第26話 次なる脅威
「色々あったけど、明日でベガともお別れね」
晩餐会の次の日の夜。バグの脅威から解放された俺たちは、マゼランで今日一日をゆっくり過ごし、翌日に王都マゼランを出発する計画を立てていた。
「思ったより長く滞在しちゃいましたね」
気づけばベガに着いてから、実に1週間が過ぎていた。
「明日はどこに向かうんだ?」
「取り敢えず、最終目的は帝国の同盟国でもある『スピリトゥス霊王国』ね」
「マゼランから、更に西へ進んだ場所にある大国ですね」
そんな会話をしながら、みんなは眠りにつく。
しかし翌日、目的地は急遽変更することになるのだった――。
王宮のメイドが客間に駆け込んできたのは、まだ外も薄暗い早朝だった。
「すみません。失礼します」
ドアをノックする音。
俺が扉を開けると、急いだ表情のメイドが立っていた。
「どうしたんです?」
「じ、実は、皇帝サクルム様からマヨ様に伝言が御座いまして……」
「わかりました、少し待っててください」
俺はそう言うと、急いでマヨを起こしに行く。
マヨは、
「何よぉ、騒々しいわねぇ……」
と、寝ぼけた目を擦りながら起きる。
そんなマヨを連れてメイドの元まで行き、改めて話を伺った。
その時、メイドの口から発された言葉は、とても恐ろしいものだった。
「アンドロメダ魔王国に向けて、隣国が兵を向かわせたとの報告が入りました」
「……え?」
マヨの眠たそうな表情は一瞬で吹き飛び、目を見開いて驚く。
このタイミングでの軍進攻は、ほぼ確実に戦争を仕掛けてきていると考えるのが妥当だ。
「な、なぜ!? アンドロメダの隣国は小国のはず……なぜ、魔王国であるアンドロメダを狙うんです!?」
「それは現段階では分からないようで……それに、サクルム様はバグの被害による急務で大変だそうで、マヨ様に代わりにアンドロメダえ言って欲しいとのことでした」
マヨはその言葉を聞いて、迷わず、
「わかりました。すぐに向かうと伝えてください」
と、即決した。
「テンコもいいわよね」
「もちろんだ。帝国のことだしな」
そして、アンドロメダ行きが決まった俺たちは、急いで2人を起こし、事情を説明して、準備を整え、チェックポイントへと急行した。
そして俺たちは、程なくしてアンドロメダへと降り立つ。
アンドロメダのチェックポイントは、城内ではなく、神殿のような場所にあり、そこには魔王グランの姿があった。俺たちを出迎えてくれたようだ。
「ぐ、グラン様!」
「お待ちしておりました。詳しい話は魔王城にてお話しますので、まずは移動しましょう」
グランはそう言うと、
「転移魔法」
と言い、指をパチンと鳴らす。
すると俺たちは、たちまち魔王城の門の前まで転移した。
「おぉ〜」
「すごい精度ですね……」
初めて見る転移魔法に、俺とカタルシアは興味津々だ。
「ではこちらへ」
ギィィィッと言う音と共に門が開かれ、みんなは魔王城の中へと足を運んだ。
「陛下。マヨ様。あんな事があった後にも関わらず、御足労いただき、誠に感謝致します。皆様や兵士たちが命懸けで戦っている間、私はここで国の留守番をしており、戦いに参加出来なかったことが誠に遺憾です」
会議室に向かいながら、グランは俺たちに感謝を述べ、一緒に戦えなかったことに、残念な気持ちを顕にした。
「お気になさらないでください。私も一応この帝国の皇女なんですから。それに、他国の介入から国を護ることも、立派なことですよ」
それに対し、マヨも丁寧に言葉を返す。
そんな風に歩いていると、廊下の奥に大きな扉が見えてきた。
「さぁ、どうぞ中へ」
扉の前まで行くと、グランが扉を開ける。
「私たちも同行してよろしいのでしょうか」
「陛下の御一行様なので、構いませんよ」
心配するカタルシアに、グランは優しく声をかける。
