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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第四章 秋風の吹く

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第一話 狐のケン

 お盆の間中、狐のケンは御子姫の元にいた。


 ケンは不思議なほど静かに、いつもの家にいる時と変わらず、玄関先の土間に敷物を敷いてもらって寝ていた。


「そなたは、おもしろい狐じゃのう」


 御子姫は、誰もいなくなった時に狐と話をしていた。


「そうか、権現山(ごんげんやま)の狐か。そうか、母と兄弟を食われたか。それは、憎かろうのう」


 それがあったのは、由良姫がまだ小学生の頃のことだった。宇羅彦と由良姫は二人で遊ぶことがほとんどだった。

 いつものように学校から帰り、権現山へ遊びに行こうとした時だった。父奏司の様子がおかしかった。


「眴ちゃーん!!  お父さんがっ!!」


 眴の名を呼んでも反応がない。宇羅彦は自分が見ているからと、由良姫を芥見本家へやった。


「由良、一人で行けるな?」


 子供の足で走って五分ほどのところに、本家はあった。


「おばあちゃーん!!」


 由良姫が門構えをくぐって、万里依たちの祖母を呼びながら、玄関からではなく縁側から直接飛び込んだ。


「眴ちゃん!?」


 そこでは、眴が常世の眼を押さえて、身動きできずにいた。


「由良ちゃん、どうしたね」


 由良姫は、眴の傍にいた祖母に、父奏司が苦しんでいることを伝えた。


「今、ウーちゃんがみとってくれとる」


「奏司さんが!?」


 眴は無理やり体を起こし、行こうとして倒れた。


「眴、もう少しで薬が効くで、宇羅彦に任せい」


 そこへ、中学から急いで帰ってきた万里依が慌ててやって来た。


「おばあちゃん、権現山が大変なことになっとる」


「万里姉、権現山がどうしたん?」


「やっぱりそうか、嫌な気配がしとったで」


 祖母は気が急いて、もつれる足取りでフラフラと行こうとする眴を引き止めた。


「まあすぐ、宇宙依が帰ってくるで、待っとりゃあせ」


「遅なってごめん!!」


「宇宙兄、どうなっとるん?」


 由良姫は、幼いなりに必死だった。


「何でかはわからん。けど、もうすぐケガレの魂の蝕が始まる。あちこちにあった大きな魂の塊が一緒になっとる」


 宇宙依が眴の様子に気を配る。


「眴さん、大丈夫ですか? ケガレの気が強い」


「はい、人ひとり分の魂の力ではありません。人ではない、小さな魂の寄せ集めですが、強いのです。まるで人のように」


 眴は落ち着くと、万里依、宇宙依と権現山の異変を話しながら、肩を貸してもらって家路を急いだ。

 到着すると、宇羅彦が奏司の周りに結界を張っていた。


「おまえ、いつの間にそんなん覚えたん!?」


 宇宙依が驚いていた。眴が奏司の眼の奥を覗く。


「宇羅彦の機転のおかげです。モドキはいません。ケガレの瘴気のせいではないようです」


 痛み止めを飲ませて休ませると、奏司は服を着始めた。


「奏司さん、どこへ行くつもりですか!?」


「お父さん、大丈夫。俺が行くから!」


 宇羅彦が奏司の手から服を取り上げ、眴に渡した。そして、由良姫を呼んだ。


「由良!!」


 見渡すと、由良姫がいなくなっていた。確かに芥見本家にいたはずなのに、どこにも由良姫の姿がなかった。


「由良姫は!?」


 眴はハッと気がついた。


 最近、由良姫は権現山の奥へ、生まれた子狐に会いに通っていた。


「権現山だ!! 山奥の子狐のところへ行ったんじゃ……」


 万里依が気配を読む。


「由良姫、いたっ!! ヤバい、行くよっ!!」


 宇羅彦は、芥見の二人と一緒に走り出した。権現山は、全速力で走れば十分もあれば着くほど近かった。


 由良姫が権現山に着いた時、ひとりの大人の男がケガレになりかけた臭気を発していた。


 その男が立っている周りには、首を叩き切られた犬や猫の死骸が転がっていた。

 近くには穴が掘られ、その中には無数の死骸が山積みになっていた。


 由良姫には、その死骸の山から生まれてくるケガレの気配が感じられた。


 それより何より、由良姫は心配だった子狐の元へ向かった。


「ケーン!!」


 探しているうちに、由良姫はすぐ近くにケガレの気配を感じ取った。


 ──いるっ!? 


