第29話 暗黒の歴史
会議が開かれたのは、報告がもたらされたその日のうちだった。
魔王城アンドロメダの中枢に位置する円卓会議室には、異様な緊張が漂っている。
重臣、上級貴族、軍部の代表者、そして第一王子と王女――これほどの顔触れが一堂に会することが、事態の異常さ、そして深刻さを物語っていた。
俺たちからは、マヨが代表として席につく。
誰一人として雑談を交わす者はいない。椅子が軋む音すら、やけに大きく響く。
(……随分と物々しいな)
会議室の中央には、隠密部隊が持ち帰った資料が並べられている。
そんな中、グランが静かに口を開いた。
「夜分遅くにお集まりいただき、誠に感謝致します。では早速、緊急会議を始めたいと思います」
その言葉と共に、みんなの顔がより一層引き締まる。
「では、初めに星影軍隠密部隊隊長、調査報告の方をお願いします」
「はっ」
隠密部隊隊長――黒装束に身を包んだ男が一歩前に進み出る。
その後、低く抑えた声が会議室に落ちた。
「先日から開始した、マロン王国潜入調査で、マロン王国の王城の地下にチェックポイントのような、転移機構を発見しました」
ざわっと、空気が揺れる。
「転移……機構……?」
「そんな技術、マロンにはないはずでは……」
誰かが呟く。
隊長は続ける。
「天賦力残滓の解析の結果、使用された術式の系統は、マロン王国のものではありません。高度な神術を用いた特殊体系――」
そこで一拍置く。
「――テルース神王国特有の術式構造と一致しました」
重臣の一人が息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
「ばかな!? テルースだと?」
「数千年、音沙汰がなかったはずでは……!?」
小さなざわめきが広がる。
隊長は、静かに机上の資料を指し示す。
そこには術式紋様の写し、残留神力の波形図、回収された破片の分析結果が整然と並べられていた。
「さらに、回収された装置の一部には、神核術式の基盤理論と酷似した回路構造が確認されました。これは偶然ではありません」
――神核。その単語が出た瞬間、空気が一段と重くなる。
グランは表情を変えない。
だが、その瞳の奥に冷たい光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。
「現在行われている、マロン王国の進攻は、本格的な軍事行動に移行するための地ならしである可能性は否定できません」
沈黙。誰もが理解している。
これは偶発的な衝突ではない。意図的な探りだ。
グランが静かに頷く。
「ご苦労だった。下がってよい」
「はっ」
隊長が下がると同時に、円卓の空気がぴんと張り詰める。
そこで、マヨが静かに口を開いた。
「少しよろしいでしょうか。今回の件がテルースによるものだと仮定して、確認したいことがあります」
全員の視線がマヨに集まる。
「アンドロメダとテルースの関係は、現在どのような状態にあるのでしょうか」
核心を突く問い。
重臣の何人かが目を伏せ、軍部の男が眉をひそめる。
マヨは続けた。
「形式上は平和条約が締結され、数千年間、戦争は起きていないと聞いています。しかし、それが今も有効に機能している保証はあるのでしょうか」
冷静な声。だが問いの奥には、はっきりとした警戒があった。
「もし条約が形骸化しているのなら、今回の襲撃は宣戦布告に等しい。逆に、条約が有効であるなら、今回の行動は、条約違反ということになります」
会議室が静まり返る。誰も軽々しく答えられない。
数千年という歳月が、問題を風化させていた。だが、今それが再び動き出した。
グランはゆっくりと口を開く。
「……鋭い指摘です。マヨ様」
低く、重い声。
「それではここで少し、我が国とテルースが歩んできた歴史について――改めて説明するとしましょう」
その一言で、円卓に座る全員の背筋が伸びる。
グランは、しばし目を伏せた。まるで、遠い過去の記憶を丁寧に掘り起こすかのように。
やがて、その瞳がゆっくりと開かれる。
「アンドロメダの北……マロンの背後にある不可侵領域の更に北に広がる大国――テルース神王国。彼の国は、"神に選ばれし民"を自称する天使種の国家です。頂点に神王セレステを戴き、神意を絶対とする統治体制を築いている」
淡々とした説明。だが、その奥には冷ややかな響きがあった。
天使種は悪魔種とは対の存在で、生まれながらに神力を有しているという特徴がある。
「彼らの教義では、魔力は穢れた力。我々、悪魔種は理から外れた存在。排除すべき穢れとされています。数千年前より、我がアンドロメダとテルースは幾度となく戦火を交えてきました。彼らはそれを"聖戦"と呼びましたが――実態は侵略です」
宗教を旗印にした軍事侵攻。聖騎士団、聖導士、神官兵。
高等神術を用いた戦術体系は、当時の悪魔種にとって脅威そのものだった。
「父上――先代魔王の時代も、それは続いていました」
室内が静まり返る。
「父上は若き日、徹底抗戦を掲げていました。侵攻には侵攻で応じる。報復には倍で返す。苛烈な戦いでした。
両国ともに甚大な被害を出し、国境地帯は焦土と化した。勝っても失うものばかりの消耗戦でした」
グランは少し顔を伏せ、言葉を継ぐ。
「ある時期を境に、父は戦を止めました。戦災孤児が増え続け、民が疲弊し、怨嗟が世代を超えて積み重なっていく。その光景を前にして、父は気づいたのです。
力でねじ伏せるだけでは、この連鎖は終わらない、と」
俺は思わず、息を呑んだ。
(かつての俺――魔神王の言葉か?)
