第39話 アインの大霊樹
スピリトゥス滞在3日目の朝。 大霊樹に行く前に、俺たちは許可と詳細を確認するため、霊王城へ向かった。
「アニマ様、忙しいかな」
第一正門を通り、長い階段を上って第二正門の前で待っていると、門から1人の女性が出てきた。
銀色の髪を後ろで束ねた、落ち着いた雰囲気の霊人族。人間で言うと20歳くらいに見える。
「お待たせしました。マヨ様御一行様ですね。ルナから話は聞いています」
女性は俺たちの前まで来ると、軽く一礼して口を開いた。
「ルナ……あの巫女さんを知っているんですか?」
「えぇ、ワタクシはセレナ。あの子は妹です」
「「る、ルナさんのお姉さん!?」」
俺たちは目を丸くして声を上げた。
(確かに、どことなく雰囲気が……)
どうやら、彼女はルナの姉らしい。姉妹そろって、霊域の管理を任されているようだ。
「アニマ様より大霊樹の許可はすでにいただいていますので、申請の必要はありませんよ」
「そ、そうですか。話が早くて助かります」
マヨが動揺しつつ丁寧に頭を下げると、セレナは穏やかに微笑む。
「行かれるのは今日ですよね?」
「はい、その予定です」
「わかりました。アニマ様は現在お取り込み中ですので、ワタクシが代理としてお供いたします」
「えっ!? ついてくるんですか?」
マヨが少し驚いた声を漏らす。
「大霊樹に初めてお越しになる方は、霊域関係者の同行が義務付けられています」
セレナは静かに、しかしはっきりとした口調で説明した。
「なるほど……ガイドのようなものですね」
「えぇ、そういうことです。迷うことなく、最下層まで安全にご案内いたします」
俺はセレナの落ち着いた様子を見て、なんとなく安心した。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
「ふふ、こちらこそ。巡りの良い方々をお迎えできて、光栄です」
セレナは優しく目を細め、軽く頭を下ける。
俺たちは顔を見合わせて、軽くうなずき合った。
「それでは、準備ができ次第、出発いたしましょう。大霊樹までは馬車で移動します」
それから俺たちは急いで荷物をまとめ、宿に戻ってから再び城門前へ向かう。
外には、青白いオーラを纏った馬と浮遊するような白い馬車が静かに待っていた。淡い光の粒子が車輪の周りを回っている。
「おぉ、なんかかっこいいな」
「神秘的ですね」
「ふふっ。揺れも少なく、快適ですよ」
セレナが先導して乗り込み、俺たちはそれに続く。
そして馬車は、音もなくゆっくりと霊王都の外れへと進み始めた。
しばらくすると馬車は街を抜け、緑の濃い森へと入っていく。窓から見える景色は、とても幻想的だ。
霧が薄く立ち込め、木々が淡く光り、道端には小さな光の蝶が舞っている。
「見て見て! あれ、キラキラ飛んでる!」
ミリアが窓に張りついて、外にいる蝶のような生物を指差す。
「精霊の欠片みたいなものですね。触っても害はないですよ」
セレナが説明すると、ミリアは手を伸ばして触れようとするが、蝶はふわりと逃げていく。
俺は馬車の揺れに身を任せながら、ぼんやりと外を見ていた。
お守りの鈴が、首元で小さく音を立てる。 なんだか、胸の奥が少しずつ温かくなっていく気がした。
やがて、木々の間から巨大な白い幹が見え始めた。
空を覆うように広がる枝葉。葉の一枚一枚が淡く光を放ち、まるで生きているかのように揺れている。
「これが……アインの大霊樹か」
俺は思わず呟いた。
やがて馬車がゆっくりと止まる。
セレナが静かに立ち上がり、そっと扉を開ける。
「ここからは歩きで向かいます」
俺たちは馬車を降り、森の奥へと足を踏み入れた。
大霊樹の根元が、すぐそこに見えている。森の空気は、思っていたよりも優しかった。
木々の間を抜ける風が、淡い光の粒子を運んでくる。足元に生えた苔は柔らかく、踏むたびにほのかに甘い香りがした。
