第四話 守護の誓約
現在、東の首都では、首都圏に居住する猪野神家(元奏家)へ、ケガレ祓いの助力依頼があり応じている。
西の首都でも、基本的に首都内を中心に、鹿野神家(元響家)へ祓いが依頼されれば応じている。
今まで由良姫と宇羅彦は、芥見万里依が一緒に行ける範囲内で、自分たちで解決可能な案件のみ祓いに出ていた。
というのも、隣県の大きな街までは片道、車で一時間かかるのと由良姫が体が弱いことを理由にして断っていた。
そんな折に、神守我央から直接会って話せないかと連絡があった。
「学業を優先させたいので、期末テスト後に願います」
「どうでした?」
「家へ来いって、大した進歩だ。門前払いから」
期末テスト後の最初の日曜日に、神守我央は芥見本家へ招かれた。
その日、由良姫は浩徳と一緒に、大海の浩徳の祖父母宅へ日帰りで行く予定にしていた。
それを知っていて、眴はわざわざその日で応じた。
「大人同士の話で終わるから、由良姫は約束通りいってらっしゃい」
「そうやなあ、どうせ芥見の曽祖母さんが出てきて話しするだけや。かまへんて、いってらー」
「ほんなら、雪降るとヤバいらしいで、行ってくるね」
浩徳がバイクを動かし始めると、母親と兄までやってきた。
「なんや、二ケツで行くんか、峠は気ぃつけろよ」
「他所様のお嬢さんお預かりするんやから、ええね」
浩徳が迎えに行くと、由良姫は先日一緒に買いに行った、バイク用のジャケットなど冬用の一式着て待っていた。
「めっちゃ暑いんやけど」
「コレがごっつ冷たく感じるんやって。大海近くは湖渡って風吹くと冷たいで」
「そうなんやあ」
「まだ雪降ってないでええけど、息吹の山から冷たい風降りてくるし」
「そうですね、あの辺りは息吹降ろしもですが、その向こうの海側から雪雲が流れてきますからね。峠も越えるので、雲行き見て気をつけて。今のところ、快晴が続くようですが、万が一の時は必ず連絡して下さい」
家の方によろしくと、眴はわざわざ自筆の手紙を浩徳に持たせた。
二時間ほどで、浩徳の祖父母宅に到着した。
浩徳が言った通り、祖父母宅は大きな湖の近くにあった。
「うわあ、大きいなあ! ほんま、海みたい」
大きく深呼吸した由良姫は、かすかにケガレ臭を感じた。
湖のはるか沖合いを見ると、ちょうど対岸にドス黒い空間の裂け目のようなものが見えた。
あの向こう側に母御子姫がいて、空間の裂け目は常世とつながっているのだと、由良姫は悟った。
「きれいやろ。夏はホンマもんの海に行かんと、みんなここで海水浴するんやで」
そうか、普通の人には、常世の裂け目は見えないんだと、余計なことは言わないよう、由良姫は黙って話を聞いていた。
バイクの音を聞きつけたのか、家の中から年老いた夫婦が出てきた。
「遠いとこ、よう来てくれはりました。寒かったでしょう」
「じいちゃん、ばあちゃん」
由良姫は頭を下げて挨拶しようとすると、そんな勿体ない、と止められた。
「俺たち、日帰りのつもりで来たんや」
「聞いとる。お昼ご馳走にしたで、ゆっくりあったまってってな」
浩徳は祖父に、眴から預かった手紙を渡した。
読み終えた祖父は、まるでお札か何か、大切な物のように拝んで、仏壇に供えた。
その仏壇の隣に、仏壇よりも一回り、いや二回りも大きな神棚があった。
「浩徳、一息ついたら、案内したらなあかんで」
浩徳は頷くと、緊張する由良姫に向かって笑いかけた。
「ご先祖と神さんに挨拶するだけや。なんも変わらん」
由良姫は神棚の前に座ると、なぜか胸の奥がわずかにざわめいた。
知らない家の、知らない神であるはずなのに、嫌な感じはしない。むしろ、どこか懐かしい。
けれど、何を懐かしいと思ったのかまではわからなかった。
