第二話 東高一年井上香里
きっかけは、年賀状だったろう。
しかし、付き合うに至るには、小さな《いいね》の積み重ねが、お互いにあった。
そんな積み重ねもなく、ただただ一方的に思いを募らせ、したことといえば陰で恋敵をイジメただけ。
その差は歴然だった。
冬休み明けのある日、勇人は学校へ手編みのマフラーをしてきた。
妹がクリスマスプレゼントにと編んでくれたものだったが、完成が少し遅くなったのだ。
クラスの友達の男子にからかわれながらも、勇人は多くを語らなかった。
ダンス部をやめた時も、本当は倒れた父親を手伝うためだったが、話すほどのことではないと、『ザ・祭り』が終わったからとだけ伝えていた。
ある日、井上香里は駅前のショッピングモールで、一緒に買い物をする佑実と勇人を見た。
二人は男物と女物の手袋を選んでいた。ちょうど今ぐらいの時期にピッタリの、厚手のもの。
香里は、二人がお揃いで手袋を買っていると思い込んだ。
「佑実ちゃん、選ぶの手伝ってくれてありがとう。これでやっと両親にプレゼント渡せるよ」
「うん、よかった! いざってなると迷うよね。今年もあんまり積もらんといいね、雪」
二人は喋りながらパン屋まで歩いていった。佑実は母親に頼まれた食パンを買って帰った。
ついお喋りに夢中になり、佑実はショッピングモールの駐輪場に自転車を置いてきてしまっていた。
取りに行き、乗って帰ろうとすると、見知らぬ女子数人に取り囲まれた。
「ちょっと、用事あるんだけど、一緒に来て」
香里が東高で仲良くなった、元ダンス部のちょっとヤンキーな女子たちだった。
佑実は、彼女たちのことを覚えていた。
なぜなら、夏休みということもあって髪を染めパーマをかけ、『ザ・祭り』用にしては派手な女子のグループだったからだ。
「用事があるなら、ここで済ませてくれる」
佑実はこういう女子たちが嫌いだった。一人では何もできず、何かというと徒党を組むタイプ。
「こっちに来いっつってんだろーがよっ!!」
その中の一人が、前カゴに入っていたパンの袋を通路に叩きつけた。
「何するん!?」
笑いながら女子たちはパンを踏みつけた。その中に、香里もいた。
「ちょっと、やめてよ! 一生懸命作ってる人のこと、考えなさいよ!」
自転車置場に人は来ても、誰も止めに入ろうとはしなかった。
「おい、おまえら何しとるんや」
男の声に、一瞬女子たちが驚いて振り返る。佑実を取り巻く輪が解ける。
そこにいたのは、パン作りの作業着に着替え、踏みつけられたパンの袋を持った勇人だった。
「誰や、せっかく買うてくれたパン踏みつけたんは」
女子たちは勇人が同じ高校の男子だとわかると、悪態をつきながらも去っていった。
「大丈夫か?」
佑実は頷きながら、勇人に謝っていた。
「何を謝るん?」
「だって、一生懸命作ったパンが……」
「それより、ケガとかないか? 自転車貸して、俺持ってくわ。悪いけど、このパン持っとって」
佑実は黙って頷くと、踏みつけられたパンを持って勇人の後について歩いていった。
パン屋に着くと、勇人は大きなビニール袋を持って外へ出てきた。そこへ踏まれたパンを入れるよう佑実に言った。
何があったのかと、勇人の父親が工房から出てきた。
「何もないで。大丈夫、大丈夫」
勇人の母親は棚から食パンを取ると袋に詰め、おまけにメロンパンやクッキーを入れてくれた。
「俺、ちょっと送ってくる」
ダウンジャケットを作業着の上に羽織ると、勇人は母親の自転車を借り、佑実と並んで走り出した。
佑実の家まで来ると、勇人はパンを渡しながら言った。
「もう二度と、こんなことならんようにする。怖い思いさせてごめん」
「ううん、大丈夫。気にしんでええよ。うち、こんなことくらいなんとも思わんし」
