第一話 一年七組松本直美①
代休明けの学校は、それまでの浮き足立った空気が嘘のように引き締まっていた。
職員室前の掲示板には、早々と実力テストの点数と番付が発表されていた。
同時に新聞部が、学祭の様子を記事にしたものの掲示の許可をもらいに来ていた。
「先生、例年通り、写真の販売もしていいですか?」
「それなんだが、写真部からも言ってきてるから、両方とも一旦ネガ預からせてもらっていいか?」
「壁新聞出してもいいですか?」
「ホント、おまえらよくまあ……」
壁新聞は生徒指導室の前の掲示板に貼られた。
検閲した教師は呆れながらも検閲済のハンコを押した。
そこには、マークされていたのか、由良姫と浩徳のツーショットが散見し、一際大きくファイアーストームでの写真が掲載されていた。
もちろん、他にもミス県高の投票結果をはじめ、模擬店の様子、ロックバンドのライブの様子など、数枚に分けて掲示された。
いつものように、早めに学校へ来た由良姫と宇羅彦は、ツヤさんのところへ行こうとして驚いた。
壁新聞がデカデカと数枚、下駄箱から校舎に入ったところに掲示されていた。
「おい、由良、あの先輩と記事になっとる」
「ウーちゃん、行くよ!」
職員室前の掲示板にも、生徒が集まっていた。
「おう、藤吉姉弟、おはよう! おまえらって意外とスゴイのな」
そこには浩徳もいた。
「おはようございます。なんです、か……!?」
「ゲッ!! 実力の順位っすか?」
県高では毎回、学年ごとにズラリと二十位まで、氏名と得点が発表されるのだ。
見ると、由良姫も宇羅彦も十位以内に入っていた。
「ヒロ先輩は?」
「俺はいいんだよ、ほとんど勉強やってねえし」
「って言いながら、ちゃっかり名前あるやないっすか」
「先輩、コーヒー飲みたくないですか?」
由良姫は浩徳を連れて、ツヤさんの物理準備室へ向かった。
「センセ、おっはー!」
「っざぁまーす!」
それぞれに次々と挨拶をして入っていく。
「おや、生徒会長じゃないか。やっぱ、おまえらそうなんか」
「ツヤさん、それよりコーヒー飲みたいっす」
宇羅彦が催促する。
「ツヤさんのコーヒー、美味しいもん」
ツヤさんは相変わらず、何を言われてもニコニコしながらコーヒーを入れてくれた。
「ケンちゃんは元気ですか?」
「うん、夏毛になって骨格がよく見える。細マッチョ」
「ケンちゃんって?」
そこにツヤさん含め、四人分のコーヒーが出てきた。
それをお礼もそこそこに飲み始める、由良姫と宇羅彦を見て浩徳は驚いていた。
「なに? いつもこんな風に過ごしてんの?」
「もうすぐケンちゃんも来るようになるよ」
「ケンちゃんは由良姫のボディガード」
「えっ!?」
浩徳の表情を見て、ツヤさんが説明する。由良姫が時々連れてくる狐だと。
「狐!?」
「中身、人間のような狐で。内緒だけど人気者」
「ヒロ先輩、今度うちへ遊びにきたら? ケンちゃんにも会えるし」
「それ、イイっすね。先輩、土曜の午後、来ませんか?」
由良姫たちが悠長にコーヒーを飲んでいる頃。
新聞部の壁新聞の前は登校してきた生徒でごった返していた。
もちろん、目当ては噂されていた二人の、劇的なファイアーストームでの見た目プロポーズである。
その前で、松本直美は少し苛立っていた。
新聞部のスクープ記事は、あまり話題にも上らなかった。
それなのに、この二人は、今や全校生徒が噂し、憧れるカップルになっている。
直美は準ミスの文字を二度見した。その下に自分の名前があることを確かめると、何も言わずに視線を外した。
ただ、その辺も写真部は抜け目なく、怒りの矛先を向けられないような内容にしていた。
ミス県高投票結果について、多少手を加えていた。
