血色の空に落ちる
ラヴィリアはよろめきながら、足を止めた。
愛用のライフルを地面に落とし、膝に手をつき、肩で息をする。
城下町を走り抜け、城門で邪魔をする見張り兵を殴り倒し
一本道を走ってきた。
そこは、皇乃介が血だらけで倒れていた場所。
「ラヴィリアさん・・・」
追いついた峰子が、小さく声をかける。
ラヴィリアは峰子の両肩をつかんだ。
「し・・・死ななきゃいけないなんて言うな!!
峰子が生きてても世界も滅びない方法が、きっとあるよ!
今はここから逃げろ!!アタシが、時間稼ぎするから・・・!」
峰子は一瞬驚いた様子を見せたが、視線を落とす。
舗装された道は干からび、小さな亀裂が走っていた。
美しかった草原は、今やどろどろに腐った芝生が一面を覆い
鼻をつく異臭を漂わせている。
「・・・ありがとう。でも」
───ごめんなさい。
そう言って、峰子はライフルを拾う。
そしてラヴィリアに銃口を向けた。
ラヴィリアはゆっくりと両手を挙げる。
「もうすぐ追手が来る。この場から離れて」
ラヴィリアは一歩、二歩と退く。
だが峰子が引き金に指を当てていない事は、彼女には見えていた。
二人を追ってきた乃亜が、ラヴィリアに叫ぶ。
「ここはウチがなんとかするから、城に戻って!礼拝堂の消火を!!」
「で、でも・・・」
「早く!!」
ラヴィリアは一つ息を吐き
「峰子を・・・頼みます!」
そう言って、走っていった。
一つ深く息を吐き、乃亜が言った。
「まだ、思い出せないの?ウチらの事」
峰子の瞳が、またかすかに揺れる。
─────ザザ・・・
気にしすぎだよ
巫女の言うことなんて いちいち気にしてどうすんの?
がんばらないと 仲間になれないって言われた?
よくわかんないけど 特に意味はないんじゃない?
峰子は それでいいの?
他人に軸をゆだねて生きて
自分の価値は 自分で決めるもんだよ?
「峰子の事を煙たく思う奴ばっかじゃないよ。
ウチや、ラヴィリアや・・・味方だっているんだ」
峰子は戸惑いながら、女の顔を見る。
「乃亜・・・さん」
「いたぞ!あそこだ!!」
突然響いた声に、峰子と乃亜はその方向を振り返った。
一人の兵士が、こちらを指さしている。
それに呼応するように、兵士たちは雄たけびを上げる。
その声は徐々に大きくなり、近づいてきた。
彼らの先陣をきっているのはザリだった。
遠くに見えていた赤いシルエットが、次第にはっきりと形を現す。
彼の後ろには大勢の兵士がずらりと並んでいる。
彼は乱れる呼吸を整えながら、無言でレイピアを抜いた。
「・・・俺のミスだ。尻ぬぐいぐらいは、させてくれ」
レイピアを一度大きく振り、切っ先を峰子に向ける。
─────ザザッ
お前は ちょっと人を信じすぎるところがあるな
少しは 疑う事を覚えたほうがいい
人間は 腐った部分が自分自身だ
お前にもいずれわかるさ
─────・・・ザザザッ・・・
閉鎖的な村で育ち
助けてくれた者もいたと言うが
お前はまだ何も知らない
偽善と本物の違いが
全てにおいて疑惑を持つといい そのうち真実がわかる
レイピアの切っ先が光る。
「総長・・・私を・・・・」
「悪かった。俺が間違えていた。お前は・・・あのまま眠らせるべきだった。」
光は強さを増し、大きくなっていく。
レイピアを握る彼もまた、その光が放つ強烈な圧力に必死で耐えていた。
踏ん張る彼の足は、じわじわと後ろへ押しやられ、地面を削っていく。
空気の振動は、地面を震わせるほどに変わった。
「俺の体にある、全部のエネルギーを込める!
せめて、苦しまないように、逝かせてやるから・・・!」
峰子は目を閉じ、小さく両手を広げた。
「・・・どうぞ」
レイピアの切っ先には輝く大きな球体が膨らみ、プラズマを発する。
まるで、生まれたばかりの星の発光。
直視すれば、目を焼かれてしまいそうだ。
乃亜は眩しい光を避けるように手で目を覆い、叫び声をあげた。
「ふざけんな!!
