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御子母の惑星─みこものほし─第二部 改訂版  作者: 宮生さん太
第三章 夏の終わり

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第九話 『ザ・祭り』前夜祭②

 今回の祓いは、神守我央にとっても進退を問われる可能性のある、非常に厳しいものとなった。


 モドキによる気枯れでミイラ化した者も、かつては人の言葉を話した。だから祓いの対象ではなく、まだ人として扱う。それが従来の通念だった。

 だが近頃は、声を発しても言葉とは解せないものが増えている。それでも、何かを伝えようとしている以上は人だと主張する勢力が、今なお根強く残っていた。


 これは政治だ。


 すべてが。


 それらを一人でねじ伏せていた奏家(ソウケ)最後の総代が亡くなった。ケガレに対して国は混乱を来たした。

 奏司は死後に備え、ケガレに関する資料をまとめ、時の権力者であった与党の副総裁へ託していた。


 ところが、その人物が急逝してしまった。舵取り役を失った与党はあっさりと過半数を割り、国政は混迷した。

 時は、湯水のように金が沸いていた時代は終わり、国は斜陽へ向かっていた。


 神守我央は、いわば犠牲者だった。


 突然として響家と奏家は、声明を出した。


『常世(とこよ)のケガレを封じるため、今後、現世(うつしよ)には一切関わること出来兼ねる』


 それでも、最後の奏家総代、奏(かなで)奏司(そうし)は病床にありながら、最後まで御子姫と異形衆を護り抜くため命を賭した。


「それで終わりにしてくれ」


 時の権力者と交わした念書は、今も御子姫が肌身離さず持っている。

 御子姫と刺し違えることは、国の滅びを意味した。


 神守我央は、年の離れた兄たちを尊敬していた。

 それは随分と後になってから思い出したことだった。自分自身の記憶の中には薄っすらと夢のように残っていた。

 自分が輪紋と響紋を併せ持つことで、ケガレによる魂の蝕(しょく)を祓ったことを。


 我央には、生まれた日の記録がない。

 母が刑に服していたことも。出産後は御子姫が引き取ると決まっていたことも、生まれた瞬間に初の二つ紋だと判明したことも、すべて後から知った。


 出生の記録は故意に消されていた。利用するために、我央という存在そのものが隠されたのだ。

 神守へ引き取られた日の記録さえ残っていない。


 幼い我央にも、自分が特別扱いされていることはわかった。

 そこにあったのは愛情だけではない。値踏みと、恐れと、計算。大人たちの視線の奥にあるものを、我央は敏感に感じ取っていた。


 だが両親は違った。露骨に利用することはなかった。

 むしろ怯えていた。影にいる者の存在に。


 失敗しないこと。目立ちすぎないこと。隙を見せないこと。

 それだけが我央を守る方法だと信じ、両親は完璧であることを求めた。


 母は、ときどき悲しそうな目をしていた。


 産みの親が出産後、我央を抱いたのはほんの短い時間だったという。

 それでも、名だけは残した。


「我央」


 央という字は、首かせをはめられた人の形から生まれたと、後に知った。

 人の中心である首を押さえる象形。

 中央、真ん中、制する位置。


 ──我を制する者であれ。


 利用される運命にあるなら、せめて、自分の我だけは失うな。母はそう願ったのだと聞かされた。


 我央は、その名を皮肉だと笑ったことがある。生まれた瞬間から存在を消され、利用するために囲われた自分に、これほど似合う名もない。


 だからこそ、意味を奪い返した。


 首を押さえるのは他人ではない。自分だ。


 感情を暴れさせない。怒りを顔に出さない。恐れを悟らせない。

 我を制する。それは鎖ではなく、我央の武器だった。


 それは運命ではない。選択だ。


「あなたはあなたでいい」


 そう言いながらも、完璧を求めるしかなかった人たち。

 両親は悪くない。役割を背負わされただけだ。

 兄たちも同じだった。誰よりも秀で、誰よりも背負わされていた。


 だから我央は決めた。


 弱みは見せない。内心は明かさない。失敗はしない。それが我が身を守ること。

 我が身を守ることは、一族を守ること。御子姫を守ること。兄たちとの絆を守ること。それは、二人の残した誇りそのものだった。


「俺がやるしかない」


 それは犠牲ではない。誇りだった。


 我央は、すでに今夜の方針を決めていた。

 ホテルの部屋へ突入した時点で、すべてを祓う。


 それがミイラ化であっても、いずれわずかな時間差で、どうせケガレへと変容してしまうのだから。


 それならば、人手が足りない分、人間の犠牲者が少ない方を取る。

 答えは明確だった。


 新プリのセミスイートでは、パーティーへ招かれたチームメンバーの女子、エリとアイが大きな声で騒いでいた。


「もっと、もっと!」


 彼女たちが可愛らしい声を上げるたび、部屋中の人が吸い寄せられるように集まってきた。


 部屋には男だけでなく女も大勢いた。