そして、俺たちは会議室の中へと入っていった。
「……広いな」
中には円卓のあり、天井にはアンドロメダ銀河のようなシンボルが描かれている。
それからみんなはそれぞれ席に着き、話し合いが始まった。
「まず、手短に現状をお伝えしますと、隣国であるマロン王国の軍が、我が国アンドロメダに向かっています。我が軍の隠密部隊の調査によると、その数およそ3万」
グランはゆっくりと、低い声で報告をする。
「その気になれば、グラン様お一人で国ごと落とせるというのに、一体何が目的なんでしょうか?」
「それは定かではありません。しかし、およそ3万の兵というのは、小国の規模から考えて少し多い気がします」
マヨが小さく息を呑んだ。
「確かに、多すぎますね」
「はい」
グランは静かにうなずく。
「マロン王国の正規軍は、平時であれば1万にもなりません。予備役を含めても、3万という数は明らかに異常です」
「徴兵を急いだ、という可能性は?」
俺は慎重に問いかける。
「それにしては、動きが整いすぎています」
グランは円卓の中央に視線を落とし、続けた。
「行軍速度、補給線、陣形――どれも、急造の軍とは思えません」
その言葉に、会議室の空気がわずかに重くなる。
「マロンが、どこかの国と繋がっているということはないのか?」
俺の言葉に対し、グランはただ一言。
「ええ、そうですねぇ…………」
その沈黙が、答えだった。
「でも、マロンの背後にいるとして、どこの国が?」
マヨが腕を組み、考え込む。
「奇妙なのは、バグの影響の隙を突いて狙ってくるにしては余りに数が足りません。しかし、進軍の様子は外交といった感じではなく、戦争の時のそれです。それに――」
グランが言葉を継ぐ。
「マロンが敵対するほどの理由を、我が国に持っているとは思えません」
「……それでも、攻めてくる」
「はい」
グランは、そこで一度言葉を切り、ゆっくりと視線を上げた。
「だからこそ、私自身が違和感を覚えているのです」
グランはそう言うと、頭を抱え込む。
そんな中、
「偵察という線はないのか? アンドロメダが、今どこまで弱っているのか、バグの混乱で、どこまで牙を失ったのかを、おとりの軍を使って試しているのでは?」
と、俺が考えを述べた。
それに対し、グランは少し考える。
「ないことはありませんが、一小国の兵など、我にかかれば一瞬で御座います。おとりにしては戦力が足りなさ過ぎるかと」
「もしかしたら罠か何かで、もっと大量の軍が潜んでいるというのは?」
俺の質問攻めに対し、少しの沈黙の後、
「陛下の想像力は豊かですね」
と、グランは表情を緩め、口を開いた。
想像することが日常だった俺は、考え過ぎと言われるほど、物事を深く考えてしまう癖があった。
「あぁ、すまんな。少し、話し過ぎてしまった」
「いえいえ、とんでもありません。あらゆる可能性を考慮し、的確な意見を述べられるのは、素晴らしいことです。しかし――」
グランは再び真剣な表情をして、言葉を続けた。
「現段階では不確定要素が多すぎます。今回はあくまで情報の共有ということにして、隠密部隊からの新たな情報を待ちましょう」
そうして、グランの言葉により話し合いは終わった。
会議室をでて、しばらく廊下を歩いていると、
「せっかくですので、魔王城を見て回りませんか? 案内致しますよ」
と、グランが提案してきた。
「それはありがたいですね」
マヨがそう返すと、グランは小さく頷いた。
「城内は広く、少々複雑です。ご案内いたしましょう」
そう言って、グランは歩き出す。
俺たちはその後に続いた。
魔王城の内部は、外観から想像していたよりも静かで、落ち着いた雰囲気だった。
黒を基調とした石造りの廊下に、青紫色の魔力灯が一定間隔で灯っている。
