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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第四章 秋風の吹く

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第七話 学祭 文化祭⑤

 昼休憩になり、由良姫はボックスを出た。

ゴン! とドアが何かにぶつかる音がした。


「すみません!」


 気持ちが急いて、勢いよくドアを開けすぎた。

 そこにはドアへ後ろ向きに座り、次々と来る放送依頼者の相手をする浩徳がいた。


「あれ? 先輩どうしたんですか?」


「人手が足りず出張中。学祭委は午後イチのバンドのライブの準備に行っちゃった」


「お昼ご飯は?」


「一食くらい抜いたってどってことないよ」


「何か買ってきましょうか?」


「いいよ、食ってる暇ねえし。それより、あの人、おまえ待っとるんとちゃうか」


 見ると万里依が手を振って呼んでいる。ペコっと頭を下げ由良姫は走っていった。


「ウーちゃんは?」


「あかん。なんやら先輩らに頼まれて、ライブ会場の設置手伝わされとる。人気バンドみたいで、外に待っとる人でいっぱいやねん」


「うわあ。なんや昨日聞いたような。それより号外の子は?」


「うーん、多分もう外に出ちゃったかな。校内にはいない感じ」


 由良姫が、体育館にライブ取材に来た新聞部の男子を捕まえた。


「今朝ヒロ先輩と喧嘩してましたよね」


「誰、おまえ。ああ、噂の彼女か。もういい加減にしてよ。本当にアレはスクープ本人に頼まれたんだって。

松本って女子と佐藤はマジネタで。腹いせに仕返ししたいからって言うから協力しただけだって」


 万里依は呆れたとでもいうように、マジか……と言ったまま黙った。


「な? 由良姫。コレが真相で、心配する方がバカらしいって」


「うん、わかった。ウーちゃん手伝ってくるわ」


「宇羅彦は放っとき。お昼食べに行くで」


 万里依に引っ張られ、由良姫は近くのうどん屋へ連れていかれた。

 セルフのうどん屋は、これまた満席だった。宇宙依が先に来て座って食べていた。


「俺もう終わるから、ここ座ったらええ。宇羅彦にはおむすび買うてくわ」


「宇宙兄、うちにも三個買って。昨日の先輩に差し入れするから」


 由良姫は買ってもらったおむすびを、浩徳に渡したら天井裏へ行くつもりだった。

 おむすびを渡した瞬間、由良姫はボックスへ連れ込まれた。


「藤吉さん、いいとこ来てくれたわ。ちょっとお願い」


 副委員長が由良姫をマイクの前に座らせると、ペットの水をごくごく飲み始めた。


「三十分間アナウンスやってた。休憩させてえ」


 由良姫の目の前には、浩徳から山のようなアナウンス依頼書が渡された。


「藤吉、このおむすび、なに?」


「差し入れです」


 サンキュッ! という声だけがして、浩徳が誰かと話す声が続く。

 副委員長は、ボックスのドアを閉めアナウンス開始の指示を出した。

 そして、やっと休憩できるとばかりに、イスに寄りかかった。


 由良姫は午後は天井裏で委員長と、誰が来てくれるかわからないシフトになっていた。

 副委員長から、アナウンスは女子の声がいいという理由で、由良姫はこのまま午後もアナウンス係となった。

 天井裏は基本、機械操作だけなので、男連中に任せておけばいいらしい。


「もうひとりの藤吉くん、学祭委に貸し出し頼まれた。ガタイいいから、ライブ会場の警備頼まれてる」


「放送じゃないんですか」


「大丈夫、あっちは天井裏からライブ見たい女子が何人も行ってるから。男子もね」


 副委員長はカメラで写真を撮る振りをした。

 アナウンス依頼がひと段落して、ボックスのドアを開けると、ライブが盛り上がっている音が聞こえてきた。


「ライブ中はちょっと暇になるかな」


 浩徳は、やっと由良姫の差し入れを食べると、話しかけてきた。


「藤吉は結局こっちか」


「安心したでしょ」


 副委員長がニヤッとして、浩徳に言った。


「小林さあ、本当のこと言うなよ」


 小林美野里は、信じられないという顔をした。


「はあ!? あの狂犬豆柴が……」


「中学ん時ので呼ぶな」


「狂犬? 豆柴ですか?」


 由良姫は、浩徳の顔を見ると、ツボッたように笑いをこぼしていた。


「小さいけど強そう」


「そうそう、まあもう、中坊なのに高校生相手にしてたからね」


 副委員長は殴り合いの真似をした。