ミス県高は美人で名高い二年の女子。
その次の準ミスは、本当は由良姫と同じクラスのきゃやんときょんだった。
ただこの二人は入れるなという指示が、部長から来ていた。
その次が直美だったので、彼女は準ミスに収まっていた。
それを見ていた直美の側で、同じクラスの女子たちがチヤホヤしている。
松本直美は、いわゆるバブル成金ともいうのか、とにかく地元では金持ちの家のお嬢様だった。
そういったことを鼻にかけることはないが、自分の気に入らないことに対しては、とにかくなんとかしてやりたいタイプであった。
その現れが新聞部に乗せられ、今に至っているのだ。
ところが本人は、この数日で新聞部OBの長谷川に上手く手玉に取られてしまっていた。
直美はデコレーションされたガラケーの画面に映る長谷川の名前を、何度も指でなぞった。
昨日の代休も、長谷川が誘ってくれて車で海まで行っていた。
それでも、気に入らないことが目の前にあると、どうにも収まりがつかない。
さらに直美の気に食わないのは、自分は今回実力テストで二十位には入れなかったが、返ってきた答案の合計ではあともう少しだった。
それにもっと気に食わないのは、自分に見向きもしなかった宇羅彦が、簡単に四組の女子と仲良くなっていることだった。
壁新聞の前で笑い声が上がるたびに、直美は無意識に自分の名前を探していた。
コーヒーを飲みながら、由良姫は勇気を出して誘った。
「ヒロ先輩、お弁当作ってきたんで、一緒に食べませんか?」
「えっ? マジでっ!? うーん、どこで食う?」
由良姫がツヤさんに、お願いポーズとともに了解を取る。
「じゃあ、二人ともお昼にきてもいいですよ」
宇羅彦は、傍から見ればきゃやんと付き合っているように見えていた。
きゃやんとの、付き合わないけどお弁当作ってきて一緒に食べる合意、には至ったようだった。
もんちゃんは同じクラスの男子、きょんとゆんゆも別のクラスの男子と、ファイアーストームをきっかけに付き合い始めた。
恐るべし、体育祭マジックだった。
そんな中、直美は思っていた。所詮、高校生同士なんかお子様じゃん。
「素直なんだよ。自分が選ぶ側だって思ってる子はさ、転がしやすい」
長谷川はツレに電話をかけていた。
「おまえさあ、借金あるんだろ。太客欲しいって言ってたじゃん」
「マジ、俺、苦学生っすよ。親が会社倒産させてるんで」
「今度、その子の家に遊びに行って親に紹介するって言われてて」
「多分さあ、一人っ子だから、JKの親ったって四十代前半だと思うけど」
「全然構わないっす。お水や風嬢よか、金払いよけりゃあもう」
長谷川は、直美にとって自分は彼氏だという認識に仕向けつつある。
その上で、直美だけでなくその母親をも餌食にしようと画策していた。
海からの帰り、長谷川は玄関先に立った母親を見て、ほんのわずかに目を細めた。直美よりも先に、家の空気を値踏みする。
「よかったら、そのうちBBQやりませんか? 俺の大学の後輩も連れてきますから」
直美の母親は、結婚と同時に寿退社、出産家事育児で過ごしてきた、この時代バブル成金の典型的な奥様だった。
九月の、天気がいいうちにやろうと、長谷川は数人メンバーを集めることにした。
直美も、憂さ晴らしを兼ねて大勢で騒ぐのに賛成した。
直美は同じクラスの女子と宇羅彦も誘ったが、あれこれ理由をつけられ断られた。
結局、参加者は同学年で仲の良い、元音楽部の女子二人。それと、長谷川の友人四人。
当日は母親も仲間に入って、楽しく過ごしましょうと長谷川に誘われていた。
連休中、直美の家の庭でBBQが行われることになった。
長谷川は参加者の名前を見ながら指で数え、もう一度数え直した。
──よし、仕込みは上々や




