24. 絵葉書が来た日の記録
旧仕分け堂の島へ戻る朝、リコは青い鞄の中で、二種類の紙を分けた。
一方は今回の荷の受領と返答。もう一方は、ユウナギ織町の展示室でもらった控えだった。箱形の乗り物を描いた絵葉書の写しを、曲がらないよう間へ挟む。紙の厚さは僅かなのに、鞄から取り出すたび、広い通りが現れた。
港で充填を終えた風実を確かめ、ナギが当日の荷の記録を閉じた。二人と工具、水、帰るための荷を合わせても四百キロの上限まで余りがある。昨日のうちに受け取った航路情報と今朝の風を比べ、三時間ほどの区間を飛ぶ。今日は旧堂側の宿泊所へ泊まる予定だった。
離陸すると、コムギ棚の集会所はすぐにほかの屋根に紛れた。リコはどれだったかと目で探し、全部同じ色に見えるところでやめた。人が二十四人も食べた部屋は、空から見ればあの大きさだった。
ナギが進路を変える間、リコは航路図の端を押さえた。中継港の灯台では、いまも担当が代わっているはずだった。昨日届いた点検の返事は、鞄の別の場所に入れてある。今日はそちらへ戻る便ではない。
昼前、旧堂近くの港へ降りた。ツバメ号を係留し、充填の担当と次の出航日を確かめる。二人は昼食を取ってから、書類だけを持って旧堂へ歩いた。
管理主任は照合机に、薄い束を三つ置いて待っていた。
短い灰髪に木屑が一つ付いていた。建物の補修をする人と、入口の板を確かめた帰りだという。平たい鍵入れを机の端へ置き、リコたちの持ってきた受領控えを先に受け取った。
「こちらは、明日の引継ぎで合わせます。展示室の照会は、ここまで出せました」
真ん中の束には、イリスの店から預かったものと違う色の紐が付いている。リコは鞄から展示番号の控えを出し、その前へ置いた。
絵葉書そのものは、今日も織町の額の中だった。机にあるのは、展示室が公開を認められた所蔵の記録と、旧堂の移管控え、それに紙を受けた時の記録である。
「この三つが、同じ葉書を指しているか」
ナギが言った。
主任は頷き、まず展示室の控えを開いた。リコが前の旅で受け取った番号と、今回、展示室から届いた回答の番号が同じだった。回答には、今の展示番号の下に、それ以前の保管番号が書いてある。
「こちらが、旧堂を出る時の番号です」
主任は次の束を開いた。
ページの左に古い番号、右に移管後の番号が並んでいた。リコが持っていた展示の控えだけでは、この左側までは辿れなかった。移管された時に番号を付け直してある。
リコは間へ自分の紙を一枚置き、同じ番号から同じ番号へ線を引いた。隣の記載と行を取り違えないよう、指で下の欄を押さえる。主任が品の種類を読み、ナギが移管先を確かめた。
絵葉書、一点。図のある面を公開できる収蔵品。
見慣れた説明に、リコはようやく息を吐いた。
「箱の中から、もう一枚見つかったわけじゃないんですね」
「ええ。前から展示されていた一枚の、通ってきた先です」
主任は最後の束を手前へ寄せた。
古い受領の帳面は、背を修めた箇所だけ色が明るかった。主任が台に載せ、ページを支えた。リコは触れず、示された行を読む。
さっきの古い番号があった。
その横に、受付の日付と、経路の分類が記されていた。箱や布包みを受けた欄ではなかった。紙の厚さと縁の規格を確かめて通す、小さな紙口からの受領だった。
「細便路」
リコは声に出した。
帳面でそう呼ぶのは、大きな荷を運ぶ道とは別の、薄い紙を通す細い経路だった。紙口は、その入口に当たる設備だ。厚さや縁の規格を合わせた紙だけを扱い、木箱を小さく包み直して送れる口ではない。
ミチの絵を含む旧い封筒が局へ届いた時、ナギが紙の通る仕分け口を調べていた。その後、局内で試した紙も、小さな口に入る範囲しか運べなかった。目の前の古い記録は、同じ種類の紙の経路を示している。ただし、局で試したのは同じ建物の中までだった。その結果だけで、この葉書がどこから来たかをたどれるわけではない。
「この年は」
ナギが、自分たちの写した停止命令の日付を出した。郵便暦七十二年。受領欄の年月日は、それより後だった。
リコは一度、最初のページへ視線を戻した。古い帳面の端が暗くなり、印が擦れている。その古さから、何もかも止まる前のものだと思っていた。
「大きな道が止まったあとにも、この一枚は来た」
「記録は、そうなってる」
ナギは経路欄から受領欄へ指を動かした。受領の日と、後の移管の日付を取り違えないよう、見出しをもう一度読む。主任も同じ行を確かめた。
窓の向こうで、補修の木槌が鳴った。
リコは絵葉書の写しを机へ出した。何も動いていない紙なのに、さっきより少し近いところを車が通っているように見えた。複数の窓と小さな車輪。帆も翼もない箱が、曲がる街路の上にある。
「この時に、ここへ届いたんだ」
ナギは頷きかけ、写しの右上を見た。
「届いたのは。その絵を作った日は、まだ分からない」
リコは自分の紙を見た。線でつないだ最後の欄へ、「受領」と書き足した。
「作ってから、長く誰かが持ってたかもしれない」
「その場合もある。そこの通りがいつの姿かは、絵だけでは」
