第24話 想定外
夜明けと同時に、戦場は地獄へと姿を変えた。
前線から剣と盾がぶつかる重い音が、断続的に伝わってくる。
どうやらゴーストの持つ武器は実体があるらしい。
それに混じって、魔法の炸裂音、加護使いが展開する天聖陣が発する澄んだ共鳴音が、空気を震わせていた。
「ついに……始まったな」
俺は後続部隊の一員として、陣地のある丘から前方を見下ろしていた。
帝国軍は、見事なまでに統制が取れている。
騎士部隊が前に出て、ゴーストの進行を止める。その背後で、伝導士たちが整然と魔法陣と天聖陣を展開し、間断なく支援を送り込む。
魔法使いや加護使いも、前線で援護をしている。
光の槍が走り、聖なる波動が地を這い、ゴーストの身体がノイズを散らして霧散していく。
「すごい、ちゃんと戦えてる」
俺は兵士たちの活躍を見ながら、そう言葉を漏らす。
「後方、異常なし!」
「補給路、問題なし!」
伝令の声が行き交い、陣地は忙しくも落ち着いている。
ゴーストは確かに不気味だが、対処不能な存在ではない。数も湧いては出てくるものの多くはなく、今のところ問題はない。
しかし、しばらくして伝導部隊の一角から、わずかに声が上がった――その直後だった。
――ズンッ!!
と、地面に重たい振動が走る。
「た、大変です! 魔法陣が……!!」
「天聖陣も暴走しています!」
それと同時に、一斉に伝導士たちの声が重なった。
陣地のあちこちで展開されていた魔法陣及び天聖陣の一部が、ノイズを発しながら不規則な明滅を始める。
「詠唱、止めろ! 一度解除だ!」
「急げ!」
伝導士たちは即座に対応に入る。
「くそっ、バグによる誤作動か」
バグによる空間干渉、位相干渉。不具合が繊細な術式を狂わせる。
「こうなることは想定していたが、万能なバフ技である集団術式が使えなくなったのはかなり痛手だな」
「厄介な相手だ」
「落ち着け! 被害は致命的ではない!」
不安の声が上がる中、前線の指揮官の声が響く。
「集団術式は一時停止! 各個支援に切り替えろ! 伝導士は単独で対応!」
号令と同時に、陣地の雰囲気が切り替わる。
不規則に明滅していた魔法陣と天聖陣は次々と解除され、代わりに伝導士たちが個別に詠唱、祈祷を始めた。
空中に描かれる陣は小さくなり、数が増える。
「支援、再開します!」
連携の形は変わったが、戦線は崩れていない。
帝国軍は柔軟だった。想定通りのトラブルに、想定通りの対応を取っている。
「……流石だな」
俺は、素直にそう思った。
「このまま俺たちが何もしないまま、無事に終わって欲しいものだが」
「そうね。蓋を開けると大した事なかったってのが、一番いいわ」
マヨもそう願いながら、帝国軍の戦いを見守っていた。
それからしばらく経ったが、前線では未だ騎士たちが声を張り上げ、互いの背中を守りながらゴーストを押し返している。
伝導士の単発支援も、十分に機能していた。ゴーストは、確かに倒されている。
だが次の瞬間、
「うわぁッ!? ご、ゴーストが!!」
と、後方部隊の誰かの叫び声が聞こえた。
俺は前線で何か起きたのかと警戒するが、中心地では相変わらずゴーストが無秩序に湧いているだけだった。
しかし、突如声のした方から不気味な気配を感じ、その方を見ると、そこには大量のゴーストが湧いていた。
「こ、これは!?」
(なんでこんなところからゴーストが発生してるんだ? 中心地からはだいぶ離れているのに)
ゴーストは本来、中心から半径1km圏内にしか発生しない。つまり、それよりも離れている後方の陣地に発生するはずがないのだ。
やはり、このバグは今までとは違う。俺はそう感じた。
「後方部隊! 迎撃準備!!」
丘の斜面、俺たちの陣地からほど近い位置で、空間が歪むように揺らぎ、そこから次々とゴーストが発生する。
数が多い。だが前線ほどではない。
「こ、後方に湧く想定はなかったぞ!」
現場の指揮が一瞬だけ乱れる。
だが、ここにいるのは寄せ集めではない。後方支援を任されているとはいえ、全員が経験豊富な冒険者だ。
「前に出るぞ! 近接組、俺に続け!」
「魔法使いは後方から牽制! 固まるな!」
即座に声が飛び、冒険者たちが陣形を組む。
俺も反射的に一歩前に出て、雷剣を生成する。
「来るぞっ!!」
やがて、最初の一体が突っ込んできて、それを冒険者の剣が横一閃。確かな手応えと共に、ゴーストはノイズを散らして崩れた。
「倒せる! 前線と同じだ!」
その言葉に、場の空気が少しだけ緩む。
だが、次の瞬間。
ズズズッ……と、地面のすぐ近くで、また空間が歪んだ。
「まだ出るのか!?」
「数が多すぎる!」
次々に現れるゴーストに、冒険者たちは押し返され始める。
それでも、誰も退かない。
「マヨ、右を頼む!」
「任せて!」
俺たちの近くにもバグが発生し、戦闘を開始する。
カタルシアが魔法陣を展開し、淡い光が走る。そして、ゴーストの体にまとわりつき、動きが一瞬鈍った。
その隙を逃さず、俺たちは連携して一体ずつ確実に倒していく。
「……いいぞ、戦えてる」
確かに、戦えてはいる。
