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25. 新しい日付の包み

 翌朝、旧仕分け堂の棚から箱は消えていなかった。

 リコは、新しい札を扉へ掛けた日の広さを思い出した。いまは机に人が座り、どこへ歩けばよいか床の印がある。動かないベルトの向こうは、まだ仕切られていた。使えるところと、手を出さないところの境が、前よりはっきり見えた。


 管理主任が鍵入れを腰へ戻した。


「確認が済んで、引渡しの予定を待つのが、こちら」


 棚の札を示す。奥へ無理に詰め込まず、一箱ずつ番号の見える向きに置いてある。リコが控えを読むと、主任は該当の札へ手を添えた。届け終えたセリの木箱と時計の札は棚になく、受領済みの綴りへ戻っている。


「継続保管がこっち。照会中は、その隣」


 連絡先の分からない品と、連絡はついたが扱う権限の確認が残る品には、違う控えが付いていた。ナギは手の届く位置を確かめるだけで、箱の順を変えなかった。


 マレの指示は、前日の業務便で届いていた。コムギ棚で契約を読み合わせた日から四週間、その終了時にもう一度見直す。今日からは十五日先だった。主任がその日を棚の一覧へ書き、所管窓口への確認は自分が、局からの照会の取りまとめはマレが受け持つと読み上げた。


「その日までに返事が来なければ」


 リコが尋ねると、主任は残る欄を示した。


「返事が来ていない状態で、保管の理由と費用を出します。延ばすかどうか、そこでまた決める。期限が来たことだけで、箱を外へ出すことはしません」


 無期限に置けるという約束はなかった。ヴェルの環路運送との契約にも、次の保管費と輸送の割付は残っている。主任は、返答の揃ったものまで同じ費用で数え続けないよう、済んだ番号を一本ずつ外していった。

 リコはその手元を見た。断った人への処理完了の返事も、閉じた綴りに入っている。


 祝い衣装の箱は、別の保管区画に残った。

 外底の取扱札とイリスの店へ送った外観の写しが対応するところまでは、今回の仕事で確かめられた。布を広げるための確認は、所管の保存担当が続ける。主任は次の見直しの際、結果が出ていなくても窓口の現状を局へ返すと記した。


「イリスさんへは、局から知らせます」


 リコも控えへ書いた。

 あの店主が袖を直す時のように、きれいに最後の糸を切って終えられる仕事ばかりではなかった。だからといって、途中の糸を自分の鞄へ全部入れて帰ることもできない。


 主任が一覧を閉じる前に、リコは三つの棚をもう一度見た。どの箱を次に誰が開くか、今日、決まったわけではない。次に問い合わせる人は決まっている。自分たちが出した手紙の返事が来た時に、その人まで届く場所へ控えを残した。


 事務机へ戻ると、リコとナギ宛ての封筒が置かれていた。

 セリからだった。今朝の便でコムギ棚から着いたという。主任は封の表だけを示し、受取人へ渡す束から外した。


 リコが封を開け、ナギへ一緒に読んでよいか尋ねると、彼は宛名を見て頷いた。二人の名がある。

 箱の支えを外さず使えている、と書いてあった。


 机の上に置いていた繕い糸が中へ収まり、今は朝食の皿を机に置ける。蓋を閉める時に片手で押さえる位置も分かった。ボンゴにもよろしく。手紙は、そこで終わっていた。

 リコはもう一度、朝食のところを読んだ。


「机で食べられるって」

「うん」

「どこで食べてたんだろう」


 言ってから、二人で顔を見合わせた。


挿絵(By みてみん)



「今度、会って話が出たら」


 ナギが言った。リコは頷いた。今日ここで答えを探す欄はなかった。

 ボンゴへ伝えてよい短い礼を別紙に書き、原文は二人の受け取った手紙としてしまった。中の道具の形も、叔母の声も書かれていない。蓋を開けた場面を、リコが見ていないことは変わらなかった。


 セリが自分の机へ皿を置けた。それを知らせる紙が、いま手にある。


 午後は港で帰りの荷を確かめた。現物の保管品は積まない。自分たちの服と道具、局へ戻す書類。棚の札の予備は主任へ渡した。港の宿泊所を精算するのは明朝で、その晩はいつもの部屋に泊まった。

 夕食の席で、ナギは手帳の端を見ていた。灯台から来た返事と、トウマへ送った照会の控えが挟んである。


「師匠の返事、灯台の窓口へ来てるかもしれない」

「届いたら、知らせてもらえるね」

「うん」


 彼は手帳を閉じた。匙を持つまで少し間があったが、もう一度開きはしなかった。

 リコは明日の食事の包みを頼んだ。店の人は朝、渡すと言った。今日は今日の皿を食べ終える。窓の外に、旧堂の屋根が暗く見えていた。


     *


 次の日は、コムギ棚まで飛んだ。

 朝の設備で充填と点検を終え、風の向きを確かめて出る。三時間ほどの区間を終えて港へ入ると、リコは橙の帆を畳みながら、町の屋根を見た。セリの机はあの下のどこかにあり、エダの家には明日のパンがあるだろう。


