第37話 天神信仰
スピリトゥスに着いてから2日目の朝。
俺がカーテンを開けると、柔らかな朝の日差しが目に飛び込んできた。
「いい朝だな」
窓の外に広がる新鮮な景色を見ながら、独りそう呟く。
昨日俺たちが適当に取った宿は、少し高い場所にあり見晴らしがいい。
「さて、みんなを起こしますか」
俺は一息つくと、みんなを起こしに行く。
それからみんなが起きると、俺たちは1階の食堂に朝食を食べに向かった。
「今日の予定は適当に街ブラするんだよね」
俺たちは朝食を食べながら、予定を確認する。
「そうですね。帝国の外は初めてなので、とてもワクワクします!」
「そうね。私も幼い頃、ママに連れられて来たくらいで、あまり覚えてないから楽しみだわ」
「食べ歩きしたーい!」
そんな話をしながら朝食を食べ終えると、すぐに準備を済ませ、宿を後にした。
宿を出ると、朝のアインはすでにゆるやかに動き始めていた。
石畳の道を、淡い光が滑るように照らしている。白と薄青を基調とした街並みは、昨日見たときよりもさらに澄んで見えた。
「やっぱり、光り方が違うよな」
「霊石ですね」
壁に埋め込まれた霊石が、朝日に反応してやわらかく輝いている。眩しいのではなく、包み込むような光だ。
「れいせき?」
「霊石は霊力を蓄えた特殊な石よ。要するに魔石みたいなもの。太陽光に反応して、ほんの少しだけ活性化するの。」
そんなやり取りをしていると、ミリアはすでに屋台に吸い寄せられていた。
「テンにぃ! 見て見て! なんか光ってるパン!」
指差した先には、ほんのり青白い光を帯びた丸パンが並んでいる。
「珍しいパンですね」
「これは"巡りの酵母"ですよ」
俺たちが近づくと、屋台の店主らしき霊人族の女性が、にこやかに説明してくれた。
「巡りの酵母?」
「えぇ。霊王国では、発酵にも霊力を使うんです。今日は天神様の巡り日ですから、いつもより香りが良いはずですよ」
「天神様……世界を創り、人類を生み落としたとされている存在ですね」
俺は思わず聞き返した。
「はい、そうです。天地創造の女神様。この世界の守護神のような存在です」
(女神様? 天神って女性だったのか……女性……ゲームマスター?)
少し気にはなっていたが、天神はゲームマスターの表上の設定っぽいなと、俺は改めて思った。
「私たちの帝国が特殊なだけで、ほとんどの国は天神信仰よ。魔神王が君臨する国以外はね」
店主の言葉に、マヨも付け加える。
「言われてみればそうか……テルースも天神を信仰してたしな」
「ふふふ。私たちの国は、あんな野蛮じゃないですけどね。同じ宗教国家でも、私たちにとって魔神王は、天神様が最初に創造した"柱"ですので敬う対象です。詳しくは広場の天神像をご覧になるとよろしいですよ。今日は祈りの市も出ていますから」
店主はそう言って、焼き立てのパンをミリアに渡した。
「ありがとう!」
ミリアは早速かぶりつき、目を輝かせる。
「ん〜! なんか……ふわっとする!」
「香りがお花みたいですね」
カタルシアも一口食べ、感心したように呟く。
「霊力は"循環"を助ける力だから、非能力者の体にも優しいのよ」
店主が補足する。
「循環、ねぇ……」
昨日、アニマが言っていた言葉が頭をよぎる。
――力は巡る。命も巡る。世界も巡る。
俺は、なんとなく胸の奥に小さな引っかかりを感じた。
だが、その正体はまだ掴めない。
「よし、せっかくだしその広場ってとこ行ってみるか!」
「さんせーい!」
ミリアが元気よく手を挙げる。
俺たちは石畳の大通りを進んでいった。
道の両脇には、霊石細工の店や、不思議な香りの草花を売る屋台が並んでいる。
風が吹くと、小さな風鈴のような飾りが澄んだ音を立てた。
「きれい……」
カタルシアが立ち止まり、吊るされた水晶細工を見つめる。
「それは"祈り鈴"といいます」
すると、店の老人が穏やかに声をかけてきた。
「願いを込めて鳴らすと、霊力が天へ巡るのだそうです」
「天へ巡る?」
「えぇ。天神様へ」
「へぇ、面白いですね」
俺は視線を上げる。
そして更に進むと、通りの先、ひらけた広場の中央に、白い巨大な像が見えた。
「あれが……?」
「たぶん、天神像ね」
マヨが小さく頷く。
広場に近づくにつれ、人の気配が増えていく。
だが不思議と騒がしくはない。人々は静かに祈り、語らい、笑っている。
そして広場の中央――そこに立っていたのは、翼のような意匠を背に持つ、抽象的な石像だった。
顔立ちははっきりしない。だが、どこか少女のように見える。
