第33話 内なる魔神王
聖戦が開始してから約30分が過ぎたにも関わらず、未だ勢いは落ちることを知らなかった。
結界内部は、もはや原型を留めていない。
地面は幾重にも抉れ、重力の歪みで宙に浮かぶ岩塊がいくつも漂っている。
光の残滓と闇の粒子が混じり合い、空間そのものが軋んでいた。
それでも――2人は立っている。
無尽蔵の体力。無尽蔵の天賦力。未だ底の見えない圧倒的な力。
「はぁ……ふふっ、しぶといですねぇ」
しかし、ここに来て荒い呼吸を漏らしたのは、セレステの方だった。
対するグランは、肩で息をしながらも、黒翼を広げたまま静かに構えている。
その瞳の奥には、怒りではなく、冷えた決意が宿っていた。
「どうした、神王。祈りは尽きたか?」
「……戯れ言を」
セレステは槍を強く握り直すと、再び光翼を広げた。
天より降り注ぐ天光がセレステの身体を包み込み、神力が爆発的に膨れ上がる。
〔星光の天聖陣〕
そして結界内部に、巨大な星の紋章が描かれた天聖陣が展開された。
天聖陣から無数の光の刃が放たれ、四方八方からグランへ襲いかかる。
「数で押すか。だが――」
グランは片手を掲げる。
〔空間歪曲〕
強大な重力の渦が空間を歪め、光刃は軌道を狂わされ、宙へと逸れていく。
「なっ――!?」
セレステの表情が僅かに歪む。グランはその隙を逃さない。
黒翼を一閃。次の瞬間、姿が掻き消えた。
「――ッ!」
セレステが反応した時には、すでに遅い。
〔闇重・十文字斬り〕
漆黒の刃が、重力を纏って振り下ろされる。
光の結界が咄嗟に展開されるが、今度は弾け飛んだ。
――バキィン!!
結界が砕け散り、衝撃がセレステの身体を吹き飛ばす。
地面にたたきつけられ、何度も転がり、ようやく止まる。
「ぐっ……!」
純白の衣装が裂け、光翼が揺らぐ。
結界外から見守る俺の背筋に、冷たいものが走った。
(流れが……変わった?)
互角に見えた戦いは、ここに来て明確な差を見せ始めていた。
「貴様の光は強い。だが、軽い」
グランがゆっくりと歩み寄る。
「信仰に依存した力は、揺らぐ。だか、怒りも憎しみも抱えた俺の重力は、揺るがん」
「……魔が、神に説教とは」
セレステは立ち上がる。だが、その足取りは明らかに鈍い。
再び槍を構えるが、呼吸が乱れている。グランは両手を広げた。
その瞬間、周囲に漂っていた岩塊が、一斉にセレステへ向けて収束する。
〔重力収束〕
圧縮。見えない力が、四方からセレステを押し潰そうとする。
「くっ……!」
セレステは必死に祈祷を唱え、光の膜を展開する。
だが、その膜が軋み、亀裂が走った。
「終わりだ、セレステ。」
グランの声は静かだった。
〔重獄崩天〕
そして次の瞬間。空が、落ちた。
結界内の重力が一瞬で跳ね上がり、全てが地へ叩きつけられる。
セレステの膝が、ついに地面に着いた。
「ッ!!」
槍を支えに立とうとするが、立てない。
光翼は半ば砕け、神力の輝きが明らかに弱まっている。
グランはその目前に降り立った。黒翼を背に、魔剣を構える。
「父上の無念……そして、アンドロメダの未来を胸に。貴様をここで断つ」
セレステは歯を食いしばり、なおも睨み返す。だが、立ち上がれない。
結界内の空気が凍りつく。
俺は思わず息を止めた。
追い詰めた。魔王グランが、神王セレステを。
――だが、それで終わりではなかった。
「ぐ、ぎぎ……」
セレステが最後の力を振り絞り、何やら打ち上げ花火のような光を発射した。
(なんだ……攻撃を外した……?)
違和感だけが残る。
セレステは膝をついたまま、肩で息をしている。
だが、その口元がわずかに歪んだ。
「……なぁ、魔王グラン」
掠れた声。先ほどまでの威圧はない。
「貴様の父は……最期に何と言った?」
グランの眉が僅かに動く。
「時間稼ぎか?」
「いいや。純粋な興味だ。あの男は、最後まで民を守ると言っていたのか?」
沈黙。結界の外では、両軍が固唾を呑んで見守っている。
戦場に似つかわしくない、静かな対話。
「……父上は言った」
グランは魔剣を下ろさない。
「『力は恐怖のためではなく、護るために使え』と」
「そうか」
セレステは目を伏せ、くつくつと笑う。
「ならば、お前は正しいのだろうな」
その言葉に、わずかな違和感。俺の背筋に、ぞわりと寒気が走った。
(おかしい……さっきの光……まさか――)
セレステが顔を上げる。その瞳には、先ほどまでの劣勢は微塵もない。
「だがな、グラン。王とはな、理想だけで国を守れるほど甘くはない」
グランが一歩踏み出す。
「何を――」
その瞬間、結界の外から微かな揺らぎが生じた。
空気が変わる。神王軍の陣地にあるはずのない魔力が蠢く。
グランは気づいていない。俺は目を見開いた。
(あれは……まさか……!)
