第八話 『ザ・祭り』前夜祭①
明日から祭りが始まる。
前夜祭では、昨年優秀賞以上だった三組が、祭りの景気付けに踊る。本番ではないため、完成度までは求められていなかった。
「キツイな、前夜祭用に振り覚えるの」
「前夜祭、本番、もしかしたらトリ、で三回も踊れるなんて、すっごーい!!」
きゃやんたち女子四人組には、そっちの方が興奮のネタだった。キツイのもなんのその、である。
結局、ミツとアキは、きゃやんたち四人のガードの固さが面倒になったらしい。今は東高二年のエリとアイへターゲットを絞っていた。
「あっち、毎日送ってやってるじゃん」
「さすがに、毎日は……」
モドキにはどうやら、呼び合うというか引き付け合う力のようなものが働くらしい。
「やってんじゃね?」
三軒並びの大きな祓いがあった後、皆で集まってモドキについて話し合った。
「寄生虫みたいなもんちゃうかなあって。宿主を動かして、仲間のところへ行かせるやつ」
モドキも一定以上に増えると、宿主の意思を無視し、同じくらいモドキに巣喰われた者同士を引き合わせるのかもしれない。
そういう話になったのを思い出す。
「よーし、練習終わり! 明日は頼むよ。会場近くの丸ノ内公園に午後三時に集合。各自、衣装とか忘れるなよ!!」
「いつも通り公園で最終チェックして、大通り会場行くから、いいな!!」
「旗積んで行かなかんな」
「センパーイ!!」
「今夜は荷物たくさん積んどるで」
それでもエリとアイは、強引に車に乗り込んできた。
「大丈夫って。ちょっとだけ。ステーション寄ってけばいいじゃん」
ステーションは、この辺りの高校生がよく使うコンテナ式のカラオケボックスだった。車で横付けでき、部屋だけ借りられる。
利用客にはルールも甘く、送ってもらう口実に立ち寄るには都合のいい場所だった。
「おまえらなあ……」
エリとアイは昨年から同じチームで踊っている。仲はまあまあいい。それにしても毎回送ることになろうとは。
まあ、それはそれで悪くはなかったが、少し薄気味悪く感じ始めていた。
ミツとアキは結構遊んできたが、最近の女子高生はこんな風なのかと驚くほどだった。
仲良くなってきたからといって、ここまで一気に変わるのを見たことがなかった。
ボックスは一室のみ空きで、あとは満室だった。
「いいじゃん、いつも車で一緒だし」
女子二人は、ミツとアキの腕を組んで、四人でコンテナボックスへ入っていった。
エリとアイは、狭い部屋の中でも妙にハイテンションだった。
明日から『ザ・祭り』が始まるというのに、そっちのけで絡んでくる。
部屋のソファに座るなり、待っていたように体を寄せてきた。
ミツとアキがタッチパネルを持ってくると、横取りしソファへ置く。
エリの腕が、ミツの首へ絡みついた。甘えるような仕草なのに、指先には妙な力がこもっている。
「えっ……?」
ミツはいきなり驚いて横を見た。気持ちが悪かった。
腕を外そうとしても、離れない。横を見ると、エリの目はどこにも焦点が合っていなかった。
「おい、やめろって」
アキも同じように、体を寄せて離れないアイを引き剥がそうとしていた。
二人は目を合わせた。冗談ではない。本能が危険を告げていた。
「悪ぃ、ちょっとヤメろよ」
ミツはエリを強引にでも引き離そうとした。絡みつく指が肌に食い込む。ニッコリ笑いかける口元さえ、奇妙に歪んでいるようだ。
エリの口元から、蛇の舌のようなものが見えた気がした。
ミツは思わずゾッとした。反射的に首筋へ手刀を叩き込んだ。エリはその場で力が抜けるように崩れ落ちた。
「痛ぇんだよっ! ヤメろって!!」
エリの様子を見ていないのか、アイはなおもアキへと迫ってきた。
アキはアイの鳩尾に膝蹴りを入れ突き飛ばした。アイはやっと力が抜け、手を離して倒れた。
気を失っているはずなのに、アイの口元だけが動いている気がする。
「帰ろうぜ。コイツらおかしくねぇか?」
「そうだな。タクシーに乗せて帰そうぜ」
ミツとアキはボックスを出ると、呼んだタクシーへ二人を乗せた。
送る場所を伝え、気分が悪くてグッタリしているだけだと説明すると、運転手へ万札を渡した。
翌日、彼女たちは何事もなかったように元気に現れた。
夕方六時から始まるセレモニーに合わせて、ダンスチームは会場の控えスペースに集合していた。
