第四話 学祭 文化祭②
噂が駆け巡ることの速さといったら、とんでもない。
由良姫たち三人が、由良姫のクラスのメイドカフェへ到着する頃には、婚約者登場の噂が届いていた。
きゃやんたち、仲良し四人組が、万里依の側にワッと寄っていく。
四人は大那たちと一緒に、夏祭りのダンスで送迎してもらい仲良くなっていた。
「あの、婚約者って本当ですか!?」
きゃやんにとっては寝耳に水、最重要ポイントだった。
「絶対に、絶対に、秘密やで」
頷くきゃやんたち。
「ウッソー!」
ワアッと顔がほころぶ、一気に四人はキャッキャと小さく飛び跳ねていた。
「コイツ、多分ウザかったんやろな。いきなり言うて、こっちがドン引きしたわ」
「あ、でも、ウザいって。うちらもかな」
由良姫も、どんなに鈍くても、きゃやんが宇羅彦のことを好きなのは知っていた。
由良姫が宇羅彦を見上げると、さすがに困った顔をした。
「えーと、ウザくはないけど、付き合ってとかは困る」
ぶっきらぼうだが、突き放してはいなかった。
「ウンウン、友達ならいいんでしょ?」
「やったじゃん」
由良姫たち三人は席に案内されると、定番のオムライスなど頼んだ。
きゃやんたちはダンスにも参加しながら、よくここまで準備ができたなと由良姫は感心した。
制服の上には、お手製でデコレーションしたフリフリエプロン。同じようにヘッドドレスもカチューシャで作ってつけている。
宇羅彦にはきゃやんが運んで、ケチャップでハートマークに、これまた定番の萌え萌えキュンをやっていた。
使い捨てカメラも持ってきていて、宇羅彦と一緒に撮ると真っ赤になっていた。
「ほんまに好きなんやなあ」
万里依は切なそうにきゃやんを見つめた。
「希望っていうか、そういうん持たせる方が残酷や」
「宇羅彦は、そういうとこ、ほんま融通きかんな」
「このオムライス、美味いな」
「せやろ、きゃやんたちの自信作。美味しかったって、言うたって」
由良姫の言葉に、また表情の強張る宇羅彦へ万里依が笑いかけた。
「それくらいは言うたってもええんちゃう」
メイドカフェは大盛況だった。
教室を出ると、きゃやんが見送りに来た。
「オムライス、美味かった」
宇羅彦がきゃやんにそう言うと、彼女は泣きだしそうな顔をした。
「ありがとうございましたあ!」
廊下を歩きながら、万里依が指差す方を見ると宇宙依がいた。
「懐かしいな、久し振りに来ると」
万里依も宇宙依も、県高の卒業生だった。
「ムーミンまだいたから挨拶してきた」
「えっ、ムーミンいてんの? うちも後で挨拶してこよっと」
「ムーミンて、誰?」
「英語の藤井先生のこと」
「カバごんじゃないんや」
「なに、今そんなん呼ばれてるん?」
教師へのあだ名も世代交代していくらしい。
「眴さんから、学祭の模擬店だけじゃ足りないんじゃないかって」
宇宙依が由良姫と宇羅彦に、袋に入ったサンドイッチを渡した。
二人は物理準備室で食べることにした。問題なさそうなので、一旦芥見の二人とは別れた。
「ツヤさん、いる?」
ツヤさんはちょうどコーヒーを入れていた。
「ラッキー! コーヒー付きでサンドイッチ食べれるやん」
「放送の方はどお? 問題なさそう? 後で見にいくけど」
由良姫が残した分も、宇羅彦がペロリと平らげると、二人は午後からのシフトに戻っていった。
職員室は、訪ねてくる卒業生で賑わっていた。
ボックス前には、学祭委員が呼出など、校内アナウンスの受付をしていた。それを見て、由良姫はちょっとホッとした。
午後からは、委員長も一緒なので不安だった。
「おう、来たか。藤吉と、井戸田と、二人だけか?」
その後ろから、二年の男女が一人ずつ入ってきた。
「なんだ、結局来る面子一緒だな」
二年の二人はイスを出して座ると、模擬店で買ってきたものを分けながら食べていた。