神王軍の陣地後方。
不可視の隠蔽結界が、音もなく解除される。
そこに姿を現したのは――巨大な砲台。白銀と黄金で構成された、神殿のような大砲。
砲身には無数の聖紋が刻まれ、中心部には凝縮された光が脈動している。
「神核兵器……!」
俺の口から、思わず漏れた。莫大な力が収束していく。
空気が震え、空が軋む。
セレステは静かに笑った。
「貴様……!」
グランが振り向く。だが、遅い。
「王とは、勝つためにある」
セレステが片手を振り下ろした。
「――撃て」
次の瞬間。轟音と共に、世界が白に染まる。
極太の光が、グランへと放たれた。セレステは上空へと逃げる。
力を極限まで圧縮した、破滅の一撃。
結界は愚か、俺たちや魔王軍……下手すれば魔王国までをも飲み込む光。
「グラン!!」
叫んだのは俺だった。衝撃波が大地を削り取り、空間を裂く。
(まずい……どう……する……)
俺が思考した時には、既に体が動いていた。
大気を切り裂く稲妻の如く、俺は駆けた。"あの時"の速さで。
――ズバァァン!!
俺は全身で、砲撃を受け止める。どうやって受け止めているのかは自分でもわからない。
「て、テンコ!?」
「陛下!?」
一瞬遅れて、マヨとグランが反応する。
(ぐぅぅぅ……重い……!!)
バリバリと衝撃波が大地を削り取り、空間を裂く。
結界は粉々に砕け、半径数キロに渡って土煙が舞い上がった。
耳鳴り。視界は白。
HPと魔力――MPと、神力――GPがゴリゴリ削れていくのがわかる。
(みんなの日常は……我が……護る……)
「ガァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
心の底から、強い感情が溢れてくる。護りたいという気持ち。
その気持ちが強くなるほど、俺を取り巻くオーラは大きくなっていった。
みんなは唖然として、見つめている。あまりの閃光に目を覆い、何が起きているのか理解できていないようだ。
そんな中、俺は1人戦う。
もう限界は越えている。何も見えない。何も感じない。
ただ、感情だけが、俺を突き動かしていた。
「護る……絶対に……俺は、この国の……王だ!!」
そしてついに、砲撃を天へと弾き返した。
――ズドォォォン!!
轟音と共に、天に光の柱が昇った。
「ば、馬鹿な……ヤツは何者だ……」
陣地に戻っていたセレステは、目を見開いて驚く。
俺はそのまま後方に吹き飛び、倒れ込んでしまった。
「陛下……!」
グランがすぐさま駆け寄る。
だが、返事はない。俺は完全に意識が飛んでいた。
「テンコ!!」
マヨも駆け寄ってくる。
しばしの静寂が流れた。
誰もが最悪の場合を想定していた。
しかし次の瞬間、俺の体から膨大なオーラが溢れ出し、宙に浮いた。
「なッ!?」
大地が震え、ありえないほどの圧がその場の全員を襲う。
「な、なんだ……これは……」
「ぐわぁぁ……」
全員がその場に、強制的に跪かされる。上から押さえつけられ、体を起こせない。
俺の体から溢れるオーラは、全開の時のグランやセレステには及ばない。しかし、それ以上の圧倒的な"何か"を、みんなは感じた。
やがて、圧は収まり、オーラも萎む。
グランは恐る恐る顔を上げた。
「……ッ!?」
そこで、信じられないものを目の当たりにする。
顔の左側。白い髪に青い目の青年が、目の前に立っていた。
顔の半分だけだが、その姿は魔王城にあった、かつての魔神王そのものだった。
「……グラン。」
魔神王はゆっくりと口を開く。
「「……」」
グランもマヨも、カタルシアもミリアも、セレステや両軍の兵や従者まで、言葉を失った。
顔も声も同じはずなのに、雰囲気がまるで別人のようになっている。
「スペーズの長男か。其方の聖戦。見届けさせて貰ったぞ」
「陛下……記憶が……」
「いや。これは一時的なものに過ぎない。時間が経てば、また元に戻ってしまうだろう」
魔神王はそう言うと踵を返した。
「……さぁ、始めようか」
内なる魔神王が、ここに降臨する。
混沌と化した戦場で、ただ一つの希望が微かに渦巻いていた。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
グラン:アンドロメダ魔王国の魔王。真面目。誠実な性格。若い顔だが威厳がある。
セレステ:テルース神王国の神王。天神に対して歪んだ信仰心を持っている。




