第五話 学祭 文化祭③
すっかり暗くなった中、由良姫と宇羅彦は自転車置場で帰る準備をしていた。
すると急に、暗闇から声をかけられた。万里依だった。
「ちょっと話があるさかい、二人とも送ってくわ。明日の朝も送るし、車乗って」
車まで行くと、宇宙依が後部座席に乗っていた。
「今日な、宇宙依が気ぃついたん。昼過ぎに、嫌なヤツに会うてな。そいつら、うちと同学年で、歩く写真週刊誌みたいな連中やってん」
万里依はエンジンをかけながら、家に着いたら話すと言って、車を発進させた。
「そういや、今日な。放送の先輩が、新聞部が文化祭中に号外出すって。めっちゃヤバいらしいって話しとった」
「なんや、まだそんなことやっとるんか。ちっとも変わっとらんな」
珍しく宇宙依が顔に嫌悪感を出し、語気を荒げていた。
「それがヤツらのやり口なんよ。号外配って釣って、本誌のスクープ雑誌買わせるん」
由良姫は、なんとなくだが、あの男の先輩が号外について話す時の雰囲気を思い出し、急にゾワゾワした。
「他になんか話しとらんかった?」
万里依が聞いてきたことで、由良姫は号外の話の前に副委員長が話していた音楽部のことを思い出した。
「実はな、こんなこと先輩が話しててん」
「あ、そいつ、うちのクラスの女子や」
その話を聞いていた万里依は呆れ果て、深くため息をついた。
「まあ、どっちもほんま、ちっとも変わってへん。せやから、こういうことになるんや」
「段々とつながってきたわ。明日の騒ぎ、その後の揉め事。その先で生まれるケガレまで」
宇宙依は、断片的にだが、ハッキリと視えたことだけを伝えた。
宇宙依の現世の眼は、ケガレに特化したことのみ拾ってくるよう、宇宙依が焦点を絞っている。
「宇羅彦は、その子をマークしとってな。もう巻き込まれとるで」
「わかった」
「明日は日曜やから、朝九時からゾロゾロ来るやろな。号外はパンフと同時に配ってくるわ。前もそうやったし」
「じゃあ、明日朝から一緒に学校行くって、そういうことやったん?」
「俺と由良は動かれへん。なんや、放送の先輩に目ぇつけられとる」
「あっ!!」
由良姫が、思いついたというように、大声を出した。
「眴ちゃん、携帯電話出して」
「これは、祓いの時だけです」
「いろんな電話番号メモ代わりに入れてるの、見るだけやから」
渋々、眴は由良姫の携帯を出してきた。
「誰にかけるん」
気になるのか、宇羅彦も聞いてきた。
「生徒会長」
「へえ、いつの間に。ええ人脈持っとるやん」
万里依が感心した。眴は、由良姫が家の電話からかけるのを見ていた。
「あ、ヒロ先輩。遅くにごめんなさい」
「平気、平気。うちまだ誰もおらんし。どうした?」
由良姫は、新聞部の号外の話をした。
「アーッ! やっぱマジか。おまえから電話来るってことはヤバいんだな」
「えっと……」
由良姫は一瞬、その言葉に引っかかった。
「どういうことですか?」
「今日タレコミあった。明日朝から来校者にパンフやビラやらと同時配布」
「ビラって何ですか?」
「部活や同好会の試合や演奏会のチラシのこと。こっちは学祭委に届け出たらパンフと一緒に配ってくれる。間に合わんかったら自分たちで配るんやけどな、一応生徒会が目を通して許可が必要」
相槌を打ちながら由良姫は聞いている。そこへ突然、浩徳が一際声を大きくした。
「なんだがっ! 以前から県高祭名物、ゲリラ号外ってのがあってな」
「それです、それですっ!」
「明日朝イチで、新聞部の部室行って押収予定。だけど、一部もう出回ってて。全部回収は無理かも知れん。なんか困ることあるんか?」
「えっと、内容が知りたいんですけど」
「ああ、音楽部ネタ。確かおまえ、以前なんかあったよな。篠さんから聞いとる」
「篠さんのこと、ご存知なんですか?」
「兄貴のツレ。おまえん家、FAXある?」
由良姫は電話を切ると、今から手に入れた号外を送ってくれることを話した。
「由良姫、やるじゃん」
