第八話 賞味期限切れ
それはある日、何気なく書き込まれた一言から始まった。
「鮮度ってなに!?」
エクボが笑い転げた。
「でも、それおもろいやん」
やえばはパソコンの画面を見ながら言った。
「投票作る?」
「なんの?」
「本日の鮮度」
「マジで!?」
「ええやん。お遊びやし。ウケるかもよ」
「毎日更新するん? そんなんできるん?」
「うん。この賞味期限カウントダウンの横にな、こうやって」
あっという間に、やえばはその日のうちに簡単な投票欄を作った。
「今日はどんなん?」
一緒に覗くと、やえば五十一%。エクボ四十九%。
「勝った!」
「二%やん」
「二%でも勝ちは勝ちやん」
「もう! 明日は絶対抜いたるわ」
二人はケラケラ笑いながら肩を叩きあった。
今度はエクボが二%上。次はやえばがほんの少し上。数字は毎日少しずつ動いた。
二人はそのたびに笑いあった。なんでもないシーソーゲームだった。
どちらが上でも、まだ笑えていた。
ライブの帰りに、エクボが言った。
「なあ。卒業しても、うちら続けような」
「ええ? 賞味期限切れてるやん」
「ほんまやなあ。どうしよっか」
「名前変える? 賞味期限切れ、とか!」
二人は声を上げて笑った。やえばのブラックジョークは最高だった。エクボはいつまでも笑い転げていた。
その夜、やえばは寝る前に、何気なくサイトを開いた。
本日の鮮度。やえば四十九%。エクボ五十一%。
「また負けとるし……」
閉じようとした矢先、数字が動いた。
やえば四十八%。エクボ五十二%。
やえばの指が止まった。
たった一%。それなのに。
やえばは、ただ見つめていた。
数日後、やえばが新曲ができたと持ってきた。
赫き蜜蜂の女王
背徳ドールハウス〜躾のお時間〜
「えっと? なにこれ」
エクボが怪訝そうに戸惑う。やえばがニヤッと笑って答えた。
「新しい戦略。いつもアイドルスマイルばかりじゃなくて、女王様チックなノリを入れたらウケると思ってさ」
「それってうちがやるん?」
「そうだよ。ゴスロリのSM女王様って、香ばしくない? ギャップ萌えとかさ」
最初、あまりの路線変更にエクボは困っていたが、やえばのギャップ萌えの一言が後押しした。
悪ノリはエスカレートして、やえばがどこで見つけてきたのか。赤いバラ鞭を用意してきた。
「衣装は今までのゴスロリの赤い衣装でいいからさ、髪をツインテールにして鞭を振り回すってどお?」
「えーっ!? マジで?」
「そうそう! これって音だけらしいから。でさ、バシバシ床叩きながら、ファンの顔見下してやるんだよ」
いつも消費者ファンに向かって、アイドルスマイル貼り付け笑っていたエクボは、ちょっとだけ傾いた。それにこれは、やえばが自分にと考えてくれたキャラだった。
「さっそく、物販の写真撮ろうよ!」
やえばからの、エクボへの女王様チックな絵柄の要求は結構エグかった。反対に自分のギターソロ写真は、八重歯がのぞくアイドル路線へ寄っていた。
次のステージで、エクボは吹っ切れたぶっ飛びパフォーマンスをやってのけた。高校生が鞭を振り回して笑いながら叫んでいる。
「跪きなさい! お仕置きしてあげる!」
〈神曲、キタコレwww〉
〈エクボ「豚の分際で見るな」とかたまらん〉
〈鞭の音だけで脳汁ブシャー〉
〈やえばの曲、神すぎるわ〉
〈エクボがドSとか、マジ昇天〉
〈サビに入った瞬間「跪け」は反則〉
〈ヤバイ、やばい、ヤバい、踏まれたい〉
その日のコミュもサイトもどこもかしこも、エクボ一色に染まった。それだけエクボのギャップ萌えは、ネット民を沸かせた。
──こいつをオモチャにして欲しかったんだけど
気がつけば、やえばの思惑と正反対の方向へ突き抜けていた。
ネット民はなんとなくわかっていた。
曲は性悪な本性暴露系、しかも曲調もホラー。
どれをとってもアンチエクボだった。それが見え隠れするからこそウケていた。
この路線をファンである消費者が求めた。
そして、噂が噂を呼び、ネットだけではなく外へと飛び出していった。
