第六話 学祭 文化祭④
由良姫は生徒会室を覗いたが、浩徳はいなかった。
「会長なら保健室」
驚いて保健室へ行くと、どうやら顔を殴られたようで手当ての真っ最中だった。
養護教諭が、由良姫に気がついて声をかけてくれた。
「ちょっと待っててね。本当にもう、いい加減にしなさいよ。殴り合いなんて」
「いや、俺は手なんか出してねえよ。殴られただけなんですけどっ!」
「へえ、成長したんだ」
「一応、生徒会長なんで」
「はーい、お待たせ。何だった?」
浩徳は入口へ振り向くと、養護教諭に「藤吉だよ」と教えた。
「えーっ!? だって髪長かったでしょ、確か」
浩徳は取り合わず、由良姫の方へ歩いて行った。
「おう、なんだった? ああ、ごめん。アレ、配られることになったわ」
「いえ、そんなことより、ヒロ先輩大丈夫ですか?」
「平気、平気。殴り合いなんて、しょっちゅうやってたし。それよか、おまえ時間大丈夫か?」
あっ! と言って、由良姫は軽く会釈をし放送室へ走って行った。
「ちょっと、柏木くん! あの子は……」
「大丈夫っす、そういうんじゃないんで」
養護教諭は浩徳の後ろ姿に向かって、どこがだよっ! と呟いた。
県高祭二日目、開門と同時に人が絶え間なく校内へと吸い込まれて行く。
「号外でーす!! 新聞部、県高祭だけの号外でーす!!」
数名の部員が、パンフと同時にもれなく配って行く。
「ほな、行こか」
万里依と宇宙依が入場しようとすると、後ろから声をかけてきた者がいた。
「やあ、久しぶり。姉弟揃って、こんな早くから」
「なんや、あんたらか。今年も号外作戦か」
「そうそう。お祭りぽくてええやろ。まあ俺たちの時よかおとなしいけどな」
「どうせ、裏でロクでもないこと考えてるん違う?」
「なんでそうなるんや。写真部との合同展示、見に行ってよ。ミス県高投票に協力したって」
新聞部と写真部合同で教室一つ借り切り、雑誌の販売とパネル展示でミス県高投票を行っていた。
どうやら連中も、その展示へ行く様子だった。
「うちの時は無断で盗撮しとったやろ」
「せやから、その後は話しして許可得てブロマイド風にしたやんか。今回なんか本人にも写真渡してるし」
「なんやこのままアイドル募集に送れそう、とか喜んどったらしいで」
確かに見に行くと、いい感じに幕やレフ板使って撮ってあった。
「なんやこれ、まるで風俗店の顔出しパネルみたいやんか」
「ひどいこと言うなあ」
いやらしい笑いをしながら、何を考えてるのか。
パネル展示の中にきゃやんときょんの写真が入っていた。
「あんたら、この二人に手ぇ出したら、タダじゃ済まさんからね」
万里依がクギを刺すと、相変らずやなと連中は教室から出て行った。
念には念、とばかりに万里依は金券を渡して雑誌を買った。
表紙は美人で有名な三年女子だった。表紙だけカラーで凝っている。
「結構金かかっとるんちゃう?」
「予算使い切ってるんで、買って下さーい!!」
様子を見ていると、世の中にはそういうのが好きな男が多いんだなと、再認識しなければならないくらい売れていた。
「やっぱ、ゆるいな。さすが県高温泉」
宇宙依が自分で言って、自分でウケていた。
その頃、号外と雑誌を持って、N子こと松本直美が新聞部の男子に詰め寄っていた。
「コレ、なによっ!! 約束と違うじゃない!!」
「何言ってんの。約束通り、号外出して、トップ記事にしてあるじゃん」
「だって、私に見せた写真と違うでしょ。佐藤とツーショットだったやつ。記事の中身だって、もっといっぱい話したじゃない、実名出して!!」
そこへ二年の新聞部の男子、直美と直接やり取りした人物が現れた。
「あのさ、そんな実名バンバン出して記事書いたら、どうなるか想像つくだろ」
「だって、約束したから写真撮らしてあげたんじゃん!!」
「ちょっとココじゃなんだから、部室来てくんない?」
