第九話 学祭 体育祭②
リレーが終わると、由良姫たちのEブロックはブッチギリで予選通過に沸いていた。
Eブロックの応援席では、ハイタッチが飛び交い、いい感じで午前中が終わり盛り上がっている。
一緒に走った先輩が、由良姫の肩を叩いていく。
「一年女子、ナイスラン!」
「結構余裕やったな。決勝は本気でぶっちぎれ!」
ワイワイと囲まれた中から、浩徳は無言で抜けていく。
由良姫はつい、一緒について抜け出していた。
「スゴいですね、先輩」
「スゴかねえよ、九ブロックあるの三ブロックずつに分けてんじゃん。その予選通過した三ブロックで決勝するんだ。どこも同じや」
「まあ、そうですけど」
「あ、悪ぃ。さっき、足立のヤローとちょっとあって」
「委員長のブロック、リレー決勝進んでますもんね」
由良姫が気を遣って話しかけているのがわかる。
「まあいいや。おまえ、どこで飯食うん?」
「クラスで、そこに弟も来る約束してて。実は……」
「そっか、俺、保健室にいるわ」
「どっか、悪いんですか?」
「いや、昼寝する」
そう言って、浩徳はスタスタと先に行ってしまった。
どうしよう……と、由良姫は教室へ戻ると二人分のお弁当を出して佇んだ。
「どうしたん?」
きゃやんが心配して寄ってきた。
「なんか、ヒロ先輩、保健室行っちゃった。昼寝するって」
「なにそれ!? もしかしたら、言わんだけでなんかあったんかもよ」
「えっ? そんな……! どうしよ」
「行くっきゃないやん! お弁当作ってきたんやろ?」
頷く由良姫に、きゃやんたちが頑張ってポーズをとって励ます。
そこへ宇羅彦がやって来た。
「あー、腹減った。約束通り来たで」
きゃやんたちがわあっと歓声をあげる。
「由良、どうした?」
「なんでもない。これ、みんなで食べて、半分こ」
由良姫は持ってきたデザートのブドウを宇羅彦に渡すと、走って教室を出ていった。
きゃやんは宇羅彦からタッパーを受け取って、イスを引いて座らせた。
「大丈夫だって!」
気にして振り返る宇羅彦へ、きゃやんたちは笑いかけた。
由良姫は思い切って保健室のドアをノックした。
「どぉぞおー」
養護教諭のゆったりした声が聞こえた。
「あのぉ、ヒロ先輩いますか?」
「うーっす! こっちこっち」
ベッドの方から声がした。
そちらの方へ行くと、ベッドで座って足を伸ばしアイシングする浩徳がいた。
足首が腫れているように見えた。
「はあ……マズった。ブロック長がこれじゃあな」
「どうしたんですか!? 捻ったんですか?」
「多分な。足立と話してる時、躓いてさ」
「なに、カッコつけてんのよ。躓いたくらいでこんなにならないって」
養護教諭の声が響く。
「うっせえなあ」
「お弁当、どうしますか?」
「おう、サンキュ! 一緒にここで食うか?」
由良姫は頷いた。そして、足首の具合を見つめながら、あることを思いついた。
「さっきはゴメンな」
「いえ……よかった。お弁当、届けられて。どれくらい作ったらいいかわかんなくて、弟がいつも持ってくのと同じくらいにしました」
「おおーっ!! 豪勢やなあ」
浩徳は美味しそうに弁当を食べ始めた。
「これ、俺一人で食っていいんか?」
「はい、デザートのブドウもありますから。お楽しみに!」
「へえ、なに? デザートまであるの?」
養護教諭が足首の様子を見にきた。
「先生もどうですか?」
タッパーの蓋を開けると、半房丸ごとのシャインマスカットが出てきた。
「わあ、これ、めっちゃ高いやつでしょ。新しく出た」
「じゃあ遠慮なく一粒」
「一粒で済むんか、先生」
「あっはっは。バレた?」
数粒食べて、養護教諭は足首の様子を見ると、ため息をついて氷嚢を持ち部屋を出ていった。
「こんなん持ってこれるなんて、おまえん家、やっぱスゲえんだな」
「そんなことないです。これ貰い物だって、言ってました」
「弁当、美味いよ。おまえが作ったの?」
由良姫は、ちょっと顔を赤らめると頷いた。頬がスゴく熱くなっているのを感じた。
「あの、先輩、デザートも食べてみて下さいね」
そう言いつつ、由良姫は浩徳の痛めた足首に、自分の持つ治癒の力を使った。
何か、この怪我からは、悪意も感じられる。