禍々しさはなく、むしろ洗練された印象だ。
「思ったより、厳かな感じですね」
カタルシアが小さく感想を漏らす。
「魔王城と聞くと、もっと恐ろしい場所を想像していました」
「ふむ。そういうものなのですか」
そんな会話をしながらしばらく歩くと、螺旋状の大階段が現れた。
天井まで伸びるその階段は、まるで塔の内部のようで、壁には歴代魔王の紋章や、戦の記録を描いたレリーフが刻まれている。
「うわぁ……長い」
ミリアが見上げて呟く。
「運動になるな」
「ふふ、そうですね」
グランはそう言いながら、先導して階段を上っていく。
俺たちもそれに続いた。
一段、一段と上るにつれ、空気が少しずつ変わっていくのを感じた。
魔力が濃くなる、というより、静かに澄んでいく感覚。
そして、最後の段を上り切った、その場所で、
「こ、これは……」
と、俺は思わず言葉を失った。
階段を登り終えた正面の壁一面に、巨大な一枚の絵画が飾られていた。
それは、2人の人物を描いた絵だった。
片方は、玉座に腰掛ける威厳ある魔人族の男。
頭に小さな角が2本。黒と紫を基調とした王装束を纏い、鋭くも慈愛を含んだ眼差しで前を見据えている。
――先代魔王だ。
そして、その隣に立つのは。白い髪を風になびかせ、蒼い瞳を持つ青年。
剣も玉座も持たず、ただ静かに立ち、世界そのものを見下ろすような姿。
「……俺?」
俺の喉から、無意識にその言葉が零れ落ちた。
絵の中の青年は、間違いなく俺自身だった。
(なんだ? このなんとも言えない感情は……)
今の俺と同じ顔。だが、髪の色も、目の色も違う。
何より、その表情が決定的に違っていた。迷いのない、覚悟だけを宿した目。
「こちらが、先代魔王――私の父である、スペーズ=アンドロメダです」
グランが静かに語り始める。
「そして、その隣に描かれているのが、かつて世界に君臨した、当初の魔神王陛下で御座います」
その声には、畏敬と、どこか懐かしさが滲んでいた。
「父上は、この絵を何よりも大切にしていました。
魔王国が今の形を保てているのは、陛下のおかげだと、よく語っていました」
マヨは腕を組み、じっと絵を見つめる。
「魔神王と魔王が並び立つなんて、普通じゃ考えられないわね」
「ええ」
グランは頷く。
「ですが、父上にとって陛下は、恐怖の象徴ではありませんでした」
俺は、絵から目を離せずにいた。胸の奥が、じんわりと熱くなる。覚えのない記憶が、感情だけを伴って浮かび上がる。
(よくよく考えたら、なぜかつての魔神王が俺の姿をしているんだ? 世界五分前仮説みたいに、俺が転移した瞬間に物語が始まったなら説明はつくが、この世界はゲーム仕様の現実世界。この世界の住人はNPCではなく、一人ひとりが自由意志を持った人間だ。過去も確かに存在している。なのに――)
俺は思考に思考を重ねる。
最初に頭に流れ込んだ情報が間違いである可能性。ゲームマスターが大規模な世界改変を行った可能性。そもそも、魔神王の体を乗っ取っているのか。
俺が想像モードに入っていると、
「テンコさん……?」
と、カタルシアが心配そうに声をかける。
「あ、いや……大丈夫だ」
(まただ、いつもの癖で。いずれわかるから、今は難しいことを考えないって決めたのに)
俺は小さく首を振り、もう一度絵を見上げた。
先代魔王と、かつての魔神王。
2人は、まるで同じ未来を見据えているようだった。
(……今は何も……)
俺はまた一歩、世界の深層へと進んだ気がした。
少しでも、
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。
グラン:アンドロメダ魔王国の魔王。真面目。誠実な性格。若い顔だが威厳がある。




