6. 受け取らないという返事
薄い青の包みは、棚へ戻した時の方がきれいだった。
午前の日が高窓から斜めに入り、褪せた紙に細かな筋を浮かべていた。リコは受けたばかりの返答を、照合机の空いたところへ置いた。昨日の帰着便に預けられ、今朝、港の窓口から回ってきた封書だった。包みの引取りを望まない、とある。
書いた人の声は覚えていた。一昨日、コムギ棚の仮受付へ来た、銅色の襟留めの女性だ。
その時、女性は外套を脱がず、案内の紙を机へ置いた。細かく書かれた二枚目まで読んであるらしく、折り目の端が揃っていた。
「これは、見に行かなくても返事ができますか」
「できます。外観の写しも、要らなければお送りしません」
「では、見ません。引き取らない方で、続きを知りたいんです」
リコは窓口担当を呼び、女性の向かいにあった自分の椅子を空けた。担当は調べる番号を確かめたあと、その場で決められることを紙へ記した。
「お返事はこの受付から送ります。ご希望は、引渡しをしないこと。それから、その先の扱いについてですね」
「そうです。持ち主を確認したうえで、処理してもらえるなら、その方で。預かり直すための連絡を、何度も受けたくないので」
女性は、ためらいがあるようには見えなかった。むしろ、自分の言い方が伝わったかどうかを待っていた。リコは、古い祝いの品だともう一度言いそうになった。説明は照会の紙にある。その一句を口へ出すと、彼女に同じ返答を繰り返させるだけだった。
「終わったというお知らせは、要りますか」
「それは、もらいたいです。家に物は要らないけれど、返事が届いたか分からないのも気になるから」
女性はそこで初めて椅子へ腰を下ろし、筆記具を借りた。窓口担当から、処理を承認する権限については管理側の確認が残ると聞くと、返答用紙に二行書き足した。
「この書き方で足ります?」
担当が読み終えるまで、彼女は襟留めを触っていた。銅色の葉の形だった。曇った端を親指で一度こすり、了承を聞いて手を下ろした。
「では、お願いします」
それから買物の人々に混じって帰っていった。長い事情は語られなかった。
今朝の封書には、その時の番号に対する正式な返答が入っていた。手続の窓口が受け付けた印と、照会資料の写しがついている。リコは、思い返していたコムギ棚の明るい戸口から、寒い堂内へ目を戻した。
机の向こうで管理主任が鍵入れを開いた。平たい革の内側には、いくつもの鍵が一本ずつ留めてある。短い灰髪のこめかみに、窓からの光が触れていた。
「引取りをしないご希望は受理されています。処理の方は、こちらの確認が一つ残っています」
「この欄ですか」
リコが示したのは、古い預かり書の末尾だった。宛名の後に別の印があり、今の控えには、それを引き継いだ記載が欠けていた。
「別の台帳に続いている可能性があります。担当窓口へ、その箇所を照会します」
「返答には、処理してほしいとありますけど」
「希望として先に残します。箱は、まだ動かしません」
主任は紙の右端に日を入れ、問い合わせる箇所を囲んだ。何も届かなかったかのように、封書ごと未処理の束へ戻すことはしなかった。リコはその囲みを書き写した。
青い包みは、宛先へ行かないことだけ決まった。他の棚と並んでいると、まだ誰かが迎えに来る品に見える。目に入るたび、届け先を探したくなるのは自分の職業のせいだろうか。リコは包みの傷んだ角を見た。角だけ紙を重ね、古い糊で留め直してある。誰かがここへ置き、ほかの誰かが補修し、さらに別の人が番号を振った。触れた手の数だけ、取っておく理由が増えるわけでもない。
主任が棚に返す前に、リコは管理票へ短く書いた。
引取りなし、本人回答あり。扱いの権限照会中。
その下へ返答番号を添える。きれいかどうかを書く欄はなかった。
隣の机では、ナギが台車の車輪へ絡んだ細い紐を外していた。紐は長く見えたが、引き抜くと指先ほどしかない。ボンゴが見本作りに使う新しい紐とも色が違う。ナギはそれを屑受けへ入れ、台車を短く押して戻した。
「運ぶ予定、変わった?」
「一つ、積まないことになった」
「分かった。そこの列は積込表から外す」
ナギは理由を尋ねなかった。外す番号だけ確かめ、隣の枠を詰めずに余白を残した。
リコは空いたところへ次の荷を書こうとして、手を止めた。
「ここ、消した跡が要る?」
「積まないと分かるように、一行残す。その上で次を足して」
彼は予備の紙を半分に折り、積込表の下へ添えた。行が足りなくなるほど荷を増やす予定はない。リコは番号を残し、その横に今日の日を書いた。女性が何も言わずに待っている人と同じ欄に戻ることだけは避けたかった。
昼の休憩へ立つ時、主任が発送待ちの束を指した。
「そちらも一度見てもらえますか。古い一覧から、次に出す照会を準備しています」
リコは束をほどいた。既に宛先を書いた封筒の中に、女性の番地があった。更新前の一覧から作ったものだった。今日の受理票とは、古い番号の途中の二桁が違っている。
「これ、同じ方です」
