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25. 箱の底の祝い札

 帰る日の朝、リコの鞄には、もうしずく園の注文書を入れる必要がなかった。

 受領の返事までそろった控えは、店の分と局へ返す分に分かれた。持ち帰るのは報告で、夕焼けの布そのものではない。空いたところへ宿の精算の紙を入れると、長い旅が、少しずつ薄い紙に変わっていくようだった。


 現地局で最後の引継ぎを終えようとした時、資料展示室からの封筒が来た。リコは差出しの表示を読み、少し手を止めた。長い箱形の車を描いた絵葉書について、受領記録を確かめていた担当者からだった。


 公開できる記録の所在と、旧仕分け堂の整理予定への回答だった。建物の補修に合わせ、保管してきた台帳と荷札を順に確かめる。見られる範囲と日程は管理担当が整えている途中で、今日、入ってよいという知らせではなかった。

 古い荷を行き先ごとに分けた大きな堂に、運び終わらなかった品と、その記録が残っている。今度の整理は、昔の仕分け設備を動かして荷を一斉に送り出す話ではない。帳簿と現物を照らし、誰の物を誰へ返せるか、その手前から確かめる仕事だった。


「出発、遅らせる?」


 ナギが尋ねた。リコは最後の一行まで読んで首を振った。


「帰ってから、局へ出せる。ここには、葉書を受け取った日までは書いてない」


 展示番号のある控えを出し、回答を添える。二人の写しにある曲がり角と青い丸は、変わらないままだった。返事が来たからといって、絵の車が何か分かったわけではない。それでも、次にどの記録を尋ねるかは、出発前よりはっきりした。


 局の担当者は、帰局先へ続報を回せるよう連絡先を確かめた。リコは最後に、二人の代わりに明日の小口を受け持つ人へ控えを渡した。未確認の欄を、一つずつ声に出して残す。全部を終えてから帰るために、町の明日まで鞄へ入れる必要はなかった。


 *


 店へ挨拶に寄ると、イリスも封筒を手にしていた。


「こちらにも、古い衣装について照会が来ました。保管の具合を見られる人を探しているそうよ」


 見せてよい業務の箇所だけを、接客台へ置く。保管先に書かれているのは、同じ旧仕分け堂だった。祝いに使う衣装の包みがあり、箱の底へ添えた札についても古い一覧に記載がある。ただし今の箱とその札が揃っているか、まだ確認されていない。


「箱の底なら、箱を上げないと読めないのかな」


 リコが言うと、ナギは図の説明を見た。


「中の底か、外側かも、これだけだと分からない」


 イリスは頷いた。


「服を広げていい範囲も、まず聞き返します。私に見られる傷みと、保管の担当へ残す仕事を分けたいから」


 古い荷があること自体は、前から知られていたのだという。今度の整理で、別々にしまわれた記録と現物を照らす順番ができる。その中に、絵葉書がいつこちらへ来たかを示す頁もあるかもしれなかった。


 リコは、祝いの服を待っていた人を思い浮かべた。どんな色を望み、誰と会うつもりだったのだろう。けれど宛名の人が今も同じ場所にいるか、服が着られる状態かは分からない。一覧に祝いとあるだけで、喜んで受け取る姿まで決めることはできなかった。


「記録と、箱を照らす仕事。局へ提案してもいいですか」

「ええ。こちらから公開してよい照会の写しを添えます。まだ仕事をお受けする返事ではありませんけれど」


 リコは必要な箇所を別紙へ写し、イリスに確かめてもらった。所蔵者や宛名の確認、現地へ入る許可、現物を開く条件。それぞれを誰へ尋ねるか、今ある紙の宛先だけで埋められるところまでにする。

 荷が今日、空から落ちてきたのではなかった。長く置かれていた箱の前へ、これから誰が行き、何を確かめるかを決める。リコは白紙の残る照会票を見て、出発前の荷札に似ていると思った。


