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21. いちばん大きな贈りもの

 ボンゴは椅子から立つ前に、最後の一口を食べた。

 片づけていたリコは、それを見て妙に安心した。晴れ舞台のために着替える衣装も、特別な帽子もない。青緑の作業つなぎの胸には「ボンゴ」の札がある。さっきのパンのかけらは、もう付いていなかった。


「ここからは、目で食べていただく」

「食器を戻してからにしてください」


 ピッパは運んでいた皿を台へ置いた。ボンゴは始めかけたお辞儀を、まだ始めていない姿勢へ戻した。

 机が壁へ寄せられ、前に空いた床へ大きな見本が運ばれた。背と上が開いている枠に新しい箱の面を合わせ、立てると、さっきまで五つに見えたものが一つになる。ナギは床の印へ脚を合わせた。青い留め具が見えるよう、照明の向きも直す。


 リコは右端から見本を押さえ、ボンゴが背の開口へ立つのを待った。外から見ると、からし色の袖が箱の両脇から生えたようだった。練習を見た子供が、あそこに足がある、ともう言った。


「あります。梱包職人にも、足はある」


 ボンゴは片足を見せた。小さな子が椅子の上で伸び上がり、大人が膝に抱いて、前が見える高さにした。

 ピッパが椅子の列の端へ立つ。舞台へ上がらなくても、見えたら手を挙げて答えられると伝えると、子供だけでなく大人も構えた。


「まず、この箱の上はどちらでしょう」


 ボンゴが聞いた。


「上!」

「いい答えだ。では、運ぶ時にも上を上にするには」


 箱の面を回すと、大きな矢印が横を向いた。正面から見ていたリコには、彼が箱を持ち上げず、その場で面だけ回したのが分かった。客席からは短い声がいくつも上がった。


「そっち、違う」

「矢印、曲がった」

「矢印は曲がっていない。箱が、張り切った」


 ピッパが無言で一歩近づいた。職人はすぐに矢印を上へ戻した。待っていたナギが、青い留め具を二つ掛けた。


 最初の面が開くと、その中から少し小さな箱が現れた。「もう少し大きい箱様」の札が付いている。セリが、何と比べてなの、と隣へ囁いた。そこまで聞こえたボンゴは、よい質問だ、と答えた。


「比較をするには、さらに小さい箱が必要になる」


 次の面を開く。中に「大きい箱様」があった。

 リコは客席を見た。さっき粉の袋の仕事を話していた男性が、思わず前へ身を乗り出している。


「運ぶなら、初めから一つで済みますよね」

「今日は、運ぶ前に見てもらっている」


 ボンゴがきっぱり言い、もう一枚開けた。今度は「箱様」だった。客席の子供が、とうとう箱になった、と言う。


「ここまでも箱です。礼儀正しく呼んでいました」


 ピッパは唇の端だけ上げた。リコは声を出して笑ってしまい、見本の面から手を離しそうになった。ナギがこちらを見る。押さえる位置を握り直すと、彼は続きを示した。

 面が開くたび、床に残るものが増える仕組みではなかった。外側は折り目に沿って畳まれ、背の枠の脇へ収まっていく。箱の正面に立ててあった札だけが、順番に小さくなっていた。


 最後に出てきたのは、両手の平で囲えるほどの小箱だった。朝つけた最後の名札には、ボンゴの字で「いちばん小さい箱様」とある。


「この中には、何が入っているでしょう」

「小さい箱!」


 子供が答えた。

 ボンゴは目を閉じ、一度頷いた。


「その答えを、私は準備の途中まで考えていた」

「途中で変えたんですか」


 リコが聞くと、彼は静かに蓋へ手を掛けた。


「箱ばかり増えて、説明する物がなくなったからだ」


 蓋が開いた。

 細く折り畳んだ紙が、びっしり入っていた。


 しばらく誰も、声を出さなかった。

 宝物や菓子を期待していたのか、前の列の子供が小さく首を傾けた。リコにも、見覚えはあるが何の束なのか、すぐには分からなかった。ボンゴは一枚取り出し、広げた。


 「はじめのごあいさつ」と書いてある。


 ピッパが眼鏡を直した。


「それは、終わりました」

「大丈夫。次がある」


 取り出した二枚目には「大きい箱の向き」とあった。


「それも終わったよ」


 子供が教えた。

 ボンゴは残る束を箱の縁へ立て、一枚ずつ探した。朝、中へ入れたと胸を張っていた説明札が、全部ここにあった。最も先に必要なものほど、最も後から開く箱の中へしまってしまったのだ。


「収納の効率は、非常によい」


 ナギが言った。


「取り出す順を除けば」


 その言葉で、我慢していたピッパが肩を震わせた。客席の笑いが広がる中、ボンゴはさらに札を広げた。腕から細い紙が垂れ、そこに「ここで大きな拍手」とある。

 リコは初めて見たふりができず、先に拍手してしまった。つられて客席が叩く。ボンゴは慌てて札を戻そうとしたが、隣の札が出てきた。


 「まだ拍手をしないでください」


 拍手が、ぴたりと止まった。

 職人は二つの札を交互に見た。右を上げると拍手が来て、左を上げると止まる。気づいた子供が、今度はどちらが上がるかと身構えた。ボンゴは同時に二枚を上げかけ、ピッパに手首を軽く押さえられた。


