第30話 戦争準備
報告会が終わった日の夜。俺は、この世界に来てから――いや、生まれて初めて戦争というものに直面し、緊張していた。明日が来なければいいと、そう思っていた。
それでも朝は、何食わぬ顔でやって来る。一夜明けた魔王都アルマクは、奇妙な静けさに包まれていた。
空はどこまでも青く、雲は穏やかに流れている。市場には人が出て、子供の笑い声も聞こえる。
だが、その裏側で確実に何かが動いていた。
城門の警備は倍に増え、武具庫では朝から金属の打ち合う音が鳴り響く。兵站部隊が忙しなく物資を運び、隠密部隊が次々と出立していく。
戦争の匂いが、確かに漂っていた。
「街は……いえ、国はもう戦争モードですね」
「今では国全体が慌ただしいわね」
みんなはグランの元へ向かう。
城の回廊を歩きながら、俺は小さく息を吐く。
「……昨日まで、歴史の話だったのにな」
報告会で語られた過去。テルースとの確執。神王セレステという存在。
それらは"物語"のように聞こえていた。
だが、今は違う。それは現実だ。
そして現実は、準備を始めている。
グランの部屋に着くと、そこには昨日報告会にいた王子と王女、そして側近らしき老臣が立っていた。
どちらも藍色の髪に藍色の瞳。王子と王女は、見た目はどちらも俺やマヨと同い年くらいだ。
「朝早くにすみません」
グランはそう言って立ち上がると、今日の予定について話し始めた。
「今日、私は皇国へ赴き、援軍の要請をしに行く予定です。そこで――」
グランは王子たちに視線を向ける。
「今日はこの者たちが、マヨ様御一行の付き人となります」
グランが話し終えると、王子が一歩前に出て、
「僕はアンドロメダ魔王国第一王子のラッツと申します。今日は一日、よろしくお願いします」
と、頭を下げてきた。
それに続き、
「同じく、第一王女のアルフェと申します」
「ワシはグラン様の側近である、アディルという者です。今日は監督役を努めさせて貰います」
と、他の2人も自己紹介をしてきた。
自己紹介が一通り終わると、グランは短くうなずき、再び口を開いた。
「私はすぐに出立します。皇国での協議は長引く可能性がある。任せたぞ。ラッツ、アルフェ」
「了解しました、父上」
「承知しましたわ」
ラッツ王子は真っ直ぐに答え、アルフェ王女も静かにうなずいた。
グランの出立準備が始まると、城内の空気はさらに慌ただしくなった。
「私たちはこれから何をするの?」
俺たちが廊下を歩いていると、マヨがラッツとアルフェにさらっと質問する。
(タメ口、と思ったけど、そういえば顔見知りだったな。時々マヨが皇女様なことを忘れるわ)
急な質問だったので、俺は少し驚きつつ、一人で納得していた。
「僕たちは父上が戻るまで特にすることがないから、御一行様と手合わせでもしてもらえって、父上から言われているんだ」
「そう。だから今、お城の地下にある訓練場に向かってるのよ」
「き、君たちと手合わせ!?」
俺は驚きでうっかりそう漏らす。隣では、マヨとカタルシアも驚いた表情を浮かべている。
「手合わせと言っても、軽く確認する程度ですよ。それに、そこのテンコという従者は強いと、父上から聞いています」
アルフェはそう言うと、ニコッと笑う。
「え、ま、まぁ、パーティでは一番強い……ですけど……」
(グラン……俺のこと高く見積もりすぎだ)
そんなやり取りをしつつ、俺たちは訓練場へと向かった。
城の地下深く。重厚な扉を抜けた先に広がっていたのは、円形に整えられた闘技場のような広大な訓練場だった。
床は黒曜石のような石材で固められ、壁には無数の傷跡が刻まれている。
ここが、魔王国の王族たちが鍛錬を積んできた場所なのだと、一目で分かった。
「ここなら、多少派手にやっても問題ありません」
アディルがそう言って一歩下がる。
ラッツとアルフェは自然と訓練場の中央へ進み、俺たちも少し距離を取って向かい合った。
「じゃあ……誰からいきますか?」
俺がそう聞くと、
「まずは僕から。僕は君を指名するよ」
と、ラッツは俺を指さした。
