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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第五章 暮れゆく秋

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第二話 一年七組松本直美②

 バブル全盛期が斜陽に入った頃でも、高級ホストクラブはまだ全盛だった。

 親の金で遊ぶ女子大生や、時間を持て余した富裕層の女性たちは、夜の街で格好のターゲットになっていた。


 長谷川のツレにも、学費を稼ぐためホストになった大学生がいた。

 一条優希である。


 苦学生の優希にとって、親の金で遊び回る客は決して好きな相手ではない。それでも、笑顔を作って見せるには彼なりの思惑があった。


 そして、当日、一条優希はやってきた。

 少し影のあるところが、一目で直美の母親の心を鷲掴みにした。


 当然、当日直美が呼んだ、元音楽部の一年女子の二人は、ユニットメンバー候補だった。

 彼女たちは、日頃から直美が大学生と付き合っているのを羨ましく思っていた。

 そんなところへ、直美からの誘いがあった。


「当日は、剛(つよし)も友達とか連れてくるって。大学生と仲良くなるチャンスだよ」


 利用されるとは知らず、新しい出会いに胸躍らせて女子二人はやってきた。


 長谷川が連れてきたのは、いつもの仲間(ツレ)ではなく、直美も初めて会う人ばかりだった。

 後輩だという四人は、全員妙に整っていた。その上、どこか人慣れしていて、距離の詰め方が上手い。


 長谷川の思惑が満載のBBQ(バーベキュー)は始まった。


 ちょうど同じ頃、有名な川の上流のBBQスポットへ、万里依が運転する車に乗って数名が向かっていた。


 最初は学祭のお疲れ様会を、家でやることになっていた。

 ところがそのうち、話が大きくなって河原でのBBQとなった。

 当日朝、浩徳がバイクで由良姫を迎えに来た。


「眴ちゃん、行ってくるね」


 メットをかぶる由良姫を見て、やはり渋い表情をする。


「本当に、大丈夫ですか」


「はい、免許取ってから無事故無違反、一年経っててタンデムもOKなんで」


「眴ちゃん、昨日いいって言うたやん」


「バイクは昨日整備してます。安全運転に努めます!」


 浩徳は、自分の免許証を眴に渡して見てもらった。


 昨日の午後、浩徳は由良姫と宇羅彦と一緒に、高校から二人の家へ来ていた。

 眴はあらかじめ、先に宇羅彦から由良姫と浩徳の間に生じたことを聞いていた。


 あらためて、眴は柏木浩徳について調べ始めた。

 そこで、芥見の姉弟に相談したところ、意外な返答があった。

 二人ともに、柏木浩徳を一切視ることができないという。


 由良姫に聞いても、要領を得ないことしか返ってこなかった。

 実は、由良姫自身も、自分の身に起きていることがわからないでいた。

 それならと、眴は直接本人と会うことにしたのだった。


 結果は明白。驚くべきことに、眴の常世の眼でも視ることができなかったのだ。

 それに、狐のケンも、初対面に関わらずすぐ隣でくつろいでいた。


「じゃあ、いってきます」


 後ろに乗る由良姫に、背中にくっついてしっかり指組んで手を握るよう教える。

 握った手の上から浩徳は、手を添えて確認した。背中に命を預かる。


 由良姫のドキドキする鼓動が伝わってくる。

 眴が見守る中、二人はバイクで万里依たちの後を追った。

 由良姫と浩徳にとって、初めてのタンデムとは思えないほど息が合っていた。

 途中で追いつくと、宇羅彦が外を見ながらボソッと呟いた。


「いいなあ、俺も免許取ろかな」


 由良姫が身じろぎするたび、浩徳にはその動きが背中越しに伝わった。曲がる時も、止まる時も、互いに合わせようと意識するより先に身体が動く。

 由良姫もまた、不思議なくらい怖さを感じていなかった。


 直美の家でのBBQは、手慣れた長谷川が火を起こし野菜を焼き始めていた。

 優希はキッチンへ行き、直美の母親を手伝おうとした。


「お母さん、飲み物持っていくの手伝いますね」


