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視界に入る日差しがうるさい。
あの自転車の一件以来、夢見が悪い。今日もまたうんざりしながら、布団の中で身を捩る。
カーテン越しだというのに、眩しい光がこれでもかと存在を主張してくる。夏は嫌いじゃないけど、こうして茹だるような暑さが迫ってくるのを感じると気が滅入るしかない。携帯で時刻を確認して仕方なく起きると、洗面所へと向かった。
顔を洗ったついでに適当に髪を整える。サッカーをやっていた頃より伸びた髪は少しだけ跳ねやすくて面倒だ。鏡に映る不機嫌そうな顔をしている少年を一瞥して、リビングへと足を運ぶ。支度を整えると自転車に跨り、俺はある場所へと向かった。
寄り道をしながら自転車を走らせると、目的地が見えてきた。先週、自転車のチェーンが外れた際にクラスメイトである藍葉稔也が案内してくれた家だ。古民家を目の前にした途端、先週からこれまでの出来事が頭の中に鮮明に蘇る。
タオルを受け取った後、早めに帰って風呂に入ったほうがいいと男性から助言を受けて傘を借り、俺は藍葉家に自転車を預けて帰宅することになった。翌日、自転車を引き取りに藍葉家を訪れると、さまざまな予想外に見舞われた。
まずはここが稔也――ややこしいのでクラスメイトの藍葉は名前で呼ぶことになった――の家、ではないということ。家主である男性は稔也の伯父であって、父親ではないということ。
家に寄ってけばという稔也の言葉を鵜呑みにした俺も悪いけど、あの振る舞いでここが彼の自宅ではないことに気づけという方が難しいと思う。自転車を引き取りに来た際、男性――藍葉遥己さんと妙に会話が噛み合わなくて確認したところ発覚したのだ。
そして、もう一つの予期せぬ事態が起こっていた。引き取りに来た自転車のチェーンが既に直されていたのだ。藍葉さんが直してくれたらしい。稔也いわく、見たらすぐに直せそうだから直してもらった、ということらしい。思っても見なかった出来事に見舞われ、俺は呆気に取られるしかなかった。
「チェーン外れたぐらいなら簡単に直せるから、気にしなくていいよ」
藍葉さんはそう言ったが、呑気にお礼を言って引き取れるような状態ではなかった。仕方なしに経緯を母さんに報告したところ、次の土日にもう一度挨拶に伺いなさいと言われ、菓子折りを持たされて今に至る。
こういうのって苦手なんだよな、と思いながら玄関の引き戸を眺める。今一歩踏み出せないでいたが、腹を括ってインターホンを押した。しばらくすると玄関の引き戸が開き、現れた藍葉さんは俺を見て目を見張った。
「こんにちは。突然すみません」
挨拶とともに軽く頭を下げる。俺の訪問が意外だったのだろう。藍葉さんは俺を見るなり、眉を顰めた。
「麻薙くん、もしかして自転車、なんか具合が悪かった?」
「いえ、自転車は全然、大丈夫ですっ」
俺は慌てて否定する。思いがけず力が入りすぎたかもしれない。やや挙動不審な俺の返事を受け、藍葉さんは表情を緩めた。本当に安堵したような笑みだった。
「そっか、ならよかった」
「先日は自転車を直していただいて、ありがとうございました。あの、これ……ほんの気持ちなんですが」
頭を下げ、母さんに言われた通りの挨拶をたどたどしくなぞる。藍葉さんは差し出された菓子折りを見て目を丸くし、そっと受け取った。
「ありがとう。かえって気を遣わせちゃったみたいだね。ここ来るまで暑かったでしょ? お茶出すから、少し休んでいくといいよ」
挨拶をして早々に帰るつもりだったのに、想定外の提案をされてしまった。藍葉さんの声に呼応したかのように、滲んでいた汗がつうっと頬を流れる。こういう場合はやっぱり断ると失礼だろうか。俺は頭を高速回転させる。
「長く引き止めるつもりはないから。帰るにしても、水分補給ぐらいはしていったほうがいいかと思って」
俺の思考を読んだかのように藍葉さんはそう言った。訪問する踏ん切りがつかなくてその辺をふらふらしてから来たので、少し喉が渇いていたのも事実だった。それに、ここまで気を遣ってもらって断るのもなんだか悪い気がする。それじゃあと小さめの声で返事をすると、藍葉さんは「上がって。稔也がいるけど気にしないでね」と返した。
あいつ、また来てるんだ。そんなことを思いながら廊下を歩き、二間続きの和室に案内された俺は飛び込んできた光景に目を奪われた。
明るい日が差し込む和室の中、少年が一人、真剣な表情で座卓の前に座っていた。座卓の上には様々なものが広げられていて、こちらを振り向きもしない。今まで見たことのない、熱のこもった視線に息を呑む。
「稔也、少し休憩しろー」
藍葉さんが呆れたような声で稔也に声をかけた。しかし、その声すら届いていないようで彼は手を動かし続ける。藍葉さんは微苦笑を浮かべながら嘆息すると、俺に声をかけた。
「こっちにどうぞ。お茶入れてくるから、座って待ってて」
藍葉さんに促され、俺は隣の和室にある座卓の前に静かに腰を下ろした。なぜか無駄な音を立ててはいけないような気がしたのだ。
隣の部屋に視線を向けると先ほどと変わらず、稔也が真剣な表情で茶色の生地のようなものを弄っていた。近くも遠くもない微妙な距離で、何かを作っていることぐらいしか分からない。彼がいる部屋の片隅にはさまざまな色の布が折りたたまれていたりキャンバスが置かれたりしていて、自分の知る世界とは一線を画していた。
しばらく眺めていると、ことんとテーブルに何かが置かれる音がした。視線を横に向けるといつの間にかお盆を持った藍葉さんが隣にいた。グラスに注がれているのはおそらく麦茶だろう。濃い茶が陽に照らされてキラキラと反射する。
「夢中になるといつもあんな感じ。さすがにそろそろ休憩してほしいところなんだけど」
藍葉さんは俺の相向かいに腰を下ろし、稔也の様子を見守る。それはまるで子を見守る父親のようで、どことなく居心地が悪かった。それを誤魔化すように俺は疑問を口にする。
「あの、あいつ……何してるんですか?」
「革の端切れで小物作ってるんだよ。今はピアス作ってる」
「ピアス?」
稔也とピアスという単語が無性に似合わなくて、一瞬何を言われているのか理解できなかった。俺の疑問を察したんだろう。藍葉さんは隣の部屋へ行くと、何かを持ってこちらに戻ってきた。
「こんなやつ」
座卓に広げられたのは革素材で作られたキーホルダーやキーケース、ピアスだった。その中でも一番目についたのはピアスだ。細かく切り込みを入れられた革が器用に捻られていて、繊細なデザインに仕上がっている。キーホルダーやキーケースはシンプルでなんとなく稔也のイメージに合っていたから、ピアスの存在がやけに浮いて見えた。