「お客さんを、検査装置にしない」

「これなら息も合うと思って」

「十分合っています。先へ」


 リコは笑いすぎた頬を手の甲で押さえた。朝の練習にはなかった音が、広い部屋の天井に返ってくる。


 ボンゴがようやく見つけた次の札は、「みんなで畳む」だった。

 リコは自分の押さえていた面を見下ろした。この大きさのままなら、遊ぶために寄せた机が、また全部戻せなくなる。ナギが青い留め具の一つを外し、面を折り目まで倒してみせた。背の枠は別に立ったままで、誰も中へ入る必要はなかった。


「近くで一枚、畳んでみたい人」


 ピッパが聞いた。子供が二人と、粉の袋を運ぶ男性が手を挙げた。男性は隣から見られ、仕事に役立つかもしれないから、と言った。


「やりたいだけで、いいと思う」


 リコが言うと、彼は笑って前へ来た。

 ボンゴは軽い見本面を床の低い台へ置き、端を重ねる向きを示した。子供の一人は、見ているだけにすると椅子へ戻った。もう一人は大人の横で、折り目を指で辿った。


 ナギは余っている青い留め具を、布の袋へ移していた。実物の保管品に使う無着色のものは、今日は持ち込んでいない。袋には青い糸を結んであって、リコにもひと目で戻す先が分かった。

 男性が最初の面を畳んだ。折った端はぴたりと重なったのに、最後の留め具だけ届かなかった。


「逆でしょうか」

「もう一枚、底が残ってる」


 ナギが示した。男性は面を少し開き、底の一枚を中へ折り込んだ。今度は端が合う。


「これ、袋でもやりました」

「順番は似ることがある」


 ナギは留め具を渡した。大人が素直に教わっている隣で、子供は角をそろえることに夢中だった。リコは手を差し出し、言われた辺を押さえた。子供が自分で折り終えるまで待つと、畳んだ面は膝の上で抱えられる大きさになった。


「小さくなった」

「開けば、また使えるよ」

「じゃあ、家もこうならいいのに」


 ボンゴは答える前に、小さな家を作る手つきをしかけた。


「今日は、箱だけ」


 ピッパが先に言った。

 見ていたセリが顔を伏せて笑った。リコは子供から畳んだ面を受け取り、背の枠の脇へ重ねた。


 最後の大きな枠は、ボンゴとナギが二人で支えて倒した。片側を先に畳むと、残る側が浅い盆のようになり、そこへそれまでの面が収まる。子供たちは手を出す代わりに、まだ外へはみ出している角を教えた。

 すべて重ねると、一人で抱えられる包みが床にできた。


 部屋の真ん中が、広かった。

 ボンゴはその包みを持ち上げ、客席へ見せた。朝から幾度も箱の後ろへ隠れていた胸と顔が、ようやく一緒に見えた。


「本日の、いちばん大きな贈りものです」


 彼は広がった床へ一歩出た。


挿絵(By みてみん)



「あ」


 ピッパが声を出した。

 ボンゴが振り返る。折り畳んだ包みの下から、薄い紙が一枚だけ出ていた。リコが拾うと、「おしまい」とある。今度こそ順番が合ったと皆が笑い、職人は両腕で包みを抱えたまま深くお辞儀した。


 空いた床には、集会所にあった輪投げの台が出てきた。木の輪を棒へ投げるだけの遊びで、派手な仕掛けはない。さっき見ているだけにした子供が、真っ先に輪を受け取った。


 机を戻すまでの間、離れた席同士の人がその周りへ集まった。セリは輪を一つ投げ、棒を外すと、思ったより軽いわねと掌を見た。次はリコだった。腕を大きく振りすぎないようにし、息を止めて放す。輪は棒の手前で跳ねた。


「今のは、箱がなくても入らない」


 ナギに言われ、リコは彼へ残りの輪を差し出した。


「では、修理士さん」


 彼の輪も、同じところで跳ねた。

 向こうでボンゴが、説明札を箱に戻そうとしていた。ピッパが箱を押さえ、札の順を反対にする。職人は頷き、二人で最初の一枚をいちばん上へ載せた。リコは三つ目の輪を拾った。


 今度は、少しだけ近くを狙った。

 輪は棒に触れ、片側だけ引っ掛かった。リコが動かずにいると、輪はゆっくり傾いて落ちた。


「待っても、入らなかった」

「途中まではよかった」


 ナギは散らばった輪を拾い、次の人へ渡した。エダが受け取ったので、リコは場所を空けた。前掛けを脱いだ彼女は、料理をしていた時より小さく見える。輪を持つ手を一度下ろし、足を少しだけずらした。

 投げた輪は、何にも触れず、すとんと棒へ入った。


 リコは声を上げた。台所から顔を出した交替当番が、何が起きたの、と聞く。説明しようとした時には、二つ目の輪も入っていた。


「料理より、こっちを頼めばよかったかな」


 ボンゴが言うと、エダは三つ目を持ったまま振り向いた。


「これじゃ、お腹はいっぱいにならないでしょう」


 その三つ目は外れた。本人が、あら、と言い、次の人へ順番を渡した。

 ピッパは遊びの順を紙に書こうとして、使った人から後ろへ並べばよいと気づいたらしい。紙をしまい、自分も列の最後へついた。前の子供に輪の数を聞かれ、三つ、と答える。その返事があまり確かだったので、子供は安心したように台を見た。


 リコは床の端へ下がり、まだ温かい水の杯を取った。ナギも隣で杯を持つ。しばらく、どちらも仕事の続きを口にしなかった。棒へ当たる輪の乾いた音と、外れた時の惜しむ声が交互に聞こえていた。


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