リコは鉛筆を置き、絵の建物を見た。前の旅で座って食べてみたいと思った庇は、今日も同じ角度で張り出している。そこに食堂があると分かったわけでもないのに、空いた椅子まで想像しかけた。
リコは自分の写しを横へ寄せ、受領の日の下へ移管の日も書いた。旧堂の番号が変わったのは、紙が到着した時ではない。展示室へ渡された日も、その二つとは離れていた。最初の一行だけでつながると思っていた道は、机の上に置くと三つの場所を使った。
「もし、同じ絵の葉書が二枚あったら」
リコが聞くと、主任は絵の説明から少し指を離した。
「絵が同じだけなら、この一枚とは言えません。こちらで追っているのは、一点として受けた時からの控えです」
「見た目で探すのとは、違うんですね」
「見た目が分かれば、探す助けにはなります。ただ、今日つながったのは、ここの記載」
ナギが線の先へもう一つ短い横線を引き、参照したページを記した。リコも、どの紙を根拠にしたか、線の脇へ書き入れた。あとでマレに見せる時、主任の指がなくても辿れるようにしたかった。
書き終えてから絵を戻すと、長い車体の下の黒い丸が二つ、紙の端に並んだ。車輪のように見えるところだった。
「曲がる時、どっちを向くんだろう」
リコが言うと、ナギは自分の指を二つ、机の上に置いた。
「台車なら、前を振るか、車輪の方を動かすか。でも、これはどこが動くか見えない」
「人が引いているようにも、見えない」
「絵の外にいるかもしれない」
リコは絵の端を見た。そこから人が長い棒を持って引いている姿は、少し窮屈だった。窮屈な想像だから違う、と消すこともできなかった。彼女は何も書き足さず、車の前の空いた通りを指でなぞるだけにした。
主任は湯を用意するため、帳面を閉じた。
「閉じておいて、続きを後から見られますよ」
リコたちも紙を端へ寄せた。主任が帰ってくるまで、ナギは自分の手帳を開いていた。収集家の許可を得て写した、青い丸と未知の植物の切手がある。原物は持っていない。鉛筆の線の脇に、青、と書いた古い注記が残っていた。
リコは今日の絵葉書をその横へ並べた。似た曲がり方の線はあるが、同じところへ同じ枝が伸びているわけではない。イリスの見本帳と比べた時にも、違いを消さずに写した。
「こっちは、同じ紙口を通ったか、分からないね」
「うん。似てるだけの線を、さっきの番号みたいにつなげない」
ナギは手帳を閉じた。
リコは、今度こそ何かが一つの形になると思っていた。二つの写しを重ねれば、遠い町までの道が浮き出すようなことを、どこかで期待していたのかもしれない。紙は別々のままで、重ねれば下の絵が見えなくなるだけだった。
それでも、今日は線を一本引けた。
「次、あの町へ行けるようになったらさ」
「まだ、どの方向かも」
「分かってる。行けるようになったら。あの庇の下で休みたい」
ナギは絵を見た。
「店かどうか、先に聞く」
「普通の家だったら、困るね」
「向こうも困ると思う」
リコは声を出して笑った。戻ってきた主任が、何か分かったのかと顔を上げる。リコは、まだ店か家かも、と答え、主任も絵を覗き込んだ。
「大きな車ですね」
三人とも、そこから先の名を知らなかった。
湯の杯を片づけてから、停止記録の続きも見せてもらった。
同じ受領記録の束に綴じられていたのは、停止後の再点検を待つ区分の一覧だった。先日見た命令の控えには、再点検を前提とする欄があった。こちらには、点検予定の照会をどこへ送るかが残っている。
リコは、その先に済んだという印を探した。紙の右端は欠けていない。それでも、実施を示す続きはこの束にはなかった。
「予定は書いた。終わったかは、ここにはない」
ナギが言った。
主任は別の管理一覧を出した。続きがあるとすれば、運航図と一緒に保管された点検の記録を調べることになるらしい。旧堂だけの棚を片端から開ける仕事ではなかった。
「次に聞く先は、こちらです。記録が残っているかから、確かめることになります」
リコは所管の名を控えた。封鎖口の向こうにあるものを聞く宛先ではなく、使う範囲を描いた図と、再点検の結果を保管する窓口だった。
許可のある部分を写し、今日見た原本の所在と、写した日を添えた。展示番号から受領番号へ辿れたところは実線にし、再点検の結果へ向ける線は引かなかった。その欄には、未確認、と書いた。
主任は紙を読み、持ち帰れる範囲を確かめて返した。閉じた帳面が、それぞれの束へ戻される。葉書の私信は今日の机にも出なかった。
照合机を離れると、旧堂の巨大な引出しの影が床へ伸びていた。止まったベルトの前には仕切りがあり、向こう側で誰も作業をしていない。リコたちは受付側から出て、明日の引継ぎの時刻を主任と合わせた。
夕方の港へ向かう道で、ナギが先に宿の屋根を見つけた。明日は棚の区分を現地の担当へ渡し、その翌日にコムギ棚へ向かう。
リコは一度だけ振り返った。旧堂の窓に、まだ明かりがあった。
鞄の中には、薄い紙が三枚増えている。描かれた車は、どこの町とも分からないままだったが、いつかここで誰かの手が受け取った。その日付を、今はリコも紙の上で指せた。