 給水と、翌朝までの充填を頼んだ。ここで一泊する計画は変えなかった。早く帰りたいのに、見慣れた宿へ入ると、もう一晩この町で食べられるのも嬉しかった。

 港の受付に預けられていた業務便を受け取ると、初夏の配達競技の案内が入っていた。ミナト輪へ戻ってから二人で読めるよう、局から回されたものだった。


 青い線で描いた小型艇が、表紙の上を並んでいた。リコは一番下の欄まで目を滑らせ、途中で止まった。

 入賞者による、試験航路案の優先発表。


 入賞すれば、案を先に人前で説明できる。故郷に独立した住所が与えられたり、航路がその場で開いたりする賞ではなかった。それでも、同じ机で案を聞いてもらえる機会が、リコには欲しかった。


 声には出さず、指でその行を押さえた。


「船の検査がある」


 ナギは別の欄を読んでいた。


「整備の日と、通常便の割当ても見ないと」

「うん。ねえ、この発表って」


 彼はリコの指先を見た。二人の間へ、コトリ島という名をまだ言わなくても置けた。

 リコは案内を閉じた。申し込み欄は空白のまま、今夜読む紙のいちばん上へ入れた。


 宿の食卓で二人が読んだのは、開催の期間と、参加する艇の部門だった。競うのは操船だけではなく、決められた荷を受け取って渡すまでの仕事らしい。リコは自分が箱を抱えて走るところを想像し、ナギは箱の向きの話をした。


「まだ応募するとは、言ってないよ」


 リコが言うと、彼は少し笑った。


「分かってる。参加できるか、調べてる」


 紙の端を二人で押さえた。夕食を食べ終えた客が何人も席を立つまで話し込むことはせず、続きは局の予定を見てからにした。


     *


 翌朝の飛行は、一時間ほどだった。

 ミナト輪の港が近づくと、輪になった町の内側に洗濯物が見えた。冬の厚い布が、風の間を置いて揺れる。リコは帰ったと言いかけたが、接岸の確認が先だった。ナギと声を合わせ、係留を済ませる。


 局では、緑のベストのマレが机から顔を上げた。


「お帰りなさい。二人とも、顔を見せてから荷をほどくこと」

「見えます?」


 リコが書類の束の脇から顔を出すと、マレは眼鏡を上げた。


「はい。そこへ置いて。今日は報告の区切りまでです」


 旧堂の保管、受領と拒否への回答、会の返却と精算。灯台での運航変更と、現地が続ける点検。マレは束を受け、明日以降に担当と合わせる分を分けた。古い絵葉書の番号をつないだ紙は、照会の記録と一緒になった。

 報告を渡すと、ナギは宿舎へポルを迎えに行った。出張の間は、預かり当番が彼の自室で世話をしてくれていた。リコは自分の郵便を受け取り、青い鞄の口を閉めた。


 コトリ島からの封筒があった。

 母のスイの字は、いつもより端へ寄っていた。住民がまとめた取次ぎ費用の相談が同封されていて、私信とは紙が分かれている。誰が受取当番に立つかという草案の次に、他島で預かってもらう費用と、そこから住民の舟で運ぶ費用を、どう分けるかが並んでいた。


 書かれた数字には、まだ空欄があった。リコは局へ渡してよい紙をマレへ見せた。島の便が独立する約束を持ち帰ったのではない。今の取次ぎに掛かっているものを、住民と局の両方から確かめるための相談だった。


「これも、航路の案に使えるでしょうか」

「使うには、まず確かめるところがありますね。いつの費用か、誰が今払っているか」


 リコは空欄を指で示し、答えを誰へ聞けるか相談した。母へ全部を調べてほしいと返す代わりに、局から照会する先も、同じ紙に書いた。


 夕方、宿舎の共用室へ行くと、ポルが籠の中で布を丸めていた。

 白い体から橙の耳が出ている。ナギが畳んだばかりの布を前足で寄せ、リコが呼ぶと、ベルに似た短い声で鳴いた。手を伸ばすと、墨色の小さな足が指を踏んだ。


「留守の間も、よく食べたって」


 ナギは預かり当番からの控えをしまった。ポルは彼の声へ振り向かず、布の真ん中へ鼻を埋める。リコは指を引き、卓上へ競技の案内を出した。


「明日、予定を合わせよう」

「うん。出られる条件から」


 案内の折り目には、細い白い筋ができていた。リコは優先発表の欄をもう一度開いた。下の小さな字には、通常の航路案の提出先も書かれている。


「ここは、いつでも相談できるんだね」

「うん。大会とは別に」


 ナギは足元の籠を少し引いた。ポルが布を外へ押し出し、片足だけはみ出していたからだった。


「でも、比べてみたい」


 彼が言ったので、リコは顔を上げた。


「何を?」

「僕らが荷を出して、渡し終わるまで。いつも同じ二人でやってると、ほかの人はどこを先にするか、見えない」

「見たら、速くなれる?」

「それは、やってみないと」


 リコは表紙の小さな艇を見た。ツバメ号より新しく描かれているけれど、積めるものの大きさは同じくらいに思えた。あの列に白と青の艇が並ぶところを想像すると、故郷の書類とは別に、胸の奥が少し騒いだ。

 故郷への返事を書く紙も出した。母へは帰ったこと、費用の相談を局へ渡したことを書く。競技の案内が来た、と続けるところで少し考え、まだ相談中、と添えた。


 宛先には、他島の受取所を経由する今の住所を書いた。その欄を省けば届かない。最後に、今日の日付を入れた。

 ナギが食事に行こうと声を掛けた。リコは封を閉じ、鞄の外側のポケットへ入れる。明日の通常便に出す手紙だった。


 立ち上がると、窓の向こうで郵便旗が一度、大きくほどけた。


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