第十話 学祭 体育祭③
午後イチは応援合戦から始まった。
各ブロック、体育祭での芸術点で、マスコットの完成度と同様、応援合戦の出来栄えも得点が高い。
今のところ各ブロック接戦だったところへ、昼休み中に集計されたマスコット点数が発表された。
由良姫のEブロックのマスコットと、宇羅彦が手伝っていたブロックのマスコットが最優秀を分かち合った。
マスコットは、どこのブロックか知らされる前の生徒からの人気投票で決まる。
集計は、昼休みに学祭委が教師を巻き込んでやる。
そして、応援合戦こそは、教師の独断による評価が得点になる。
どんどん、日差しが緩くなるにつれ、競技種目がこなされていく。
リレー決勝に入る直前に、応援合戦の得点が発表された。
生徒会の元へも放送委の手元にも、リレー決勝を残しての各ブロックの得点数が知らされた。
副委員長の小林が、淡々とアナウンスで読み上げていった。
その都度、各ブロック毎に座っている席から歓声が上がる。
結果は、リレー決勝で優勝が決まる展開となっていた。
決勝で勝ったブロックが優勝という三巴状態である。
由良姫は口元を押さえて、緊張している様子だった。
「さあ、行くか」
「はい」
由良姫の視線は、浩徳の後ろ姿ではなく、その足元へ向いていた。
「おい」
「はい」
「とにかくなんも考えず、俺んとこ目がけて走ってこい」
「はいっ!」
「勝つぞっ!!」
「はいっ!!」
各学年男女一名ずつの総合リレー決勝が始まろうとしていた。
各ブロック、応援の声が一際大きくなってきた。
最初の一年男子が走り始めると、ワアアッ!! とかたまった声援が起こった。
由良姫は二番でバトンを受け取った。
どれだけ走っても今一歩で抜き切らずにいた。
途中で、思わず力の制御が崩れ失速しかける。
前に浩徳の後ろ姿が見えた。
──俺、目がけて来い
浩徳の声が届いた気がした。
バシッとリレーのバトンを渡した瞬間、由良姫は今まで感じたことがない感覚が一瞬で伝わってきた。
それは、うわんと響く、波動のようなものだった。
──なに、これ
しかし、それは知っているものだと、自分ではない自分が理解していた。
気がついて見れば、浩徳は先頭を走る足立を猛追していた。
校庭が、揺れるような声援と歓声で包まれていた。
由良姫も校庭の真ん中で、走り終わったメンバーと飛び上がって応援していた。
ゴールテープが宙に舞った。
パーン! とゴールの合図が鳴った。
駆け抜けていった先で、浩徳がガッツポーズで叫んでいた。
足立はその後ろでうなだれていた。
勝負がついた瞬間に、ドオオッ!! とEブロックが沸いた。
傾きつつある夕陽の中、体育祭の優勝旗が新たに記録を刻んで渡された。
Eブロックのブロック長、柏木浩徳が校長から受け取ると歓声が上がった。
その姿を遠くから、宇羅彦は凝視していた。
確かにあの瞬間、由良姫からのバトンが浩徳に渡った時、妙な感じがした。
それも悪いものではなく、今まで感じたことがないものだった。
一族のそれではない、別種の何かだった。
だが、姉の由良姫にとっては、もっと本質が違う、一族よりも近しい何かだった。
「はい、全校生徒の皆さん! この後、ファイアーストームに移ります。ちょっと時間が押してるので、参加の皆さんは荷物持ってきて下さい。教室は閉めますので入れなくなります。いいですね! 荷物忘れずに持って参加して下さい」
先生が何度も注意する。ストーム用の木が組まれていく。
由良姫も荷物を取りに行って、弁当箱などが保健室に置きっ放しなのを思い出した。
「すみません!」
「ああ、藤吉さん! ご馳走様。本当に美味しかったあ! 軽く洗っておいたから」
養護教諭が保冷バックごと返しながら、由良姫の目を見つめていた。
「藤吉さん、いろいろあると思うけど、柏木のこと、よろしくね」
「はい」
由良姫は思わず、自然に受け入れている自分に驚いた。
