第56話 歓迎遠足
入学から2週間が経ったある日の朝。俺たちはいつもより早い時間に教室へと集まっていた。
理由は校外新入生親睦会――元世界で言う歓迎遠足が行われるからだ。
「いやぁ、ついに来たな! 待ちに待った親睦会!」
教室に入るなり、ライオスがやけに上機嫌で声を張り上げる。
「お前、朝からテンション高すぎだろ……まぁ、他クラスの人たちと交流できるのは楽しそうだね」
アルトが呆れたように肩をすくめるが、その口元はどこか緩んでいた。
「だろ? それに今日は授業なしだぞ? しかも遠足! 最高じゃねぇか!」
「まぁ……気持ちは分かるけどね」
カイスも小さく笑いながらうなずく。
周りを見渡せば、クラスメイトたちもいつもより浮ついた様子で、あちこちから楽しげな声が聞こえてくる。
普段の講義や訓練の緊張感とは違う、どこか柔らかい空気。
(……なんか、いいな)
俺はそんな光景を眺めながら、ふとそんなことを思った。
やがて、ネス先生が教室に入ってくると、自然とざわめきは収まっていく。
「今日は予定通り、校外新入生親睦会を行います。目的は、新入生同士の親睦を深めること。学院の外に出て、長距離を歩き、最終的には北の丘陵地帯を越えた先の草原を目指します」
「結構ガチじゃないか……」
アルトが小声で呟く。
「いいじゃねぇか! ただの遠足より燃えるだろ!」
ライオスは相変わらずだ。
「途中で休憩も挟むし、特別な訓練などは行わない。今日は純粋に交流を楽しみなさい」
その言葉に、クラスの空気がさらに和らぐ。
そうして、俺たちは出発の準備を整える。
ジャージに着替え、簡単に荷物をまとめる。
やがて全クラスの準備が整うと、俺たちは学院の正門前へと集合した。新入生約300人が整列している。
青く澄んだ空。穏やかな初夏の風。絶好の遠足日和だ。
「それでは出発します。遅れるないようにしてください」
代表の教師の号令と共に、列が動き出す。
低級クラスから順に出発し、最後に俺たちが後ろから着いていく。
石畳の道を抜け、やがて自然の中へと足を踏み入れていく。
「楽しみだなぁ、テンコ!!」
「そうだな」
(学校行事はよく欠席してたけど……こういうの、悪くないな)
賑やかな声に包まれながら、俺はゆっくりと歩き出した。
訓練でも戦いでもない、ただの一日。
だけど、こういう時間こそがきっと"普通"で、少しだけ"特別"なんだと思った。
しばらく歩き続け、森を抜け、険しい山道に差し掛かる頃には列全体のペースも少しずつ落ちてきていた。
「はぁ……はぁ……結構、キツくねぇか……?」
ライオスが肩で息をしながらぼやく。
「お前さっきまで元気だったじゃないか……」
アルトが呆れたように返すが、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
どうやらクラスごとにコースが違うらしく、俺たちのコースはほとんどが獣道だった。
そして、目の前には切り立った山。
「これはこれでいい運動になるね」
カイスは比較的余裕そうに歩いているが、呼吸は少しだけ荒くなっていた。
「まあ、確かに距離は長いな」
俺も周囲の様子に合わせて、軽く息を弾ませながら歩いていた。
坂道は次第に傾斜を増していく。
「あと、どんくらいなんですか〜〜?」
前の方から誰かの叫び声が聞こえると、少しして教師の声が返ってきた。
「もう少しだ! この坂を登り切れば山頂が見える!」
その一言で、再び全体の空気が少しだけ持ち直す。
やがて木々の密度が少しずつ薄くなり、視界が開け始める。
風が強くなり、木の葉がざわざわと音を立てた。
「……お?」
ライオスが顔を上げる。
その先には、今までよりも明るい光が差し込んでいた。
「もうすぐだな」
