第73話 灯台もと暗し
未知の空間に飛ばされた俺たち。その目の前で揺らめく炎の人影が、やがて静かに口を開いた。
「お久しぶりです、我が主よ」
その声は、熱を帯びているのに、不思議と穏やかでどこか懐かしい響きがある。
「我が……主?」
俺が聞き返すと、炎の輪郭がわずかに揺れた。
「やはり、何も覚えていないなですね」
炎の人影は、少しだけ寂しげに続ける。
「オレは七位星将第六席『ベテルギウス』でございます」
「ベテルギウス……!?」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
隣では、マヨとカタルシアも目を見開き、ミリアは思わず一歩後ずさっている。
やがて、ベテルギウスは静かに語り始めた。
「かつての陛下――すなわち、貴方様が天神聖書と共にオレたち七位星将を封印してから約5000年。貴方様は、封印の際にこう仰いました。『次に会う時、我の記憶はなく、貴様たちのことも覚えていないだろう』と……その言葉通りでしたね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ベテルギウスが語る中、その内容に混乱した俺は、食い気味に口を開いた。
「天神聖書と一緒に、お前たちを封印した……?」
「そうです。ですが、天神聖書に何が書かれているのかは、オレたち七位星将ですら知りません。それどころか、オレたちの記憶も断片的かつ曖昧で、以前オレたちは何をしていたのか、なぜ陛下御自ら封印なされたのかなど、現時点ではお答えすることができません」
ベテルギウスの炎が、わずかに揺らめく。
「しかし、貴方様がこの世に再臨されたということは、なんらかの意味があるはずです。そして……この世に蘇るのはオレたちも同様。現在お持ちの『地の書』の封印は、既に解かれています。近いうちに、七位星将第五席『アークトゥルス』がこの世界に蘇るでしょう」
「アークトゥルス……」
その言葉を聞いて、俺は拳を握りしめた。
「やっぱり、天神聖書と七位星将には関わりがあるのか。しかも、それが七位星将の封印になっていると……」
情報が一気に流れ込んでくる。天神聖書と星将の関係、封印、そして次に蘇る存在。
だが、今一番知りたいことは別だった。
「……ベテルギウス。一つ聞いてもいいか」
「何なりと」
「『炎の残滓』は、どこにある?」
炎の人影が、ゆっくりとこちらを向いた。
「それは、貴方様がいつも行っている遺跡にあります」
「……いつも行っている遺跡?」
俺は一瞬、言葉の意味を噛み締め、ハッと顔を上げた。
「もしかして……覚醒者育成学院の地下!?」
俺がそう言うと、ベテルギウスは肯定するように炎を揺らした。
(灯台下暗しだった……! 学院の地下に広がるのは天神聖書の封印されているダンジョン。アイテムと聖書が同じダンジョンにある可能性を、なぜ考えなかったんだ!)
予想外の言葉に、俺がそんなことを考えていると、
「確かに遠回りだったけど、私たちがやってきたことは決して無駄じゃなかったわ。鍵がないと、テンコでも絶対に手に入れられないかもしれないし、私たちは成長して以前より強くなった。七位星将とも話せて、あなたの過去にも大きく近づいたわ」
と、マヨが語りかけてきた。
俺はマヨに視線を向ける。マヨは遠くを見ながら話を続ける。
「確かに、そのことに気づけていたら、早く、簡単にゲットできていたかもね。だけど――」
そこまで言うと、マヨは俺の方を向いた。
そして――
「冒険は、苦労があったほうが楽しいんでしょ?」
マヨは笑顔でそう言った。
マヨと出会ったばかりのとき、俺がマヨに言った言葉。
その言葉を聞いて、俺はハッとした。
(そうだ。俺の根本的な目的は、刺激的な日常を送ること……)
俺はこの世界の主人公になって、魔神王になった。多くの謎を抱え、多くの事を背負った。
でも、そんなに深く考える必要なんてなかった。
(これは、俺の人生なんだ。ゲームマスターのものじゃない)
「……ハハハ。これは一本取られたな。ありがとう、マヨ」
俺はそう言って笑うと、ベテルギウスに視線を戻した。
