第三話 バレンタインまで
バレンタインデーというのは、やはり女子にとっては神様からもらった告白タイムに違いなかった。
そして、女子同士というのは、どんなに仲が良くても、むしろ仲が良いからこそ、好きな相手がカブると口をつぐむ。
早い者勝ちではないが、言った者勝ちはある。
ただし、好きだと言うことは、ふられることもあるわけで、とにかく勇気がいる。
それでも、自分の気持ちを伝えることは、とても大切だと思う。
例えば、きゃやんは入学当初、由良姫を訪ねてくる宇羅彦に一目惚れし、それから地道に当たって砕けていた。
それが今では、弁当を作ってきて昼を一緒に食べるまでになっている。
夏休み、盆まで鹿野神の二人が由良姫と宇羅彦のいる藤吉の家に泊まっていたことがある。
初音も凛華も、おくびにも出さなかったが、二人は宇羅彦のことが好きだった。
ただなんとなく、二人とも、宇羅彦はそういう気持ちを向けられること自体を迷惑に思うのではないかと感じていた。
そこはやはり、元は同じ一族であることで、肌感覚で理解できてしまう。
それ以上に、藤吉の二人と深く関わることには、一族だからこそ引いてしまうところがあった。
ところが、あっさりと由良姫が一族の者ではない人と付き合い始めた。
もしかしたら、宇羅彦に対しても、万が一のチャンスが訪れるかも知れない、そう考えたとしても不思議はないだろう。
凛華は、一時期初音との二人一組で祓いに出かけることが難しかった時、よく由良姫か宇羅彦と組んでいた。
元々、凛華は由良姫とは仲が良く、初音とのことも相談したりしていた。
多分、そういうこともあったのだろう。
由良姫もまた、宇羅彦と凛華のことを話す機会が増えた。自然と宇羅彦は、凛華へのフォローもするようになっていった。
そんな凛華からは、初音のこともよく聞かされていた。年末、初音がやらかした失態をフォローしたのも、そういう経緯があったからだった。
初音も凛華も、元々好意を寄せていた相手に守られれば、それなりの誤解が生じてもおかしくはない。
特に、祓いという、生業であっても常に危険がつきまとう状況では尚更だった。
いつものように由良姫は、自室で凛華とウェブ会議の機能を使って、ビデオチャットを楽しんでいた。このシステムの難点は、パスコードさえ知っていればチャットに参加できてしまうところだった。
由良姫は、突然凛華から相談があると持ちかけられた。
「じゃあ、携帯で話そっか」
こういう時は、たいてい初音のことだった。今までは、である。
「あのなぁ、もうすぐバレンタインやん。宇羅彦って、チョコ食べはる?」
「うん、勉強中、食べてるとこ見たことあるよ。義理ならええよ、気ぃ遣わんでも」
「ううん、日頃の感謝の気持ちもあるしぃ。それに誕生日やんか。なんかプレゼントしよう思ってるん」
「プレゼント?」
「うん、宇羅彦なんか欲しい物ってぇ、ないかなぁっていう相談なん」
「あー、それやったら、誕生日来たらバイクの免許取るって言うてたで」
「バイクかぁ、そうなんや。ありがとう、なんか考えてみるわ」
それからしばらくして、由良姫は初音から連絡をもらった。
「わあ、久しぶりやね。学校変わるんやってね、凛華から聞いた。同じ高校にしたんや。よかった、心配しとったよ」
「うん、そうなんよ。えろう迷惑かけたし、ほんまおおきに。感謝してる」
一通り近況報告をした後、初音は少しためらってから由良姫に聞いた。
「あんなぁ、もうすぐ、誕生日やんか、なんか欲しい物あらへんかなぁって。由良姫も宇羅彦も」
「うーん、急に聞かれると難しいな。ああ、そうや。宇羅彦やったら、もうすぐバイクの免許取るで。なんかバイク乗るんに必要な物とか、どうかな」