背後には円環が彫られている。まるで巡りを象徴するかのように。
「……これが、天神か」
俺は無意識に呟いた。
(円環に翼……あの時の魔神王みたいだ)
翼はどうやら円環から生えているようだ。どこか既視感がある。
広場の端では、白装束の霊人族が静かに語りをしている。
「天神は裁かない。ただ巡らせる」
その言葉が、風に乗って届いた。
「巡らせる……?」
俺は思わず足を止める。
「世界が滞るとき、天神は流れを整える。破壊も創造もせず、ただ世界を観測し、巡りを戻す」
穏やかな声。
だが、どこか芯がある。
「それが、この国の信仰よ」
マヨが静かに言う。
それに続き、カタルシアも口を開いた。
「創造も破壊もしない。ただ流れに身を任せて、観測する。霊王国らしい思想ですよね」
「……あぁ」
俺はもう一度、天神像を見上げた。
(巡り……観測、か)
「ちょっと変わってて、面白い思想だな」
俺はそう言うと、静かに笑みを浮かべた。
「さぁ、観光を続けましょうか」
そして俺たちは、再び歩き出した。
それから俺たちは、半日中歩きつづけ、気づけば昼になっていた。
広場を後にし、石畳の道をゆっくりと歩く。
「いっぱい歩いたね〜」
ミリアが両腕を伸ばしてあくびをする。
「流石に少し疲れました……」
カタルシアも疲れたように微笑んだ。
「そろそろ昼食を取りましょうか」
「そうするか」
マヨの言葉に、俺は静かにうなずいた。
「ミリアはいっぱい食べ歩きしてたから、あんまり腹減ってないだろ」
「いや、空いてるよ」
「空いてんのかい」
俺はそんなやり取りをしつつ、ふと視線を右の高台の方へと向けた。
霊王都の奥、城のさらに向こう。
真昼の日差しに照らされ、一本の巨大な樹が浮かび上がっていた。
今日は空気が澄んでおり、はっきりと見える。淡く光をまとい、空へと伸びる大樹。
「あれって……」
「あれは『アインの大霊樹』よ」
マヨが答える。
「天神の祝福を受けたとされる樹。霊王国の象徴ね」
「へぇ……」
俺はその大樹をボーッと見つめる。俺たちの間を、風が吹き抜けていく。
その瞬間、遠くにあるはずの大霊樹の葉が、かすかに光を揺らしたように見えた。
――ドクン。
胸の奥で、小さな鼓動が鳴る。
「……テンコ?」
マヨの声に、ハッとする。
「いや……なんでもない」
本当に、なんでもないはずだ。
なのに。あの樹を見ていると、妙に落ち着かない。
懐かしいような。それでいて、触れてはいけないような。
微かに魂が共鳴している感覚だ。
「あそこ行ける?」
ミリアが無邪気に聞く。
「どうかしらね。大霊樹は立派なダンジョンでもあるし、許可が必要よ」
「ダンジョン!?」
俺は思わず食いついた。
「それ、面白そうじゃん」
さっきまでの違和感が、好奇心に上書きされる。
だが、もう一度だけ大霊樹を見る。
「行けそうだったら、明日行ってみよっか」
「……楽しみだな」
俺はそう言って、視線を戻した。
「さっ、まずは昼飯食べに行きましょ」
それから俺たちは、石畳をゆっくりと下りながら、昼食を求めて通りを歩く。
「テンにぃ、さっきのパンもう一個食べたい」
「おい、今から飯屋行くんだぞ?」
「別腹だもん」
「さっきもそれ聞いたわ」
マヨが呆れたように肩をすくめる。
「でも確かに、あの酵母の香りは不思議でしたね。身体の奥が少し温かくなるような……」
「カタルシアは理論派なのか感覚派なのかわかんねぇな」
「両方です」
ニコリと微笑まれ、俺は苦笑する。
しばらく歩いていると、通りの先から香ばしい匂いが漂ってきた。焼いた肉と香草、それにスープの匂いが混ざっている。
「うわ、あれ絶対うまいやつ!」
ミリアが尻尾をぶんぶん振りながら走り出しかける。
「こら、転ぶわよ」
「大丈夫だもん!」
そう言った直後、石畳の段差に躓きかけるミリア。俺は反射的に襟首を掴んだ。
「ほらな」
「むぅ……」
「霊王国で初転倒は避けたいわね」
マヨの一言に、みんながくすっと笑う。
さっきまで胸に残っていたわずかなざわつきも、今は遠い。
巡りだの、祝福だの、難しい話はひとまず置いておこう。
「まっ、確かにいい匂いだし、あの店入るか!」
「やったー!」
暖簾代わりの淡い布をくぐりながら、俺はふと思う。
今この穏やかな時間も、きっと大事な巡りのひとつなのだろう。
そんなことをぼんやり考えながら、俺は仲間たちと一緒に、昼の喧騒の中へ足を踏み入れた。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。