アンタのしてることは、思い通りに育たなかった子を見捨てる親と同じだ!
こんなの、納得できない!!」
突風に弾かれ帽子が飛び、ザリの苦悶の表情をあらわにした。
金色に輝く髪が大きくはためく。
「・・・俺だって・・・納得してるわけではない!!!」
限界まで膨張した輝く球体は、弾かれたよう勢いよく飛ぶ。
全てを受け入れ、静かに立つ峰子に向かって。
───地面がえぐれるほどの激しい衝撃。
「峰子ーーーっ!!」
乃亜の悲鳴のような声は、激しい衝撃音に消される。
突風が吹き荒れ、辺り一面に土煙が舞い上がる。
峰子の耳に、小さな囁きが聞こえた。
─────おもいだして
(え・・・?)
峰子は目を開けた。
─────だれに あいたかったの?
目の前に立つのは、黒装束の背中。
腕を顔の前で交差させ、峰子を守るように立つ。
その黒装束はところどころ破れ
地面に血が、ぽた・・・ぽた、とゆっくり垂れる。
また、小鳥のさえずりのような声がそっと囁いた。
─────あなたの だいすきな ひとは だれ?
───ザザザッ・・・
私は言わなかった
一緒に来てください と
彼は 言わなかった
ついていこうか と
照れながら頭をかく その仕草
自分の頭をポンポンと撫でる 大きな手
悪い なんか可愛くて つい
そう言って
困ったように でも嬉しそうに 笑っていた
いつも お日様みたいな笑顔を 向けてくれた
小さな村の 小さな神社で
───わたしたちは であった
・・・ドクン・・・
峰子を守り、血を流すその姿。
あの日脈打つ事をやめた彼女の”心”は、再び動き出した。
・・・ドクン ・・・ドクン
涙が、次から次へとこぼれ落ちる。
皇乃介は独り言のように呟いた。
「覚悟なんて、簡単に出来るものじゃない。
でも追い詰められると、自然と出来るもんだな。」
誰に対して語りかけているのか、それはわからない。
「長い間、”人間”として暮らしてきた。楽しかったよ。」
ザリと、その後方で敵意を向ける兵士の群れを睨む。
「だが───この外道どもめ。その醜い面構え、見ていて反吐が出そうだ。
傲慢が過ちを呼んで、その過ちが邪神を生み出した。
自分のしたことが罪だと知りつつ、笑ってんだ。
お前たちが奈落に突き落とした奴が、苦しんでんのによ。
俺が裁いてやる
───百獣の王を司る、神の怒りを思い知れ!」
皇乃介の瞳が怪しく光る。
両の拳を強く握り
──────ウオオオオオオオオオオオオオ!!!
皇之介は空を仰ぎ、声をあげた。
その獅子のような咆哮は、空気をびりびりと震わせる。
まるで肌に刺さるような振動。
鳥の大群が逃げるように飛び、野生動物の気配が消える。
彼の体から炎が燃え上がり、その炎は天高く火柱を作る。
火柱はやがて蛇のようにうねり彼の体に巻き付き、体を包み込んだ。
_________
神話には、こう記されている
『赤い目をしたその神は、村人に火縄銃を与えた』
皇乃介があっけらかんと言ったあの言葉
「幼少の頃に流行り病にかかってな。それから目の色が変わった」
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「お前のその赤い目・・・。まさか、そういうことか」
目の前の光景に驚きを隠しきれず、ザリは小さく笑った。
「あんな腰抜けの正体が・・・。
全く、事実は小説より奇なりとはよく言ったもんだ」
身を包み込んだ炎の裂け目から、彼は真の姿を現した。
その姿は、いつもの黒装束では無い。
黒髪がたてがみのように揺れ
手甲をはめた指先には獣のように鋭い爪が光っている。
金糸を散りばめた白い衣を、傾奇者のようにわざと着崩し
肩当ての甲冑には、獅子の顔が彫られている。
背に後光が差し、口を開けてひとつ息を吐くと、大きな牙が覗いた。
その場にいる者は皆、目を見開く。
彼のまとう威圧に、身震いする者さえいた。
峰子は胸を震わせた。
「獅子神・・・。あなたが、獅子神様だったなんて・・・」
恐怖ではない。
長く祈り続けた存在が、今目の前にいる。
いや、───ずっと近くにいたのだ。
「”この世界を滅ぼして頂点に君臨する野望もない”
・・・お前がそう言うのなら、俺が全て滅ぼしこの星を凌駕しよう。」
「何をうろたえている!!あんな者は相手にするな!標的は邪神だ!!」
兵士長が、戦意を失った兵士たちに怒鳴る。
巫女長も兵士長の隣に立ち、ヒステリックに叫んだ。
「あれはただの妖怪よ!神でもなんでもないわ!!」
そして
「あいつを殺して!!アタシたちの自然界を守るんだ!!」
「マドンナリリー様の恩恵が、皆さんに宿っているわ!!」
ステラとグレイス。そして巫女たち。
彼女らの声も、もはや狂気がはらんだものだった。
ウオオオオ・・・!!