だが、
(おかしい……)
と、俺は戦いながら、どうしても拭えない違和感を覚えていた。
ゴーストの湧き方が不自然だ。
(中心地から無秩序に溢れ出すなら分かる。だが、ここは後方。しかも、湧いている位置が――)
「……妙だ」
俺は一度距離を取って、周囲を見渡した。
ゴーストの密度は中心地と変わらないくらいだが、湧いている範囲がやけに狭い。
「中心地から離れてるだけじゃない。ここ、出現範囲が小さすぎる」
それに加え、微かな違和感。
「なんか、変ですよね? 上手く言えませんが、ゴーストが私たちを標的にしているような……」
「……言われてみれば」
カタルシアの言葉に、俺はハッとする。
よく見ると、周りのほとんどの冒険者が俺たちに背中を向けている。これは裏を返せば、ゴーストが全員俺たちの方を向いているということだ。
ゴーストは無秩序に湧く。それはここでも同じだ。しかし、方向だけはこちらに固定されている。
「不気味だな」
俺はその事実に気が付き、背筋が冷えた。
(バグは俺……昔の魔神王が封印されてから起き始めた現象。そして、俺が転移して目覚めたタイミングと被るよう発生した。やはり、バグと俺には何らかの因果関係が……)
前代未聞な事象が続きすぎて、流石に偶然とは思えなくなり、俺はそう考察する。
だが、今は目の前の脅威を退けることで精一杯だ。
「とりあえず、ゴーストの数を減らしつつ、バグが収まるのを待つしかないか」
「そ、そうですね」
「アレス出現までの猶予は、残り20分といったところね。非現実的な現象だけど、段々と実感が湧いてきたわ」
俺たちは胸に大きな不安を抱えて戦った。
「数が多い! 殲滅速度を上げろ!」
他の冒険者たちも必死だ。
近接組が前に出て陣形を組み、後衛が支援を飛ばす。
「魔法使い、範囲攻撃は抑えろ! 味方を巻き込むな!」
「了解!」
ゴーストが突っ込んでくるたび、タンクが受け止め、横から斬り伏せている。
「はぁっ!!」
俺もライトニングソードを振るい、2体まとめて斬り裂く。一筋の雷光が走り、ゴーストが一瞬で霧散した。
「あたしも!!」〈魔獣の爪・弾〉
ミリアの無数の爪も、ゴーストを貫いていく。
「よし、いい流れだ!」
伝導士の援護が前衛に行き渡り、動きが一段と鋭くなった。
カタルシアの魔法が、湧き口付近を的確に押さえ、出てきた瞬間のゴーストを足止めする。
「次、来ます!」
「まかせろ!」
連携は完璧だった。
誰かが突出することもなく、誰かが遅れることもない。
数は多いが、押されてはいない。
むしろ――
「減ってきてるぞ!」
「湧く速度が落ちてる!」
発生地点から現れるゴーストの数が、目に見えて減少していく。
「このまま行ける!」
冒険者たちの声に、確かな手応えが混じる。
「これで、終わりだ!」
そして最後の一体を、俺が斬り伏せた。
雷光が弾け、ゴーストはノイズを散らしながら消滅する。
だがその時、ゴーストが俺の方を見て、不気味に笑った気がした。
「ッ!?」
そして次の瞬間、
――ズゥゥゥン……!!!
と、その最後のゴーストを中心に、とんでもなく重いグリッチとノイズが辺りに走った。
とてつもなく低く、重い振動が脳を震わせる。
「う、うわぁぁぁ!?」
「耳が!! ……なんだ、これ!?」
わずか数秒。その間に強力なノイズと、今までにないほどの歪みに、冒険者たちはパニック状態だ。
「なんだ、今のは!?」
「後方……?」
その衝撃は、最前線で戦っていたグラディウスたちにまで届いた。
しかし、その衝撃が起こった瞬間、
〈――静まれ〉
と、俺の頭の中で声が響いた。ローズと戦った時のあの声だ。
その声と同時に、俺の目が微かに赤い光を発する。
そして、その声と共に、グリッチが一気に収束し消た。それと同時に中心のゴーストも消えて、パァァァ……っと、バグの黒い領域が晴れた。
――静寂。
「……終わった?」
誰かがそう呟いた。
空間の歪みは消え、あれほど感じていた不気味な気配も、嘘のように薄れていく。
「どうやらな」
俺は息を整えながら、周囲を確認する。
負傷者はいるが、致命傷ではない。
後方陣地は、守り切った。
「後方、制圧完了!」
誰かが前線へ報告を飛ばす。
「や、やったー!!」
「「た、助かったぁ〜!」」
みんなはバグを退け、歓喜の声が陣地内に渦巻いた。
「ふぅ……」
俺は肩の力を抜き、その場に座り込んだ。
「とりあえず、最悪の事態にはならなかったわね」
「ああ。想定外ではあったが、対応はできた」
俺はそう答えながら、前線の方へ視線を向ける。
前線でも、みんなが抱き合って喜んでいるのが見えた。
そんな中、俺の中の不安は未だ消えない。
(本当にこれで、一件落着なのか?)
空を見上げると、今までの光景が嘘のように、雲一つない青空が不気味なほど澄んでいた。
少しでも、
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〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。