 男たちは滅多にお近づきになれない、本物の女子高生二人には甘かった。

 他の女子たちも高校卒業してはいても、そこそこ名の売れたグラドルだったりした。


 皆、エリとアイから発せられる、モドキの臭いのせいなのか。理性を失ったようにバカ騒ぎを続けていた。

 セミスイートの空気は、やけに甘かった。それはこぼれ落ちた炭酸ジュースの甘さだけではなかった。


 息を吸うたび、舌の裏に腐った果実のような味が残った。


「ねえ、もっと盛り上がろ?」


 肩に触れる指先は軽いのに、どこか離れない。目は潤んでいるのに、光がない。

 男も女も、その笑顔に吸い寄せられるように円を作る。

 拍手、歓声、乾杯の音。


 その中の一人がグラスを落とした。拾おうともせず、青白い指を震わせながら笑い続けている。頰はわずかに窪み始めていたが、誰も気に留めなかった。


 けれど笑い声は少しずつ高く、細く、同じ調子で繰り返されていく。歓声も拍手も、次第に一つの生き物の呼吸のように揃っていった。


 まるで誰かが裏で糸を引いているかのように。腐った魚に似た甘い匂いが、ゆっくりと部屋を満たしていた。

 誰一人、おかしいと思わないのが不思議なほどの光景。


 鏡の中だけが、その異常さを知っているようだった。


 部屋の外まで聞こえてくる狂乱の声。

 それと同時に、モドキが発する腐った魚のような臭い。腐臭はそれだけ、モドキが巣喰って、気を喰らい尽くす証でもあった。


「中の様子はどうだ」


 我央に聞かれ、視ようとした瞬間、眼を持つ者は嗚咽を漏らしていた。

 あまりのことに言葉を発することもできなかった。


「まだ、行かないのですか」


 現世(うつしよ)の眼を持つ、神守玲は口元を拭いながら聞いた。


「今なら、まだ人として残っている者もいます」


「だから待つ。もう少し待てば、全員確実にミイラ化するだろ」


 我央は扉の向こうへ目を向けた。我央には、眼を持つ者を頼らずとも、部屋の中で起きていることが手に取るようにわかった。

 それだけ、十五の歳からケガレになる者たちを見続けてきたのだ。


「玲、もう下がってもいいぞ。足手まといだ」


「ですが……」


「おまえは物見も先見もできる。貴重な戦力だが、ここからは我々祓いをする者で足りる」


 玲は後方へ下がっていった。エレベーターを使えないよう止める。

 扉の向こうから、甲高い笑い声が響いた。その扉からモドキの黒い影が覗く。


 結界を張る者が二人、突入の準備を始めた。我央は指先へと術の力を溜めていく。

  かつて、奏司を魂の蝕から救った術で、十人近い人がケガレとなるのを待ち、容赦なく消し去ろうとしていた。


「行くぞ」


 我央が扉を開けると、一気にモドキが降るように向かってきた。


「宿主が気枯れを起こした証拠だ」


 気兼ねなく我央は術を繰り出した。大きな光が、ドス黒い塊を呑み込んだ。


「やはり、さすがに……」


 我央は今度は先程より一際大きな光を作り出すと、中途半端に祓われた状態のミイラたちに向かって術を放った。最初、その光に呑まれた者たちは、誰一人異変に気づかなかった。


 エリの口元は変わらず笑っていた。ただ、頰だけが乾き、眼窩が落ち窪んでいた。しかし、次に術の光を浴びた途端、ジュウッと気枯れた部分が音を立てて崩れた。


 その瞬間、部屋中に人の臭いが戻った。


「ぎゃああああああっっ!!」

「いやあぁぁぁぁぁっっ!! 」

「おかぁさん、たすけてぇぇぇぇぇっっ!!」


 断末魔の声が響き渡る。

 それはいつまでも耳に残りそうな、若い女の悲鳴が尾を引いていた。


 『ザ・祭り』は何事もなかったかのように、翌日から三日間続けられた。

 東高のダンスチームは、二日目午後四時頃からの出場順だった。その前に全員で東高に集まり練習をした。


 その時、なぜかダンスのフォーメーションがおかしなことになっていた。

 いたはずの人間が突如いなくなったことで、ダンスのフォーメーションを変えざるを得なかった。ところが、誰も不思議がることもなかったのだ。


「あれ? こんなフォーメーションだったっけ?」


「ちょっとおかしいから、直すぞ」


 ミツ先輩とアキ先輩がチームの中に入って、あっという間にフォーメーションの組み直しが行われた。

 ケガレとして祓われた者は、どうやら存在自体がなかったかのように認識される。


 大那(だいな)と虎雅(たいが)だけは違った。

 あの二人は昨夜祓われたのだと、悟った。


 ミツ先輩もアキ先輩も、この中の誰よりこの夏近くにいた。それなのに、こんな風に記憶から抜け落ちていくのか。


 大那と虎雅は、改めてケガレと化すことの無情さを形として見た気がした。


 そうなのだ。祓う側の者たちには、しっかりと祓った記憶として残っていた。その体験がトラウマとなり、祓い自体ができなくなる者も少なくなかった。

 今回の祓いもその一つとなるところだった。


 神守我央は、今回の祓いに関わった全員に向かい冷徹に言い放った。


「ケガレの陽動に乗せられてどうする。断末魔の悲鳴など、いくらでも作り出せる。相手はケガレだ」


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