第17話 祈願のミサ
特訓を終えたその日の夕方。
夕闇が神聖都市ルミナスを包み込み、街路に設置された灯火が、ひとつ、またひとつと柔らかな光を灯していく。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った街を、俺たちは並んで歩いていた。
「なんだか、今日は一日が長かったな。レベルは上がらないけど、技術が大幅にアップしたな」
思わずそう呟くと、隣を歩くミリアが大きく伸びをする。
「いっぱい動いたしねー! テンにぃには勝てなかったけど、楽しかった!」
「ええ。とても、有意義な特訓でした」
「遠距離攻撃も覚えたし、特訓らしい特訓だったわね」
そんな風に、みんなは特訓の振り返りをしながら歩いていた。
そんな中、
「そういえば、明日にはルミナスを発つんですよね」
と、カタルシアが放ったその言葉に、全員が一瞬だけ沈黙した。
「そうなるわね」
マヨが静かに答える。
「もう4日経つのかぁ。早いなぁ」
「良いところだったな〜」
それに続き、俺とミリアも名残惜しさを顕にした。
そして家に着き、今日はレインも揃って晩ご飯を食べている時 、
「この後、教会でミサを行いませんか?」
と、カタルシアが提案してきた。
「ミサ?」
「はい。冒険の無事と、これからの道行きを祈るためのものです」
それを聞いて、
「ミサを行えば、竜天神様の加護を受け、旅路をより安全に歩むことができるでしょ。私からもお勧めです」
と、レインもミサを勧めてきた。
「確かに、悪くないな」
俺は小さくうなずく。
正直に言えば、祈りという行為に、俺自身はあまり馴染みがない。
元の世界でも、宗教というものにあまり興味がなかったからだ。
だが、この世界に来てから、神や信仰が確かに存在しているのを、何度も目の当たりにしてきた。
「節目として、ちょうどいいかもね」
マヨもその提案に賛同する。
こうして俺たちは、夜の教会へと足を向けた。
教会の中は、昼間とはまるで別の表情を見せていた。
高い天井、整然と並ぶ長椅子、そして奥に設えられた祭壇。
いくつもの蝋燭が灯され、揺れる炎が壁に淡い影を落としている。
「静かだね」
ミリアが、珍しく小さな声で言った。
「ええ。通常、ミサなどの礼拝は朝や昼に行うのですが、夜のミサは、心を整えるためのものでもあります」
それに対し、カタルシアが優しく答える。
そして、祭壇の前まで行くと、祭服を着たレインが一礼し、祭壇の奥に回った。
「来てくれてありがとう」
レインは、俺たち一人ひとりに目を向け、ゆっくりとうなずく。
「明日、明後日、明明後日――輝かしい未来に向けて、祈りましょう」
そうして始まったミサは、とても簡素なものだった。
長い説法も、堅苦しい儀式もない。
ただ、神に感謝を捧げ、これからの旅路の無事を願う。
蝋燭の光の中、俺たちはそれぞれ席に着き、胸の前で手を組み、静かに頭を垂れた。
目を閉じると、自然とこれまでの出来事が思い浮かぶ。
この世界に来たこと。出会った仲間たち。失ったもの。まだ取り戻せていないもの。
(……俺は、何を願うんだろうな)
夢にまで見ていた世界で、俺の心は既に満たされているハズなのに、なんだか物足りない。
世界最強だった頃の記憶は、まだ霧の向こうだ。
とてつもなく大事なことを忘れているような、心にぽっかりと穴が空いているような気分だ。
(でも、難しいことは考えない。今はただ、この出会いに感謝を……)
だが、不思議と焦りはなかった。今はただ、この冒険を続けたい。この仲間たちと共に。
そう思った瞬間、胸の奥がほんのりと温かくなるのを感じた。
「お疲れ様です」
そして、レインの言葉と共にミサが終わり、しばらくの沈黙の後。
レインは、穏やかな声で言った。
「よければ、それぞれの願いを、少しだけ話してみませんか」
「願い?」
「冒険に出る理由。目標。あるいは、守りたいもの」
最初に口を開いたのは、ミリアだった。
「えーっと、あたしはね、強くなりたい! もっと!」
「ミリアらしいわ」
マヨが笑う。
「次は、私ね。う〜んと……」
次に、マヨが少し考えてから口を開いた。
「私は、自分の力を正しく使える冒険者でありたい。剣も、魔法も、どちらも中途半端じゃ終わりたくないの。
それに……」
マヨは一瞬だけ視線を伏せてから、続ける。
「この世界で、自分が何者なのか、ちゃんと答えを見つけたい」
「……素敵な目標ですね」
カタルシアはそう言って、胸に手を当てた。
「私も自分探しをしたいですね。そして――」
そして、カタルシア少し間を置き、言葉を選ぶように話し始める。
「おじい様のように、天導師になりたいという夢もあります。でも同時に、冒険者として、世界をこの目で見たい。
自然も、人も、魔法も……すべてを知った上で、自分の信じる道を選びたいんです」
レインはその言葉を聞いて、静かに目を閉じた。
「……立派な志だな」
レインは、どこか嬉しそうに微笑む。
そして最後に、
「俺は――」
と、少し間を置いて、俺はゆっくりと口を開いた。
「正直に言うと、まだはっきりした目標はない。まぁ、あるにはあるんだけど、どれも中途半端というか……でも――」
俺は、仲間たちを見渡す。
「この旅の中で、自分が何者だったのか、そしてこれから何者になるのかを、見つけたい。
そして、みんなが笑顔でいられるように、明るい日々を共に過ごせるように尽くしたい」
俺が話し終えると、一瞬の静寂の後、ミリアがニッと笑った。
「テンにぃ、たまには良いこと言うね!」
それに続き、
「なにそれ、ちょっと格好いいじゃん」
「テンコさんらしいですね」
と、マヨとカタルシアも、安堵したように微笑む。
そんなみんなを見て、レインは深くうなずき、
「非凡な青年だな」
と、呟いた。
「願いとは、最初から完成している必要はない。歩きながら、形作っていけばいい」
そして、最後にレインの言葉をもらい、正式にミサを終えた。
「少し夜風に当たらない? ルミナス滞在最後の夜だし、静かな空気を味わいたいなって思って」
ミサを終え、部屋に戻る時、マヨがそう提案してきた。
「良いですね」
「まぁ、たまには夜更かしも悪くないか」
俺たちはそう言って教会を出ると、夜空には満天の星が広がっていた。
「今は5月なので、天ノ川が綺麗に見れるのは二月後ですね」
「ご……今は春だったのか」
(この世界に、元世界と同じ暦があったんだな。まぁ、基本的に細かい設定は同じだと思えばいいのか?)
