第六話 神守我央の依頼
神守我央と神守玲は、連れ立って芥見本家へやってきた。
そこにいたのは、芥見本家の者全員と眴と宇羅彦だった。我央はすぐに、由良姫がいないことに気がついた。
それより、同行した玲は、何か恐ろしいものを見るように固まっていた。
「どうぞ、お上り下さい」
曽祖母、もしくは大祖母と呼ばれる本家の主が上座に座っている。
そのすぐ横、向かって左手に二人は通された。正面には万里依と宇宙依、続いて宇羅彦と眴が少し離れて座っていた。
我央と玲は身分証を出し、名刺を曽祖母へ差し出した。
「万里依、受け取っとき」
曽祖母に言われた通り、名刺は万里依が預かった。その後、身分証を一同に回し確認してもらった。
内閣府ケガレ対策室。我央はそのトップ、室長だった。
「今日は、由良姫さんは?」
「用事があって出かけています。祓いに関しては、基本うちら二人が決めてます。うちらがいたら十分です」
「そうですか、それは大変失礼をいたしました」
「もし、うちらのことを視んと気ぃ済まんのやったら、どうぞお引き取り下さい」
我央は隣に座る玲を睨みつけた。
「これは、とんだ失礼を。重ね重ね申し訳ありません」
「あんたが命令したんと違うんか?」
「私はそこまで不躾でも愚かでもありません。まして、兄の縁者に対して失礼極まりない」
眴はおもむろに眼帯を取ると、常世の眼で二人を視た。
「我央さん、そちらには先日、猪野神の二人に伝えたこと、伝わっていませんか?」
「ケガレが言葉を話すという件ですか? 聞いています、何か?」
「お連れの方、ケガレによる蝕を起こしています。祓いに出た後、禊は済んでいますか?」
玲はひっ! と短く驚くと、我央の方へ向き直った。
「私は眼なので、後方待機していたため、迂闊でした!」
我央は即座に、玲に向け術を放った。それは驚く速さだった。しかも、力加減も絶妙だった。
玲は座布団から退くと後ろに下がり、深々と頭を下げ土下座をした。
「もう結構です。それより、ご用件をどうぞ」
万里依は我央に本題へ移るよう促した。
我央はアタッシュケースから書類を取り出し、同じものを四部万里依へ渡した。それは、東の首都で起きているケガレ関連の状況と、全国で確認されているケガレ関連の事件の報告書だった。
「我々が把握している、昨日現在までのケガレによる事件の全容です」
やはり、東の首都が書類の半分以上を占め、残りが全国各地のものだった。その中には、いつの間にか由良姫と宇羅彦が祓った事件も含まれていた。
「我々は絶対的な人員不足に陥っています。東のみならず、西の首都にも人員を割かねばなりません。そこで、今は東の首都に集中したいのです。その他の地域を、お任せできませんか」
「それは、東の首都以外、全国各地へ行けということですか?」
「そこまでは厚かましく要求できません。できれば、猪野神、鹿野神の両家とともに全国の主要都市をお願いできたらと考えています」
「それはどのくらいの期間ですか?」
「東の首都を制圧するまで」
万里依は宇宙依の顔を見た。
「来年の九月いっぱい、約十ヶ月はかかりそう。順調にいけば」
「そうですね、二年の後半からは、できれば勉学に重きを置きたいので、それまでなら」
眴は、万里依へ向けて希望を述べた。宇宙依がそれを後押しする。
「せやなあ、由良姫も宇羅彦も大学で専門分野を学んだ方がええ。そこから得たもんは、きっと祓いの全体に役に立つと思う」
万里依が怪訝そうに聞いた。
「祓いに役立つ?」
「さあ、どうかわからへんけど。一応県大の理系学部優秀なんで、そこへ行く。由良姫も、多分学部は違うけど」
宇羅彦は万里依へぶっきらぼうに答えた。それを見て、我央は静かに認めた。
「もう決めてるんですね」
「父の希望、遺言です、大学には行けという。本来なら、祓いの仕事などそれからでいいと言われています。多くの戦人を近くで見てきたからやと思います。中学出たら即、戦場に放り込まれ、戦しかない生活の中でどう疲弊していくか、嫌という程見てきたに違いないから」