主任は二枚を並べ、別の控えを開いた。棚を移した時の旧番号と、新しい整理番号がそれぞれ使われている。返答は新しい番号に結びつき、発送準備の方は古い番号のまま進んでいた。
「出す前でよかった」
主任は封筒を引き、継ぎの番号を記した。リコは、女性が家へ帰って外套を脱ぎ、ようやく返事を書き終えたと思う時に、同じ案内が届くところを想像した。怒るだろうか。もう捨ててしまうだろうか。返すのが礼儀だと思って、また受付へ来るかもしれない。どれかは分からない。
「ほかの受理済みの分も、旧番号で残っているか見ます」
「全体は午後に。いまは昼を済ませてください」
主任は自分の食事包みを取り、リコにも戸口を示した。リコは女性の封筒だけを発送の束から外し、取消したことを控えてから閉じた。
入口の長椅子へ座ってパンをかじっていると、ナギが後から来た。膝の上の紙袋に、茹でた根菜が入っている。
「朝、粥のあとに取った」
「私は気づかなかった」
「君が席を取る前に、もう行ってたから」
エダの家で話したことを思い出し、リコは少し笑った。彼は一切れ差し出し、彼女のパンの端を一つもらった。食べ終わってから、リコはさっき引き抜いた封筒の話をした。
「返事を受け取ったって書くのは簡単なんだね。そのあとで、同じものを出さない方が難しかった」
「古い番号が残ってたのか」
「うん。本人には、そんな番号の事情、関係ないよね」
ナギは頷き、最後の根菜を食べた。二人で何かを教え合うというより、ひと息ついたところへ仕事の引っ掛かりを置いていた。リコは外の明るさを見てから立ち上がり、紙袋を畳んだ。
午後の照合では、別の二件にも旧番号の宛先が残っていた。主任と線を引いて整理し、返答がまだない人の分だけを発送の束へ戻した。消した三つの宛先のうち一つは、銅色の襟留めをつけた女性だった。彼女にその作業を知ってもらう必要はなかった。
ナギが直した積込表を持ってきた。リコは、午前に空けた一行を見た。
「軽くなったね」
リコは言ってから、変な言い方だと思った。
「まだ量ってない」
「重さの話でもあるんだけど」
「便は少し組みやすい。それはそう」
彼は机の端へ鉛筆を戻した。リコは、残念だったと言えば残念で、よかったと言えば何がよかったのか曖昧な気持ちを、そのまま持って椅子に座った。向かいの管理主任が次の資料を開く音がした。
それが済むと、窓口へ返す受理通知を書いた。最初の一枚には、少々お待ちください、と書いた。紙を引き寄せて読み直すと、それは彼女が一番知りたいことを飛ばしていた。
もう一枚を出し、引取りを望まない返答は確かに受け付けたこと、処理は確認が終わってから担当が行うこと、現時点で同じ返答の出し直しは要らないことを書いた。次の知らせは、完了か、確認の結果として必要なことがある時。主任に渡すと、一箇所だけ線が引かれた。
「ここは、結果がいつ出るか、まだ約束できません」
早めに、という言葉だった。リコはその語を消し、照会を出す便の日を入れた。分かる予定が一つになった。
「これなら送れます」
主任は控えに印を押した。リコは返答用の封筒を折り、青い鞄の送付袋へ入れた。女性の家まで自分で持っていかなくても、受付と通常便で返事は運べる。小さな封筒のために船を出す必要はなかった。
閉堂の少し前、入口へ寄った港の配達担当に、その袋を渡した。担当は防寒帽の耳覆いを上げ、二通を数えた。一通は女性への知らせ、もう一通は所管窓口への照会だった。
「明日のコムギ棚行きに載せます」
「お願いします。あちらの受付宛てに、一通ずつ控えがあります」
受渡しを終えると、リコの手には空の袋だけが残った。旧堂の外では、止まった運搬用の桟が壁に沿って長く続いている。日が落ちるにつれ、大きな建物は机のある一角から順に暗くなった。
主任は灯りを消す前に、青い包みの札をもう一度見た。
「以前の照会も、同じ返事だったのかもしれませんね」
「分かるんですか」
「いいえ。続きの控えが見つかっていません」
そう言い、主任は表の灯りだけを残した。推測は記録の欄へ書き込まれなかった。
リコは明日することを確かめてから、椅子を戻した。届ける支度、待っている記録、返答が来れば閉じられる仕事。机の広さは朝とほとんど変わらない。それでも、積込表には一つ空白ができていた。
帰り道、宿泊所の食堂へ入る手前で、ナギが立ち止まった。入口に寄せてある小さな荷車に、ボンゴの新しい板が載っていた。二枚だけそりを確かめ、手を引っ込める。
「食べてから?」
リコが尋ねると、彼は手袋を外して頷いた。
「これは明日の仕事。さっき渡された」
「じゃあ、今夜の心配は煮込みが残ってるかだ」
戸を引くと、中は玉葱の匂いではなく焼いた魚の匂いだった。リコは少し嬉しくなった。毎日同じ料理でなくてよい。その程度の楽しみを口へ出しながら席へ進み、鞄を隣の床へ下ろした。
夕食を終えたあとも、彼女は今日の女性の返事に、何か一つ足すべき言葉があるように感じた。枕元で書こうとして帳面を開き、結局、明朝の便名だけを確かめて閉じた。
知らせはもう封をされ、港にある。




