第三話 学祭 文化祭①
二学期が始まった。
始業式の翌日には実力テストがあり、慌ただしいまま週末を迎えた。
その週末、金土日と三日間に渡って学祭前半の文化祭、県高祭が行われた。
金曜は、学内だけ。リハ総点検といったところか。午前中は、生徒会、学祭委、放送委で各々打合せが行われていた。
由良姫と宇羅彦が所属する放送委員会では、全員にシフト表が配られていた。
「いいか、当日無断でバックレたら、全員担任に報告する。内申に響くぞ、いいな」
県高は生徒会や委員会活動が、部活動にも劣らず内申評価が高いので有名だった。
「マジ?」「ヤバない?」「ウソやん」
あちこちで声が上がっていた。
中には、土日が特別出校日であるにも関わらず、自主休校する生徒が多かった。
もちろん、三年生はシフトには入っていない。
しかし、半数近い三年生が所々で参加することも多く、それだけ盛り上がるので有名だった。
「すみません、いつまでに報告したら変更とかできますか?」
「土日でシフトは重複しないよう組んであるので、同時間帯の人たちで今から相談して、この時間内に報告して下さい」
委員会の会議はいつも、特別講義室で行われていた。
隣は物理準備室である。
ツヤさんと、もう一人、新任の社会科の先生が放送委員会を指導していた。
「はーい、よく見て下さい。午前中は九時から十二時まで、午後は十三時から十六時まで。昼休憩時間帯はシフト入ってないから」
ザワつく室内に、先生が顔を出すと少しは落ち着きだした。
一年生は、初めての高校の学祭で楽しみたいのは皆同じだった。
「なあ、ウーちゃん。万里姉えたち来るの昼やったよね」
「宇宙兄と昼前に来て、ちょっと内部視て回るって言うてたで」
「土日両方やったよね。視回るのにちょうどいいって」
「せやなあ。適当に俺らどっちか動けりゃええんちゃう」
一年女子は宇羅彦と一緒のシフトになりたがった。
放送室は、いわば公認の密室だ。
しかも、職員室横に設置された場所は別として、体育館の二階にある放送室は先生の目も行き届かない。
職員室横をボックス、体育館二階を天井裏、そう呼んでいた。
天井裏は大掛かりな機材が設置されていて、その目の前には舞台を見下ろせる窓がある。
舞台の緞帳を下ろした裏側が全部見える。
もちろんライト、音響、幕操作、すべて行える。
しかも防音の上、鍵は放送委員なら自由になる。
シフトに入って運良くというか、上手く立ち回れば二人きりの密室が作れる。
学校側は、放送をなぜ部活動ではなく委員会にして、教師直轄の元に置いたのか。
かつて都市部の大学で学生紛争の影響を受けた生徒たちが、放送設備を占拠した事件があったらしい。それ以来、放送は部活ではなく教師直轄になったという。
そう、先生からは聞いているが、実際は、生徒だけで自由に使える密室の危険性を考慮してのことだろう。
それほど、県高は温泉の異名通りの危うさを隠し持っていた。
由良姫と宇羅彦が放送委員に立候補したのにも、そういう理由があった。
まあ、そのおかげでツヤさんと仲良くなれたのは良かった。
学祭当日は、委員会が行われている特別講義室も、休憩室の名目で解放される。
特別講義室とは、階段状の、大学でよく見受けられる講義室を模した作りになっている。
結局、由良姫と宇羅彦は、別々のシフトに入るよう調整した。
委員長が由良姫の名前を聞いて、近寄ってきた。
「おまえかあ、一組の柏木と噂の一年女子って」
委員長は馴れ馴れしく喋っていくと、離れて仲のいい男子と由良姫のことを見ながら話していた。
宇羅彦が身構えると、副委員長の二年女子が意味深に笑った。
「一年女子に絶賛大人気中の、藤吉くん。こっち妹さん?」
「いえ、姉です」
「お姉さんか、双子よね。ま、どっちでもいいけど、委員長に目ぇつけられたら気をつけた方がいいよ」
「シフト別々なんすけど」
