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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第七章 冬に埋もる

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第九話 新年と初詣

 突然ガバッと飛び起きて、宇羅彦が車から降りると家の中へ入ってきた。


 風呂へ直行し、まずはザアッと水でシャワーを浴びる。

 階下から物音がしたので、眴が降りてきた。


 宇羅彦は由良姫を強引に起こすと、風呂へ連れていった。


「着物着てくんやろ、そろそろ水垢離(みずごり)してシャワーせんと、間に合わんで」


 ふにゃふにゃ言いながらも、由良姫は支度を始めた。水を浴びると目が醒める。

 髪を乾かしながら、ボーッとしている由良姫に宇羅彦が話しかけた。


「都心の駅前で、松本直美が彼氏とおるとこ見たで。最後に祓いに行った外資系の高級ホテルから出てきよった」


「ふうん。続いてるんや、ええやん」


「ようけ集らせとったで」


「根性悪(こんじょわる)は、そうそう直らんし。アレやろ、純金やのメッキやの言うとこやろ、お嬢様一貫校の。そら、集るわ」


 眴が上から呼ぶ声がする。


「はい、着付けますよ。どっちでもいいから、二階に来て下さい」


「なあなあ、髪上げてオールバックにしたら? 誰も寄って来やんで」


 笑いながら、由良姫が眴の部屋に入っていく。

 由良姫に着付けつつ、眴が感心したように呟く。


「さすが御子姫殿ですね、離れていても由良姫によく似合うものを選んでくれてます。はい、できあがり。裾さばきだけ注意して下さいね」


「眴ちゃん、ありがとう。手慣れてるね。やっぱお父さんにいつも着せてたからかなあ」


「階段気をつけて降りて下さいね」


 浩徳が迎えに来た。こちらもいつもの格好ではなくて、ジャケットを羽織っている。


「兄貴がこれ着てけって貸してくれた。オッサンみたいやろ。可愛い着物やなあ」


 ニコニコ顔の由良姫が、笑いながら言った。


「今日はゴツい用心棒が付いとるで」


 由良姫の後ろから、背の高い厳(いか)ついのが出てきた。宇羅彦だった。


 お互いに新年の挨拶をすると、待ち合わせ場所まで歩いていく。

 チラホラとご近所さんが歩いているのを目にすると、皆すれ違いざまに宇羅彦を二度見していく。

 その様子に由良姫は大ウケだった。


「あけおめっす」


「おめでとうさん、今年もよろしくね」


 わきゃわきゃとみんな晴れ着を着て、どこかテンションが上がっている。

 女子同士で、この髪飾りが可愛いとか、この模様が綺麗だとか。

 何よりウケたのは宇羅彦のオールバックだった。


 お参りを済ませると、おみくじを買って、みんなでどうだったか見せ合ったり、境内は大勢の参拝客で賑わっていた。


 当然、同級生にも会う。ワイワイと輪ができて写真を撮り合う。

 気持ちよく晴れ渡った新年の一日目は、穏やかに楽しく過ぎていった。


 まるでついさっきまで、ケガレと格闘していたなどとは思えなかった。


 一緒にお参りして、参道のお茶屋さんにちょっと寄って話をして解散となった。


「ほな、また明日」


 この地方には、西の首都ほどではないが本当に有名な、由緒正しい神社が多くある。

 皆、親しみを込めて、御〇〇さん、という感じで呼んでいる。


 正月二日目、由良姫と浩徳はバイクで、その内のひとつへ初詣に行くことにしていた。


 下宮から参拝し、内宮へ足を踏み入れた途端、由良姫にはひしひしと迫りくる気配が感じられた。

 あまりの圧に、由良姫は動けなくなってしまった。


「どうした? 気分でも悪いんか?」


「気が強すぎて、ちょっと休みたい」


 由良姫は浩徳に連れられて、休憩所で少し休むことにした。

 そこへ行く途中、意外な人物に出会った。


 神守我央。


 彼は、どうやら十名ほどの集団で参拝に来ているようだった。


「これは……藤吉の……どうかしましたか?」