『ショウミ』こと、『賞味期限:JK』は地元ではちょっと有名な女子高生ユニットになっていた。
そしてとうとう、毎年秋になると行われる、隣県の大都市でのフェスティバル企画への出演依頼が舞い込んできた。
「えーっ!! スゴいじゃん!!」
ただ、そこには明確なコンセプトが追記されていた。
「せっかくフェスやし、新曲二曲入れたい」
「けど、ここに曲目とパフォーマンス指定されてるやん。二曲もどうするん」
「持ち時間が書いてあるやんか。その中なら自由やろ。ちゃんと曲目通りやったら、多少端折ったって文句ないはずやって」
「でも、ほんま大丈夫なん? せっかくの大舞台なのに」
「ウルサイなあ。こっちは新ネタ披露してやろうって言ってんのに」
「新ネタって、またうちになんかやらせるん?」
「エクボはもう女王様キャラで沸いてんだからそれでええやん。うちのギターパート増やしてダークなミサ風にするんよ」
「じゃあ、うちも一緒に作りたい」
「エクボが手伝うことなんか、別にあらへんよ」
今まではどんな些細なことでも、一緒に笑いながら作ってきた。それが女王様キャラから変わった。
しかも、エクボだけが人気が出てしまったことに、エクボは素直に喜べなかった。だからそれ以来、鮮度の話もしていない。
それにエクボは気がついていた。コミュでの裏投稿。
〈最近のやえばがアイドルぽく笑うの闇落ち秒前〉
〈香ばしすぎて目が離せん〉
〈アレってさエクボのリアル腹黒〉
〈二人で黒歴史作ってるwww〉
〈そろそろ逝ってよし〉
やえばは何を言っても二言目には、大丈夫、うちしかできない、そればかりだった。エクボは裏で何を言われてるか知らないくせにと呆れた。
結局、昨日もこうだった。
「次の曲、一個くらい、うちも考えたい」
「ええけど。何ができるん?」
「作詞くらいなら、うちだってできるし」
「ふうん。じゃあ書けば?」
そう言いつつも、やえばは全部勝手に仕上げた。
そうしてできあがった、やえばの黒ミサ風の曲はまったくと言っていいほどウケなかった。反応さえない、スルー。
「ショウミ、賞味期限前に賞味期限切れか」
「もう食べられませんって廃棄処分じゃん」
たった一度、求められるものを読み違えただけで命取りになる。それがネット社会の裏側だった。
やえばは嫌々ながらもエクボの女王様復活祭を企画した。
ネット民は歓喜して受け入れた。ただそれは、もう、オモチャを壊したい衝動だけしか残っていなかった。
そうこうするうち、フェスを迎える。
由良姫と宇羅彦には、この日の出来事がすでに宇宙依から伝えられていた。
二人が出場するコンサート会場は、以前『ザ・祭り』で使用された大通公園の中央広場だった。そこで何組かのゲスト出演者と一緒だった。
出演者控室は主催者側が、近くのレンタルスペースを用意していた。
ただしそこは、アコーディオンカーテンで仕切られただけ。とても密室とは言い難かった。
「万里姉、どうする? ここでケガレになって叫ばれたら、一緒にいる子たちみんなケガレもらうやろ」
「そんなことより、あんたらがどうやってたどり着くかや。女子ばっかやったら、宇羅彦は一緒には行けん」
「それやったら、うち一人で大丈夫や」
「何言うてんの。この前、声聞いただけでぶっ倒れたん誰や」
由良姫は唇をきつく結んで、顔をしかめた。返す言葉がなかった。
「せやかて、もし男が入れんかったら由良に行かせるしかないで」
宇宙依が珍しく万里依へ意見した。万里依は意を決したように、由良姫へ向かって言葉を継いだ。
「やっぱ、女子ばっかの楽屋やわ。しゃあない、うちと由良姫で行く。なんかあったら携帯で連絡するで。そしたらビルの入口まで来て」
そう言うと、万里依は由良姫を伴って、現場となるビルへと向かった。それは大通公園から一本入った、雑居ビルだった。
しばらくあと、宇宙依は宇羅彦と一緒に、二人の後をこっそりと追っていった。宇宙依は最近の万里依の変化に気づいていた。




