第64話 禁書庫
夏休みが始まってから2週間が経った頃。
俺たちは学院の寮の一室に集まり、今後の方針を話し合っていた。
「目的の天神聖書探しだけど、少し思ったことがあるの」
マヨが腕を組んで、真剣な表情で切り出す。
「学院の大書庫は普段は立入禁止だけど、超級の授業で開放されるってことは、許可を取ればもしかしたら入れるかもしれないって考えて。だから、学校が解放されている今日、少し書庫を見に行かないかって思ったの」
マヨの言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「確かに……よくよく考えたら、あそこには天恵書物……つまり魔書や聖書が保管されているが故に立入禁止になってるっぽいから、教員に許可を取ればワンチャン入れそうだな」
「そうですね。もしかしたら、授業を待たずに天神聖書を獲得できるかもしれません」
「早く行ってみよー!」
こうして、俺たちは学院の地下にある書庫へと向かうことにした。
夏休み中の学院は普段より静かで、校舎の廊下を歩く足音がやけに大きく響く。
書庫は地下3階にあり、道中は全体的に薄暗い。
そして書庫の入口まで来ると、そこは重厚な両開きの扉が閉ざされていた。
「ここが書庫……か」
俺は扉の前で足を止め、説明書きを読む。
そこには『通常時立入禁止』の文字。
「やっぱり、厳重警戒って訳でもなさそうね。問題はどうやって許可を貰うかだけど……」
マヨは扉に手を当てて口を開く。
すると、
「おや、君たちは?」
と、背後から、落ち着いた中年の男性の声がした。
振り返ると、灰色の髪を短く整え、眼鏡をかけた中年の男性教師が立っていた。
制服の胸には「歴史・神学担当」と書かれた名札がついている。
「あ、先生……」
マヨが慌てて会釈する。
「君たちは新入生だね。夏休み中に書庫に用があるのかい?」
先生は穏やかな口調で尋ねてきた。
「はい。実は、少し調べたいことがありまして、学院の図書館へ伺ったのですが、目的の書物がなかったので書庫にならあるのではないかと訪れた次第です」
そんな先生に俺が正直に切り出すと、先生は興味深そうに眼鏡を直した。
「なるほど調べ物か。普段は立ち入りを制限しているが、私と同行なら問題ないだろう」
「え……本当ですか?」
予想外にあっさりとした反応に、俺たちは思わず顔を見合わせる。
先生はそう言うと、懐から何やら刻印の入った魔石を取り出し、扉のに当てた。
すると、扉に淡く光が走り、封印が解除されるかのように開いた。
「さあ、入りなさい」
「あ、ありがとうございます!」
俺たちは礼を述べ、先生の後について書庫の中へと足を踏み入れる。
「広っ!?」
「これは想像以上ですね……」
書庫の中は、想像をはるかに超える広大さだった。
高い天井までびっしりと書架が積み上げられ、通路は複雑に分岐して奥へと続いている。照明は魔力灯が淡く点り、全体が薄暗く、どこか異様な雰囲気を漂わせていた。
「これは……書庫というより、本が置いてあるダンジョンだな」
俺が思わず呟くと、先生が穏やかに笑った。
「その通りだ。ここは古代遺跡を改修して作られた書庫でね。書物の数は数万を優に超える」
「あぁ、確かにこの前の校外学習で、この学院は巨大な古代遺跡の上に建てられていると担任に聞きました」
「そう。特にここは遺跡の最奥部付近に位置するらしく、天恵書物やその他の重要な書物を保管するのに適した環境だったのさ。さぁ、私はその辺にいるから、目的の本を探すのは容易ではないが、好きに見て構わないよ」
先生はそう言って、少し離れた場所で見守る姿勢を取った。
俺たちはそれぞれに分かれ、書架の間を歩き始める。
このドームくらいの広大な領域から天神聖書を見つけることは大変なので、探しつつ、他にも過去に繋がりそうな本を見て回ることにした。
マヨは神学や神話に関する棚を、カタルシアは魔導技術関連を、ミリアは興味を惹かれた本を手に取ってぱらぱらめくっている。
俺は「魔神王」や「四天王」といった単語を頼りに、古びた書物を中心に探した。
しばらくして、一冊の厚手の文献を見つける。表紙には『大陸守護神伝』と記されている。
「……これは」
俺はそっと本を開き、ページをめくった。
そこには、世界に存在する四大陸と、それぞれを守護するとされる魔神王についての逸話が記されていた。
そして、ミルキーウェイ帝国やフォルティスがある、ラニアケア大陸の項目に目が止まる。
そこにはこう綴られていた。
『ラニアケア大陸を守護する竜天神は、創造の力で世界の法則を作り、他の四天王のまとめ役として絶大な力を誇った。その創造の権能は、他の原初の柱とは一線を画し、世界そのものを再構築し得るほどのものと伝えられる』
俺は文面を何度も読み返した。
(創造の力で、世界の法則を作った……?)