直美はグラウンドの向こうにあるクラブハウスに連れていかれた。
クラブハウスは職員室の真向かいに建っているが、今はマスコットが置いてあって死角になっていた。
クラブハウスの二階にある部室に引っ張り込まれる。直美は、校舎のざわめきが急に遠くなった気がした。
「だって、先輩言ったじゃん。撮らしてくれたらスクープにするって」
「してあるだろ。自分で勝手に思い込んで、俺のせいにするなよな」
「じゃあ、フィルム返してよ」
「バーカ!! 返すわけないじゃん。ばら撒かれたくなかったら、ちょっと頼み聞いてくれよ」
直美は、上手く口車に乗せられたらしいと勘付いた。
彼女はただ、音楽部のカリスマ教師、佐藤に仕返しがしたかっただけだった。それも文化祭という人目につく場で。
実は直美は元々、佐藤の一年生の彼女役だった。
しかし、佐藤もいろいろあり、自分の立場が危うくなっていることを感じていた。しばらくほとぼりが冷めるまでは、おとなしくしていなければ失職する。
そこへ、篠原からの忠告を聞き清算を決めたのだ。
いきなり佐藤から特別待遇を切られた直美は、とにかくプライドを傷つけられ憤っていた。そこへ、新聞部の文化祭企画に乗っかった。
乗っかった、というよりは狙われて乗せられたと言ってよかった。
「今日さ、新聞部の先輩たち来ててさ、誰か紹介してくれって頼まれてて。松本さんさ、ちょっとだけ付き合ってもらえないかな」
「そしたら、撮ったフィルム返してくれるわけ?」
「ここ来る前に先輩に渡しちゃったから、昼飯でも付き合って直接返してもらってよ」
クラブハウスを出て体育館裏を回り、そこから自転車置き場へ行くと背の高い少し年上っぽい男が待っていた。
「へえ、直美ちゃんっていうんだ。ちょっと外へ昼飯食いに行こうぜ」
家族や友人知人が大勢来て、制服姿のままでも外へ出かけていく者が多かった。
体育館の舞台では、演劇部の舞台が行われていた。
天井裏では、舞台の音響や照明、幕操作までやる。ちょうど宇羅彦は忙しく、直美の動向を探っている余裕がなかった。
運悪くというか、万里依も宇宙依もそれぞれに久しぶりに会う同学年の友人たちに捕まっていた。
昼前だということも手伝って、模擬店目当ての人たちで校内は溢れかえっていた。
直美は、新聞部のOBだという男に連れられ車に乗せられていた。
「直美ちゃんだっけ、何食べたい? 国道沿いならいろいろお店あるし」
男はドリンクホルダーに、わざわざ封を開けてくれ飲み物を置いた。
「よかったら飲んでいいよ。さっき買ったところだったんだ」
クラブハウスの中は結構暑かった。そこに長いこといたので、直美は一口飲み、味を確かめてからアイスティーを飲んだ。
長谷川は直美の顔を、値踏みするでもなく、静かに観察していた。案外、賢そうだと感じた。
「ネガ、俺が預かってる」
さらりと言う。その声音に脅しはない。ただ事実だけが置かれる。
「返してほしかったら、俺と一度ちゃんと話そ。損はさせないよ」
直美は一瞬だけ目を細めた。
──返してもらうため? それとも?
校舎の向こうから、文化祭の歓声が風に乗って届く。
長谷川は続けた。
「今に動画の時代来ると思うんだよね。パソコンで見るやつ。興味ない?」
「別に、そういうのはどうでもいいの」
──利用される? 違う。利用するのは、私。
視線が絡む。二人は一瞬で、互いが欲しいものを理解した。
「私が欲しいのは……」
直美は、それ以上口にしなかった。長谷川は静かに笑う。
何を考えているのかわからないのはお互い様だった。まだ顔を合わせたばかりだ。
だが、似ている者は呼び合う。
文化祭のざわめきの中、直美の中で新しい欲望が静かに芽生え始めていた。
体育館からは拍手と歓声が響く。
演劇部が終われば、午後はいよいよ人気ロックバンドのライブだった。
校内では誰も、この文化祭が別の幕開けになるとは思っていなかった。




