第25話 戻ってきた平穏
戦いが終わった、と告げられたのは昼を少し過ぎた頃だった。
「……終わった、のか?」
俺は丘の上から、静かになった平原を見下ろして呟いた。
つい数分前まで、黒い歪みとノイズに満ちていた場所は、嘘のように元の草原へと戻っている。
「勝ったのよね?」
マヨが確認するように言う。
「ああ。少なくとも、今回の戦いはな」
俺はそう答えながらも、胸の奥には小さな棘のような感覚が残っていた。
最後のゴースト。不気味に歪んだ空間。そしてあの声。
(……今は考えるな)
俺は思考を切り替え、仲間たちの方を見た。
カタルシアは負傷者の簡易治療を手伝い、ミリアは冒険者たちと笑顔で言葉を交わしている。
誰もが疲弊しているが、絶望している者はいない。
この光景を見て、ようやく実感が湧いた。俺たちは、生き残ったのだと。
その日の夕刻、帝国軍は正式に勝利を宣言した。
王都ベガでは、戦勝と生還を祝う晩餐会が開かれることとなり、前線・後方を問わず、功績のあった者たちが王宮へ招かれた。
「晩餐会ねぇ」
豪奢な正装に着替えながら、俺は鏡の中の自分を見つめる。
魔神王としてではない、冒険者テンコとしての姿。
「戦場から宴会場へ直行なんて、切り替えが早すぎない?」
マヨが半ば呆れたように言う。
「でも、こういう時こそ必要なんだと思います」
そんなマヨに、カタルシアは柔らかく微笑んだ。
「無事を祝うことで、"生きている"って実感できるんです」
「ごはんもいっぱい出るんでしょ!」
「ハハハ、お前ってやつは」
ミリアは相変わらずだが、その明るさに救われる自分もいた。
王宮の大広間は、昼間の緊張感が嘘のように、温かな光と賑わいに満ちていた。
天井にはシャンデリアが幾重にも吊るされ、淡い光が星のように瞬いている。
3軍の旗が壁に掲げられ、種族も立場も異なる人々が、同じ卓を囲んで杯を交わしていた。
「おぉ……」
ミリアが目を輝かせる。
「まるでお祭りだな」
「実際そうよ。生きて帰れたお祭り」
マヨはそう言って、グラスを手に取った。
料理はどれも豪勢で、肉料理や乳製品、果実酒やフルーツジュースの香りが広間いっぱいに広がっている。
戦場では考えられなかった光景だ。
俺たちが席につくと、ほどなくして見知った顔が現れた。
「よう。無事だったようだな」
低く落ち着いた声。
振り向けば、そこに立っていたのはグラディウスだった。
「ぐ、グラディウス団長!」
「おっ、その反応を見る限り、怪我はなさそうだな」
その隣には、無表情ながら鋭い視線を持つソールと、穏やかな微笑みを浮かべたフリールの姿もある。
「後方に湧いたと聞いた時は肝を冷やしたが、見事に守り切ったようだな」
「そちらこそ、前線お疲れ様です」
俺がそう返すと、グラディウスは小さく笑った。
「互いにな。勝利ってのは、誰か一人のもんじゃない」
フリールがグラスを掲げる。
「本当に。今回ほど連携の大切さを実感した戦いはありませんでした」
「……生存率も、想定より高い」
ソールは短くそう言い、グラスを口に運ぶ。
その何気ない言葉に、この戦いがどれほど綱渡りだったかを思い知らされる。
「ええ。だから、今は祝うべきです」
フリールの言葉に、周囲の空気が少し和らぐ。俺はグラスを手に取り、仲間たちの顔を見渡した。
「まっ、無駄話はこれくらいにして、飯でも食うか! 今日はご馳走だぞ!」
そして、グラディウスの一言で、みんなの表情は明るくなり、俺たちは食事を始める。
グラディウスたちは、そんな俺たちを見て、静かに自分の席へと戻っていった。
それからしばらく、俺たちは晩餐会を楽しんでいた。
卓上には、次々と料理が運ばれてきている。
香ばしく焼かれた肉の塊、色鮮やかな野菜の煮込み、帝国特製の濃厚なチーズ料理、香り高いスープ、甘味として並ぶ果実のタルトや蜂蜜菓子。
初日とはまた違う、とても豪華な料理だ。
「おいふぃ~」
ミリアは目を輝かせ、フォークを手にし、料理を頬張っている。
「少しは落ち着きなさいよ」
「大丈夫だよ、マヨねぇ」
「大丈夫って……」
そんなやり取りに、思わず笑みがこぼれた。
カタルシアは上品にナイフを運びながらも、どこか安堵した表情を浮かべている。