「あ……あけましておめでとうございます」


 我央は微笑みながら、気分が悪そうなのに挨拶を優先する由良姫を気遣った。


「休憩所まで、私もご一緒しましょう」


 休憩所では、我央と一緒に来たらしい人たちは外で待機していた。


「ありがとうございます。もう大丈夫ですから」


 浩徳が我央に礼を述べて、外に待たせている人たちに目をやる。


「彼らはケガレ対策室のメンバーです。幹部クラスの。皆、若いでしょう。二十歳(はたち)そこそこなんです」


「全員二つ紋なんですか?」


「ええ。神守では私を筆頭に、数年後続々と二つ紋が誕生しましたから。直系より先に誕生したことには意味があると考えています」


「興味深いお話をありがとうございます」


 浩徳は外の集団の中に、ずっとこちらを見ている女性がいることに気がついた。


「あの人ずっとこっち見てます。そろそろ戻られた方がいいのでは?」


「そうですね……困ったものです。癖なのか性格なのか」


 視線を感じた瞬間、由良姫の奥で何かがざわりと動いた。


「我央さん、あの人、内宮で眼を使うとどうなるか知ってはりますか?」


「さあ、知らないと思います。眼を使ってましたか……これはとんだ失礼を、申し訳ありません」


「いいえ、自業自得ですし」


「由良姫さんは、そういうところ、御子姫殿に似ていらっしゃる気がします」


 由良姫は張り付いたようににっこりと笑う。その笑顔に、我央はゾクリとした。


「ほう……こんな可愛らしいお嬢さんが、あの恐ろしい気を発されましたか」


 目の前に、浅葱色(あさぎいろ)の袴が目に入る。神宮の禰宜(ねぎ)のようだ。


「申し訳ありません。気をつけます」


「そうですね。いつもは穏やかな神さんでも、いつ鬼と変わらはるか知れませんで」


 禰宜は、確実に由良姫に何かを感じ、知らせに来たようだった。


「この宮の神さんは、たおやかな心優しき女神でもあり、猛々しき荒ぶる男神でもあります」


 禰宜は静かに語りかけた。


「気が乱れますと、ざわり、と……それだけで眠っている鬼さんを起こしてしまいます。宮の中の気に、身を委ねてみてはいかがですか。きっと心地よいと思いますよ」


 禰宜は丁寧に一礼し、去っていった。人ではないような感覚だった。


 スゥーッと、深く呼吸を整える。気が一本通る。

 そうして、由良姫は我を仕舞い、透明になった。


 すると、そこへ外から内へと気が満ちてくる。


 まるで、何かと一体化しているようだった。

 先ほどまでの、あれは……あの圧はなんだったのだろう。


 これなら、私の中の内なる鬼も制することができるのではないか。


 母御子姫の苛烈さと、その反面の慈悲慈愛の一面。それにも似た。

 広く大きく、底知れぬ、包み込む清けき気配。


 浩徳が柏手を打つ。

 澄みきった音がどこまでも境内へ、高く広く響き渡る。


 その音が届いた瞬間、由良姫の奥でざわりとしていたものが、潮が引くように鎮まった。


 ケガレの声を聞いてから、ずっと頭の奥に残っていたざらつきも、波にさらわれるように消えていった。


 由良姫は深く息を吸った。


 ──溶けていく


 何もかもを消してひとつになり、自分さえ消えていく。

 由良姫にとって、こんな感覚は初めてだった。


 由良姫はもう一度、あの禰宜と話がしたいと思い探した。


 授与所か社務所へ行けば会えるかと探したが、見つからなかった。

 由良姫は浩徳と一緒にお札を購入し、ゆっくり内宮を参拝して回った。


 あの禰宜は、本当に人だったのだろうか。


 帰りには夫婦岩へ寄ろうという約束だった。


 この先にも海沿いには見所が多い。今度は夏に来ようと約束して帰路についた。


 神宮のお札を差し出すと、眴はとても喜んだ。

 そして、神宮の内宮での不思議な体験の話をすると、眴は言った。


「彼の地は、神の領域ですから、何が起きても不思議ではありません」


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