兵士たちは声を張り上げ、皇乃介 ───『獅子神』へと突進していく。
彼らは、考える事を放棄し、恐怖心さえ捨てた。
獅子を象徴とする闘神を前にして、生身の人間の鈍った剣が通用するはずもない。
だが、すでに彼らの精神は正常とは言えなかった。
乃亜とザリの横を、兵士たちが駆け抜けていく。
「や・・・やめて!止まって!!」
乃亜は声がかすれるほど叫んだ。
だが、制止の声は届かない。
片膝をつきながら、ザリは呟く。
「・・・さっきので力を使い果たしたから、もう何の役にも立てないな」
「馬鹿!!騎士団総長のアンタが動かないでどうすんのさ!!」
乃亜はザリの肩をつかんで強引に立たせ、声を荒げた。
───殺せ
───殺せ!!
───邪神を 峰子を殺すんだ!!!
理性を焼き切られた兵士が、次々と襲い掛かる。
皇乃介は刀を抜き、かたっぱしから斬りつけた。
振るうたびに血しぶきが散り、返り討ちにあった兵士が次々倒れていく。
「私が死ねば済む事でしょう!皇乃介さんを巻き込まないで!!」
峰子は声を絞り出し叫んだ。
「・・・思い出せたか?俺の事が。」
獅子は背を向けながら、小さく問う。
「思い出しました、思い出しましたから!もうやめてください!!」
「いくらお前の頼みでも、それは聞けねェな・・・最悪な気分なんだ」
───殺せ
───殺せ!獅子神も邪神の仲間だ!!
───殺せ!!獅子神も邪神も、殺せ!!!
腐った草原は一瞬にして、空と同じ血の色に染まる。
返り血を浴びた皇乃介は、まるで夜叉のようだった。
怒りに狂い、だが冷たく刀を振る。
人間だった頃の温厚な彼からは、想像も出来ない姿。
彼の瞳は、底知れぬ深淵のような赤。
暗く深い、闇の中に沈む赤だ。
それでも、群れが撤退する事はない。
兵士長は狂ったように怒鳴り散らし、
兵士はそれに呼応するように、捨て身で攻めてくる。
「皇乃介さんは関係ない・・・皇乃介さんは悪くないって言ってるでしょ・・・」
───ちゃぽん
水滴がひとつ、落ちる音がした。
ピシッ
峰子の足元から、鈍い音がした。
地面に太い亀裂が走る。
「いい加減にしてよ!!」
ゴゴゴ・・・・
重い地響きが鳴り、地面が割れ、水がじわりとにじみだす。
───水脈だ。
地割れから滲み出た水は、瞬く間に勢いを増し
まるで豪雨で水嵩を増した川のように、勢いよく人間の群れを襲った。
「みんな消えてしまえ!!!お前達なんか、人間なんか大っ嫌いだ!!!」
激しい濁流は轟音を響かせ、さらに勢いを増していく。
もはや川ではない、大洪水だ。
「や、やばいよ!どこに逃げたらいい!?」
ステラが慌てるが、逃げる場所など無い。
「あれは・・・”水流”・・・最強の、能力・・・」
迫りくる洪水を前に、グレイスが呟いた。
「終わり、ね・・・。
私たちは本当の禁忌を犯した・・・邪神と獅子神の怒りに触れた・・・」
濁流は
兵士を、巫女を、屍を
─────全ての罪人を呑みこみ、砕いた。
「すごいじゃねェか!!まさか、こんな力を隠してたなんて・・・」
皇乃介は振り返り、峰子を見た。
彼女はフッと意識が途切れるよう、ゆっくりと倒れる。
「峰子!!」
皇乃介は、峰子の体を抱きとめた。
周囲には、誰もいない。
空の色は青く、草木は緑色を取り戻し
大草原は、まるで朝露に濡れたように小さく光る。
その中心
彼らは寄り添っていた。
峰子はうっすらと目を開ける。
「まさか、皇乃介さんが、獅子神様だったなんて・・・」
皇乃介は峰子の頬に手を当てる。
「・・・無理して喋るな」
「死の淵にまで来て、ようやく能力を得れるなんて」
皮肉です。