戦場では見られなかった、穏やかな時間。
笑い声が広間に響き、杯が触れ合う音が重なる。
(……平穏か)
腹は満たされているのに、心のどこかが妙に静かだった。
俺はそっと席を立つ。
「ちょっと風に当たってくる」
軽く手を振り、俺は大広間の喧騒を抜けてバルコニーへ出た。
王宮のバルコニーは、夜風が心地よく吹き抜けている。
王都ベガの街並みが眼下に広がり、灯りが星のように輝いている。そして、淡い魔力光が揺らめいていた。
(これがカタルシアの言っていた、魔力の光。星魔の帳と比べたら地味だけど、こっちのほうが落ち着くな……そもそも星魔の帳は――)
「……考え込む顔だな」
俺が物思いに耽っていると、突然背後から低い声が響く。
振り向くと、そこにはグラディウスが立っていた。
「だ……グラディウスさん!」
「宴は性に合わんか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
俺は再び空を見上げる。
「ただ、少しだけ静かになりたかっただけです」
グラディウスも隣に並び、腕を組んで夜空を見た。
しばらく、沈黙が続く。
戦場では常に響いていた金属音も叫びも、ここにはない。
「……違和感か?」
不意に、グラディウスが言った。
俺は視線を横に向ける。
「何のことです?」
「お前の目だ。勝った顔をしていない」
グラディウスの言葉は図星だった。
「……最後のゴースト。あれは、普通のとは違いました」
「ほう」
「ただの暴走じゃない。意志のようなものを感じました。それに――」
俺は街を指差す。
「陰謀論的な話になるのですが、予兆の前日に現れた"星魔の帳"。あれから感じた異様な雰囲気は、バグの領域で感じたものとほぼ同じでした。そして今も、微かにアレの残滓を感じます」
空間の歪み。魔力の過剰反応。そして最近頻発する異常。
「もし世界そのものが、どこか壊れ始めているとしたら……まだ、危機は去っていないのかもしれません」
夜風が、静かに吹き抜ける。
しばらくして、グラディウスは低く笑った。
「……若いな」
「否定はしないんですね」
「否定できる材料もない」
グラディウスは空を見上げたまま言う。
「だがな、テンコ。世界がどうあれ、俺たちのやることは変わらん。護るべきものを護る。それだけだ」
単純で、揺るぎない答え。
「今日、お前たちは護り切った。それで十分だ」
その言葉は、不思議と胸に響いた。
魔神王だった頃の俺なら、じゃない。今の俺がやりたいこと、やるべきことがある。
「……ありがとうございます」
「礼はいらねぇよ。俺も昔はそうだった」
グラディウスは踵を返す。
「さっ、お前も早くお仲間の元へ戻りな」
そう言い残し、グラディウスは広間へと戻っていった。
俺はもう一度、夜空を見上げる。
揺らめく魔力光。祝福のようにも、警告のようにも見えるその光を、しばらく見つめた。
(……平穏)
本当に戻ってきたのか。それとも、嵐の前の静けさか。
答えはまだ分からない。
(だが、今夜だけは――)
俺は小さく息を吐き、広間へと戻る。
ガラスの扉を開け広間に入ると、兵士たちの笑い声が、温かな光とともに迎えてくれた。
俺が席に戻ると、女子同士、仲良く雑談をしていた。
「テンにぃおかえり」
「あぁ、ただいま」
「長かったわね」
「ちょっとな。団長と話してた」
俺は少しだけ笑って、席に腰を下ろした。
カタルシアが優しく微笑む。
「お口直しに、デザートでも食べましょ」
「そうそう! 今日はお祝いなんだから!」
ミリアはそう言って、俺の皿に勝手に肉を乗せる。
「ちょっ、盛りすぎだろ!」
「いっぱい食べて強くなるの!」
「そうよ、あんたあんまり食べてなかったじゃない」
マヨもどこか楽しそうにグラスを掲げた。
笑い声が重なり、灯りが揺れる。
今はただ、仲間が隣にいる。それだけで十分だった。
今はただ、戻ってきた平穏を、俺たちは確かに噛みしめていた。
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。
ライト:マゼラン王国の国王。優しく真面目な性格をしている。
グラディウス:帝国の英雄と言われる剣士の男。マゼラン王国騎士団の団長。




