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9. 年を一日に集めない

 集会所の机は、部屋の真ん中まで引くと案外重かった。

 リコは端を両手で持ち、窓際に立つナギと歩調を合わせた。床に傷をつけないよう少し持ち上げると、四本の脚のうち一本だけが遅れてきた。置いたあとも部屋の端までは遠く、ここへ人と皿が並ぶところを想像するには、まだ声が足りなかった。


 昨日、旧仕分け堂を出て、ツバメ号でコムギ棚へ戻った。港で船を充填に出し、宿泊所へ入り、夜に手紙の控えをそろえた。いつもならそこで眠くなるのに、リコは食事会の紙だけ何度も読み返した。今朝はその紙を、丸まらないよう机の上に置いていた。

 百年ぶんの誕生日。


 題の下はまだ空欄だった。


「大きく書いたわね」


 入口で声がして、リコは振り向いた。エダが布袋を提げ、住民の取りまとめ役の女性と入ってきた。前にパンを届けた家で食事をした時より、エダは歩く支度をしている。首元に厚い布を巻き、袋には古い献立帳と短い鉛筆が入っていた。


「町の会として開くなら、私が場所を頼めるから」


 女性が集会所の鍵を上げた。日に焼けた頬に、細い眼鏡の柄の跡があった。


「あなたたちは郵便の方を進めて。席の片づけをしてくれる人も、二人は声を掛けた」

「ありがとうございます」


 リコが頭を下げると、エダは先に台所を見にいった。彼女の知りたいものは最初から決まっている。


「鍋、あります。大きいのが」

「鍋より、これを洗う場所よ」


 エダは流しの前へ立ち、鍋を持ち上げる真似をした。取りまとめ役が棚の奥から実物を出し、二人で置くと、蛇口の下をなんとか通った。リコはそのことまで考えていなかった。会場の広さと人の数ばかりを見ていた。


 ナギは椅子の数を確かめ、四人掛けの卓をどう並べるか描いている。通路と鍋を運ぶ道を残すと、客の席は二十四で落ち着いた。無理に横へ椅子を足せば通れるが、座った人の背に皿が当たりそうだった。


「これだけあれば、かなり集まれますね」


 リコが言うと、取りまとめ役は題の紙を拾い上げた。


「集まる人は、どなた?」

「古い祝い品の照会を受けた方に、まず。今、受取りの相談をしていて、せっかくなので、みんなで……」


 言葉を続けるほど、紙の題が先へ走っていく。


「私は品を頼んでいないけど、料理当番のあと座っていいのよね」


 エダが台所から言った。


「もちろんです」

「なら、あちらの人も?」


 取りまとめ役が入口を指した。相談の時間を聞いて来たらしい若い男性が、外套を腕へ掛けて立っていた。仕事帰りには早い時刻で、袖口に粉のような白い汚れがついている。


「今日の話、聞いてもいいですか。新しい仕事が決まって。それを誰かと食べながら話せるならと思ったんです」

「いいと思います」


 リコは椅子を勧めた。彼は題の紙を見て、座りかけた姿勢で止まった。


「誕生日じゃなくても?」

「誕生日でなくても」

「百年働いたわけでも、ないですけど」


 ナギが机の端で小さく笑い、彼もつられて笑った。だが紙はそのまま真ん中にある。

 古い包みを一つずつ運び、遅れていた祝いが一度に届く。リコの頭の中では、その絵がきれいにつながっていた。人に会うたびに描き直していたはずなのに、会の名前にすると、古い方へ戻ってしまう。


「百年というのは、全部の品の年数じゃなくて。長く待った品が集まっているから、そう考えたんです」

「でも、待っていたのは品の方でしょう」


 取りまとめ役は責める口調ではなかった。どの人へ知らせを配るか決めるために、名簿の最初の行を空けて待っていた。


 リコは答えるまで少し時間が要った。引き取らない返事をした女性は、古い品と同じだけ待っていたわけではない。セリが欲しいのは、食卓を占める糸巻の置き場だった。どちらもちゃんと聞いていた。それなのに、紙の上では二人とも失った年月を取り戻す人になりかけている。


「今、集まりたい人の会にしたいです」


 リコは題の紙を自分の側へ寄せた。


「私は、一緒に食べる機会が欲しい。古い荷物がきっかけで、ここへ何度も来て、皆さんを知ったので。受取りとは別に」


 エダが頷いた。大丈夫だと励ますかわりに、鉛筆の頭で机を二度叩いた。


「それなら、料理を決めましょう」


 相談に来る人は、少しずつ増えた。昼前だけ手伝える人、午後は家に戻りたい人、当日が実際の誕生日なので好きなパンを持ってきたい人。全員を最初から最後まで同じ椅子へ座らせると、誰かが来られなくなる。


 リコは会を十二日後の昼からと書き、食事の予約を窓口で受ける期限を取りまとめ役と決めた。食べ終えたあとに実演と遊ぶ時間があり、帰る時は入口の係にひと声掛ければよい。出入りを記録する係が、挨拶のために引き留めないよう、取りまとめ役が短く言い添えた。


