第八話 学祭 体育祭①
朝から指定体操着で登校、今日は学祭の締め、体育祭だ。
そして、由良姫にとっては放送委として、一日中アナウンス三昧が待っていた。
昨日、文化祭も終了間際に、副委員長から頼まれたのだ。
「おう、小林。明日って購買休みやったっけ」
「学祭中、パン屋さん来ないよ」
「そっか、カップ麺でも持ってきて、湯もらうか」
「ヒロ先輩、お弁当作ってきましょうか?」
由良姫の一言に、ものすごく驚いた顔をした後、ニカっと満面の笑みが返ってきた。
「マジ? 大丈夫か?」
「どういう意味ですか?」
「いやあ、うちの人に怒られないかなと」
浩徳は眴のことを、意外にも鮮明に憶えていた。
そして、養護教諭からの忠告。彼は彼なりに、由良姫の家のことを調べていた。
「眴ちゃん、明日の朝、一緒にお弁当作ってもいい?」
怪訝そうな顔をする眴に、宇羅彦が思い出したように言った。
「そういや、俺、明日弁当いらん。女子から弁当作ってきてもらえる」
「で、由良姫は誰かに作って持っていくんですか」
勘のいい眴には見透かされているようだった。
「お願い、眴ちゃん。めっちゃお世話になった……」
「いいですよ」
話途中で、眴から許可が降りた。珍しいこともあるものだと、由良姫は思った。
「由良姫には、まともに料理教えてこなかったから、一緒に作りましょうか」
由良姫の表情がぱあっと明るくなる。
「実は心配してたんだ」
「同じのを二個作りますか?」
「いつもと一緒で、うちのと、ウーちゃん並みのと」
翌朝、眴が驚くほど、由良姫は早起きしてきた。
「なあ、眴ちゃん。どういう風の吹き回しなん?」
「どうってことないですよ。宇羅彦がお弁当もらって食べるのに、あげてはいけないとは言えないでしょう?」
「なあんだ」
それでも、一緒に嬉しそうに弁当を作る由良姫を見ながら、眴は別のことを考えていた。
このまま、好きな人ができて、一層のこと祓いを辞め、普通の幸せを。
「出汁巻は火を強くしすぎると固くなりますよ。余熱で形にするくらいで」
由良姫は巻きすを用意して、焼きあがった熱い出汁巻卵を乗せた。
「上から包むようにして優しく巻いたら、少し落ち着かせて」
「眴ちゃん、味見して」
由良姫が、出汁巻卵の端を眴に渡す。
「美味しいですよ」
ウインナーを炒めようと、由良姫が冷蔵庫を覗く。
「そこにタッパーに肉が入ってるでしょう。豚肉を塩麹につけてあります。全部使っていいですよ」
「えっ? いいの? どうやって焼くの?」
「お肉の表面についてる塩麹をペーパータオルで拭き取って」
クッキングシートを敷いて弱火でじっくり焼いていると、徐々に香ばしい匂いが漂ってくる。
「あとはポテサラとプチトマと。えーと、何かデザート」
「頂き物のシャインマスカットが食べ頃ですよ。冷やしてあります」
「わあ、このブドウ美味しいね! 初めて食べた」
「好きなだけ持っていっていいですよ」
「なんか今日、眴ちゃん、やさしいね」
「せっかく協力しているんですから、当然でしょう?」
眴はにこやかに由良姫へ笑いかけた。
由良姫の年相応の女の子らしいはにかんだ表情、本来望むべきもの。
眴は、柏木浩徳が由良姫のことを調べていることに、すぐ気がついた。
なぜ調べているのか。
この辺に昔から住んでいる者なら、それが禁忌であることはわかっている。
芥見に住む者には、関わるな。
響家、奏家に縁ある者に、関わるべからず。それがこの国の暗黙のルールだった。
「眴ちゃん、ありがとうね! いってきます!」
「ちゃんと水分取るんですよ」
由良姫がニコニコしながら手を振って、自転車に乗って出かけていった。
だからこそ、由良姫と宇羅彦については、戸籍を調べても身元は一般人にはわからないだろう。
そもそも、二人が御子姫の子であることは公にされていない。
