第七話 家族の団欒
「ちょっと! 浩徳なにやってんの!?」
「不純異性交遊! 現行犯逮捕だ!!」
「あのなあ、するんやったらドア閉めとるわ!」
「それもそっか」
「だいたい初めてやのに、こんなむさいとこでするか!?」
「そういう問題やないでしょ」
「なんや、おまえらまだなんか?」
「それがどーした、何気に事情聴取すな!」
わあわあと続くやりとりを、唖然として由良姫は見ていた。
「ほら、彼女。呆れてはるで」
拾ったレポートの束を持ちながら、由良姫は笑いをこらえていた。
自分の家でも、芥見でも、こんな明け透けな会話はしない。いい家族やなあと、由良姫は思った。
「ああ、ちょうどよかった、お夕飯食べてったらどお?」
「そうや、帰りは送ってったるで」
「ほんなら、ビール飲めやんで」
「上等や! ノンアルがあるわ」
「もうちょっと、あんたらジャマ。向こう行って」
「えっと、由良ちゃんだっけ、もうこんなんでごめんね。ほんで、ご飯食べてくでしょ?」
由良姫は電話を借りて、自宅へ連絡した。珍しく眴はすぐに許してくれた。
「どやった?」
「ええって。なんや、珍しい。なんも言われんかった」
「そっか。そういや、紹介まだやった。俺の兄貴とおふくろ。今日会ったじいちゃん、ばあちゃんはおふくろの両親」
「どやった? 元気しとった?」
「いっぱいご馳走作って待っててくれたわ」
浩徳の母親と由良姫は目が合った。ニッコリ笑って、ペコっと会釈した。
「何かお手伝いすることはありませんか?」
「大丈夫よ、それよか寒かったでしょう。お鍋にでもしましょか。向こうの部屋のお炬燵でも入っとって」
浩徳は手招きした。兄は買ってきた物をあちこち片付けていた。
「今日、そのケガレ退治、っていうか祓いの親分みたいなんが来とったんやろ?」
「うん、今までは速攻で断ってたのに、多分そうも行ってられんくなったんかな」
そこへ浩徳の兄がカセットコンロを持ってきた。
「由良ちゃんは何飲む? ジュースとかもあるよ」
「お茶がいいです」
「ポットにほうじ茶入っとるわ。それ向こうに持ってって」
マグカップを持ってくると、浩徳はお茶を注いで渡した。いい香りがした。浩徳の兄は、ノンアルを持ってきて飲み始めた。
「兄貴、能隆ていう、こう見えて警察官」
「ヨシくんて呼んで」
「えっ!? ケーサツ? マジですか?」
「そうそう、ケガレ案件の特捜の部署。なんや今日わざわざこっちへ、その偉いさん来てはったらしいわ」
「神守我央」
「やっぱ、知ってるんや。そらそうやなあ。なんかあったら聞いて。由良ちゃんやったらナイショで教えてあげるから」
「守秘義務はどこ行った? ていうか、大丈夫なんか?」
「俺らが調べた報告があっちへ上がっていくんやし。後か先かの違いなだけや」
由良姫には、ずっと気になっていたことがあった。ケガレとなり祓った人たちについて、その記憶は周囲から消えていた。
しかし、その人が存在していた記録まではどうなのだろう。
「聞いてもいいですか?」
「早速だねえ。何かな?」
「例えば、先日の松本宅の件なんですが。生き残ってた子がいたと思うんですが、何か言ってましたか?」
「っていうかさ、由良姫ごめん割り込んで。ケガレとして祓われたら痕跡残らんやろ。記憶もなくなるやろ。どうやって通報っていうか、ケガレ案件やってわかる?」
「例えば、松本宅は、旦那が会社経営していた。ところが経営資金が何千万円単位で消えていて、まあそれだけやないんだが、とにかく連鎖倒産したんや。問題が大きくなって、発覚した。それで内閣府のケガレ対策室へ報告が上がって、正式にケガレ案件かどうか調査依頼が入った、というわけ」
「それで、生き残ってた……」