それは、昨日聞いた魔神王の思想そのものだった。
「父は侵攻を停止し、国境での衝突を最小限に抑えました。やがて両国は、表面上の均衡を保つ"冷戦状態"へと移行したのです」
小競り合いはあった。諜報戦もあった。
だが、全面戦争は起きなかった。
「そして父は――平和条約の締結を決意します。その時、テルースの王位に就いていたのがセレステでした」
その一言で、空気が一変する。
「父上は正式な不可侵条約を結び、長き争いに終止符を打つ。そう考え、使者を送る準備を進めていました」
グランの声が、わずかに低くなる。
「――その矢先でした」
沈黙。みんなは一斉に視線を伏せる。まるで、これから語られることを聞くのを拒むようだった。
「テルースは、新たに開発していた兵器を使用しました」
ゆっくりと、しかし確実に言葉が落ちる。
「――神核兵器」
円卓の何人かが、明確に息を呑んだ。
「神術と魔術を高次元で融合させ、エネルギーを爆発的に解放する戦略級殲滅兵器。着弾地点だけでなく、周囲の魔力場そのものを歪ませる特性を持つ」
資料の一枚が、そっと卓上に滑らされる。
魔力を忌み嫌っているのに、戦争に勝つためには、禁忌すら犯すその異常な執着心が、テルースの異常さを物語っていた。
「標的は魔王城ではありませんでした。国境近くの都市。和平の意思を示す直前の、示威行動です。
その威力は計り知れないものでした。一筋の光が空間を裂き、大地を削り、全てを消し去ろうとしました。
その時、父上は現地に赴いていました」
その瞬間、室内の緊張が頂点に達する。
「父上は、攻撃が到達する刹那の時間に気づき、攻撃を自身で受け止めました。
父上の持つ最高位の空間魔法を使って命を削り、被害を最小限に抑えることが出来ました。しかし――」
グランは少し間を置いた。何が起きたのかは、想像に難くない。
やがて、グランはゆっくりと言葉を紡いだ。
「神核兵器が残した残留神術は、父上の体を蝕みました。神術は、本来魔族の肉体と相容れない。それが濃密に凝縮された兵器の残滓を浴びた。
原因不明の侵食。肉体と魔力回路が、徐々に崩壊していく。治癒も、再生も、効きませんでした」
不治の病。誰も言葉を挟まない。
「それでも父上は、復讐を禁じました」
グランの拳が、卓の下でわずかに握られているのが見えた。
「憎しみで国を導くな――それが、父上の最期の言葉でした」
重い沈黙が落ちる。
「父上の死後、我々は形式上の平和条約を締結しました。テルースもまた、表立った軍事行動を停止した」
それからおよそ4000年は、戦争が起きなかったらしい。
「しかし――」
グランの瞳が、静かに鋭さを帯びる。
「それは真の和解ではない。互いに牙を隠したままの、均衡にすぎなかった」
テルースは沈黙していたのではない。機を待っていただけだ。
「そして今、世界のシステムに異常が生じ、アンドロメダの均衡が揺らいだ」
低く、はっきりと告げる。
「――彼らは動いた」
室内の空気が凍る。
「奴らは、父上を殺した」
その声音には、怒号も激情もない。ただ、揺るがぬ事実としての断言。
「これは単なる国境紛争ではありません。数千年前から続く因縁の再燃。そして――我が国にとっては、仇との再対峙でもある」
グランの視線が、円卓を一巡する。
「これが、アンドロメダとテルースの忘れてはならない"暗黒の歴史"です」
円卓の上に落ちた沈黙は、もはや重さを通り越し、圧となって胸を締めつけた。
誰もが理解している。これは過去の話ではない。今まさに、再び動き出した歴史の続きなのだと。
「そんな過去があったのですね……貴重なお話、ありがとうございます」
マヨはそう言って頭を下げた。
俺たちはその話に衝撃を受け、空いた口が塞がらなかった。
「戦争は避けて通れそうにありませんね」
グランの右隣に座っていた第一王子が、静かに口を開いた。
「あぁ、平和を望んだ父上の遺志は護る。だが、踏みにじられるつもりはない」
グランの言葉に、みんなの気持ちが引き締まる。
アンドロメダとテルースの戦いは、ただの侵略戦争ではない。それは、数千年積み重なった憎悪の決算だった。
(戦争……)
俺は、知らないうちに、拳を握りしめていた。
少しでも、
「面白い!」「展開が気になる!」
と思ったら、ぜひ☆☆☆☆☆評価、感想で応援お願いします。
ブックマークがいただけると、大変励みになります。
〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。
グラン:アンドロメダ魔王国の魔王。真面目。誠実な性格。若い顔だが威厳がある。