ただし、この場所に住み、芥見の氏を名乗る者に育てられている、それだけで十分なはずであった。
「それだけ、怖いもの知らずか、それとも……」
本気であったとしても、由良姫の持つ宿命の前には身を引くしかないと、いつか悟るだろう。
「共に乗り越えてくれる者に恵まれるか」
知らぬうちに、眴は独り言を呟いていた。
狐のケンがのそりと顔をのぞかせ、眴の独り言に応えるようにケン! と鳴いていた。
体育祭が始まると、由良姫は約束通りテント下までやってきた。
宇羅彦も放送委として顔を出した。一年は他にも数名やってきた。
体育祭は、職員室等の前にテントが数個張られ、その下で生徒会、放送委、教師に学祭委が集まり各々役割を担う。
体育祭なので、普通に各種競技が行われていく。
校庭には九色のブロック旗が並んだ。
応援席の最後列では、大きなブロック旗が揺れていた。太鼓や、メガホン、大きなハリセンまで持って叫んでいる。
競技が始まる前から校庭はお祭り騒ぎだった。
目玉種目は、各ブロック毎の応援合戦、同じくブロック別リレー、そしてガチな勝ち抜き騎馬戦。
由良姫は浩徳と同じくリレーに選ばれていた。
宇羅彦は騎馬戦だった。
「おまえのブロック、ぜってえおかしいって! おまえ並みのが三人に、上に乗るのが元バスケ部部長とか三年まで引っ張ってきて」
「いえ、そんなこと言われても……三年の先輩は本人の強い希望で」
宇羅彦は放送委員長にイジられながらタイムテーブルを確認する。
「なあ、柏木、騎馬戦勝ち残り決まったも同然じゃねえか。コレの勝者得点デカすぎねえ?」
「俺に言うなよ。体育祭の種目と得点は学祭委と先生も一緒に決めてんだから。俺、無関係」
「じゃあ、今年はぜってえ! おまえには負けねえ!!」
「ちょっと、うるさいよ! マイク入ります!」
副委員長が、委員長にシッシと手で追い払う真似をする。
「ったく、いつの間にかタイムテーブル他人に任せて、喋くってばっかで」
タイムテーブルは順調に消化されていった。
「おい、藤吉、水分ちゃんと取っとるか」
「はい」
放送アナウンス席と生徒会長席はほぼ隣同士だった。
それもあってか、先ほど新聞部が由良姫と浩徳が並んでいるところを撮っていった。
「おまえ、リレーに選ばれとるで、体調しっかり管理しとけよ。リレーの得点はブロック優勝の鍵やから」
「はい、さっき委員長が負けないって」
「ああ、去年さ、足立さあ、柏木にぶっちぎられて、あいつのブロック負けたんだよね」
「あ……はあ……」
「小林、うちのブロックの一年にプレッシャーかけんでくれる」
「えっ!? 二人一緒のブロックなんだ。あー、それで仲いいんだ」
「だからっ!! それがいらんお世話だっつーのっ!!」
「なによ、さっきだって……」
「おまえさあ、バトン受渡し順わかってて、ワザと言ってんちゃうやろなあ」
「あ、一年女子。からの二年男子、アンカー」
由良姫の背中越しに飛び交うやりとりに、由良姫は副委員長の向こうでタイムテーブルを見る宇羅彦へ視線を向けた。
宇羅彦は目と目が合うと、かすかに鼻で笑って親指を立てた。
「副委員長、もうすぐリレーの予選が始まります」
「えーっ? 藤吉さん、ごめんね。頑張ってきてね。そのまま昼休憩行っていいから」
由良姫はペコっと頭を下げると、先に席を立った浩徳の後ろについていった。
「おい、気にするなよ」
「はい」
「とにかく、何番目に渡されようと、俺がいるから」
「はい」
「俺に渡すことだけ考えて走れ」
「はい」
「まだ予選だから、ソコソコでいいからな」
「……はい!」
由良姫は振り向いた浩徳の顔を見て大爆笑した。浩徳の思い切りの変顔に、緊張がほぐれた。
由良姫と浩徳のブロックは、余裕でリレーの予選をブッチ切った。