「なんかもう、全部美味いな。っていうか、なに、このブドウ。初めて食った!!」
養護教諭が氷嚢を持って帰ってきて、足首の上に乗せようと見た瞬間、首を傾げた。
「あれえ? もっとヒドイと思ってたんだけど、腫れが引いてきてるね」
「えっ!? マジ?」
「もうちょっと、念のため冷やしとこっか」
由良姫は、自分も弁当を食べ始めた。浩徳の痛めた足首は治ったはずである。
浩徳は、足首をゆっくりと確認するように動かしている。
そして、弁当を食べている由良姫を見つめていた。
浩徳は、夢中で弁当を頬張りながらも、由良姫が足首へそっと手をかざす仕草だけは見逃さなかった。
みるみるうちに、痛みが引いていくのを感じた。それに、見えたのだ。
由良姫の手から、光が出ているのが。
浩徳の母方の祖父母は大海と呼ばれる湖の近くに住み、柏木の姓は特別なのだと昔から言っていた。
浩徳は母が離婚し、その後いろいろあって母方姓に変わっていた。しばらく祖父母に引き取られ一緒に暮らしていたこともある。
どう特別なのか聞いた話だと、山に棲まう古い神様を守る役割があるのだと記憶していた。
その神様は光によって闇を払うのだとか。
それこそ、黒ずんできていた腫れと痛みをすべて光でどこかへやってしまったのと同じように。
ただ、多分これは、由良姫の秘密なのだ。
そして、あの保護者の男性が隠したいことなのだと、浩徳は直感で理解した。
由良姫は、浩徳から見つめられているのを感じていた。
なぜだろう、上手く力を使ったつもりだが、何か違和感があったのだろうか、内心ドキドキだった。
「藤吉、コレさあ、先生にも味見させてもいい?」
「えっ! あの、えっと……」
「いやあ、実はさ、それくらい美味いんだよ、コレ。センセー!」
浩徳は養護教諭を呼ぶと、由良姫が作った弁当の出汁巻卵やポテサラを食べさせた。
「うわぁ、なにこれ、作ったの? 激ウマじゃない。で、なに? 彼女自慢かい」
「ちゃうちゃう、彼女の弁当自慢です!」
「どっちにしろ、彼女自慢やないかい!」
浩徳を指で小突きながら養護教諭が笑う。由良姫の顔が赤くなる。
「いやあ、いい奥さんになれるよ」
何気に口に出された言葉に、由良姫の表情が一瞬固まる。養護教諭はアッと口を押さえる。
浩徳がそれを吹き飛ばす、爆弾発言をした。
「そうや! 俺と結婚して、藤吉!」
「え、あの、ええーっ!!」
「マジマジ、マジだから。この弁当にはそれくらい価値がある!」
浩徳のリアクションに声を上げて養護教諭は笑った。由良姫は顔を真っ赤にし、浩徳はプロポーズの言葉を並べ立てた。
その後はワイワイと三人でデザートのブドウを食べ切った。
午後、由良姫は浩徳と一緒にテント下に戻ってきた。
宇羅彦は心配していたのか、先に来て待っていた。
「由良、ブドウ全部食った?」
「ああ、弟くん、アレは初めて食ったよ。悪ぃ、俺とセンセーで全部食っちまった」
浩徳が、手を合わせゴメンして頭を下げた。
「センセー?」
「うん、養護の先生と三人で食べちゃった!」
思っていた以上に由良姫が明るく答えたので、心配するほどでもなかったかと、宇羅彦は親指を立てた。
それとは裏腹に、様子を見に来た委員長の足立は、浩徳がそれほど大したことがなさそうにいるのでムカついていた。
「ちょっと、足立! そこアナウンス席だから。もういいから、ボックスにでも行っててよ」
由良姫の隣に座ろうとした足立に、副委員長の小林が注意した。
チッと聞こえよがしの舌打ちをして、委員長は去っていった。
「見てたんだけどさ、アイツ、柏木の足引っかけたよね、ゴールした後。もう大丈夫なん?」
「おう、治った感じ。そんなヒドくなかったみたい。んで、イラついてんじゃね?」
「そっかあ、良かった! そんなんで終わるのってさあ」
「せやな。俺もそう思うわ」
「うわ、狂犬の目になっとる」
「なんでや!」
浩徳はニッと笑ってみせた。
副委員長とのやりとりを聞いていて、由良姫はホッとした。
予選の後、きっと歩くのもやっとだったはずだ。
それでも何も言わず、心配かけまいと一人で保健室へ向かったのだ。
由良姫は少し、柏木浩徳という人物がわかったような気がした。