「奏司さんみたいやな。知らんうちに、結構人脈あるんと違う?」
由良姫は、パッと眴の顔を見た。
「そんな人の顔色伺わないといけないようなこと、してるんですか?」
「ううん、心配かなあって思って。気になっただけ」
眴は軽いため息とともに、送られてきたFAXを渡した。
号外には大きく見出しに『音楽部ウワサの真相!!』とあって、宇羅彦が言った通り、一年七組N子さん激白!? と続く。
写真は車の助手席に乗っている、その女子のアップが見出しとサブタイトルに囲まれ載っていた。
申し訳程度に、止まっている車の写真があるが、よく見えない。
「釣り、やな」
記事にも大したことは書かれていない。
先輩から聞いた程度のことを、引き伸ばして激白しているように上手く作り込んであった。
そしてちゃっかり、スクープ雑誌の宣伝へと続いている。
「てことは、販売する雑誌の中身がスゴイの?」
由良姫が聞くと、万里依は首を振った。
「まあ、過去にも出してる音楽部ネタ盛り込んで、当たり障りのない程度でおしまいかなあ。あとはグラビアみたいに、ミス県高候補をズラッと載せて終わりちゃう」
「それなら、宇宙兄の視た、その後の展開の方がヤバい」
「それって、止められやんの?」
宇宙依はやさしく、由良姫に言い聞かせるように言葉を選んだ。
「視たことには、干渉できないんだよ。現世は現在進行形だから。俺たちは、見守るしかない」
「見守って、ケガレになったら祓うだけっ!?」
「そうや」
由良姫の顔が歪む。
「由良姫、前にも何度も言いましたね。私たちは正義の味方ではないと」
「眴ちゃん、わかってる。けど……」
「それなら、祓いをやめなさい」
由良姫が振り向いて、眴の顔を見た。
「元々、由良姫には向いていないと思って……」
「わかった! もういい! わかったから、ちゃんとやるから」
翌朝、芥見の二人が車で迎えにきた。
高校の近くのパーキングに止めに行くと、八時過ぎにも関わらず何台か止まっていた。
「あ、アイツらもう来とる。高校の前の喫茶店にいるわ」
「じゃあ、今日は放送の仕事、頑張りや」
万里依は由良姫の頭をポンポンと軽く撫でた。
宇羅彦には連絡用に、由良姫には内緒で眴から携帯が渡されていた。
学校は今朝だけ文化祭専用の門を閉め、生徒は正門からのみ登校することになっていた。
正門から入ると教師が数名立っていた。
すでに朝からもう校内全体がザワザワしている。
下駄箱へ行くと、廊下の方から男子生徒が数名、一触即発の口喧嘩になっているのが聞こえた。
「あ、この声ってヒロ先輩だ」
新聞部と生徒会、教師までもが入り乱れ、ゲリラ号外を巡って揉めに揉めていた。
結局一旦没収で、朝の職員会議で認められれば配布可能となったらしい。
朝礼は体育館へ全員集まった時点で、各クラス点呼のみで校長が挨拶をして、生徒指導から注意事項が述べられた。
今朝の騒ぎのこともあったせいか、気を引き締めるよう珍しく念入りに行われた。
開門時間が迫る中、全校生徒が一斉に動き出す。
宇羅彦はそのまま体育館に残っていた。午前中のシフトは天井裏だった。
「ウーちゃん、号外、OKやったみたい」
「そっか。あの先輩、唇切っとったで、心配やったら生徒会室寄ったら?」
「うん、ありがと。そうする」
由良姫はニコッと笑うと、手を振って宇羅彦と別れた。
珍しいこともあるものだと、由良姫は思った。宇羅彦が他人のことを、あんなふうに知らせてくることはなかった。
この時、由良姫はそれくらいにしか考えていなかった。
宇羅彦は、昨夜、眴から携帯を渡された時にあることを言付かっていた。
電話番号を知っている。
由良姫にとっては大したことではないのだろう。何かあったら使う、その程度のことでも、相手はどうかまではわからない。
「そんなこと言ったら、家の番号くらいみんな知っとるで」
だが、その時の眴の表情には、一つの感情だけではない多くのものが見え隠れしていた。
宇羅彦は眴の気がすむよう、その役目を引き受けることにした。