「やはり、僕ですか」
「マヨさんの実力はだいたい知ってるからな」
ラッツが軽く肩を回しながら言う。
「私は貴女と戦いたいわ」
続けてアルフェがカタルシアを指名した。
「わ、私ですか!?」
「えぇ。貴女、魔導士でしょう? 私も魔導士だから、いい相手になるわ」
「そ、そうですか?わかりました。未熟者ですが、頑張ります」
カタルシアは少しオドオドしつつも、魔導士対決ということで、静かな闘争心を燃やしていた。
ミリアはそんなみんなを見ながら、自分も戦いたかったと少しションボリする。
「ほっほっほ。そう落ち込むな獣人の娘よ。君の相手はワシがしてあげよう」
そんなミリアに、アディルは優しく声をかける。
「それじぁ、始めようか」
それからラッツはそう言うと、拳を軽く構えた。
俺とラッツ以外のみんなは、距離をとる。
(ラッツ王子……どんなもんかな)〔解析〕
ラッツと対面した俺は、バレないようにしれっと解析を使い、ステータスを確認した。
ちなみに、バグとの戦いでスキルが進化して、他人との画面共有のオンオフができるようになっていたので、ウィンドウはみんなには見えていない。
【Ratz=Andromeda】Lv.51
独自能力:影魔法
HP:10000/10000
MP:12000/12000
STR:600
DEF:400
〈〈詳細〉〉アンドロメダ魔王国の第一王子。
そこに映し出されたのは、想像の上を行くステータスだった。
(レベル51だと!? グラディウスに匹敵するレベルじゃないか! つまり、一国の英雄級の力を持っているということか)
俺がそんなことを考えていると、
「それでは、始め!」
と、アディルの合図が聞こえてきた。
その瞬間、ラッツがすごい勢いで迫ってきた。
「き、近接戦!?」
俺が驚いて構えると、ラッツはスッと影に潜り、俺の背後に出現した。
「もらった!!」
「いッ!?」〔ライトニングシールド〕
俺はとっさに雷盾を生成しながら、体をひねり、前に避けた。
ラッツの拳は盾に阻まれ、ビリビリと電気が走った。
「いってて〜、雷魔法かぁ。相性悪いなぁ」
ラッツは手を振りながらそう言うと、
「まっ、戦闘スタイルは似ているね」〔シャドウソード〕
と、影の剣を生成した。
「近接スタイルの魔法使い……いいですね」〔ライトニングソード〕
俺も、ラッツに続き剣を生成する。
しばし沈黙の後、互いに一気に攻め込んだ。
影の剣が、足元から跳ね上がる。ラッツは踏み込みと同時に斬りかかり、その刃は途中で軌道を変えた。
俺は雷剣で受け流し、攻撃する。
「剣自体を避けても体が痺れる……厄介だな。」
俺たちは、互いに一歩も引かない攻防を繰り広げた。
雷光と黒影がぶつかり、火花のような魔力が弾けた。
二合、三合。互いの剣が交わる度に、影と稲妻がバチバチと空間内をほとばしる。
影の刃は地面からも伸び、死角を突く。俺も攻撃をいなしつつ、複数の雷剣を飛ばす。
両者とも引かない激しい攻防。だがそんな中、ラッツが仕掛けた。
「くらえ!」〔シャドウインパクト〕
影で拳の形を作り、俺を思い切り殴った。パンチは黒い霧となって霧散する。
「よしっ、もら――」
しかし、攻撃を直撃させ、フィニッシュを決めようとスるラッツの手を、俺は霧の中から掴んだ。
「……えっ?」
俺を殴り倒したと思っていたラッツは、霧の中から平然と姿を表した俺を見て、一瞬固まる。
その一瞬の好きを突き、俺は背負い投げでラッツを倒した。
「ぐぅッ!」
「そこまで!」
倒れたラッツに雷剣を突き立てると、アディルの合図と共に手合わせが終了した。
ラッツの影が、静かに霧散していく。
「いや〜、勝ったと思ったんだけどなぁ。君、耐久力高すぎでしょ」
「あなたこそ、手加減されてましたよね。本来なら僕の負けでしたよ」
倒れたラッツに俺はそっと手を差し伸べる。
ラッツは静かに微笑むと、俺の手を取った。
その後、カタルシアvsアルフェの戦いは、アルフェの黒炎を操る魔法によって、アルフェの勝利で終わり、ミリアvsアディルの戦いは、アディルが加減をし、ミリアの勝利で幕を閉じた。
