第七話 宇羅彦の決意
「ああ、あれはもう一旦保留になっています。君たちの中には、慣れてる子と素人同然の子が混じっているとよくわかりました。西の首都の方は……」
「待って!! 我央さん!!」
宇羅彦は必死だった。ここで初音を切らせるわけにはいかなかった。
「初音のこと、すみませんでした」
「どうして君が謝る?」
「あいつ、挙動不審やったんです。放っといた、俺たちの責任です」
「それで?」
「厚かましいですが、もう一度だけ任せて下さい」
「一つ聞いていいですか? どうしてまた?」
宇羅彦は思いもよらぬ我央からの質問に、しばらく考えて答えた。
「ケガレを祓うことが、今の俺たちにできる最良のことやから。俺は母も父も、友達も守りたい。もう時間がない、肌感覚でわかるんや」
「わかりました。ではこの件は、宇羅彦さんへ一任します。次は上手くやって下さい。期待していますよ」
「ウーちゃん、我央さんどうやって?」
由良姫が心配して聞いてきた。
「俺に一任するって」
「よかったやん。初音は辞めんでいいってことやろ?」
頷く宇羅彦へ由良姫が飛びついた。浩徳が宇羅彦を褒める。
「俺なんかよりよっぽどリーダーシップあるやんか。まあ、本人反省はしてるやろから、あとはどうチームに馴染ませるかだけやな」
「先輩こそ、こういうん得意そうっすね」
「あはは! まあ一応生徒会長やしな!」
「張子の虎やないってことっすね」
二人が凛華の元へ出かける準備をしていると、眴が来て浩徳に家の方は大丈夫か確認した。
「大丈夫っす。こっち帰ってきてインター降りたら、パトが待機してくれてる手はずなってます」
「そうですか。助かりますね」
そこへ由良姫が、気になることを口にした。
「気になることあるんやけど。初音ってモドキいてない? この前ホテルで一瞬やったけど臭ったん」
「由良姫は敏感ですねえ。まったくというわけではありませんが、ケガレと違ってモドキの段階では体内にいる限り術では祓えませんからね」
「何か方法ないの?」
「まあ、昔ながらの潔斎や禊の方法なら祓えるかもしれませんね」
ところが、西では別の問題が持ち上がっていた。
凛華がグーパンした初音の顔が、結構な青痣となっていた。初音は祓いの際に転んで打ったと言い張った。
祓いで帰ってきた当日は、すぐに部屋へ入って出てこなかったので気づかれなかったが、二、三日して今朝見たら目の下が腫れ上がっているという。
初音の母の唱から、凛華の母の言葉へ連絡が入った。
凛華は正直に自分が殴ったことを話した。
「祓いに行く時は、必ず二人一組っていう約束事があるん。絶対守らんと、なんかあったら責任問題なるからって。それを初音は破った挙句、悪態つきよったん。うちもうアッタマ来て……」
「ほんで、手ぇ出したんやね?」
頷く凛華に、言葉は謝りに行くから支度するよう言った。
言葉は姉の唱に電話で、今から謝りに行く旨を伝えた。すると意外な答えが返ってきた。
「今日はええわ。昼から大叔母さん来はるで。ちょっとな、偉いことになってもうて。大叔母さんとこへ、怪しげな会社から連絡入ってな。初音に問い質したら、携帯失くしたって言うん。せやけど、普通ロックかかってるやんか。どうして落としただけでそないなるんやって根掘り葉掘り聞いたら、まあもう身分証も学生証も全部失くして、盗られたって言うの。そっちにも迷惑かけたんと違う?」
大晦日の昼前、凛華から由良姫へ、連絡が入った。
「大叔母さんとこに、例の会社から電話があったみたい。昼から初音のとこに来るって。どないしよ。初音やめさせられるかもしれん」
「わかった。ウーちゃんと眴ちゃんへ話は伝わってる。今からみんなで向かうで。安心して待っとって」
由良姫が話をすると、凛華はやっとホッとできたようだった。
