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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第五章 暮れゆく秋

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第九話 廃棄処分

 やえばとエクボは、こんな雑然とした控室は初めてだった。


 パーテーションにユニット名が書かれた紙が貼ってあるのを見つけた。部屋の奥の方の一角。机もイスさえもない。

 二人は黙って支度を始める。周囲はザワザワとうるさいくらいなのに、そこだけが妙に浮いていた。


 この部屋の中に、いったい何人の女子がひしめいているのか知らないが、誰しもが皆心に何がしか持っているのだろう。

 そういうものがひっそりと、すでに床を這い回っていた。


「失礼しまーす。ショウミのお二人にちょっと確認なんですけど」


 若い女性スタッフがやってきた。手には進行表を持ち、何やらメモが書き込まれている。

 やえばとエクボは返事をした。やっと、二人とも口を開いた。


「えーと、まず一曲目、女王様のやつでお願いできます? アレ目当てのお客さんが多いようなんで」


「あ、はあ……」


 やえばの口元から、薄く影のように黒いものが漏れ出る。


「できたら、女王様パート長めでやってくれます? 最後は二人でデスゲームでキメてくれればいいから」


「はあい」


 エクボの足元にはまとわりつくように、どこからともなく黒が吸い寄せられてくる。


 その頃、ビルの入口付近では、万里依が中を視ていた。その横で、由良姫が少し緊張しながら待っていた。

 いつも一緒の宇羅彦がいないだけで、こんなにも緊張するものなのか。


 宇羅彦は宇宙依と一緒に、大通公園に面した通り沿いのコンビニにいた。


「どうかしたんか。宇宙兄」


「おまえにだけ、話しとく。今、本家の中でヤバいことが起きとる」


 宇宙依は何かを恐れるように、ボソリと呟いた。


「万里依がおかしいんや。それだけやない。周りみんな、少しずつ、おかしなってんねん。俺は大学に戻れんようになっとる」


「そんな……何が起きとるんや」


「わからん。とにかく、これは俺たちだけの内緒や。眴にも言うな」


「なんで?」


「巻き込まれたら、誰が助けを呼ぶんや」


「眴も危ないんか」


「芥見を舐めたらあかん」


 そこまで聞いて、宇羅彦は言葉を呑んだ。 

 只事で済まないことが、起きようとしている。宇羅彦には十分伝わった。


 控室では、スタッフが出ていったあと、やえばが鏡を見ながら笑っていた。


「よかったやん。エクボ、主役やんか。もっと化粧濃くしたら?」

「なにそれ。言いたいことあるんやったら、もっとハッキリ言って」

「別に」

「またそれ?」

「ほんなら言うとくわ。曲作ったの誰やと思うてんねん」

「でも見られとるんはうちやん」

「そのキャラ作ってやったんも、うちやし」

「それを上手いこと演じて人気出したんはうちの力や」

「そこまで言うんやったら、一人でやれば?」


 二人がまた一言、一言と口を開くたび、モドキが濃くなっていく。


「そっちこそ。賞味期限、まだ残っとってよかったな」


「そっち、もう切れかけなんちゃう?」


 二人は黙っていた分、今までたまっていた鬱憤が噴き出した。それに合わせて、モドキは集まり始めていた。気づかないうち、部屋中から集まってきた。


 床を這っていたものが、飛び跳ね、壁や天井にこびりつき、二人を目がけていた。


 エクボがやえばの衣装を掴む。

 やえばがエクボを突き飛ばす。

 エクボが髪を引っ張る。

 やえばが腕に噛みつく。


「由良姫、行くで。今にもお互い噛みつきそうや」


「うん。スゴい臭い。もうヤバいかもしれん」


 ちょうど控室から大勢のグループが出てきた。通路は人でごった返す。その中を人波に紛れて、二人は控室までたどり着いた。


「前から気に食わんかったわ!」

「それはこっちのセリフ!」

「急にアイドルぶりだして!」

「笑ってりゃいいってもんじゃないわ!」


 エクボがやえばの肩へ噛みつく。

 やえばがエクボの腕を噛みちぎる。

 二人の周りをとぐろを巻くようにモドキがひしめいていた。


「皆さん、ここから出てください!」


「なに? ケンカしてるだけでしょ?」


 万里依が控室に残っている人たちを部屋から出そうとするが、一向に進まない。

 由良姫にはもうわかっていた。物凄い速さでミイラ化が進み始めていた。

 

 由良姫は躊躇わず、目の前のベルを押した。


 ジリリリリリーッ!!!