 ジュースやビールを出しながら、優希はふとシャンパンが冷えているのを見つけた。


「お母さん、ていうか、失礼じゃなかったら、お名前で呼んでもいいですか?」


 一瞬、戸惑いを見せる直美の母親に優希は笑いかけた。


「だって、僕のお母さんじゃないし、なんか変な気がして」


「あの、優美です。あの、シャンパンいかがですか?」


「オシャレですね、お好きなんですか? ぜひ、乾杯しましょうよ」


 テラスの向こうでは、みんなが飲み物を待っていた。


「誰に乾杯の音頭、取ってもらう?」


「私、そういうのやってみたかったの!」


 直美はニコニコしながらグラスを持つと、勢いよくカンパーイ! と言った。


 店では毎回、浴びるほど飲まされるドンペリを、優希たちは美味しそうに飲んで見せた。


 長谷川が肉を焼き始める。出された肉を見て、さすが金持ちだなと思った。

 霜降りのロースが豪勢に山盛りある。


 母親が作ったというオードブルも、どう見ても高級そうだ。

 優希は、直美の母優美と乾杯した。


「どんな字を書くんですか?」


「優しい、に、美しいです」


「じゃあ、僕とお揃いですね。僕はその優に希望の希です」


 優希は笑いながら、優美の指先や服、食器の選び方まで何気なく見ていた。金がある。それだけではない。自分が価値を認めれば、いくらでも与えようとする人間だと、すぐにわかった。


 優希はさりげなく、優美を誉め殺し始めた。

 容姿から始まって、料理や食の好み、挙句には食器にキッチンやリビングの内装まで。


 普段から優美が気にかけているのに、誰も褒めたりしないところを。

 それを素敵だと言ってくれ、品良く微笑み返す優希に、優美は完全に心奪われていた。


 他のイケメンたちも、直美にしっかりアプローチしながら、あとの二人ともすでにいい感じになっていた。

 彼らにとって恋愛はゲームで、金を稼ぐ手段の一つでしかなかった。


 キッチンで、優美がデザートを用意するのを優希は手伝っていた。

 優美はキッチンで果物を切っていた。手慣れた動きで、りんごを薄く飾り切りにしていく。


「わあ、綺麗ですね」


 優希が素直に声を上げた。


「そんなことないのよ」


 そう言いながら、優美の手元は少しだけ丁寧になる。


「料理、好きなんですか?」


 ただそれだけで、優美はわずかに誇らしげな表情を見せた。

優美は、誰かに褒められることを久しく忘れていた。その笑顔は、少しだけ少女のようだった。


「昔はね。友達を呼んで、よくパーティーなんかもしてたの」


 包丁の刃先が、光を弾く。


「今は直美も忙しいし、こういうのも久しぶり」


 優希は皿を取り出し、自然な手つきで並べる。主役の隣に立つ位置を、無意識に選ぶように。


「こういう家で育ったら、直美ちゃんも華やかになりますよね」


 押しつけではない。その確認のような言い方に、優美は小さく笑った。


「華やか、かしら」


 けれど、その言葉を否定はしなかった。


 外から、直美の高い笑い声が聞こえる。長谷川が何か面白いことを言ったのだろう。

 優希はグラスに氷を入れながら、視線を落とす。


「僕の家は、ちょっと事情があって。今は自分で学費を出してるんです」


 重くならない声音。告白ではなく、情報として置く。優美の手が止まる。


「大変ね……」


「でも、こういう素敵なお宅に呼んでもらえるだけで、十分です」


 優希はまっすぐに言った。

 優美の胸の奥で、何かがわずかにほどける。与える側でいられること。選ぶ側でいられること。その感覚は、思っていたより心地よかった。


 テラスの向こうで、直美がちらりとキッチンを見た。


 母親が笑っている。少しだけ若く見える笑い方だった。胸の奥に、ほんの小さな引っかかりが生まれる。

 けれど、長谷川が肩に軽く触れた瞬間、その違和感は霧のように消えた。


 庭では肉が焼け、グラスが鳴る。キッチンでは、りんごの花が皿に並ぶ。

 まだ誰も、崩れ始めていない。

 ただ、それぞれが自分の立ち位置を、静かに確かめていただけだった。


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