第八話 怒涛の大晦日
一般的には、家でのんびり年越し番組を見て、除夜の鐘を聞きながら初詣へ出向いたりするか、しっかりオールをする約束をして出かけるか。
大晦日から新年の初日の出までは、千差万別。
中には一年の、というより一生の清算をさせられる者もいる。
「今夜のリスト、グレードは低いけど、数がパないっすね」
宇羅彦が渡されたリストを見ながらボヤく。
「場所は一箇所にかたまってるから、十件なんてすぐやで!」
「なんやもう、こんなんばっか。ほんま、青少年の夢も希望も打ち砕く、クズばっかやなあ」
「うん、わかる。価値観、歪むやん。もうまともにエッチできひんわ」
西からの帰り道、万里依が眴に代わって運転していた。眴は少し眼を使いすぎ疲れて後部座席で寝ていた。
「青少年て、誰のこと? ウーちゃんと私?」
「まあ、そうやろなあ。ああ、宇宙依もや。未成年やし、ギリ」
「なあ、万里ねえ、エッチするからってモドキは湧かんやろ?」
「そりゃあ、エッチ自体は愛情確認の大切な行為やって思うとるよ」
「ほんなら、なんで今夜の祓いは全部ラブホなん?」
「そうきたかー!」
万里依は運転しながら、バックミラーで後部座席を確認する。
助手席には宇羅彦が、ちょうど間に由良姫が顔をのぞかせている。その横には離れて外を見つめる浩徳がいた。
外には大海の向こうの景色が広がっていた。
視線の先には、暗い冬空の下、息吹の山影が冴え冴えと見える。
「そうそう、まだやったら、先輩の部屋か、自分の部屋かどっちかの方が……」
由良姫が宇羅彦の頭を軽く叩く。
「人を愛する気持ちっていうんは、ええ方向にばっか向いとるわけやないんよ。例えば、一軒のホテルにいったい何組のカップルが泊まる? その全部が、まともな恋人同士とは限らへんやろ? 中には不倫しとったり、二股かけとったり、もしかしたら商売やったり、いろいろや。その中のどこか一室に、ケガレになってまうカップルが来るんや」
その声が車のエンジン音、高速を走るタイヤの音に紛れて車内に残る。
「大晦日、ほんまやったら家で家族と過ごしてるはずの人が、なんか上手いこと言い訳して出てきて、相手も同じように出てきて、拗れたりするやんか。そしたら、モドキ倍増やん。あんたら、モドキの性質一つ見落としてへんか? モドキは、気枯れ間近な宿主に一気に集って、気枯れを起こさせるんや。そうして、また元の宿主に戻ってく。ちゃあんと役目を果たして、バトンタッチする。性質が変わったんやで!!」
「そうやね。でも、うちはまだそこまで絶望したないねん。甘いかもしらんけど」
「由良姫は間違うてへんよ。それが当たり前なんやし。ただ、中にはいろんなことがあって、ケガレになってまう人もおるってだけや」
話しこんでいるうちに、高速のインターが近づいてきた。まずはこのインターを下りた近くのホテル街からが、今夜の祓い一件目だった。
ホテル街へと続く、わかりにくい場所に覆面パトが停車している。中にはケガレ対策課の警官が乗っている。
前以ての打ち合わせ通り、車を寄せて挨拶する。警官が二人、由良姫たちの車に付いて当該ホテルまで一緒に出向く。
案の定、駐車場まで満車なので、ホテルの前に止めてフロントまで行く。
すぐに奥から従業員が出てきて、警察と由良姫と宇羅彦を指定された客室の前まで案内した。
この頃になると、もう由良姫も宇羅彦も、万里依からの指示を待たなくても、ケガレになる直前かどうかがわかるようになっていた。
「ドアを開けてもらったら、すぐに閉めて下さい」
由良姫と宇羅彦は部屋へ飛び込んでいく。モドキは結界にぶち当たりながらも、エアダクトへと消えていく。
ケガレと化した一組のカップルを祓う。同時に、念のためホテル丸ごとの祓いをする。
そしてまた、同じ区域内に隣接する、ケガレ発生予測のホテルへ移動する。
十件全部回ったところで、今度は大きな街の中心部へと向かう。
そこで、宇羅彦は思いもかけない人物を見ることとなった。
