
だがもし、この赤子が泣き出せば・・・役人たちを引き付けてしまうだろう。
(このまま役人たちが俺を探し続けてくれれば
この赤ん坊を見つけて保護してくれんだろ。
この子はあいつらに任せて、今のうちにとんずらするか・・・)
皇之介はそーっと、その場から離れようとした。
すると。
「ウ・・・ウゥ・・・ぐしゅ・・・」
(ぐずりだした!?)
皇之介は中腰の姿勢のまま動きを止め、赤子の方を振り返った。
気持ちよさそうに寝ていたのにいきなりぐずり始め
今にも泣きそうな顔になっている。
(このままじゃ俺まで見つかっちまうじゃねぇか!)
赤子の様子を見ている間に、役人達はまた戻ってきたようだ。
「・・・何か聞こえないか?」
役人が辺りを見回している。
(まずい・・・・)
皇乃介は慌てた。
獲物に逃げられた事も、盗み損ねた事も、誰かに捕まった事もない。
危機すら一度も味わった事もないのに
こんな異例の事態のせいで、盗みを失敗
・・・下手すればお縄につくなど、あってはならない事。
皇乃介は慌てた。慌てすぎた。
さっさと自慢の俊足で逃げればいいものを、わけのわからない行動をした。
「よ~しよし、いい子だ・・・泣くな~・・・」
皇之介は場を離れるのをやめ、金を地面に置き
赤子の頭を撫で始めた。
その所業、世間を騒がせる盗賊らしからぬ行為。
額に冷や汗が流れる。
これがまた驚いたことに、赤子は皇之介の下手なあやしに安心し
再びすうすうと寝息を立て始めた。
(これでよし・・・このままそっと逃げ・・・)
「ギャアアアアアアアン!!!!!」
立ち上がろうとしたその瞬間、赤子は大声で泣き叫んだ。
皇乃介は心臓を跳ね上げ、再び座り込み赤子の頭を撫でる。
(な、なんで俺がこんなこと・・・)
頭を撫でられた赤子はピタリと泣き止み、すうすうと寝息をたてる。
(・・・どうしたらいいんだ)
汗で全身が濡れている。
びしょびしょになった忍び装束が体に張り付き
通り抜ける風が、体を冷やしていく。
だがそんな事を気にしている余裕もない。
賞金すらかけられている彼は
ここで捕まれば打ち首は免れられないだろう。
「・・・おい、そこにいるのは誰だ・・・?」
気づけば灯を持つ人影が間近にいた。
(見つかった!!)
皇之介は反射的に、傍らに置いた大事な宝を抱えて走り出した。
「待て!」「逃げるな!!」「盗賊を見つけたぞ!!!」
後方から声を投げられ、バタバタという足音が追ってくる。
山道を駆け降り、追手を撒いて村の中へ逃げこむ。
「なんとか逃げきれそうだ!もちろん延べ棒も、あっ・・・・あれ?」
小脇に抱える『宝』は
確かにずしりと重たいが、金の延べ棒にしてはやわらかい。
「な、なん、なんてこった!!!俺とした事が!!!」
皇乃介が、金の延べ棒と思って抱えていたのは───赤子だった。
赤子は、嬉しそうにキャッキャと笑っている。
畜生ーーーー!!
心の中での悲痛な叫び。夜空は凍えるように寒かった。