セレナが先頭を歩き、俺たちはその後ろを並んで進む。
「大霊樹の入り口は、もうすぐです。道中、霊力が強い場所なので、少し息が上がるかもしれませんが……」
セレナの声は穏やかで、どこか安心感があった。
「大丈夫ですよ。みんな、結構慣れてますから」
俺は軽く笑って答えた。その傍ら、ミリアはすでに興奮気味で、周りをきょろきょろ見回している。
「わー! 木が光ってる! テンにぃ、見て見て!」
幹や枝の一部が青白く発光していて、まるで森全体が呼吸しているようだ。
「これが霊力の影響ね……」
マヨが感嘆の声を漏らす。
カタルシアはそっと手を伸ばし、近くの葉に触れた。
「温かい……」
セレナが振り返って微笑む。
「大霊樹は、霊王国の心臓とも言われています。巡りの源であり、天神様の祝福が最も強く宿る場所です」
俺はお守りの鈴を無意識に握った。
確かに、首元がほんのり熱を持っている気がする。
道は徐々に狭くなり、木々が密集してくる。
ところどころに小さな光の渦が浮かんでいて、近づくと優しく体を包むように通り
抜けていく。
ミリアがその渦に飛び込んで遊ぶ。
「わーい! くすぐったい!」
「ミリア、危ないわよ」
マヨが慌てて追いかけるが、渦はただ優しくミリアを浮かべては下ろすだけだった。
俺たちは自然と笑い合った。
そんな穏やかな道中を30分ほど歩くと、前方がぱっと開けた。
そこに、巨大な幹がそびえ立っていた。直径30mはゆうに超えているほどの大きさだ。
根元は丘のように盛り上がり、自然にできた洞窟のような入り口がぽっかりと口を開けている。
入り口の周囲には、古い石碑のようなものが並び、淡い光の膜が張られていた。
「ここが……大霊樹の入り口です」
セレナが静かに立ち止まり、俺たちを振り返った。
「これより先は、霊力が濃密になります。心を落ち着けてお進みください」
俺たちはうなずき合い、一歩ずつ洞窟の中へ足を踏み入れた。
「おぉ……すげぇ……」
「広いですね」
「ここが木の内部だなんて……」
内部は予想以上に広かった。
壁は樹皮ではなく、まるで磨かれた白い石のように滑らかで、ところどころに青白い脈のような光が走っている。
道は緩やかに下り坂になっていて、時折小さな光の妖精のようなものが俺たちの周りを飛び回った。
さらに進むと、道が少し狭くなり、階段のような段差が現れた。
「では、降りましょう」
下りていくごとに、霊力が体に染み込んでくる感覚があった。
息が少しずつ深くなり、心臓の鼓動が静かに、しかし強く響く。
下層にはたくさんの部屋が存在していた。
迷路のような回廊を進み、部屋を一つ一つ巡っていく。
古代の儀式場。古めかしい書庫。武器庫。祭壇。
どれも帝国のものとは違う、独特な雰囲気を放っている。東南アジア系の雰囲気だ。
「雰囲気が素敵ですね」
「そうでしょう。ワタクシもここの雰囲気は大好きです!」
「攻略系のダンジョンじゃなくて、観光用で落ち着くな」
「そうね」
「知らないものがたくさんあって、楽しい!」
そんな会話をしながら、やがて長い階段を下りきった先には、広い空間が広がっていた。
そこに、巨大な石扉が立っている。
白い石でできた扉は、表面に複雑な紋様が刻まれ、淡い光を放っている。
普通の扉とは違う。
近づくと、霊力が渦を巻くように扉の周りを回り始めた。
「こ、これは……?」
「これは……禁霊神域の大扉です」
セレナの声が、少しだけ緊張を帯びた。
「選ばれた者にしか開かないと言われています。記録が残っている限り、これまで開いたのは……二度だけ」
俺たちは息を呑んだ。
「おぉ~……」
「なんというか、今までのものとは核が違いますね。最高位霊域の一つでしょうか」
その独特な雰囲気に、みんなは圧倒される。だが、
(今までの経験から考察すると……なんか嫌な予感が……)