すると、祭りの主催者がミツとアキを見つけて寄ってきた。
「やあ、今回もバッチリ頼むよ」
主催の男はソッとミツに耳打ちした。
「あの子とあの子と、二人ね。業界の人が気に入ったらしくてね。今夜のパーティーへ連れてきてもらえないかな」
それは昨夜、ボックスで豹変した東高二年のエリとアイだった。
「いいですけど。俺たち責任持ちませんよ。声はかけときます」
「わかってるって」
ミツは二人に主催者の前夜祭パーティーの話をした。ほどなくして、先ほどの主催者と業界関係者らしい男が、二人に近づいてきた。
どうやらタイアップしている業界関係者から要望があったらしい。いかにもという感じの男が笑いながら話をしていた。
出番になったので、チームは全員舞台に上がった。
「せいっ!!」
「ヤアッ!!」
音楽に合わせ一斉に踊り出す。
ミツは中心に立ち、チーム旗を振っていた。
すると、なんとも言えない臭いが漂ってきた。
踊っている者たちの中からだった。
大那と虎雅は、すぐにその臭いに気づいた。
やっぱり、あの二人だ。
相当な量のモドキが溜まっている。
ダンスが終わって舞台を下りると、大那が虎雅にだけ聞こえるように吐いた。
「おい、この空気ってモドキがウヨウヨいたりして」
濃密なモドキ特有の魚が腐ったような臭い。
ただし、ある者たちにとっては、その腐臭さえ食虫植物の放つ匂いのような、甘い誘惑となっていた。
二人をパーティーへ誘ってほしいと言ってきた男たちは、腐臭など感じない様子で、吸い寄せられるように笑いかけていた。
「じゃあ、お疲れ様っす。俺たち、明日以降もあるんで、失礼します」
チーム全員を引き揚げさせるミツとアキは、二人の女子をチラ見した。そしてそのまま、みんなをまとめて帰り仕度を始めた。
「おっ! 今日も送迎付きか?」
「そっす、お疲れっしたー!」
虎雅がきゃやんたち四人を車へ連れて行く時、通りの向こうから視線を感じていた。
車を回してきた万里依へ虎雅が目配せする。
「万里依さん、アレって誰?」
「神守我央」
「ふぅん」
「虎雅、アレ……」
大那も気づいていた。遠目にも肌を刺すほど、纏う気が違う。ただの二つ紋ではない。
神守我央がいるということは、ケガレが出るということだ。
万里依は携帯電話で宇宙依に連絡した。
「そう、わかった」
「宇宙依は何て?」
「うちらではムリやで、ゆっくり帰ってこいって」
助手席に座っている大那が、窓の外、賑やかな前夜祭の様子を見ながら、珍しくため息をついた。
普通なら、あんな男たちに誘われれば、行く行かないで一悶着あってもおかしくない。それなのに、エリとアイ、この東高の二人はニコニコしながら、男たちの横へピタリと寄り添って歩いていた。
あの沢田美由紀の母親にしても、そうだった。
嫌だ嫌だと心では拒否しながら、どうしたわけかまるで人が変わったように、率先して自ら受け入れていた。
挙句、怪物ができあがろうとした。
神守我央は、同じく神守出身の現世の眼を持つ者と組んでいた。
「その先見は間違いないのか!?」
「はい。前夜祭のパーティーから流れ込み、新プリのセミスイートに数名が集まっています」
「困ったな、手が足りん。昨日の先見と変わったな」
「申し訳ありません。あとから加わった女性たち、多分ここからモドキが巣喰っている者を魅了する臭いが発せられているようです」
「他に結界の張れる者はいないのか!! 何時頃だ、始まるのは」
「午後九時頃かと」
「仕方がない……」
我央は、ある場所へ電話をかけた。
「はぁい、芥見です」
出たのは由良姫だった。
「眴さんをお願いします」
「どちら様ですか」
横から眴が、由良姫の持つ受話器を取り上げた。
「誰だ」
「相変わらずですね、我央です」
「何の用だ」
「実は今夜……」
「断る」
眴はそれだけ言うと電話を切った。
「取りつく島もないな。仕方がない」
「どうされますか」
「どうもこうもない。モドキの被害者が増えるだけだ。変異したら全部始末するしかないだろう」
変異、つまりはモドキによって気枯れを起こしミイラ化することを指す。
本来、気枯れによるミイラ化は祓いの対象外だ。だが、今回ばかりは、そうも言っていられなかった。