佑実は、にっこり笑ってガッツポーズをとると「頑張って!」と勇人を見送った。
翌日の月曜日、勇人は踏みつけられたパンを学校へ持っていった。
香里の姿を見つけると、目の前まで行き、それをビニール袋ごと投げつけた。
なんだなんだ!? と人垣ができる。勇人は香里へ怒鳴りつけた。
「おまえ、いい加減にしろよな!! どんだけ俺のこと嫌いなんか知らんけど、中学ン時からずっと、俺が付き合う女子みんなイジメて回って!! そんなに嫌がらせして楽しいかよ!!」
勇人は踏みつけられたパンを、香里に押しつけた。
「俺が一生懸命作ってるパンまでこんなにしやがって!!」
周りからは、香里を見ながらヒソヒソと声が上がる。
「なんだコレ、ひどいな、マジか」
「親父倒れて手伝っとるんやろ」
「中学から? うわ、キモ……」
「井上さんって、こじらせ女子?」
「サイテー! 怖すぎるんですけど」
この日を境に、今度は香里が静かなイジメの対象となった。クラスからもハブられたのだ。
その噂を聞いた、香里と一緒に佑実をイジメた女子たちまで、香里から離れていった。
しばらくして、学校から井上香里の姿が消えていた。
その頃、佑実は学校で昨日の出来事をきゃやんたちに話していた。
ケガはないと言っていたものの、つかまれた手首には爪の跡が残っていて、それを見つけられたのだ。
「ええーっ!! マジでっ!?」
「東高、ヤバい子いてるんや。そういえば、ダンス部にいたいた。そんなん」
その話は、お昼の弁当タイムに何気なく宇羅彦の耳にも入った。
もちろん、話は由良姫に伝わり、そこから浩徳の耳に入る。
「東高? 女やろ? 女子はよう知らんけど。東豊の男子やったら、女子とツルんどった連中は覚えとる。根性ないくせに根性悪で。今は県境の工業か商業か行って、天中からのヤツらにシメられとるんとちゃうか?」
「ヒロくん、昔の話する時、ほんま悪い顔になる」
「どこがや! 俺は足洗っとるんや。聞く方が悪い」
「ヤっちゃんみたい。完全、輩やん」
「その辺の半グレと一緒にしんといて」
「チワワのくせに」
「豆柴です」
由良姫と浩徳の会話を聞いていた、ツヤさんが笑いながら言った。
「犬も食わない、何とやらだね」
しばらくの間、佑実はきゃやんたちからの申し出もあって、学校の帰りはみんなと一緒に帰ることにした。
一月も後半になると、女子たちの話題は一年の一大イベント、バレンタイン一色になる。
チョコをどうするか、チョコだけじゃなく何をプレゼントするか。もちろん、誰に渡すか。
そして、男子にとってもバレンタインデーは、義理でもいいからチョコが欲しい過酷なイベントだった。
きゃやんこと渡瀬光代は、由良姫にこっそり相談し、とても重要な情報をゲットした。
二月十四日は、宇羅彦の誕生日だった。由良姫もそうである。
「バレンタインデーが誕生日なん? 絶対、間違えんやん」
「せやろ? きゃやん、ガンバ! ウーちゃん、チョコは食べるで」
「誕生日やったら、他にもなんかプレゼントしたいんやけど」
「そうそう、誕生日来たらバイクの免許取りに行くん。これは激アツの内緒の情報」
「バイク!? 」
「ナイショな!」
由良姫と宇羅彦は、学校では普段通りに日常を過ごし、夜間や週末にはケガレ祓いに出かける生活を続けていた。
そんな中、宇宙依からいつもとは違うシチュエーションで、高グレードのケガレ発生予測が告げられた。
県境の川向うの廃工場跡か廃倉庫かで、グレードB。
予測日時は二月十四日午後八時頃。
おそらく、バレンタインがらみだろうとは思われたが、場所が場所だった。
ここはドロップアウト組の溜まり場と言われていた。