と、俺は少し嫌な予感がしていた。
やがて、その予感は的中することとなる。
俺が小さく一歩前に出で扉の前に立つと、扉に描かれた紋様がゆっくりと青白く輝き始めた。
――ゴゴゴ……
それから少し間をおいて、低い音が響き、扉がゆっくりと開き始めた。
「え……?」
セレナが目を丸くする。
「開いた……? 今、誰に反応したのでしょう……マヨ様ですかね?」
彼女は困惑したように俺たちを見回した。
(やっぱりね……こういう系は、だいたい俺が絡んでるんだよなぁ)
俺はふぅっと軽く息を吐く。
開いた扉の向こうは、広い神殿のような空間だった。
天井が高く、壁一面に色鮮やかな壁画が描かれている。
中央には祭壇が一つ。
「初めて見ました……」
セレナは唖然としている。
そんな中、ミリアが、
「うわぁ、ひろ~い!」
と、中に駆け出した。
「あっ、ミリア! 勝手に入っちゃだめよ」
止めようとするマヨを見て、セレナはゆっくりと口を開いた。
「この扉が開いたら、本来国に即報告するべきですが……少しだけなら良いですよね……行きましょう」
その目の奥には、好奇心に満ちた輝きが感じられる。
「よしっ、じゃあ行ってみるか!」
こうして俺たちは、ゆっくりと中へ足を踏み入れた。
内部は直径100mほどの円形の空間で、柔らかな空気で満たされている。
「古代の壁画……ですかね」
カタルシアは壁に手を当て、そう呟く。
「この扉が開いたの数百年も前のことらしく、詳細はワタクシでも知りません。ですが、あそこに見える中央の祭壇には、ある強力な力を持った武器があったと言われています」
セレナの言葉を聞き、みんなは中央の祭壇に視線を向ける。
祭壇付近の床には幾何学的な模様が書いてあり、淡く光を放っている。
「武器……勇者の剣みたいだな」
「えぇ、まさにその通りです。その剣は、当時大陸の北西地方を支配していた魔王を打ち倒すため、勇者が持っていったと言われています」
「そんな話、聞いたことないわね」
俺たちは壁画を眺めながら、ゆっくりと祭壇の周りを回った。
中央の台座は空っぽだったが、淡い光の残滓がまだ残っているようで、触れると指先が少し震えた。
「かなり抽象的ですが、この壁画は天神様でしょうか?」
カタルシアが静かに尋ねると、セレナは小さくうなずいた。
「天神様が天地創造をしている場面だと言われています」
俺は祭壇に視線を落とした。
胸の奥で、かすかなざわめきがする。でも、それは嫌なものじゃなかった。
「剣は行方知らずなんですか?」
「記録には確かにありますが、今はもう誰の手にもないのでしょう。また新たな地で眠っていると思います」
「まぁ……いつか、巡りが繋がったらわかる日が来るかもな」
俺は小さく笑って、そう呟いた。
セレナが優しく微笑む。
「そうですね。巡りは、急がず、ただ待つものですから。では、そろそろ帰りましょうか」
「そうだね。いいもん見れたし、来てよかった!」
「ですね!」
そうして、みんなで笑い合いながら、俺たちはその場を後にした。
扉が静かに閉まる音が背中で響く。
帰り道、森を抜けると、霊王都の外れで人々が忙しなく動いていた。
城の前でセレナと別れ宿に向かう途中、提灯を吊るす者、花を飾る者、屋台の骨組みを組む者とたくさんすれ違った。
「なんか……お祭りの準備みたいですね」
「そうだな……でも、明日にはこの街を出るのか……」
「もう3日経つのね。名残惜しいわ」
俺は遠くの街並みを見ながら、首元のお守りを握った。
鈴が小さく鳴る。
今日は街の喧騒が、少しだけ大きく聞こえた。
少しでも、
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。
セレナ:アインの大霊樹を管理する霊人族の女性。穏やかな性格。ルナの姉。人間で言う20歳くらいの見た目。