 由良姫は全身が総毛立った。

 間違いなく、ケガレだ。


 ケガレを祓おうと振り返ると、子狐の頭を鷲掴みにし、ちょうど母狐を喰らおうとしていた。


「ギャアアアアアッッ!!」


 母狐の叫び声とともに、真っ二つに咬みちぎられた体が宙を飛んだ。


「うわああああああーっっ!!」


 由良姫は、無我夢中で目の前のケガレを祓った。


 そこには、ケガレに向かっていったのだろう、母狐の体と兄弟たちの頭が転がっていた。

 その体も頭も、黒く変色し始めていた。


 泣きながら、由良姫は狐の親子を祓うと、術の光の中、小さな獣(けもの)の魂が消えていった。


「くそおおおおおおーっっ!!」


 由良姫はもっと大きなケガレの気配を追っていった。


 由良姫の四方八方から、断末魔の叫び声が押し寄せてきた。それは耳だけでなく、心の内側へ直接響いてくるようだった。

 無数の小さな魂が一つの塊となり、大きな魂の蝕を起こしながら、強いケガレが生まれようとしていた。


 魂はまるで痛みそのものを形にしたように、叫びの響きごとにぶつかり合っているようだった。


「祓ってやる!! 天国へ行けっ!!」


 ──ケガレになど、ならないで!!


 そう、由良姫は心で叫んでいた。


 輪響紋の術を繰り出す。魂の蝕が始まっている無数の魂の塊を包み込んだ。


 獣の魂は小さくて、すぐに消え去り無数の光の輝きとなり散っていった。


 おまえは許さない。

 おまえのせいでたくさんケガレが生まれた。

 ケガレにならなくていいものがケガレになった。


「絶対っっ!! 許さない!!」


 そこへ、ちょうど宇羅彦が走りこんできた。


 由良姫の髪は、まるで御子姫のように逆立っていた。


 宇羅彦は、一瞬足を止めた。

 由良姫なのに、由良姫ではない何かに見えた。自分と同じ気配がそこにはあった。


「おまえがあああああっっ!!」


 地獄に落ちろ、と言わんばかりの形相を、たった七歳の女の子がしていた。


 由良姫は怒りで我を忘れていた。


 しかし、母御子姫譲りの覇気が、知らず知らずのうちに結界の役目を果たしていた。


 男は今まさにケガレとなっていた。

 由良姫はケガレの頭を術で撃ち抜いた。

 宇羅彦が続けて術を放ち、一瞬で跡形もなく祓った。


 その様子を、たった一匹残った子狐が見ていた。


「そうか、由良姫がおまえを助けたか」


 御子姫は嬉しそうに笑った。

 子狐は、ケガレに蝕まれた母と兄弟を救ってくれた由良姫に、感謝していた。


 もう少しで自分も頭をもがれそうになった恐怖も、親兄弟がケガレへ変異しかけたことも、ケンは忘れていなかった。


「それで、大人になり、由良姫についていくことにしたのか。偉いのう」


 権現山の中腹辺りで、多くの埋められた犬や猫の死骸が見つかった。


 様々な理由で引き取った犬や猫を、飢えさせ弱らせ、挙句、処遇に困り殺して埋めていた。多くの繁殖屋がいる影には、必ず処分屋がいる。


 男の中にはモドキが巣喰っていた。殺された小さな魂が寄り集まり、逃げ場を失い、ケガレと波長が合ったのだろう。


 男はケガレとなり祓われた。


 男のバンから、多くの犬や猫の死体が袋詰めされ発見された。住所が特定され、そこにもまだ多くの死体と、生き残ったわずかな犬と猫がいた。事件は片がついた。


 由良姫にとっては、決して忘れることのできない、祓いの事件となった。


 由良姫は、残っていた小さな魂をすべて浄めた。


 怒りと、そして救い。


 それが、由良姫の祓いの原点だった。


 後に、彼女だけの「癒しの祓い」へとつながっていく。


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