この人は地元の人だ。自分の素性にも気がついている。それでも、浩徳を頼むと言う。
由良姫は思い出していた。リレーのバトンを渡した瞬間のことを。
「おう、藤吉! やっぱココか。そんな気ぃしたんや」
放送室の前には、無造作に宇羅彦のリュックが置かれていた。由良姫はその隣に荷物を置く。いきなり放送室の窓が開くと、美野里がファイアーストームを指差し浩徳へ葉っぱをかける。
浩徳は由良姫を誘ってファイアーストームへと近づいていった。
ファイアーストームは盛り上がっていた。
BGMで流れてきたのはハイスタやシャカラビッツ。さすが美野里の選曲だった。
年に一度のお祭り騒ぎに、近隣住民は寛容だった。まだ、そういう時代だった。
十分盛り上がってきたところで、曲が変わっていく。
モンパチやブルーハーツ。
リンダリンダからラブレター。
そしてやっぱり最後はゴイステのベイビーベイビー。
つまり、例年通りコクる舞台を盛り上げにきていた。
宇羅彦の周りは人だかりで、遠くからでも目立っていた。
「おまえの弟、スゲえな」
「ヒロ先輩こそ、そういうのって、えと」
「いや、俺は……」
浩徳は、由良姫には、やはり気持ちだけは伝えようと決めていた。
「藤吉、おまえの……」
言いかけたところで、浩徳は由良姫の前に跪いていた。
由良姫の手を取ると、まるで敬っているように額にかざした。
『私に一生をかけて守護らせていただきたい』
その光景は何もわからない者が見たら、海外のプロポーズのように映った。
しかし、宇羅彦の眼には、あのまったく異質な気配が見えていた。
それは、何かの儀式か、契約の証立てに見えた。
一方で、浩徳は、勝手に体が動き言葉が口をついて出ていた。
まるで何かに取り憑かれたようだった。
気がつけば、自分が考えていたのとはまったく違う状況になっていた。
片方、由良姫もまた、動けずにいた。
手を引きたくても、自分ではない何者かが許していた。
『そなたの申し出を許す』
その光景を、新聞部が逃すわけがない。
ファイアーストームの炎に映し出される、絶好のシルエット。
そして、突撃取材が始まった瞬間、由良姫と浩徳は我に返った。
「生徒会長、全校生徒の前でプロポーズですかっ!?」
「藤吉さん、頷いてましたよねっ! それってOKってことですかっ!?」
浩徳は、由良姫の手を引っ張って抱きとめると、新聞部を威嚇した。
「おまえら、全員シメるぞっ!!」
浩徳は、由良姫を連れて、職員室へ校庭側のドアから飛び込んだ。
「どうしたんだ!?」
「センセー! ちょっとかくまって!!」
ドアの向こうからは、新聞部の連中が卑怯だぞとか、ヤジを飛ばしてきた。
その様子に、生徒指導の教師が注意した。
「もう、そろそろおまえら帰れよ」
時刻は午後七時に迫ろうとしていた。外は真っ暗である。
とうとう、メガホン型のハンドマイクを持って、教師が校庭へ出ていった。
そして、早急に帰宅するよう、方々注意して回っていた。
宇羅彦が持たされている携帯が鳴った。眴からだった。
どれくらい遅くなるのか聞かれ、向かっているから西側で待つよう言われた。
宇羅彦は、職員室まで行くと由良姫が出てきた。
「弟、来たなら、もう安心やな」
「うっす、ありがとうございました。先輩、リレー、カッコよかったです」
宇羅彦は、何気に浩徳と握手した。
「おまえらも帰るか? 明日は代休だから、間違えて来るなよ」
三人は自転車を引っ張って校門を出ると、パパッと車のライトが点滅した。
「じゃあ、ヒロ先輩、ここで。うちの人迎えに来てるんで」
「挨拶しとくわ」
浩徳は、車までついてくると、眴に頭を下げ名乗って挨拶をした。
眴は黙って頷いた。
まっすぐ目を見つめ返してくる物怖じのなさが、今まで出会ったことのない類の者のようだった。初めて会った時も同じだった。
宇羅彦が後ろを開けると、ひょいひょいと自転車を積んだ。
浩徳は、車を見送ると、自分も自転車に乗り帰っていった。




