第六話 ミツ先輩とアキ先輩
大きな街で毎年お盆の頃、開催される『ザ・祭り』というイベントがある。
この地方では、古くからお盆の時期に夜を徹して踊る風習があった。
それを真似てお盆十三日夕方から十五日夕方まで、『ザ・祭り』通称徹夜祭りが開催されていた。
もちろん最後のフィナーレは、祭りに参加したチームの中から選ばれた上位三組が、締めのトリとして踊ることになっていた。
東高のダンスチームは、このトリの有力候補だった。
しかも、凄いところは、歴代のトリを飾った人たちが、今でも祭りの練習を始める頃になるとやってきて参加するのだ。
東高には、近くの高校からもダンスチーム目当てに人が集まっていた。
こうして見栄えのする大型チームを作っていく。
中でも、今年は東都の大学に行ったミツ先輩、アキ先輩と呼ばれている二人が参加とあって、今までにない盛り上がりを見せていた。
彼らは、一昨年最優秀だった時の中心メンバーだった。
翌日の練習で挨拶に行くと、大那と虎雅は早速目をつけられた。
「君たち、学校どこ? 高校生だよね?」
「俺ら、こっちの親戚んとこ来てて。夏休み中いるんです」
「へえ、そう。茶パツかあ。そういう頭、流行ってるよな。学校、それで行ってんの?」
ミツは笑っていた。
笑いながら、目は大那の髪と袖口、それから足元を順番に見ていた。
アキは口数が少ない。けれど、その分だけ視線が長かった。
その後、一緒に来たきゃやんたちを一人ずつ見て、最後にもんちゃんときょんのところで止まる。
大那は、それだけで少し顔をしかめた。昨夜、万里依が言っていた意味がわかった気がした。
「あー、もしチーム入るのにマズいんなら、俺ら帰ります」
大那は、ウザそうにサッサと帰ろうとした。それをエリとアイ、東高の女子が止めた。大那は虎雅と目が合う。グッとこらえると押し止まった。
「えーっ、せっかくなのにいいじゃん。ねえ、センパイ!」
虎雅はにこやかに、東高の女子たちに笑いかけた。
一緒に来た、由良姫と同じクラスのきゃやんたちもホッとしたようだった。
親しげに大那と話しているのを見て、わざとミツとアキが四人に近付いていった。特によく話しかけられていたのは、もんちゃんときょんだった。
ミツは誰にでも同じように笑いかけているようで、実際には相手を選んでいた。
反応が早い子には冗談を投げる。黙りがちな子には、少し声を低くする。
アキはその横で、あまり喋らない。ただ、女子たちの表情だけを見ていた。
もんちゃんが笑うと、ミツはすぐに距離を詰める。きょんが髪を耳にかけると、アキの視線がそこへ止まる。
大那はそれを見て、軽く舌打ちした。そして小声で虎雅に耳打ちした。
「ダンスしに来たツラじゃねえよ」
彼らの目は、踊れるかどうかを見る目ではなかった。誰なら近づけるかを探す目だった。
その日の練習は、立ち位置の確認と基本振りが中心だった。
それでも、東高の空気は軽くなかった。
誰がどの程度踊れるのか。誰がどこに立てるのか。体育館の中では、すでに値踏みが始まっていた。
気づけば、時計は夜八時半を回っていた。
「じゃあ、今日はそろそろ終わるか。遅くなったから遠い女の子は送ってあげるよ」
ミツとアキはさりげなく、きゃやんたち四人に手を伸ばす。それをジャマするように、ズカズカと入ってきたのは万里依だった。
「あんまり遅いんで迎えにきたわ。この子らはこっちで送ってくで、心配いらんよ」
「あ、万里依さん、グッタイミング!」
万里依はミツとアキのことをよく知っていた。昔から女癖の悪さで有名だった。
大那と虎雅は上手にミツたちときゃやんたちを引き離すと、挨拶をしてステップワゴンへ連れて行った。
「大丈夫だった? 特に、もんちゃんだったっけ、やたらさわられてなかった?」
「そうそう、アイツら確信犯だぜ。もうよそうぜ、参加するの」
「うーん、だけど。せっかく声かけてもらえたし。祭りには出たいよね」
「その、祭りってそんなにスゴいの?」
「全国からダンスチームが参加してくるよ。特に中部と西からが多いかな」
「うちら、高校入ったら、東高が中心のダンスチーム入るのが、中学からの目標やったん」
「ふうん、そんなにスゴいんだ。じゃあさ、練習の送迎は俺たちと一緒にどおよ? そしたら安心じゃん」
「ねえ、万里依さん?」
「いいよ、あんたたちも、あのミツとアキには気をつけなさいよ」