ここで、俺はある違和感を覚える。
今の俺が持つ創造の力は、せいぜい物を作り出す程度の小規模なものだ。
一方で、破壊の力は、その身を滅ぼすほどの規模がある。
(この差は何なんだ……? そもそも、『維持』を司っているはずなのに、なぜ創造と破壊の力なんだ? いや、理解できなくもないか……だけど、他の魔神王とは比べ物にならないほど強かったのはなぜだ?)
いまだ全容が掴めないかつての自分。それどころか、情報が増えるたびに、謎は深まっていく。
俺は小さく息を吐き、文献を元の場所に戻した。
このまま考え込んでいても答えは出ない。天神聖書そのものを見つけるか、少なくとも手がかりを掴む必要がある。
「テンコ、こっち!」
すると、少し離れた場所から、マヨの声がした。
俺がそちらへ向かうと、マヨたちは書庫のさらに奥へと続く通路の前で立ち止まっていた。
「どうした?」
「この先、なんかおかしいの。空気が違うというか……」
マヨの言葉通り、通路の先は明らかに空気が重く、魔力灯の光も薄くなっている。
俺たちが謎の通路を眺めていると、先生がこちらに歩み寄ってきた。
「おや、そこまで行ったのか。あそこは書庫の最奥部だよ」
「最奥部……?」
俺たちが先を進むと、やがて巨大な両開きの扉が現れた。
扉は黒く鈍く光る金属で作られ、表面には複雑に絡み合った封印の紋様がびっしりと刻まれている。周囲の空気はひんやりとしており、ただならぬ威圧感を放っていた。
「これは……」
俺が思わず足を止めると、先生が静かに説明を始めた。
「あそこは『禁書庫』と呼ばれている。古代遺跡の最奥部に位置する部屋でね。幾重にも封印が施されており、学院が創立されて以来、足を踏み入れた者は一人もいない」
「禁書庫……」
「中には何があるかわからない。幾度となく調査を行ったが、現代の最高技術を持ってしても封印の手がかりすら掴めなかったのさ」
先生の声は穏やかだったが、その声色には微かな緊張が含まれていた。
やがて、
「おっと。私はそろそろいかないといけない。夕方5時までは許可を出しておくから、ゆっくり調べ物をしておいて結構だ。鍵は勝手に閉まるから心配いらないよ」
と、先生は書庫を去っていった。
俺はその扉を見つめながら、確信めいたものを覚えた。
(……ここだ。天神聖書は、この禁書庫の中にある)
直感がそう告げていた。
マヨも同じことを感じたのか、真剣な表情で扉を見上げている。
「ねぇ、どう思う?」
「どう思うって……間違いないだろ」
俺はそう言うと、扉に手を当て解析を試みる。
しかし――
〈ピピッ! エラー。未達成の条件があるため、この封印の解析に失敗しました。条件:レベル50以上、またはレジェンドアイテム『炎の残滓』の所持。〉
古代アース神殿以来のエラーメッセージ。
「なっ!? 封印の解除に条件があるのか!?」
「これは……"クエスト"ですね」
驚く俺の隣で、カタルシアがウィンドウを見ながら言う。
「クエスト?」
「はい。条件を満たさないと、フィールドを解放したり、アイテムを獲得したりできないシステムのことです」
「なる……ほど」
(クエストって……この世界が、どこまで本格的なゲームに近いのか訳わかんねぇな)
ゲームっぽい世界観なのか、ゴリゴリにゲームの世界観なのかいまいち掴めていな俺は、急なゲーム用語に困惑する。
「まぁ、何はともあれ、聖書ゲットの兆しは見えたな。じゃあ、今日はこのへんで帰ろっか」
だが、俺は気を取り直すと、3人にそう言った。
「そうね。無理をして封印に触れるわけにもいかないし、一旦引いて今後の予定を立てましょう」
「また来ようね!」
こうして、俺たちは書庫を後にした。
地下の薄暗い廊下を戻りながら、俺は禁書庫の扉を何度も思い浮かべる。
(条件を満たさないと入れない……か。他の聖書も、こんな感じなんだろうか)
天神聖書への道は、思ったより長く険しいものになりそうだった。
だが、少なくとも「実際はどこにあるのか」という大きな疑問の一つは、今日ここで解消された。
夏休みの静かな学院で、俺たちはまた一歩、目的に近づいたのだった。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。