「娘やろ。おまえらと同じ高校の。なんも覚えとらんかったで。ただ……ああ、そうや。珍しいらしいんやが、後遺症やって対策室のが言うとった」
「どんな後遺症か聞いてもいいですか?」
「ああ、精神的なもんやって聞いとる。しばらくずっとブツブツ言うとった」
「それって「人殺し」とかじゃないですか? 数日間ずっと」
「そこまではわからんけど、祖父母が迎えに来て連れてった時はまだブツブツ言うとったらしいわ」
「兄貴、ありがと。不法侵入とかになるんやろ、普通」
「ケガレ案件は祓いの場合、お咎めなしや。安心して、まあ、気ぃつけて」
母親が、用意ができたので運ぶよう声をかけてきた。
和気藹々と一つの鍋を囲むというのは、由良姫にとっては初めてのことだった。
特にこのキムチが入った鍋には驚いた。
辛味が程よく少し甘く、豚肉と一緒に食べるととても美味しかった。締めにラーメンを入れるのも初めて見て驚いていた。
「美味いやろ、このキムチ鍋。体がほこほこしてくる」
「いいな、こういうのって憧れる! うちは眴ちゃんが潔癖で、無理やと思う」
「あらまあ、それは残念ねえ。またお鍋が食べたくなったらおいでね」
鍋を食べながら、今日買い物に行ったらクリスマス一色だったと、母親が楽しそうに話していた。由良姫にとって、こんな温かな雰囲気は初めてだった。
浩徳の母親は、こちらでは有名な老舗の和菓子屋で働いていた。
食後には、どら焼きの皮が虎柄に焼かれた、『虎っこ』という和菓子をいただいた。店の看板商品だと笑っていた。
いつかまた母に会うことがあれば、和菓子の好きな人なので持っていこうと由良姫は思っていた。
由良姫は、浩徳の兄に家まで送ってもらう途中で、すぐ気づいた。
ドーン! ドーン!
宇羅彦が気を爆発させている。
浩徳も感じたらしく、そこで車を降り由良姫を連れて、歩いて家まで向かった。
「ウーちゃんや、めっちゃ怒ってる。どうしたんやろ、珍しいな」
「コレって、下手したら家ブッ壊れるんじゃね?」
由良姫は、あはは……と笑い返したが、浩徳の言う通り、小さい頃に力加減ができず、家を壊しかけている。
「今日、芥見本家で、神守我央に会うって言ってたから、それでかな……」
とにかくもう夜なので、家へ入ろうということになった。家の中は、なかなかの破壊力の展示場というか、あちこちボコボコだった。
「俺、帰るわ、眴さんによろしく。俺にもあったでわかるけど、こういうのってあんま見られたないって思うし。じゃ、また明日、学校でな」
「眴ちゃん、ただいま。ヒロくん、玄関まで送ってくれて帰った。よろしくって言ってた。コレって、ウーちゃんやろ? どないしたん?」
眴は大きくため息、というか深呼吸をして、万里依とやりあったことを話した。
「祓いの方針を巡って、初めてでしょうかねえ。いつも返事しかしなかった宇羅彦が、いきなりキレて……」
「まさか本家でも!?」
「万里依さんの車、大破させました。それで帰ってきたんですが、気が収まらなかったようで」
由良姫は宇羅彦に近づき、顔を覗きこんだ。
「由良、楽しかったか?」
「うん、ウーちゃん?」
「もう、大丈夫や。俺もバイクの免許ほしいな」
「今度誕生日きたら、すぐ試験通るよう勉強したら? ヒロくん、教習本くれるって言ってたよ」
「ああ、もらっといて。そしたら一緒に車で移動せんでよくなるやろ。携帯で指示貰えば、顔合わせずに済む」
「ウーちゃん……?」
「芥見がなんや、本家がなんや。俺はもうウンザリや。あいつらの方がよっぽど裏があるわ」
その日以来、宇羅彦が芥見本家へ行くことはなくなった。
一度はやわらかくなった雰囲気が失せ、前以上に無口になり殺伐とした様子へと戻っていた。