 イリスが二人へ渡してくれたのは、小さな取扱札だった。

 青い帯の折り目と汚れを見るところ、濡れた布を詰めたままにしないこと。リコが迷わないよう、店で実際に見せた箇所に短い線が添えてある。ナギには、上着の袖を手入れする時の見方を別に記してあった。


「覚えたつもりでも、次に着る時に迷うでしょう」

「覚えていられると思ったんですけど」


 リコが言うと、イリスは、私だって札を付けるのよ、と棚を見た。新作の下絵の隣に、明日の補修の札が並んでいる。

 ナギは受け取った札を、自分の衣服を入れる袋へしまった。リコも私物の方へ入れ、仕事の書類と分ける。帰ってから袋の底で見つけても、忘れて運んだ客の品にはならない。


 戸口でイリスが、リコの肩掛けを見た。


「また糸が付いていました?」

「今日は、付いていないわ」


 彼女は笑った。その手が肩掛けへ伸びることはなく、二人の顔を見る。


「今度は、着たい日に来てください。用事がなくても」

「お店がお休みの日じゃない方がいいですね」

「ええ。そこは、先に聞いて」


 リコは笑って頷いた。戸を出ると、入口に掛かった休日の札が目に入る。来る時にはまだなかった札だった。

 港へ向かう回廊には、今日も布が干されていた。作業中の紐の前で足を止め、借りた道の札を最後に一度開く。リコは初日に曲がりかけた明るい道を、ナギへ指さした。


「最初、あそこを通ろうとした」

「今日は、通れるみたいだね」


 通行の札が変わっていた。それでも、台車を押す人がこちらへ来たので、二人は脇で待った。待っている間に、桃色の布の影が肩掛けへ落ちた。借りていた道の札は港の受付へ返し、代わりに今日の出航の控えを受け取った。


挿絵(By みてみん)


 *


 ツバメ号には、仕事の大箱がなくなった分だけ空きがあった。

 ナギはその空きに、宿で余った物を何でも積むことはしなかった。工具、水、食料、二人とポル、持ち帰る書類と私物を含め、積載と収まりを確かめる。四百キロの基準と通路の空き、今日の天候と風実の残りを、それぞれ照らす。出発前に通常の設備で充填を終え、途中に泊まる港の受入れも確認していた。


 宿の精算とポルの預かりは、出る前に終えている。昼の世話をしてくれた女性は、いつもの端布を洗った分と分けて返してくれた。籠の中でポルは一度回り、結局、使い慣れた布の上へ腹を落とした。


 リコは外の係員へ出発の合図を返した。ツバメ号が港を離れると、回廊の影が細くなり、布の列が屋根へ重なった。町を一枚の絵にするなら、最初はあの列を大きく描くだろう。今なら、その下に待つ人も描きたかった。


 帰路も一日で飛び切らず、中継港へ入った。それぞれの日の飛行は六時間以内の計画だったが、風を見ながら余裕を残して進む。暮れ始める前に係留を終えると、ナギは翌朝までの充填と点検を頼み、リコは荷物を確かめた。

 夕食のあと、船の中でナギが袋を開き、イリスの取扱札を取り出した。


「どこに入れたか、覚えてるんだ」

「自分で入れたから」

「それでも、探す時は探すでしょう」


 彼は否定せず、札を広げた。文字の脇の小さな図を見て、自分の袖を折り返す。二人で覗くには通路が狭かったので、リコは寝台の端へ座った。

 船の窓には、泊地の灯りが一つ映っていた。往路にも泊まった港なのに、今日はその光の下に踊る人の影がないことを、わざわざ確かめてしまう。


「さっき、足が横へ行きそうだった」


 リコが言うと、ナギは床と椅子を見た。


「ここでは、かなり小さくしないと」

「やらないよ。ミナト輪へ戻ってから」

「分かった」


 彼があまり真面目に頷くので、リコは少し笑った。次に踊るという約束までは、まだしていない。それでも、その話を二人でしていた。


 寝台の仕切りを閉じる前に、リコは足元の鞄を少し奥へ寄せた。書類の入っていない私物の袋は、軽く潰れる。そこから生成りの裾が出かかっていたので、手で中へ戻す。旅へ持ってくる時には理由を探した服だった。今は、持って帰る時にもまた着ることを考えている。