 それが今や生徒会長である。


 県高の体育館はこの日、文化祭一番の盛り上がりを見せ、生徒たちの絶叫を響かせた。

 体育館ではアンコールの嵐が巻き起こっていた。


「みんなーっ!! ライブのCD出すから買ってねーっ!!」


 体育館からの出口では、学祭委が誘導で忙しかった。

 役目を果たした宇羅彦はやっと解放され、待っていた宇宙依からおむすびを渡された。


「今日はとりあえず、これで終わりやな」


「そうか、終わりか」


「予見は大して変わっとらん、気ぃつけて帰ってきや」


 体育館の外では、自主制作CDを抱えたバンドメンバーが机を囲んでいた。

 その横には学祭委だけでなく、教師が二名付いている。金券が段ボールの中に山のように入っていく。


「千円でーす!! 今日限定!!」


 ケースは簡素だが、盤面はきちんと印刷されている。

 手書きのサインを求める女子の列ができていた。


「今はブログやろ」「コミュ作れや」

 そんな声が飛び交う。メンバーは面倒くさいの一点張り。


「そんなことより音作っていたいんやって」


「俺のアタマで必死に詞書いたらもう、それ以上ムリ」


 まだ動画は主流じゃない。

 音楽はCDを持つ時代だった。

 そして、ライブ。


 その少し離れた場所で、長谷川は腕を組み、CDの売れ行きを眺めていた。


「千円であれだけ売れたら上等やな」


 独り言のように呟く。


 直美は、少し離れてサイン待ちの列を見ていた。

 黄色い声が飛び、写メを撮るガラケーのシャッター音が細かく鳴る。


 「ブログ載せていいですかあーっ?」


 バンドのメンバーはちょっと戸惑った顔で笑っている。

 また、ブログって言ってるよ、という言葉が出る。


 長谷川も、その様子を背中越しにチラッと見ていた。


「今はブログだな。動画はまだ重い。でも、もうすぐ変わる」


 長谷川はポケットから小型のデジカメを出し、指先で回した。


「動画ってさ、パソコンで見る時代来るから。コメントついたら、人は簡単にハマる」


 直美は答えず、列の先頭、やっと順番が回ってきた女子を見た。

 サインを書いてもらう、CDを渡す手が震えている。


「同じ高校生じゃん?」


 直美が理解できないという、突き放した眼差しを向ける。


「興味ない顔してるな」


 長谷川が横目で言う。


「別に」


 短い返事。


「そうだろうな。直美ちゃんは売れる側じゃない。選ぶ側、でしょ」


 その言葉に、ゆっくり直美の視線は長谷川に戻っていく。


「でも、ちょっと上にいる感覚は、嫌いじゃないんじゃない?」


 バンドは汗だくでCDを手売りしていた。

 それを手伝う同学年の仲間たち。彼らが校内でどれだけ人気があるかは知っている。だが、それは直美の求めるものではなかった。


 たとえ校内一の人気者だとしても。


 様子を見ているよう言われた直美が、ほんの少しモドキ臭さの強い男と一緒にいる。多分、万里依から聞いていた男だろう。

 遠くから見ていたにも関わらず、男は宇羅彦の視線に気づき見返してきた。


 宇羅彦は学祭委に呼ばれ、なかなか引かないバンドのファンの整理を手伝う。バンド側の要員だと、思ってくれればいいのだが。

 長谷川は直美を連れ、その場から離れていった。


「三人くらいで組んだらいいよ。アイドルとは違う。距離近め。これからはそれが効く」


「効くって?」


「金になる」


 サラリと言う。長谷川は笑わない。計算を隠さない。

 直美と長谷川は話を進めながら、近くの駐車場に止めた車へ歩きながら戻っていく。

 

「直美ちゃんは家も顔も使える。売る必要はない。ただ見せるだけで価値が出る」


 直美は校舎を振り返る。

 佐藤は隠した。目の前の男は、隠さない。どちらが強いかは、考えるまでもなかった。


「……で?」


 直美は視線を外したままだ。それを見た長谷川は、口角をほんの少し上げる。


「とりあえず、俺の彼女になっとくか。動かしやすい」


 冗談みたいな口調だが、目は冗談ではないことを物語る。


 ネガの話はしない。返せとも言わない。


「期間限定なら」


「十分や」


 二人は別々に運転席、助手席へと乗り込む。


 体育館からはまだ歓声が響いている。誰かの夢が売られている音。

 その横で、別の商談が静かに成立した。

 直美の脳裏からは、事の発端の影はすっかり消えていた。その代わり、新たな影が覆い始めていた。


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