その話を万里依にすると、宇宙依と一緒についていきたいと申し出があった。
「こっちの今夜の祓いは戻ってからや。まずはあの目の上のたんこぶ、なんとかせんと初音が抜けてまう」
大晦日とあって、年末の渋滞もひと段落しているようで、高速道路は順調に進んだ。
大叔母は、初音の顔を見るなり、それが祓いに出て作った怪我だと聞き、嫌味を言い始めた。
「まあ、なんちゅう顔してはるの。女の子がそない顔になるまで、いったい何しはったんや」
「祓いに行って……ちょっと転んだだけです」
「転んだ? あんた、昔からそうやなあ。自分は何でもできる思うて、妙なとこで無茶しはってみっともない。二つ紋いただいた言うたかて、もう下はぎょうさん生まれてきてはる。しっかりしなはれや、本家の名に傷つきますがな」
初音は俯いた。ギュッと握った拳の中で爪が食い込む。
「それに今回の騒ぎ。携帯だけやのうて身分証まで盗られた聞きましたえ。鹿野神の名前背負うて仕事させてもろてる自覚、ほんまにありますの?」
「はい……」
「そないなお人が、こないな騒ぎ起こしますやろか。凛華さんは藤吉の家と上手いことやってはるそうやないですか」
凛華の名が良い方のことで、大叔母の口から出ることは滅多になかった。その名前を聞かされ、初音の奥歯が噛みしめられた。
大叔母の嫌味は、小さい頃から初音を苛んできた。苛立ちと怒りを呑み込みながら、そのたびに自尊心を傷つけられ、自己肯定感を踏みつけられてきた。
初音の心は悲鳴を上げていた。
そこへ由良姫と宇羅彦たちが到着した。
ドヤドヤと大人数が座敷に入ってきたので、大叔母の嫌味は一旦止まった。
由良姫は大叔母を見るなり顔をしかめた。
宇羅彦もここまで酷いとは思っていなかった。
大叔母は長年の蓄積で、山程のモドキが巣喰っていた。
「大叔母さんは一族の者ですよね。もしかして禊はしてはらへんのですか?」
宇羅彦が挨拶代わりに、大叔母からすれば大変失礼なことを言ってのけた。
「あんた、誰え? どういう躾されてはるの!」
「宇羅彦です、初めまして。嫌味も過ぎると、モドキがぎょうさん集ります。しっかり禊しんと、気枯れを起こしても知りませんよ」
「なんやって!? ええ加減なこと言うと……」
「大叔母さん、初めまして、由良姫です。モドキ臭うて、ほんまに心配してるだけです。モドキは体ん中にいると祓えんのです。早よ帰って、毎日死ぬほど禊して清めて下さい」
由良姫の髪の毛が逆立ち始める。
宇羅彦が大叔母に詰め寄ると、腹に一発気を放った。
「うっ、うぐっ! うえっ、おえっぷ!」
強引にモドキを吐き出させて見せた。
瞬間、由良姫が祓ったが、そこにいる者全員が、大叔母の口からモドキが出るのを見ていた。
「ほら、もういっぱい溜まってるから、こんなふうに気を放っただけで出てくるんです」
「早よ、帰って!! 二度と来んといてっ!!」
初音の母、唱は大叔母の手を掴むと、玄関へ引っ張っていき、台所から塩壺を持ってきて塩を撒いた。
初音は、突然のことに唖然としていた。しかし、一息つくとわあわあと泣き始めた。
「うち、うちの中にも、あんなんがいっぱいいてるんやっ!!」
宇羅彦が泣きじゃくる初音にやさしく言った。
「水垢離して、精進潔斎するんや。しばらくしっかり禊しいや。二つ紋やったらそれでモドキは出てくるで。出てきたら祓えばいい。その間、祓いはこっちでやるで」
「みんな、初音が心配でとんできたんよ。凛華が朝イチで連絡くれたおかげや」
「せやけど、うち、全部隠してて。みんなに迷惑かけて。対策室の方も……」
「それなら、俺が我央さんと話つけた。初音も入れて、もういっぺんチャンスもろた。心配せんでもええ。早よ、顔のケガ治せ。あとモドキもな」