由良姫は、最近似たような会話をよくしているなと思った。
まあ誕生日だし、プレゼントを考えるのはよくあることだ。由良姫は、その裏にある気持ちまでは思い至らなかった。
なぜなら、相手が相手だったので。
まさか、弟の宇羅彦へ、初音も凛華も想いを寄せているとは考えたこともなかった。
それは、一族同士、互いに出生の秘密を知っていたからかも知れない。
バレンタインの一週間前の日曜日、由良姫はきゃやんこと渡瀬光代と一緒に大きい街まで来ていた。
ちょうどこの頃、この大都市では駅前再開発が進み、首都並みのツインタワービルが完成した。
そこで始まったのが、バレンタインの祭典だった。国内のみならず世界中からチョコが集められたのだ。
また、このビルには今までの百貨店にはない、若者中心のファッション文化が凝縮された。
バレンタインの祭典の特設会場は、若い女子を中心に、女性たちの熱気で溢れかえっていた。
「わあっ!? どっからこんだけ人が集まって来るん?」
「ねえっ!? でも、一週間早めてよかったよね。これじゃあ、チョコが売り切れちゃう」
「やっぱ、本物は高いね。でも、美味しそう!」
「そうそう、ここのベルギー王室御用達のお店のが欲しかったの!」
光代は、ハート型の缶ケースに入った、たった数粒で数千円もするチョコを買った。中でも、真ん中に入っている、つるんとした光沢のある赤くコーティングされたハートのチョコが、目を引いた。
まるで贈る側の気持ちを表しているようだ。
由良姫も、光代に勧められて、三粒で千円ちょっとの箱を二個買った。
「なんで二個買ったの?」
「うん、眴ちゃんにあげようと思って。一個は先輩」
「眴さんって、お料理上手な人でしょ? きっと喜ぶと思うよ!」
「なんか、私も食べたくなっちゃった」
「ねえねえ、チョコレートアイスやって! ここのチョコで作ってる! 食べていこうよ」
「でも……」
「今日付き合ってくれたお礼に、おごっちゃう!」
そう言うと、光代は由良姫の腕を引っ張って、アイス売り場へ連れていった。
アイスは高級アイスのそのまた二倍くらいの値段がした。
「うわあっ!! めっちゃチョコ! なんか、ここのチョコって程よく甘くて、でもしっかりチョコって感じする」
「なっ? 美味しいやろ? いつもは東の首都の高級店が並ぶとこにある本店でしか食べれんの。ほんまは、うち、これが食べたかったんよ」
「でも、めっちゃ高いやん。お金大丈夫? まだプレゼントも買わなあかんのに」
「大丈夫! 昨日、由良姫のこと話したら、ママがお小遣い奮発してくれたん。一緒にアイス食べておいでって」
「わあ、ママ太っ腹! お礼言っといてね」
アイスを食べ終わると、光代と由良姫はメンズの店舗があるフロアへ向かった。ここにも、プレゼントを選ぶ女性が大勢いた。
「何買うか、決めてきたん?」
「うん、免許証入れにしようかなって」
「へえ、眴ちゃんなんかはお財布に入れてたりするよ」
「うん、うちもな、最初はそう思ったん。せやけど、多分、宇羅彦くん、祓いに出かける時とかバイク使うんやないんかなって。そしたら免許証だけ持って出られた方がええやろ?」
「それもそうやな。そしたら、うちらいつもこういう身分証持ってるん。これも一緒に入るとええかも」
由良姫はケガレ対策室の身分証を見せた。
初音の一件があってから、身分証は高校生が持っていても怪しまれないカード式に変更されていた。
光代は長く使ってもらえるようにと、本革製の、免許証と身分証が一緒に入るしっかりとしたケースを買った。
由良姫は、自分とはまったく次元の違う光代の想いの熱に、自分の浩徳への想いはいったい何なのだろうと、考えてしまうほどだった。