俺はそう呟き、少しだけ歩幅を広げる。
最後の傾斜はこれまでよりも急だったが、不思議と足取りは軽かった。
周囲の生徒たちも、自然と無言になりながら前を目指している。
一歩、一歩踏みしめて歩く。
そして、視界の先に完全に開けた空間が見えた。
「……見えた!」
誰かがそう叫ぶ。
俺たちが木々の隙間を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
「……うわっ……!」
思わず声が漏れる。
山頂。眼下には、今まで歩いてきた森や山道が小さく広がり、その先には果てしなく続く大地。
遠くには川が光を反射し、さらにその向こうには、うっすらと街の影も見える。
高い空。抜けるような青。
強めの風が頬を撫で、汗ばんだ体を一気に冷ましていく。
「すげぇ……!」
ライオスが感嘆の声を上げる。
「これは……確かに、登った甲斐があるね」
アルトも目を細めながら景色を見渡している。
カイスは何も言わず、静かにその光景を眺めていた。
周囲でも、生徒たちが次々と歓声を上げている。
疲れ切っていたはずなのに、その表情はどこか晴れやかだった。
(素晴らしい光景だ……やっぱり、自然はいいねぇ)
俺は少しだけ目を細め、風に当たりながらそう思った。
戦いも、訓練も、何もない。
ただ景色を見て、同じ時間を共有するだけの瞬間。
それが妙に心地よかった。
「おいテンコ! あっち見ろよ!」
そんな中、ライオスが指をさす。
その先――山の向こう側。
なだらかな丘陵の先に、広大な草原が広がっていた。
太陽の光を受けて、緑が一面に揺れている。
「……あそこが目的地か」
「っぽいね」
アルトがうなずく。
やがて、教師の声が響いた。
「よし、休憩はここまでだ。これから山を下り、最終目的地の草原へ向かう。足元に気をつけろ」
俺たちは、名残惜しそうに景色から視線を外し、再び歩き出した。
山頂からの下りは、登りとはまた違った難しさがあった。
足場は不安定で、少し気を抜けば滑りそうになる。
「うおっ、あぶねっ!」
ライオスが軽くバランスを崩す。
「だから言っただろ、足元気をつけろって」
カイスが呆れながらも手を差し出す。
「悪い悪い」
そんなやり取りをしながら、慎重に下っていく。
やがて傾斜は緩やかになり、再び森の中へと入った。
木漏れ日が差し込み、さっきまでの開けた景色とは違う、落ち着いた空気が広がる。
しばらく歩くと、また木々の密度が徐々に薄くなっていった。
そして、視界が開ける。
「……おぉ……!」
誰かが感嘆の声を上げた。
そこには、山頂から見えていた草原が、目の前いっぱいに広がっていた。
一面の緑。風に揺れる草が、波のように連なっている。
空は高く、遮るものは何もない。
まるで世界が開けたかのような、解放感。
「すげぇ……ここで飯食うのか?」
ライオスが嬉しそうに言う。
「最高のロケーションだね」
アルトもうなずく。
カイスはゆっくりと周囲を見渡し、
「……静かで、いい場所だ」
と、小さく呟いた。
俺たち以外のクラスの生徒たちは、既に到着していた。
やがて、教師たちが前に出て指示を出す。
「ここが最終目的地だ。各自、好きな場所に分かれて休憩を取れ。昼食もここでとる」
その言葉と同時に、張り詰めていた空気が一気に緩む。
あちこちでシートを広げたり、座り込んだりする生徒たちの姿。
笑い声が広がり、和やかな空気に包まれていく。
「よし! いい場所取ろうぜ!」
ライオスが元気よく歩き出す。
「そんなに急がなくても、ここは広いから大丈夫だよ」
アルトは苦笑いしつつ、ライオスの後を追う。
俺とカイスも静かにその後を追った。
そして、草原の中ほど、少しだけ小高くなった場所にシートを広げた俺たちは、ようやく腰を下ろした。