由良姫は首を傾げながら、浩徳にならって頭を下げた。
「うちの神さんは、表向きは八幡様。戦神や」
「戦神……」
「せやけどな、ほんまはちゃうねん。鬼神なんや」
「鬼神」
「鬼神っていうんは、この世に在る、天地万物の神や。うちが祀る鬼神は比売大神や」
「比売大神?」
「女の鬼神。おまえが鬼化した時とそっくりや」
「そうなんや」
「ああ、荒ぶる息吹の白き神。鬼神や。真白な中、赤い目だけが、火のように輝く。荒ぶる恵みの神や」
その後、由良姫は祖父の話を聞いた。
「柏木の神は、鬼神です。戦神としてすべてを滅する反面、様々な恩恵をもたらしてくれはります。闇を祓い、闇を照らす。そして、命を奪い、命を与える。癒し、滅する。それが、本来の真白神の姿です。白き姿で癒し、赤き眼で滅するんです」
「白き姿で? 赤き眼?」
「父から聞いたことがあります。母は、白い髪で戦い疲れた体を癒したと。そして、戦にいざ臨む時は、真赤な眼差しをケガレへ向けていたと」
「ケガレ? まさか、お嬢さんは、御子姫さんの?」
「娘です」
「おお……お……ようまあ。なんの縁か。おい、聞いたか、御子姫さんの娘さんやて」
浩徳の祖父母は、由良姫の前に来て拝み始めた。
「わああっ! やめて下さい。どうしよう、ヒロくん、言ってなかったっけ?」
「なんか祓いの仕事をしとるんは聞いとった。そっか、由良姫はうちの神さんやったんか、やっとわかった。せやから、ファイヤーストームん時、普通に告ろうとしたのに、それは誓いと一緒やでってなって。強制的にあの形になったんや」
「ああ、あの時、よく覚えとらんくって。気がついたらプロポーズやって、周りで騒いどった」
祖父母の前で、その時の様子を再現すると、ああ……と、合点がいった様子だった。
「それは、神さんへの守護の誓約や。もう、おまえは神さんのもんや。生きるも死ぬも一緒。一蓮托生や」
「ほんなら、ホンマもんのプロポーズやんか、なあ、由良姫」
由良姫の方を見ると、顔を真赤にしてうつむいていた。
浩徳の祖父母は、柏木の一族が祀っていたのは真白神だと言った。
柏木の一族は、息吹の山で暮らす山岳の民だった。
それがある時、真白神が山を降りて大海へ移れと言った。
それで移り住んだという。大海の恵みは豊かだった。
「今でもねえ、こっちの方では大海のもんはよく取れるし、水もきれいなんよ」
「それはいったいどういうことですか?」
「ちょうど大海を渡っていって、対岸の方は大きい橋の向こう一帯が立入禁止になっとるんよ」
由良姫には、それがどこを指しているか、すぐにわかった。
「さあさあ、どうぞ召し上がって下さいね。要らん話ししてごめんなさいね」
由良姫は豪勢なお昼ご飯をいただきながら、ふと、父奏司の話を思い出していた。
「真白の神が、自分を助けてくれた。真白の神のお陰で未来を見た」
父奏司が残したレポートは、予定調和というよりこの国の未来の姿だった。
何百年かのち、御子姫は力尽き、常世との結界は解かれる。その時までに、果たしてこの国が残っているかどうかさえわからない。
真白の神は、奏司の肉体の死とともに、依り代を失いどこかへ消えた。
そう解釈するのが妥当だろう。
時々、父奏司は自問自答するように話をしていることがあった。それは見てはいけない姿だと、子供心に感じていた。
帰ったら、思い出したことを浩徳に話そう。由良姫はそう思った。今ここで根掘り葉掘り聞くより、浩徳が自分の話を聞いて、必要を感じたらこの人たちに聞くだろう。
今は楽しく、このもてなしを受けたい。
由良姫は考えていた。
守護の誓約を交わす前から、自分は浩徳に惹かれていた。浩徳もきっと同じに違いないと。
神様だとか、守護者だとかの前に、純粋に惹かれあっていたと、思いたかった。




