第七話 学祭 文化祭⑤
昼休憩になり、由良姫はボックスを出た。
ゴン! とドアが何かにぶつかる音がした。
「すみません!」
気持ちが急いて、勢いよくドアを開けすぎた。
そこにはドアへ後ろ向きに座り、次々と来る放送依頼者の相手をする浩徳がいた。
「あれ? 先輩どうしたんですか?」
「人手が足りず出張中。学祭委は午後イチのバンドのライブの準備に行っちゃった」
「お昼ご飯は?」
「一食くらい抜いたってどってことないよ」
「何か買ってきましょうか?」
「いいよ、食ってる暇ねえし。それより、あの人、おまえ待っとるんとちゃうか」
見ると万里依が手を振って呼んでいる。ペコっと頭を下げ由良姫は走っていった。
「ウーちゃんは?」
「あかん。なんやら先輩らに頼まれて、ライブ会場の設置手伝わされとる。人気バンドみたいで、外に待っとる人でいっぱいやねん」
「うわあ。なんや昨日聞いたような。それより号外の子は?」
「うーん、多分もう外に出ちゃったかな。校内にはいない感じ」
由良姫が、体育館にライブ取材に来た新聞部の男子を捕まえた。
「今朝ヒロ先輩と喧嘩してましたよね」
「誰、おまえ。ああ、噂の彼女か。もういい加減にしてよ。本当にアレはスクープ本人に頼まれたんだって。
松本って女子と佐藤はマジネタで。腹いせに仕返ししたいからって言うから協力しただけだって」
万里依は呆れたとでもいうように、マジか……と言ったまま黙った。
「な? 由良姫。コレが真相で、心配する方がバカらしいって」
「うん、わかった。ウーちゃん手伝ってくるわ」
「宇羅彦は放っとき。お昼食べに行くで」
万里依に引っ張られ、由良姫は近くのうどん屋へ連れていかれた。
セルフのうどん屋は、これまた満席だった。宇宙依が先に来て座って食べていた。
「俺もう終わるから、ここ座ったらええ。宇羅彦にはおむすび買うてくわ」
「宇宙兄、うちにも三個買って。昨日の先輩に差し入れするから」
由良姫は買ってもらったおむすびを、浩徳に渡したら天井裏へ行くつもりだった。
おむすびを渡した瞬間、由良姫はボックスへ連れ込まれた。
「藤吉さん、いいとこ来てくれたわ。ちょっとお願い」
副委員長が由良姫をマイクの前に座らせると、ペットの水をごくごく飲み始めた。
「三十分間アナウンスやってた。休憩させてえ」
由良姫の目の前には、浩徳から山のようなアナウンス依頼書が渡された。
「藤吉、このおむすび、なに?」
「差し入れです」
サンキュッ! という声だけがして、浩徳が誰かと話す声が続く。
副委員長は、ボックスのドアを閉めアナウンス開始の指示を出した。
そして、やっと休憩できるとばかりに、イスに寄りかかった。
由良姫は午後は天井裏で委員長と、誰が来てくれるかわからないシフトになっていた。
副委員長から、アナウンスは女子の声がいいという理由で、由良姫はこのまま午後もアナウンス係となった。
天井裏は基本、機械操作だけなので、男連中に任せておけばいいらしい。
「もうひとりの藤吉くん、学祭委に貸し出し頼まれた。ガタイいいから、ライブ会場の警備頼まれてる」
「放送じゃないんですか」
「大丈夫、あっちは天井裏からライブ見たい女子が何人も行ってるから。男子もね」
副委員長はカメラで写真を撮る振りをした。
アナウンス依頼がひと段落して、ボックスのドアを開けると、ライブが盛り上がっている音が聞こえてきた。
「ライブ中はちょっと暇になるかな」
浩徳は、やっと由良姫の差し入れを食べると、話しかけてきた。
「藤吉は結局こっちか」
「安心したでしょ」
副委員長がニヤッとして、浩徳に言った。
「小林さあ、本当のこと言うなよ」
小林美野里は、信じられないという顔をした。
「はあ!? あの狂犬豆柴が……」
「中学ん時ので呼ぶな」
「狂犬? 豆柴ですか?」
由良姫は、浩徳の顔を見ると、ツボッたように笑いをこぼしていた。
「小さいけど強そう」
「そうそう、まあもう、中坊なのに高校生相手にしてたからね」
副委員長は殴り合いの真似をした。
それが今や生徒会長である。
県高の体育館はこの日、文化祭一番の盛り上がりを見せ、生徒たちの絶叫を響かせた。