「大丈夫よ、気になったらシフト無視して入ってくれればいいから。どーせ、半数近くは来ないし」
副委員長はバシッと宇羅彦の背中を叩くと教卓の方へ行ってしまった。
次々と変更を申し出る者たち。
宇羅彦は一番忙しい、日曜午前中を天井裏、午後はボックスに。
土曜は、午前中をボックス、午後は天井裏に決めた。由良姫はちょうど正反対。
「ねえねえ、藤吉くんは、土日のお昼休み、空いてたりする?」
「親戚来るから無理」
「うわあ、容赦ないなあ。残念、即アウトじゃん」
宇羅彦は背も高く、体育会系ではないのにガタイもいい。本人にはそのつもりがまったくなくても目立つタイプだった。
宇羅彦はいわゆる、輪響紋衆の中でも異形と呼ばれる存在だった。
父豪鬼と同じく鬼の徴が現れていた。
由良姫は土曜の午前中は、体育館の天井裏だった。
一年は由良姫ともう一人女子だけ、本当は一年は五人いたはずだった。
「ほらね、半分しか来ないでしょ」
二年も副委員長の女子と、土曜午前中に舞台のあるフォークソング同好会の友人という委員。
「藤吉さん、井戸田さん、こっち来て」
副委員長はステージプログラムと、音響の指示書を持ってきて、ぶっつけ本番で教えながら二人に機材を操作させていた。
「音楽部、さすが知名度あるから、中途半端な時間でも大勢観客いるね」
「本当ですね」
こうして合唱だけを聴いていると、まさかこの中で、あんなケガレが出るようなことが起きるとは思えなかった。
「知ってる? この音楽部って、コンクール常連でスゴいんだけど、あそこで指揮してる佐藤。この前一年女子の親が県の教育委員会に乗り込んでモメてるのよ」
「今ですか?」
由良姫は、当分大丈夫と言っていた篠原の顔がチラついた。
副委員長は笑いながら話してくれた。
「家に送って行ってあげるって、車で一年の子連れ回して帰さなかったんだって。彼女になってって言ってきて、応じるまで帰さずグルグル暗い川沿い連れまわされたって」
噂話ほど、流暢に語られるものもない。
「母親が女の子の様子も変だし、突然部活やめて引きこもったんで、理由聞いたらとんでもないって怒鳴りこんだって有名よ」
「先輩、詳しいんですね。ビックリした」
「だって本人があちこちで喋りまくってるし。めっちゃキモいって」
すると、後ろの方に立っていたフォークソング同好会の先輩が、口を開いた。
「新聞部の今回の文化祭で配られる、ゲリラ号外がヤバい。望遠で、佐藤が助手席に一年女子乗せて川沿いに車止めてたの撮ったらしい。多分、その子じゃないかな。ちゃんと取材までして、記事にしてるらしい」
普段は影の薄い人が、人の知らない噂を握ると雄弁になる。
「部費から印刷外部に出してて、学校側は気づいてないっぽい。楽しみだな、いつバラまくか秘密だって」
最後に笑った顔が、薄く貼りつくようで気持ちが悪かった。
とんでもないことになっている。
由良姫は何も起きないといいけどと思った。
昼休憩になったので切りよく、全員一緒に天井裏を出た。
体育館の外で宇羅彦と万里依が待っていた。
万里依は由良姫と合流した途端、ゲラゲラ大笑いしていた。
「さっきな、めっちゃウケることあったん」
「なになに?」
「宇羅んとこに何人か女子来てな、誘われとったん。ほんならな、うちのこと婚約者やって紹介して、ドン引きされよったん」
「えーっ!? マジ?」
由良姫も大笑いした。そこで、はたと気づいたように宇羅彦を睨みつけた。
「えっ? 何、怒ってるんか」
宇羅彦が不思議そうに聞く。いつもと違う由良姫の様子に、一瞬戸惑った。
「まあ、ええわ。とにかく、昼はうちのクラスのカフェ行ってもらうで」
嫌そうな顔をする宇羅彦に、有無を言わせぬ圧をかける由良姫。
万里依はピンときた。わかっていないのは宇羅彦だけだった。
「せやなあ、うちも久しぶりに、あの娘らに会いたなったわ」
由良姫たち三人は、クラスでやっている模擬店へ一緒に向かった。