「食事だけでも、いいの?」


 冬帽子を両手に持つ女性が尋ねた。


「大丈夫です」

「じゃあ、私は食事。話をするのは苦手で」

「紹介はお名前だけにできます。何か話したければ、その時に」


 リコは申込紙に大きな空欄を作りかけ、やめた。空欄があると、何か書かなければならない気になる。その女性には名前と食事の数だけ記してもらった。


 古い品について尋ねに来た人もいた。会へ出れば、その日に受け取れるのかという質問だった。リコは照会の紙を別に出し、まず品の番号と受取先を確かめた。会に載せた予定に、運航の約束まで引っ張られないよう、物を届ける相談を机の片側へ寄せる。

 エダの献立帳では、豆と根菜の煮込みの横に、パン、焼き林檎、と書かれた。いつもの料理だが、作る数はいつもの食卓と違う。


「林檎は、私のところで焼いて持ってきましょうか」


 手伝いを申し出た女性が言うと、エダは首を振った。


「運ぶ人の手が足りなくなる。ここで焼ける数にして、食事のあとに出す方がいい。待つ間に実演があるのでしょう」

「ボンゴさんに話します」

「その人、林檎が焼けるまで話を延ばせる?」


 ナギが顔を上げた。


「縮める方を頼んだ方がいいです」


 エダは献立帳へ、実演中、と書き足した。

 材料の費用は、会のための共同の財布と、食べる人の会費で受け持つことになった。郵便の料金とは一緒にしない。会費を低く見せるために料理人の働く時間を消すと、エダが座る席も消える。取りまとめ役は最初の見積りを直し、調理と片づけを交替する人の名前を別の紙へ書いた。


「私は盛りつけが落ち着くまで。あとは、交替してちょうだい」


 エダは頼む相手の顔を見て言った。引き受けた女性は、鍋を空にしないよう火の加減を教えてほしいと返す。当日いきなり渡すのでは困るので、準備の朝、一緒に一回やってみることになった。

 リコも手を挙げた。


「私、料理の前半と、片づけの後半を」

「あなたは入口で名前を聞くのでしょう」


 取りまとめ役に言われ、自分の紙を見た。入口、料理、配達の相談、余興の助手。どれも短いからと引き受けると、食べる時間がなかった。


「入口と、余興の助手にします。片づけは、残れる時間をあとでお伝えします」

「それでお願い」


 エダは口を出さず、鍋の蓋を確かめていた。リコは、さっき席を数えた時、自分たちの椅子を客の数へ入れていなかったことに気づいた。


「二十四には、私たちも入れよう」


 ナギはもう図の端に二つ印をつけていた。


「入ってる。ボンゴさんと、当日来られればピッパさんも」


 自分が知らないうちに座る場所ができていた。リコは照れたように頷き、机の紙を引き寄せた。


 人が少なくなった昼過ぎ、題を書き直した。

 冬の食事会。


 普通すぎるかもしれない。取りまとめ役に見せると、これなら夕飯の買物のついでに人を誘える、と言われた。下に小さく、誕生日も、仕事始めも、久しぶりの外ごはんも、と添える。百年は紙の裏に残った。


「でも、飾りはつけたいな」


 リコが呟くと、ナギが机の反対側から紙を見た。


「つければ?」

「真面目に考え直しているところで」

「真面目に飾ればいいんじゃないか」


 彼の言い方がおかしくて、リコは鉛筆を取った。会の題の下へ細い線を引き、両端をくるりと巻いた。荷札のような四角で囲もうとしていた紙に、少し余裕ができた。


「そんな線、描けたんだ」

「字以外も、少しは描きます」


 リコはもう一本足そうとして、やめた。まずはこれを住民の人に見てもらおう。飾りつけを頼まれたら、色紙を切って窓の低いところへ吊るせるかもしれない。遠くから入ってくる人にも、ただの受付の日と違うと分かる程度に。

 エダがのぞき込み、線の端を指した。


「そこ、パンみたい」

「巻いた紙のつもりです」

「パンに見えた方が、お腹はすくわよ」


 取りまとめ役が実際に小さなパンの絵を横へ添えた。紙を持ってきた時には自分一人の案だった会に、今は三人ぶんの筆跡があった。

 エダが戸締まりの手伝いをしている間、リコは新しい仕事の決まった男性と卓を戻した。どんな仕事か尋ねると、港の共同倉庫で品出しをすると答えた。


「先に皿を運ぶ練習になるかもしれません」

「会では食べる方も、お願いします」

「それは任せてください」


 彼が笑うと、最初に来た時より若く見えた。誕生日と関係のない顔だった。そのことがリコをほっとさせた。

 窓際の机へ、取りまとめ役が小さな札を並べた。参加を申し込んだ人に、自分が呼ばれたい名前を書いてもらったものだった。過去の宛名から写した字は一つもない。まだ数は少なく、紙の大きさも不揃いだ。


 リコは自分の名前を書き、その隣へナギの分の白紙を置いた。彼は鉛筆を借り、少し考えてから名前だけを書いた。


「修理士って書かなくていいの?」

「それだと、食事中に椅子を持ってこられる」


 リコは机へ額を近づけるほど笑った。エダが台所から出てきて、何を笑っているの、と尋ねる。説明すると彼女も笑い、自分の札に料理係と書こうとしていた手を止めた。

 鉛筆の先が宙で少し揺れ、エダ、とだけ書かれた。


 扉を閉じる前に、リコは並んだ札をもう一度見た。祭りの旗も大きな幕もまだない。空いた部屋に、小さな名前が幾つかあり、十二日後の昼のために椅子が重なっていた。


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