第58話 一方的な因縁
学院生活が始まってから、約1ヶ月が経った頃。
午後の講義が終わり、俺は1人で校舎の長い廊下を歩いていた。
「ふぅ……今日の講義も相変わらず難しかったな」
俺は、自分の過去に繋がりそうな情報を頭に入れるため、ライオスたちは取っていない『神学・神話学』の講義を履修していた。
(なんか、ここ最近冒険という冒険をしていないから、刺激不足だなぁ。まぁ、戦闘訓練とか校外演習もあるし、元世界みたいな退屈な学園生活ではないけど……)
学院の生活にも慣れ、新しい刺激が減ったことで、俺は今までの冒険を振り返りながらそんなことをぼんやりと考える。
しかしそんな中、前方から1つの足音が近づいてきた。
銀髪ロングで、整った顔立ちをした男が、こちらに向かってまっすぐ歩いてくる。
身長は俺と同じくらい。年は1つ上くらいに見える。
よく見ると、天星級のシンボルをつけている。
男は俺の数メートル手前で足を止め、じろりとこちらを見た。
「……貴様が、テンコか」
低く、抑揚を抑えた声。明らかに好意的な響きではない。
俺は足を止めて、首を傾げる。
「そうだけど……どちら様?」
すると、男はゆっくりと髪をかき上げ、鼻で笑うような仕草をした。
「ふん。やっと見つけたぞ。貴様が、マヨちゃんをたぶらかしているという、得体の知れない冒険者だな!」
俺は一瞬、言葉の意味が理解できずに固まった。
「……はい?」
男はさらに声を尖らせ、指を突きつけてくる。
「皇女であるマヨちゃんを誘い出し、世界中を好き勝手に連れ回しているらしいじゃないか。よくもまあ、そんな厚かましい真似ができるものだ。下賤の分際で、マヨちゃんに近づくなと言っているんだ!」
廊下を行き交う生徒たちが、興味津々な視線をこちらに向け始める。
俺は心の中で悟った。
(あ、コイツ絶対ヤバいヤツだ……)
だが、俺は呆れながらも、なるべく穏やかに返す。
「待て待て。俺はマヨをたぶらかしたりなんかしてないぞ。それに、一緒に旅に出たのは皇帝が望んだことだし……」
「とぼけるな!」
ネレウスは一歩踏み出し、声を荒げた。
「マヨちゃんが旅に出ていると聞いた時から、ずっと胸がざわついていた。お前のような怪しい男が側にいるなんて……絶対に許さん!」
だがその瞬間、背後から聞き慣れた声が響いた。
「ちょっと、ネレウス!? また勝手なことを言ってるの!?」
振り返ると、マヨが少し早足でこちらへ近づいてくる。その後ろにはミリアとカタルシアの姿もあった。
男――ネレウスはビクリと肩を震わせ、慌ててマヨの方を向いた。
「マ、マヨちゃん……!」
その声は、先ほどまでの高圧的な態度が嘘のように、途端に弱々しくなる。
マヨはため息をひとつ吐くと、腕を組んでネレウスを睨んだ。
「テンコは私の大切な仲間よ。旅に出たのも、私が望んだこと。勝手に心配して、勝手に絡まないでくれる?」
ネレウスは焦りながらも、必死に言い訳を始める。
「で、でもマヨちゃん! お前が急に旅に出るって聞いたから……しかも相手がこんな得体の知れない男だって聞いて、俺はただ……!」
「ただ、じゃないわ。勝手に暴走してるだけでしょ?」
マヨの冷たい視線に、ネレウスは完全に縮こまった。ミリアが興味津々で首を傾げる。
「ねぇねぇ、マヨねぇ。この人誰?」
マヨは、少し気まずそうに視線を逸らしながら答えた。
「ハァ……彼は、私の従兄弟よ。父方の叔父さんの息子で、ミルキーウェイの公爵家長男。『ネレウス=アステリア』よ。昔から私のことになると過保護で……本当に困った人なの」
カタルシアがくすっと笑う。
「随分と熱心な従兄弟愛ですね」
ネレウスはそれを聞いて、大きくうなずいた。
「当然だ。俺とマヨちゃんは互いに一人っ子。マヨちゃんは年の近い唯一の家族として、妹同然に可愛がって来たんだ! それを、こんなマヌケそうな平民風情に取られて、黙っていられる俺ではないぞ!」
「別に、2人きりで旅してるわけでもないんだしいいでしょ。それに、テンコは強いの。少なくとも、貴方よりは頼りになるわ」
マヨは呆れつつ、ネレウスにそう言い聞かせる。
それを聞いて、ネレウスは目を見開いた。そして――
「い、今なんて……その男が、俺より頼りになるだって……? そ、そんなこと、認められるか! こうなったら勝負だ、テンコ! どちらがマヨちゃんに相応しい男か、わからせてやる!!」
ネレウスはテンコを指差し、決闘を申し込んだ。
「えぇ……なんでそうなるんだよ……」