最後の一組は、都心の駅と直結した外資系のエグゼクティブクラスのホテルだった。もうとうに朝陽は登り、新年となっていた。
祓いの部屋へと従業員が案内する。警官が二人と従業員が見守る中、ドアが開かれる。
その瞬間、ケガレは言葉を発した。
「助けてーっ!!」
宇羅彦は中へ入ってこようとする従業員を強引に押し出し、ドアを閉めた。
中では完全にケガレと化したものが、言葉を発し助けを求めていた。
「録音!!」
由良姫は宇羅彦が祓おうとしたのを止めた。
「殺されるーっ!!」
宇羅彦は録音をするとすぐにケガレを祓い、続けて由良姫にも術を放ち、もらったケガレを祓った。
「由良!! 由良姫!! 立てるか? 」
由良姫は眉間に皺を寄せながらも、宇羅彦へ向けて術を放ち、宇羅彦がもらったケガレを祓った。そして気を失った。
宇羅彦は由良姫を抱きかかえて、外で待っている車に乗り込んだ。
そこへ、一緒に部屋の前まで行った警官二人が来て宇羅彦に尋ねた。
警官たちは確かに助けを求める声を聞いたが、あの後部屋に入ったら誰もいなかったと言った。宇羅彦はその警官二人がケガレをもらった可能性があるので祓っていた。
時刻はもう午前十時になろうとしていた。
その宇羅彦の前を晴れ着を着た女性が通りかかった。彼女は、マジマジと警官といる宇羅彦を見た。
「あら久しぶり。なに? 新年早々捕まったの?」
「直美、どうした? 置いてくぞ」
松本直美と長谷川剛だった。二人は近くのタクシー乗り場へ向かうと、タクシーに乗って行ってしまった。
相変わらずだと思う反面、あれだけのことがあってもまだケガレにもならず生き残っている、その強さにも驚く。
怒涛の徹夜での祓いが終わって、由良姫も宇羅彦もぐったりと寝こんでいた。
車は眴が運転して帰ることになった。
由良姫も宇羅彦も、昼から約束していた初詣には間に合いそうだった。
「ああ、眴さん、ここでええわ。こっから道狭いし入り組んどるし」
万里依は宇宙依を起こすと車を降りた。
「ほな。あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしゅう」
家に着いても、由良姫も宇羅彦も爆睡して起きなかった。
「じゃあ、俺、帰ります。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「由良姫を起こしますか?」
「いえ……」
浩徳は自転車に乗って帰って行った。
それだけ短時間で多数の祓いをこなせば、いくらグレードが低くても疲れるということだろう。
しかも、本祓いの後に行う建物一棟分の広域祓いは、また別の意味で力の消耗が激しいようだった。
「着きましたよ。どうしますか?」
「うーん。起きる。眴ちゃん、ちょこっと抱っこして降ろして。体が重くて動かん」
由良姫はフラフラして、ケガレの発する音の影響が強く残っているようだった。
「ほら、由良姫。見て下さい。ケンがあんなことしてますよ」
狐のケンは、リビングの窓に手をついて立ち上がり、こっちを見ていた。
「ケンちゃ、かわゆ……あれ? ヒロくんは?」
「帰りましたよ。宇羅彦、起きて来なさいよ。私は由良姫で手一杯だから」
リビングのソファに倒れこむと、由良姫は今一度、眴にケガレが憑いてないか、蝕が起きてないか聞いた。
「大丈夫ですよ。宇羅彦がしっかり祓ってくれてます」
スーッと、魔法がかかったように眠りに落ちる由良姫。
宇羅彦はしばらく車から降りてこなかった。
眴は、そんな二人を寝かせておいて、粛々と初詣に着せる着物の準備をしていた。
由良姫には、薄紅梅色の地に葵と源氏車のおめでたい柄の小紋。これは正月に着物を着たいという希望を御子姫が聞いて、由良姫に似合いそうなものを選んで送ってくれたのだった。
宇羅彦には熨斗目色の灰みがかった鈍い紺色の渋い紬が羽織付きで届いていた。
もちろん帯や留め具、草履から小物も一式添えて用意されていた。
遠く離れていて、何もしてやれぬ母からの心ばかりの品々であった。
眴は、着物を衣桁にかけて自室で整えていた。