どうやらそういう間柄らしい。
「おまえら、ココな」
由良姫と井戸田は並んで放送機器の前に座らされた。
学祭らしい流行りのニューミュージックのBGMが低音量で流れている。
放送機器には、レコードかカセットテープしか使えなかった。
ケースには山ほどのカセットが入っていた。
「好きなのかけていいから。暇な時、見といて」
ノックがするとドアが開き、向こう側から用紙が渡される。学祭委からアナウンス要請だ。
体育館で行われているステージのプログラム変更だった。
他にも、呼出や、来場者向けアナウンスなど、結構忙しい。
由良姫と井戸田は交代で、アナウンスと機材操作をやっていた。
先輩はその後ろで様子を見ながら、終わったらアドバイスをしてくる。
大したことはないのだが、由良姫はやたらと肩やらさわってくる委員長が鬱陶しかった。
由良姫はチラッと横を見ると、井戸田も困ったような顔をして笑いかけてきた。
「おい、足立。それくらいにしておけよ。また女いなくなるぞ」
イスに座って、持参のカメラをいじりながら、二年の先輩が委員長へ注意した。
「そうそう、美野里から言われてたわ」
「ええっ!? 俺、何にもしてないよなあ?」
まったく悪びれず、由良姫に話しかけてくる委員長は、どうやら自覚がないか相当な図太さだった。
「おい、足立。ツヤさん呼んでるぞ。天井裏来いって」
委員長がいなくなると、そこにいた女の先輩が謝ってきた。
「アイツ、手癖悪くてさあ。悪気ないのが一番タチ悪いっつーの! いなくならないでね。何かあったら私とか副委員長に言って」
どうやら、美野里というのが副委員長のことだった。
ノックとともに、今度は男子の声がした。
「ちわっす! 放送、問題ない?」
「えっ!? ヒロ先輩、どうしたんですか?」
顔を出したのは、柏木浩徳だった。
「えっ!? って、俺、生徒会やし」
「会長自ら様子見に来るって、やっぱ噂は本当か!?」
女の先輩が笑いながらからかった。
由良姫は、会長と聞いて驚いた。
「ヒロ先輩って、生徒会長やったん?」
「そーそー、全校生徒のパシリです!」
由良姫と目が合うと、浩徳はニカッと笑って話しかけた。
「おまえの兄貴って、メガネ美人の婚約者いるってほんまか?」
「えっ、なんでそのこと。って、ウーちゃんは弟です」
「あのデカイの、弟なんか。おまえも、婚約者とかおらんやろな」
「いません!!」
「ほんじゃ、残り二時間、よろしくー!」
浩徳はご機嫌で、去っていった。
委員長はツヤさんに呼ばれたきり帰ってこなかった。
後々、話を聞くと天井裏で人手が足りなかったらしい。
機材トラブルがあり、プログラム変更もあってバタバタだった。
「今日来んかった一年、絶対許さん」
委員会活動は自主性が重んじられる。それだけに、内情はこんなものだった。
こうして、文化祭初日は過ぎていった。
明日は日曜なので、大きな街など遠方からも大勢来るらしかった。
「お疲れちゃん! 明日もよろしくね。明日は演劇部と、うちの高校のロックバンド人気あるから、いっぱい人来るからね」
にこやかに副委員長は、そう言い残し去っていった。
学祭委が教師と一緒に校内を見回り、残っている生徒に声をかける様子が聞こえてきた。
するとしばらくして職員室では、小林美野里と教師のやり取りする姿があった。明日のロックバンドの物販CDの納品だった。
「先生、今回もありがとうございます! 絶対メジャーになるからサイン貰っといて損ないよ!」
宇羅彦の耳にはその会話が届いていた。職員室からは程遠い自転車置き場でも。それが鬼人である宇羅彦の聴力だった。
「明日の体育館、天井裏は忙しそうやな」
「それよりウーちゃん、ヤバい話聞いた」
二人が自転車を出そうとしていると、車のヘッドライトが二人を照らし出した。