 非常ベルが響き渡った。警備員が慌てて誘導を始める。部屋にいた人たちが一斉に外へと飛び出していく。廊下が人でごった返す。


「万里姉! 外で待っとって! うち行ってくる!!」


 由良姫が部屋へ入ろうとすると、部屋中に黒々とした粒状のものが飛び交っていた。

 結界を張って由良姫は飛び込む。ドアを閉め中から鍵をかける。


 出る時は、祓えたあと。


 部屋の奥では、二人が互いを喰い合っていた。 一人が頰へ噛みつき、もう一方が首に噛みつく。

 二人の周りを、蛇のようにとぐろを巻いたモドキが、せせら笑って鎌首を持ち上げていた。


 ──もう、祓わんと!!


 まだ人の気配が残るものへ、由良姫は術を放った。


 ジュウウッと嫌な音とともに臭いが充満する。


 その時、互いに噛みつき合っていた口が離れた。濁った目に、一瞬だけ焦点が戻る。


「……繭美?」


「紗栄子……」


 由良姫は戸惑った。学校で何度も見かけた顔が、脳裏をよぎる。


 ──ダメだ。怯むな。


 もう、後戻りはできない。その時は過ぎた。ここで祓い切らねば、ケガレ化して叫ばれたら最後だ。

 一回では祓いきれない。由良姫は続けて術を放つ。


 なぜだろう。一人だからか。それとも何かあるのか。


 とぐろを巻いていたモドキが、頭をあげニヤリと由良姫へ向かって笑った。


 ──なにっ!?


 由良姫はその頭を撃ち抜いた。間髪入れず、喰い合って一つになろうとするものへ術を放った。また、ジュワッと音を立て崩れていく。


 こんなことはあり得なかった。


 音を立てて、臭いを放ち、目の前で崩れていくものはいったい何なのだ。

 モドキか、ミイラ化したものか、ケガレ化しつつあるものか。


 由良姫は無我夢中で術を繰り出した。

 一発では祓えない焦りが、由良姫を支配する。


「落ち着くんやっ!!」


 声が頭の中で響く。

 何やら唱言がずっと聞こえてくる。


 不思議と由良姫は落ち着きを取り戻した。

 黒い塊の核が見える。

 由良姫はすべての力を指先へ集め、白く大きな光の塊を渦巻くように放った。


 光の渦は、黒い塊を取り囲んだ。一気に網を絞るように、核目がけて閉じていく。

 瞬間、黒が弾け飛び、消えた。


 由良姫はふらつき、倒れそうになった。


 ──あかん!!


 ここで倒れたら、また迷惑をかける。由良姫は必死にドアまで歩いていった。誰かが、それを助けてくれているようだった。


 ドアを開けると、そこには宇羅彦が待っていた。


「由良!! 大丈夫か!!」


 由良姫は大きく頷いた。


「ウーちゃん、やったよ」


「そうか。えろう時間かかったな」


 宇羅彦は、そう言いながらもふらつく由良姫をかばって、雑居ビルの外へ向かった。


「ウーちゃん。笑ったんや」


「何が?」


「わからん」


 由良姫は、思い出しただけで吐き気がした。口を手で覆うと、ビルから出た瞬間、側溝を探すと吐き戻した。

 宇羅彦は慌ててその中身を見た。


 モドキはいない。由良姫を見ても、蝕も起きてはいなかった。


 そこには、万里依と宇宙依が待っていた。


「どないしたん」


「どうもない」


 宇羅彦はぶっきらぼうに答えると、由良姫を支えながら地下駐車場へ向かった。

 車へ戻ると早速、万里依が由良姫へ聞いた。


「どうやった。ケガレになる前に祓えたんか」


「うん。万里姉、共喰いしとった。まだミイラ化もしとらんかった。それなのに、半分腐ってきとった。術放ったら、音立てて崩れた。スゴい臭いがした」


 由良姫は冷たい汗をかいていた。少し顔色が悪い。それなのに万里依は気に留める様子もなかった。

 宇羅彦は些細なことだが、たしかに今までの万里依にはない異質なものを感じた。


「万里依、まずはとにかく帰ろう。ここから離れて、家で落ち着いて話そう」


 宇宙依が声をかけるまで、万里依は車を動かそうともしなかった。

 突然、ハッと我に返ったように、万里依は後部座席の由良姫へ振り返った。


「大丈夫か? 由良姫。高速使って、すぐ戻るさかい、それまで横になっとき」


万里依はゆっくり車を発進させた。助手席の宇宙依が窓を開けエアコンをつける。車内の空気が一気に入れ替わる。


「ウーちゃん。モドキがおかしい。ケガレ化って、気が枯れてミイラ化して、ちょっと経ってからやったはずやろ。なんや、途中から全部が混ぜこぜで一気に起きとるみたいやった」


 由良姫は小さな声で囁いた。それは宇羅彦にしか聞こえない声だった。


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