「そうですね。あの当時は、そういう時代でした。私も、両親が心配して海外へ出されましたので。わからなくはないです」
「私は、最後の奏家総代の奏司さんを今でも尊敬していますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
我央は、心の中でこう呟いた。君(宇羅彦)の父、豪鬼のことも尊敬している、と。
「祓いにかかった経費はすべて、ガソリン代含めた移動費、通信費、その他、車やバイクの維持費、携帯電話などの通信機器にかかる費用も請求して下さい。祓いに関わった分は各々手当が支給されます。経費等併せて、こちらの対策室事務課へ、ご報告下さい。以上、何かありましたら直接私の携帯までご連絡下さい」
「ちょっと待って。我央さんが直属の上司?」
「はい、そうです。何か不都合でも?」
「東の首都にかかりきりになるんでしょう?」
「こちらが無理なお願いをしているので、対応は私がします」
神守我央は、用件だけ終えると長居はせず、最後に再度部下の非礼を詫びて帰っていった。
「ねえ、大ばあちゃん。どう思った?」
「ふん、あの子も気の毒やねえ。眴、おまえはよう知っとるやろ」
「はあ、まあ。奏司さんの使いで、神守家とは何度かやり取りはしましたが……」
「その後は、関わっとらんようやな。そんでええ」
「せやけど、あれじゃあ孤軍奮闘も、過ぎるなあ」
宇宙依がボソッとカワイソーと付け加える。
宇羅彦がおもむろに、芥見の曽祖母に向かって意見した。
「由良姫の爆弾と、俺の正体が、対策室の他の連中にバレんかったらええんやろ。気の毒や思うんやったら、もう少しなんとかできんのか」
「馬鹿もん! おまえはまだ人の本当の怖さを知らん。我央はともかく、アレの周りにおる連中は、みんな信用ならん。どこへつながっとるかもわからん」
曽祖母は、珍しく声を荒げて、宇羅彦に向かって怒った。
「我央かて、そのうちどう転ぶかわからんわ!」
万里依はその様子にため息を吐いた。
「そうですよ、宇羅彦。今日、ここへ由良姫を連れてこなかったのは、やはり正解でした。あの下品な部下を見たでしょう」
「そうや。宇羅彦、ええな? 勝手に動いたら絶対に許さんで」
万里依が釘を刺した。
そこへ、出かけている浩徳から、眴の元へ連絡が入った。
「誰です? 由良姫からやったら、もう一時間くらい経ってからおいでって、伝えたって」
眴はその通り、浩徳に伝えた。二人は暗くなる前に着こうと、すでに半分過ぎくらいまで来ていた。
「なんや、もう少し後で帰って来いって。ちょっと、あったかいもんでも飲むか」
「イヤや、もう動きたなくなる」
「しゃあないなあ。じゃあ、こっからすぐやで俺ん家、来る? せやったら、兄貴に車で送ってもらえるし」
由良姫は、風の冷たさに泣きそうな顔で頷いた。
「俺の判断ミスや。こんな風冷たい思わんかった、ごめんな」
浩徳の家は県高を挟んで、由良姫の家と真反対だった。
「もうちょっとの辛抱や」
団地に着いて、浩徳の家まで行くと誰もいなかった。
「上がって、すぐストーブつけるで、待っとって」
室内に入っただけで、ホッとするほど寒さが和らいだ。
テーブルの上に書き置きがあった。
「仕事休みやで二人で買い物行っとるみたい。携帯、電波悪いんかブツブツ切れよる。着信は入っとるで、そのうち気ぃつくやろ」
「ヒロくんの部屋、どこ?」
「そこ、玄関横」
「開けていい?」
木の引き戸を開けると、机と本棚しかなかった。
そこには、眴から預かってきた奏司のレポートのコピーが散乱していた。
「うーわっ! なにこれ!?」
二人で床に這いつくばって、片付けているタイミングで兄と母親が帰ってきた。
玄関を開けた瞬間に見えたのは、浩徳が部屋で由良姫を押し倒してでもいるような光景だった。