「はい、ありがとうございます!」
「わあ、嬉しいな。大那くんや虎雅くんと一緒ってラッキー!」
「ほんまやねえ。よろしくね!」
「宇羅彦くん、いてへんのが残念やけど」
「なんじゃ、そりゃ」
最初はウザかったが、本当にダンスが好きなことは伝わってきた。それより何より、彼女たちの目当ては宇羅彦だと知って、大那も虎雅も大笑いしていた。
「確かに、宇羅彦は絶対にやらないよな、ダンス」
次の練習日も、大那と虎雅はきゃやんたち四人と待ち合わせ、東高へ向かった。帰りは万里依が迎えに来る。
その形で、しばらく様子を見ることになった。
東高の体育館は、県高より天井が高かった。
壁には歴代のトリの写真。団旗が並び、床にはまだチョークの跡が残っている。
きゃやんが小さく息を呑んだ。
「……やっぱ空気違うわ」
「ビビってんの?」
大那がぼそりと呟く。
「別に?」
即答するきゃやん。その目はすでにフロアを測っていた。
東高二年の女子たちが集まってくる。中心はエリ。
笑っているが、目は値踏みしている。
「県高の子たちだよね? マジ参加することにしたんや」
「よろしくお願いしますっ!!」
きゃやんたち四人の声が体育館に響く。それを補うように虎雅がにこやかに笑いかける。
「練習、できるなら混ざらせてもらえますか」
エリが鼻で笑う。
「へえ、強気」
そのとき、入口からどよめきが起きた。
ミツ先輩とアキ先輩が入ってきたのだ。空気が一段、熱を帯びる。
「増えてるじゃん」
ミツが軽く笑う。
「踊れる子だけ残って」
アキが淡々と言う。
音が流れた。最初は基本振り。床が鳴る。
きゃやんは小柄だが、振りが鋭い。
もんちゃんは体幹が強く、団旗を持たせたら映えそうだ。
きょんは表情で魅せるタイプ。
ゆんゆは誰よりもフォーメーションを覚えるのが早い。
音が鳴った瞬間、空気が変わる。
太鼓の低音が床を叩く。笛の高音が天井に跳ねる。
ミツは団旗を振りながら、大那の足元を見ていた。
踏み込みが深い。独学にしては軸が強い。
アキは虎雅のターンを見る。
どれだけ跳んでも、着地がぶれない。
ミツとアキの視線が、大那と虎雅へ向けて、わずかに変わった。
リーダーのミツによって団旗が振られ、布が波のようにうねる。
揃った足音が、観客席のない体育館に観客を生む。
大那は一拍遅れて入り、次の瞬間に音を掴む。
虎雅はどこまでも軽い。どれだけ跳んでも、着地に重さを残さない。
だが中心は崩れない。笑っているのに、視線は冷静だ。
大那は、踊っているうちにわかった。
最初は、派手な子たちの遊びだと思っていた。でも、違った。
これは戦だ。
音が止まったとき、全員が息を切らしている。汗が床に落ちる音がする。
エリが腕を組む。
「……経験者?」
「祭りは初めて」
虎雅が答える。
ミツが目を細めた。
「面白いじゃん」
一時間後、全員汗だくになっていた。
「今日はここまで」
アキが手を叩く。
外はもう暗い。体育館の窓に夜が貼りついている。
「遅いし、飯でも行く?」
ミツが言う。
一瞬、県高の四人が顔を見合わせる。そこへ、大那が割って入った。虎雅がそつなく声をかける。
「近くにファミレスありますよ。そこならみんなで行けます」
空気がわずかに変わる。
結局、大所帯で移動することになった。ドリンクバーの前で、もんちゃんが笑う。
「ヤバ、足つりそうやわ」
「普段どんだけサボってんだよ」
大那が突っ込む。
「サボってへんし!」
きゃやんは真顔で言った。
「……でも、出たいな。トリ」
その言葉に、全員が一瞬静かになる。
虎雅がグラスを持ち上げた。
「じゃあ、優勝目指すチームに乾杯」
「まだ入ってないけど?」
エリが笑う。
会計のとき、大那がまとめて払おうとした。その伝票をミツが取り上げた。
「一応、一番年上やから、ご馳走するわ」
「えーっ! いいんですか?」
「ごちそうさまですっ!!」
女子たちが嬉しそうに笑顔で言うところに、大那がミツを遮った。
「俺らは自分の分は払います」
大那が静かに言う。
ミツは一瞬、眉がピクリと動いたが、すぐに笑った。
「……律儀やな。好きにせえ」
空気がほんの少しだけ、きしんだ。
外へ出ると、夜風が汗を冷やした。
遠くで太鼓の音が鳴っている気がした。
その頃、同じ街の別の場所で、まったく違う熱が静かに膨らんでいることを、このとき誰も知らなかった。