「ベテルギウスも教えてくれてありがとう。記憶を取り戻すのはまだ先になりそうだけど、お前たちが蘇るのを楽しみにしてるよ」
「こちらこそ、完全体で貴方様に会えるのを楽しみにしております。見たところ、事態は深刻そうではないようなので」
ベテルギウスはそう言い終えると、炎の輪郭が徐々に淡くなり始める。
「……そろそろ、時間のようです。皆様、どうかお気をつけて」
「あぁ。また会おう」
俺がそう返すと、炎の人影は静かにうなずくように揺らめき、次の瞬間、周囲がまぶしい光に包まれた。
視界が白く弾け、耳鳴りのようなノイズが遠くで響く。
そして――
「……ん」
俺はゆっくりとまぶたを開けた。
目の前に広がっていたのは、木々が生い茂る山の風景。柔らかな日差しと、風に揺れる葉の音。
「……戻ってきた、か」
俺が周囲を見回すと、
「……ここ、赫光霊山ね」
と、マヨが上体を起こしながら言った。
「びっくりしたー。さっきの人がテンにぃの側近?」
「みんな、無事そうでよかったです」
ミリアとカタルシアもそれぞれ体を起こし、戸惑いながらも安堵の表情を浮かべる。
俺は空を見上げ、小さく息を吐いた。
(アレが七位星将……確かに、初めて会った気はしなかったな)
ベテルギウスから得た情報を、胸の内で反芻する。
「よし……次は、学院の地下だな」
俺がそう呟くと、マヨが隣で静かにうなずいた。
「ええ。今度こそ、炎の残滓をゲットしましょ」
そうして、俺たちは赫光霊山を後にし、寮へと戻るのだった。
翌日の放課後。授業が終わり、生徒たちがそれぞれの部活動や帰宅準備で廊下を行き交う中、俺たちは人目を盗むように地下へ向かっていた。
別に地下は立ち入り禁止な訳ではないが、何か聞かれても面倒なためひっそりと向かう。
「禁書庫……最奥部が地下3階にあることを考えると、炎の残滓は地下2階、もしくは地下3階の別のところにある可能性が高いわね」
地下へと続く階段を降りながら、マヨが小声で呟く。
「確かにそうだな。でも、時間はあるし、地下1階からしっかり探していこう」
俺はそう答えながら、薄暗い階段を慎重に降りていく。
学院の地下は、普段生徒が立ち入らないエリアが多い。魔力灯もまばらで、空気はひんやりとしていた。
やがて、地下1階に着くと、さっそく調査を始める。
「う〜ん……1階からは特別な気配は感じませんね。長年学院として使われてきたからか、ダンジョン特有の神力の気配もほとんど感じません」
カタルシアが壁に手を当てながら、アイテムの気配を探る。
だが、地下1階にアイテムがありそうな部屋も隠し通路もなかった。
続いて地下2階を探索するも、そこにもない。
「やっぱり、地下3階か」
俺たちは地下3階へ向かう。
そして、書庫とは別方向を探していると、
「……あっ! ここから強い気配を感じます!」
と、カタルシアが壁に手を当てながら言った。
「ちょっと見せてくれ。アース神殿の時みたいに、俺にしか解放できないエリアがあるのかも」
俺はそう言うと、壁におもむろに手を当てる。
すると、
――ヴィ〜ン!
と、複雑な天聖陣が展開され、やがて壁が消え通路が現れた。
学院のような整備された石造りの通路ではなく、古びた遺跡の壁面。
「当たりだったな」
「……ここから先は、明らかに学院の建造物じゃないですね。神力の流れが、書庫方面とは少し違います」
「よし、このまま――」
そうして、俺が先を促そうとした――その時だった。
「……そんなところで何をしてるんだい」
突如、背後から涼やかな声が響いた。
俺たちは驚いて振り返る。
そこには、長い金髪を後ろでまとめ、余裕の笑みを浮かべた人物が立っていた。
――アンナ・ソーディア。
「随分と、物好きな放課後を過ごしているみたいね」
アンナは腕を組み、興味深そうに俺たちを見ていた。
「どうして、学院の地下を探索しているのかしら?」
その鋭い視線に、俺たちは一瞬、言葉を失った。
予期せぬ遭遇。炎の残滓を巡る探索は、思わぬ形で波乱の幕を開けることになった。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。