「はぁ〜〜、疲れたぁ!!」
ライオスが大の字に寝転がる。
「お前、最初あんなに元気だったのに……」
「流石にあの山越えはな……でもまぁ、その分腹減っただろ?」
ライオスはすぐに体を起こし、ニヤリと笑う。
「それは否定しない」
カイスも静かにうなずきながら、荷物を下ろした。
俺も軽く息を吐きながら、背中の荷物を地面に置く。
風が心地よく、草の匂いがほんのりと漂ってくる。
遠くでは他のクラスの生徒たちが笑いながら弁当を広げていて、あちこちで賑やかな声が響いていた。
「よし! 飯にしようぜ!」
ライオスが待ちきれない様子で言う。
「そうするか!」
「僕も、お腹ペコペコだよ」
それぞれが弁当箱を開く。
「どうだ! 見ろよこれ!」
ライオスの弁当は、肉料理がぎっしり詰まっていた。
「やっぱり肉か……」
「当然だろ!! 遠足といえば肉だ!!」
謎の自信を持って言い切るライオス。
「いや、普通はもう少しバランス考えるだろ……」
アルトの弁当は彩りよく、野菜や果物も入っている。
「アルトのはちゃんとしてるね」
「まぁね。栄養も考えないと午後きついし」
カイスの弁当はシンプルながら整っていて、どこか実用的な印象だった。
そして、俺も自分の弁当を開く。
パンと軽いおかず、スープ用の小さな容器。マヨとカタルシアが作ってくれた弁当だ。
「おぉ、うまそうだな!」
ライオスが覗き込みながら言う。
「それじゃあ、食べるか」
俺がそう言うと、みんな自然とうなずいた。
「「いただきます!」」
それぞれが食べ始める。
「……うまっ!!」
ライオスが早速大声を上げる。
俺も一口食べて、軽くうなずいた。
「安心する味だ」
風に吹かれながら、ゆっくりと食事を進める。
会話も自然と増えていく。
「そういえばさ、他のクラスってどんな感じなんだろうな」
ライオスが口に食べ物を入れながら言う。
「さっき少し見たけど、結構個性強そうだったよ」
アルトが思い出すように言う。
「超級クラスもかなり精鋭揃いだね。雰囲気も引き締まってた」
「超級にはフォルティスの貴族の御令嬢がいるみたいだよ。僕は詳しく知らないんだけど、かなりの大物らしい」
カイスもそれに続いた。
「へぇ〜。でも、この学院じゃ珍しい事じゃないんだろ」
俺はそう言いながら、パンをかじった。
アルトは水を飲みながら答える。
「そうだな。この学院はエリート校だからね。ライオスの家系だって、大魔法使いの家系だったよね」
「そうだったんだ」
「そうだぞ! しっかし、貴族様もいるのかぁ! 楽しみだなぁ! 強い奴いたら戦ってみてぇ!」
「ははっ、程々にしとけよ」
そんな他愛もない会話が続く。
戦闘の話も、訓練の話も出るが、どこかいつもより柔らかい。
ただ一緒に食べて、話して、笑う。
それだけの時間。視線を少し上げると、広がる草原と空。
風に揺れる緑と、遠くの笑い声。
何気ない光景なのに、妙に印象に残る。
「おいテンコ、そっちのやつ一口くれよ!」
「なんでだよ」
「いいじゃねぇか!」
「自分の食え」
そんなやり取りに、アルトとカイスが小さく笑う。
時間はゆっくりと流れていく。
慌ただしさも、緊張もない。ただ穏やかな昼のひととき。
それは、確かに"普通"で――そして、今の俺にとっては、少しだけ"特別"な時間だった。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
ライオス:テンコのクラスメイトで、前期選抜首席の実力者。暑苦しいが、見た目に反して魔法使い。
アルト:テンコのクラスメイトで、ライオスの友達。風魔法使いらしい。
カイス:テンコのクラスメイトで、ライオスの友達。スキルの模倣は加護。