 翌朝は、港の鐘より先に起きた。窓の端に薄い水滴があり、泊地の向こうの灯りがぼやけて見える。ナギはすでに起きていたが、工具を広げてはいなかった。二人分の朝食の場所を空け、水の器を机へ置いている。


「今日は、これから点検?」

「食べてから。港の人と、時刻を合わせてある」


 リコは椅子へ座った。急いで口へ入れないパンは、昨日の夜より固かった。スープへ少し浸してかじると、ちょうどよくなる。籠の中でポルが布を押す音がした。

 食事を終えてから、充填の控えと実物を確かめた。窓を拭くと、ぼやけていた灯りが一つの形になった。リコは次の航路図を開き、ナギが操縦席へ座るまで端を押さえて待った。


 その日のミナト輪は、午前の荷を送り出したあとも賑やかだった。

 到着して港の手続きを終えると、リコは局へ報告を届け、ナギはポルを自分の部屋へ戻して世話をした。艇の確認を済ませた控えも合わせて、帰りの仕事を閉じる。しずく園の注文の受領、舞踏会の配送、変更後の返却と精算。マレは束を一つずつ読み、未了の照会を別に置いた。


「これは、次の仕事の相談ですね」


 旧仕分け堂の紙を示されたので、リコは頷いた。


「展示室へ見に行く許可と、倉庫の現物を扱う許可は、まだ違います。まず、管理の窓口へ」


 リコが自分の控えを開くと、マレは宛先を一緒に確かめた。冬の整理へ向けた話は、そこで初めて局の検討へ入る。明日また船に乗る約束にはしなかった。

 ナギが戻ってくる頃、リコ宛ての便りも机へ届いた。


 母の住むコトリ島からだった。差出しの住所は、まだ他の島の受取所を借りている。スイの私信とは別に、住民が局へ渡してよいとした受取当番の草案が包まれていた。季節の荷を受ける人、休みの日に代わる人、待ち時間の長くなる時期。幾つもの字で書き足された紙だった。

 今は近隣の受取所まで届いた郵便を、島の人たちが運び直している。将来、局の便を島で迎えるなら、誰が受け取り、留守の時に誰が代わるか。その用意を住民自身で考え始めた紙だった。


「この人、いつも朝が早いんです。でも、この日は別の用事があるって」


 リコは指を置きかけ、紙をマレへ向け直した。自分が説明しなくても、住民の書いた理由が横に残っている。


「実際に受け取れる組み方か、局でも読みます。島の皆さんへ、受け付けた返事を出しましょう」


 正式な住所が決まったわけでも、恒常便が承認されたわけでもなかった。けれど、自分一人で持ってきた願いの隣に、故郷から別の手が届いていた。

 私信を読むのは、仕事を終えてからにした。


 宿舎の自分の部屋で服を出すと、青い帯の内側から折った取扱札が現れた。リコは机に置き、母への書きかけの手紙を隣へ広げる。町で見たことも、食べた物も、まだ書きたいことがあった。

 廊下でナギの足音がした。夕食へ行く時刻だった。リコは手紙を伏せ、返事をして立ち上がった。


 青い帯は、荷袋へ戻さなかった。次に着る服のすぐ隣へ、掛けておいた。

これで第3章完了です。リコとナギの関係が大きく進展したのではないでしょうか。第1章と第2章は、第3章のための、この世界の日常や美しさを知ってもらう描写だったので、途中で飽きてしまった人も多いかも・・・と思わなくないです。いつか製本する時がきたらエピソードを削ることがあるかもしれません。

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