俺は、唐突な話に少し動揺するも、いつものことなので、深く考えるのはやめた。
「それにしてもいい星空だなぁ」
俺たちは、教会の外を少し進んだ所にあるベンチに座ると、空を見上げる。
それから、俺たちは並んでベンチに腰掛けたまま、しばらくの間、言葉もなく星空を眺めていた。
夜のルミナスは静かで、遠くから聞こえるのは、風に揺れる木々の音と虫の声、微かに響く街の気配だけだ。
「こうして何も考えずに空を見るの、久しぶりですね」
そんな中、カタルシアがぽつりと言う。
星々は静かに瞬き、まるでこの先の旅路を見守ってくれているかのようだった。
「明日から、また知らない土地だな」
俺が言うと、
「未知だらけの方が、冒険って感じでしょ?」
と、マヨが即答する。
「それもそうか」
俺は小さく笑った。
その時、
「あ!!」
と、ミリアが声を上げた。
見ると、夜空を横切るように、一筋の光が走る。
「流れ星だ!!」
ミリアが立ち上がり、指を差す。
細く、しかし確かな光が、闇の中に軌跡を描き、やがて消えていった。
「願い事、3回言わなきゃ!」
「無理だろ、あの速さ」
「気持ちが大事なの! あっ、また!」
ミリアは慌てて目を閉じ、何やら必死に口を動かしている。
「何を願ったの?」
マヨが聞くと、
「ひ・み・つ!」
ミリアは満足そうに胸を張った。
「カタルシアは?」
「私は……」
カタルシアは少し照れたように微笑む。
「『皆さんと、元気に冒険を続けれますように』って」
「優等生すぎない?」
「そ、そうですか?」
そんなやり取りを聞きながら、マヨは肩をすくめる。
「私は、まぁ、順調な旅になるように、かしら」
そして視線が、俺に向けられる。
「テンコさんは?」
「俺?」
俺はもう一度、空を見上げる。
さっき流れ星が走った場所は、もう何事もなかったかのように、静かな星空に戻っていた。
「特別な願いは、しなかったな」
「え?」
「今はこれで十分だなって思っただけだ」
そう言うと、ミリアが不思議そうな顔をする。
「なにそれ」
「流れ星に願うほどの願望がないってこと?」
「多分、そんな感じ」
天涯孤独だった俺にとって、共に笑い合い、助け合い、そして共に歩む仲間がいる。それだけで、今は満たされていた。
「変なの」
そう言いながらも、ミリアは笑う。
「でも、素晴らしいことですよ」
カタルシアもそう言って、微笑んで見せた。
それからしばらくして、夜風が少し冷たくなってきた。
「そろそろ戻ろっか」
マヨがそう言うと、全員がうなずいた。
ベンチから立ち上がり、最後にもう一度、俺は夜空を見上げる。
(……そうだな。願いがあるとすれば――)
この時間が、もう少しだけ続けばいい。そんな、ささやかな思いを胸に。
俺たちは笑い合いながら、静かなルミナスの夜道を歩き出した。
その歩みは、明日から始まる新たな冒険へと向かっていた――。
少しでも、
「面白い!」「展開が気になる!」
と思ったら、ぜひ☆☆☆☆☆評価、感想で応援お願いします。
ブックマークがいただけると、大変励みになります。
〈主な登場人物〉
テンコ:神のゲームの主人公に選ばれた、普通の高校生。性格は厨二病で、抜けてるところもあるが、意外と頭はいい。
マヨ:大魔ミルキーウェイ神皇国の第一皇女。性格は真面目だが、皇女として過ごしてきた反動で素が出る場面もある。意外と間が抜けている。
ミリア:獣人の少女。とても活発で食いしん坊。強い。
カタルシア:紫髪のエルフの少女。人間で言う14歳くらいの見た目。とても誠実で真面目。