体育館ではアンコールの嵐が巻き起こっていた。
「みんなーっ!! ライブのCD出すから買ってねーっ!!」
体育館からの出口では、学祭委が誘導で忙しかった。
役目を果たした宇羅彦はやっと解放され、待っていた宇宙依からおむすびを渡された。
「今日はとりあえず、これで終わりやな」
「そうか、終わりか」
「予見は大して変わっとらん、気ぃつけて帰ってきや」
体育館の外では、自主制作CDを抱えたバンドメンバーが机を囲んでいた。
その横には学祭委だけでなく、教師が二名付いている。金券が段ボールの中に山のように入っていく。
「千円でーす!! 今日限定!!」
ケースは簡素だが、盤面はきちんと印刷されている。
手書きのサインを求める女子の列ができていた。
「今はブログやろ」「コミュ作れや」
そんな声が飛び交う。メンバーは面倒くさいの一点張り。
「そんなことより音作っていたいんやって」
「俺のアタマで必死に詞書いたらもう、それ以上ムリ」
まだ動画は主流じゃない。
音楽はCDを持つ時代だった。
そして、ライブ。
その少し離れた場所で、長谷川は腕を組み、CDの売れ行きを眺めていた。
「千円であれだけ売れたら上等やな」
独り言のように呟く。
直美は、少し離れてサイン待ちの列を見ていた。
黄色い声が飛び、写メを撮るガラケーのシャッター音が細かく鳴る。
「ブログ載せていいですかあーっ?」
バンドのメンバーはちょっと戸惑った顔で笑っている。
また、ブログって言ってるよ、という言葉が出る。
長谷川も、その様子を背中越しにチラッと見ていた。
「今はブログだな。動画はまだ重い。でも、もうすぐ変わる」
長谷川はポケットから小型のデジカメを出し、指先で回した。
「動画ってさ、パソコンで見る時代来るから。コメントついたら、人は簡単にハマる」
直美は答えず、列の先頭、やっと順番が回ってきた女子を見た。
サインを書いてもらう、CDを渡す手が震えている。
「同じ高校生じゃん?」
直美が理解できないという、突き放した眼差しを向ける。
「興味ない顔してるな」
長谷川が横目で言う。
「別に」
短い返事。
「そうだろうな。直美ちゃんは売れる側じゃない。選ぶ側、でしょ」
その言葉に、ゆっくり直美の視線は長谷川に戻っていく。
「でも、ちょっと上にいる感覚は、嫌いじゃないんじゃない?」
バンドは汗だくでCDを手売りしていた。
それを手伝う同学年の仲間たち。彼らが校内でどれだけ人気があるかは知っている。だが、それは直美の求めるものではなかった。
たとえ校内一の人気者だとしても。
様子を見ているよう言われた直美が、ほんの少しモドキ臭さの強い男と一緒にいる。多分、万里依から聞いていた男だろう。
遠くから見ていたにも関わらず、男は宇羅彦の視線に気づき見返してきた。
宇羅彦は学祭委に呼ばれ、なかなか引かないバンドのファンの整理を手伝う。バンド側の要員だと、思ってくれればいいのだが。
長谷川は直美を連れ、その場から離れていった。
「三人くらいで組んだらいいよ。アイドルとは違う。距離近め。これからはそれが効く」
「効くって?」
「金になる」
サラリと言う。長谷川は笑わない。計算を隠さない。
直美と長谷川は話を進めながら、近くの駐車場に止めた車へ歩きながら戻っていく。
「直美ちゃんは家も顔も使える。売る必要はない。ただ見せるだけで価値が出る」
直美は校舎を振り返る。
佐藤は隠した。目の前の男は、隠さない。どちらが強いかは、考えるまでもなかった。
「……で?」
直美は視線を外したままだ。それを見た長谷川は、口角をほんの少し上げる。
「とりあえず、俺の彼女になっとくか。動かしやすい」
冗談みたいな口調だが、目は冗談ではないことを物語る。
ネガの話はしない。返せとも言わない。
「期間限定なら」
「十分や」
二人は別々に運転席、助手席へと乗り込む。
体育館からはまだ歓声が響いている。誰かの夢が売られている音。
その横で、別の商談が静かに成立した。
直美の脳裏からは、事の発端の影はすっかり消えていた。その代わり、新たな影が覆い始めていた。