俺が面倒くさそうにしていると、マヨは少し考える素振りを見せ、口を開いた。
「でも確かに、この人は一度痛い目を見なければ、聞かないかもしれないわね。テンコ! ここは一発、アイツをあんたの力でわからせてやりなさい!」
「ま、マジかよ……」
マヨの予想外の言葉に、俺は少し困惑する。
だが、論より証拠。一度実力の差を見せつけなければ、いつまでも絡まれそうなのは事実だった。
それに、よくよく考えてみれば、こういう展開も悪くない、むしろ面白そうだと思っている自分もいた。
「わかったよ。その決闘、受けて立つ!」
俺は真面目な表情をすると、ネレウスにそう言い切った。
「日時と場所は日曜日の午後、第二闘技場でいいわね。そういうことだから、ネレウスはこれ以上絡まないでちょうだい」
マヨの言葉にネレウスは納得したようにうなずくと、テンコをチラリと睨む。
「……ふん。マヨちゃんがそう言うなら、今日のところは引き下がってやる。だがな、テンコ。お前がマヨちゃんに少しでも不埒な真似をしたら……その時は絶対に許さないからな!」
そう捨て台詞を残し、ネレウスはフンと鼻を鳴らして去っていった。
その背中を見送りながら、俺は小さくため息をついた。
「……なんか、大変そうだな」
マヨが申し訳なさそうに肩を落とす。
「ごめんなさいね。良い人ではあるのだけれど、私のこととなるとちょっとおかしくなるのよ」
その後ろで、ミリアは「テンにぃの決闘楽しみー!」と、はしゃいでいた。
その日の夜。俺はマヨたちの部屋で、雑談をしていた。
「はぁ、今日は色々と大変だったな。まさか、あんな風に絡まれるとは……でも、考えてみたら確かに、俺って表状はただの一般人だから、快く思ってないヤツもいるのか」
「そうね。冒険も、修行も兼ねているけど、私の趣味みたいに思われてたりするものね」
そんな話をしていると、紅茶を持ったカタルシアも会話に入ってきた。
「快く思っていないといえば、私の元パーティメンバーだったローズ様も、皇族反対派だとかで因縁を持っていましたね」
俺は紅茶をすすりながら、マヨに質問する。
「気になってたんだけど、皇族反対派ってどんななんだ? マヨに危害を加えようとしたり、いくらなんでも過激じゃないか?」
マヨはカップを置くと、静かに語り始めた。
「皇族反対派っていうのは、単に皇族の行政に不満を持っているとか、そういうのではないの。皇族反対派っていうのは表の呼び方。本来の呼び方は、『魔神王否定派』よ。ここからは神話の内容になるけれど、あの帝国は、約1万年に竜天神――つまり、昔の貴方が作り上げた帝国。そして、初代皇帝は七位星将の第一席、光の化身『シリウス』の末裔だと言われているわ。でも、皇族反対派は過激な天神信仰をしていて、天神を至高にして、この世界の唯一神としているの。だから、魔神王を語る宗教も、間接的に魔神王の血が混じっていると豪語する皇族も、忌み嫌っているのよ。星将は魔神王から直接生み出された存在だしね」
マヨの話を聞いて、俺は神王セレステの姿を思い出した。
「……テルースの、もっと過激思想バージョンって感じか」
「そんな感じね。ローズは伯爵家の令嬢で、私の再従姉妹なの。ネレウスは昔、ローズの嫌がらせから、私を護ってくれていたわ」
マヨはそう言うと、少し昔を懐かしむような表情をした。それからマヨは、言葉を続ける。
「だから、感謝はしているのよ。ネレウスは公爵家。皇族反対派の貴族の対応をしなければならない時もある。そんな経験が、幼少期から積み重なった結果、今みたいな心配性で過保護な性格になってしまったの」
「素敵な話ですね」
それを聞いて、カタルシアは感動の眼差しでうなずいた。
「そんなことがあったのか……ただのヤバい人だと思っていたけれど、そういう事情があるのなら、ネレウスさんを安心させるために、俺も全力で応えてあげないとな!」
俺も話を聞き、そう口にする。
「頼んだわよ。テンコ」
マヨの言葉には、微かにネレウスを思う気持ちが含まれていた。
一方的な因縁。それは、家族を思う気持ちが原因だった。
ならば、その因縁を断ち切ると共に、思いを受け止めてあげようと、そう考えるのだった。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。
ネレウス:銀髪ロングの青年。17歳。ミルキーウェイの公爵家長男で、マヨの従兄弟。マヨにとても過保護で、ウザがられているが、優秀で思いやりのある性格をしている。身長は178cm。