訓練場を後にした頃には、城内に夕暮れの気配が満ち始めていた。
高窓から差し込む橙色の光が、石造りの回廊を長く染めている。
昼間の張り詰めた空気は少しだけ緩み、兵士たちの足音もどこか穏やかだった。
「いやぁ、今日は疲れたね」
ラッツが軽く伸びをしながら言う。
「ええ。ですが、実りのある時間でした」
アルフェはそう答え、ちらりとテンコの方を見る。
「テンコさん、今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
少し照れたように答えながら、俺は肩の力を抜いた。
戦争の影は消えていない。だが、ほんのひとときだけ、訓練に集中できた時間は、確かに心を落ち着かせてくれていた。
「じゃあ、今日はここで解散ね」
マヨがそう言った、その時だった。
回廊の向こうから、複数の足音が近づいてくる。
自然と全員がそちらへ視線を向けた。
「父上……予定より早い帰還ですね」
ラッツの声が、わずかに強張る。
そこに立っていたのは、物々しい雰囲気を纏った魔王グランだった。
その背後には数名の近衛兵と、見慣れない隠密部隊の姿。
長旅を終えたばかりだというのに、グランの背筋は一切崩れていない。
だが、その表情は、昼に見たものとは明らかに違っていた。
「お帰りなさいませ、父上」
「皇国との協議は……?」
アルフェの問いに、グランは短くうなずく。
「援軍の目処は立った。だが――」
その言葉の途中で、グランは一歩前に出る。
「たった今、隠密部隊から伝言が届いた」
空気が、一瞬で張り詰めた。
「テルース神王国よりだ」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。
グランは、俺たち一人一人の顔を順に見渡す。
「神王セレステが、"聖戦"を宣言した。長い因縁に終止符を打つべく、私とセレステの一騎打ちで決着をつけると。
日時は、明日。もし応じなければ、神核兵器を行使すると……」
「なっ……!」
「正気か……!」
みんなの間に動揺が走る。
「見届人は、魔王軍下級隊士および兵士、3万人のみ。ただし——"情として"、信頼できる従者10名まで同行を許可する、とのことだ」
誰もが、それが罠だと理解していた。理解しているからこそ、言葉を失っていた。
やがて、第一王子ラッツが一歩踏み出す。
「父上、それは——!」
「罠ですわ。間違いなく」
アルフェも即座に言い切った。
「行かれてはなりませんよ……!」
アディルも険しい表情で、グランにそう訴えかける。
だが、グランはゆっくりと口を開く。
「……分かっている」
低く、しかしはっきりとした声。
「これは罠だ。奴らは初めから、聖戦となる場を決めるために、マロン王国の兵に扮していた。こちらの緊張を煽り、小国だからと私が舐めてかかれば願ったりといった感じか。
これは聖戦と称した、政治的処刑。だがな——護られるだけが、王ではない」
静かな一言が、重く落ちる。
「逃げれば、国は護れても王は終わり、国を護れなくても王は終わる。ならば、立つべき時に立とう。この一騎打ち、私が受ける」
「「……」」
誰も、すぐには反論できなかった。
俺は、ただその背中を見ていた。止めたい気持ちでいっぱいだが、これは魔神王として後押しすべきなのか、わからなかった。
沈黙。俺は予想外の出来事に、何も考えることができなかった。
ただ、静寂の中、夕日が肌を焼く感覚だけが、鮮明に残っていた。
少しでも、
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。
グラン:アンドロメダ魔王国の魔王。真面目。誠実な性格。若い顔だが威厳がある。
ラッツ:グランの息子で、アンドロメダ魔王国の第一王子。とても元気があり、明るい性格。
アルフェ:グランの娘で、アンドロメダ魔王国の第一王女。割と大人しい性格。
アディル:グランの側近。先代魔王の代から幹部にいる。