彼女は呟き、自嘲気味に笑う。
「・・・俺はちゃんと見た。礼拝堂の女神像、あいつが見せてくれた。
お前がここに、ラヴァゴートに来てから
どれだけ苦しかったか、悔しかったか、寂しかったか、俺は全部知ってる」
峰子は一瞬驚いたように皇乃介を見た。
だが、そっと瞼を閉じる。
「・・・忘れてください。全て。
何も理解されなくていい。私の死を、惜しむ人もいなくていい。」
血の気を失った唇が、ぽつり、ぽつり、語る。
「私は、人の言葉に自分の価値をゆだね、全てを頼りきっていた。
最初は”誰かの役に立ちたい”・・・ただそれだけだったのに。
どこで間違っちゃったのかな・・・。
周囲に教えを求め、ただがむしゃらに、正解を探し続けた。」
一つ、大きく息を吐く。
「いつしか、自分を守る事を忘れていた」
峰子は小さく微笑んだ。
それは、生を諦めた者の、悲しい微笑み。
皇乃介は悲しみに顔を歪ませる。
「お前は・・・自我を奪われ、誰よりも下に押しやられ
ただ“役立たず”の役を押し付けられただけだ」
「・・・違います。私、どこかでわかってた。
奪われたんじゃない。
強いられたんじゃない。
押し付けられたんじゃない。
私が、望んで選んだ行動。
増えていく傷に怯えて、言いなりになっていたのは私。」
言葉にならない思いが、彼の胸を締め付ける。
皇乃介は、そっと峰子を抱きしめた。
「・・・あったかい」
峰子は小さく笑う。
「私が嫁入りしたい神様は、ずっと、近くにいた。
最後にお話が出来て・・・幸せです。」
抱きかかえる体は、氷のように冷たい。
魂が離れかけているのだ。
峰子は、あの群衆を一掃するほどの大洪水を引き起こした。
邪神になったとはいえ、元は人間だった体に耐えられるような
生やさしい出来事ではない。
「何故この星を・・・命と引き換えにしてまで救おうと思うんだ」
「・・・蛇が好きだからです。蛇に罪はないから」
「馬鹿かお前は。・・・馬鹿すぎて呆れるぜ・・・」
_________________
───父ちゃん
ふと声が聞こえ、顔を上げる。
そこには、春子が立っていた。
「春子・・・・」
春子は微笑んだ。
「俺は・・・父ちゃんは・・・お前を守れなかった・・・」
───さけられない うんめい
きまってたの はるこは こうなるってこと
春子の体はきらきらと光り、透き通っていた。
───はるこはね みねこのいちぶ
だから しんじゃうけど
でも またあえる ぜったい またあえるよ
春子は手を差し出した。
その小さな手には、水色のかんざしが乗っていた。
───父ちゃん おぼえてる?
はるこのいったこと
父ちゃんが ししがみさまが やりなおすの
「俺が・・・やりなおす・・・」
───このかんざしを おそらにたかく かかげて
そうすえれば かこに もどれる
まだ おわりじゃないよ
みねこのことも はるこのことも たすけられる
はるこはね
父ちゃんがいてくれて あそんでくれて わらってくれて
とってもしあわせだったよ
ひろってくれて ありがとう
そだててくれて ありがとう
いっぱい いっぱい ありがとう
───だいすきだよ ・・・またね
_______________________
「なぁ、峰子」
「・・・はい」
「頑張ったな。すごく、頑張った。つらかったろうに。
お前は何も間違ってない、そのままのお前でいいんだ」
「生まれ変わりがあるのなら・・・来世で、お嫁さんにしてください」
「生まれ変わらずとも、この場でしてやる」
─────ありがとう
峰子は目を閉じ
二度と瞼を開けることは無かった。




