19. 同じ広場へ、違う服で
今度の絵には、列の外にも色があった。
タエは丸めた紙を広げ、端を紙挟みで押さえた。最初に見せてもらった絵より、中央の桃色と金色の列は短い。その脇に青灰色の袖があり、葡萄色の裾がある。細かな顔までは描かれていなかったが、自分で選んだ装いを着て立つ場所が、そこには見えた。
「運営で決めました。衣装の紹介のあと、踊る時間は自由な装いで。借りた方も、そのまま踊れます」
リコは嬉しくなって、すぐに返事をしそうになった。タエの指は既に次の紙へ移っている。短い三つ編みが肩へ落ち、分厚い紙挟みの底から、会社からの回答が出てきた。
「こちらが、数を減らした場合の条件。先便で出した質問に、昨日着いた返事です」
ヴェルの会社の名は変わらない。貸衣装は十二着、調整用品も合わせて運ぶ箱は三つ。貸出しは一着十八リンで二百十六リン、往復の運送は六十リン。計二百七十六リンだった。
「一着あたりは、最初の案より上がるのね」
イリスが確かめた。
「ええ。数が減っても、同じ便と人手が要りますから。運営は運送の六十リンを負担します。衣装の貸出し料は借りる方へ、申込の時点で伝えてあります」
十二着なら小さな船へ無理に全部を積まなくても、既存の貨物便で運べる。町の受取と保管は会場側の担当が持ち、リコたちは翌日の表で、自分たちに割り当てられた引渡しを確認する。イリスの店が十二人の採寸を引き受ける条件も付いていなかった。
ナギは三箱の受領欄と返却欄を順に見た。
「貸す側が衣装の状態を確かめて、運ぶ側は箱の受取り。ここは前の案と同じですね」
「そこは助かったので、残しました」
タエの顔に、疲れと一緒に小さな得意が見えた。相手の条件を全部捨てなくても、自分たちが変えたい所を変えられた。そのために往復した紙の厚みが、彼女の腕に載っていた。
運営が修正条件へ同意した控えは、会社の町内取次担当が数量と金額を再確認した紙と合わせ、今日の便で正式に返すことになった。リコは封をする前の控えを受領記録と照合した。希望の話だけを先に広め、運ぶ数を後から帳尻合わせするわけにはいかない。
入場の利用料は八リン。支援を使う場合は三リンで、差額五リンを運営の確保した分から補う。今回は六人分と決まっていた。貸衣装の代金とは別だと、タエは掲示用の紙にも同じ大きさで書いていた。
「先着なの?」
イリスが尋ねた。
「事前の申込で相談を受けます。枠が埋まったかも窓口で分かるように。入口で突然、足りませんとは言わないことにしました」
「使う人の名前は?」
「掲示には載せません。担当と本人の控えで扱います」
リコは案内を一枚持ち上げた。服が自由になったら、誰でも何も気にせず入れるようになると思いたかった。けれど八リンは、気楽に払える人ばかりの数字ではない。三リンでも別の使い道を考える人はいるだろう。支援の欄を見て自分がそこへ相談してよいか迷う時間まで、紙一枚でなくせるわけではなかった。
タエはその欄の下へ、事前に尋ねられる時間を書き足した。
「何でも私に、と言いたいけど、その時刻以外は会場にいないことがあるから」
リコは頷いた。誰でも知っている人にだけ尋ねられる仕組みより、不在の時間まで分かる窓口の方が頼りになることもある。
昼の子供向けの催しが終わってから、成人の舞踏会へ会場を替える。その間の作業時間には客を入れない。貸衣装の紹介に出る人、見たい人、最初の列には加わらず自由な曲から踊る人。それぞれが待つ場所も、タエと一緒に確認した。
着替えの仕切りの前で、リコは足を止めた。持ち込んだ服を置く棚と、人が靴を直す長椅子がある。入口から一目で中まで見通せないよう、仕切りが一度折れていた。
「この椅子、当日も残るんですか」
「残すわ。踊りにくい靴で来たら、ここで替えられる」
リコは自分の足を見た。踊る練習にはいつもの靴を使っている。本番だから急に別の靴を用意しなければならない気がしていたが、それも自分の決めることだった。
ナギは会場の通常灯の位置を担当者と見ていた。服の光が弱くても床の端や段差が分かる明るさを保つ。華やかな布を目立たせるために、歩く場所まで暗くはしない。担当者が灯具を点けると、晴れた昼でも床に丸い明るさが増えた。
下見の終わりに、貸衣装の紹介へ出るという男性が、タエへ立つ位置を尋ねに来た。衣装はまだ届いていないので、普段の短い上着だった。彼は絵の金色の列を指し、自分はそちらに出たいと言った。
「顔も、光って見えるかな」
「照り返しはあると思います。実物が来たら鏡で確かめましょう」
タエが答えると、男性は楽しそうにその位置へ立った。まだ何も敷かれていない床で、腕を広げたり下ろしたりする。見られる役を自分で選ぶ人がいる。リコは最初の絵を見た時の興奮を、ようやく取り戻したようだった。
「この辺りから見ても、列が重なりますね」
彼女が端へ回ると、タエも紙を持って来た。十二人になった列は、二つに分けて斜めに置く。リコが立つ辺りからなら、それぞれの袖の色も見やすい。
「短くなったから、ここを空けられたの」
タエは列の間を示した。「減らさない案の絵も、捨てていないわよ」
残してほしいと頼んだことを覚えていてくれた。リコは礼を言い、新しい方も好きだと伝えた。どちらの絵の前でも、人が集まる日を待っているタエの顔は同じだった。
午後、リコは更新した掲示を届けた。衣装を揃えると聞いて参加を見送った地元の女性が、店先で紙を読んでいた。白い前掛けの紐を後ろで結び直し、リコへ、変わったのね、と言った。
「はい。ご自分の服でも踊れます。料金と申込の案内も、ここへ」
「ありがとう。でも今回は、行かないわ」
リコは続きの説明を喉のところで止めた。仕事が終わらないのか、別の約束があるのか、料金なのか。尋ねれば助けられることがあるかもしれない。そう考える癖は、まだ簡単に出てくる。
女性は紙を置き、店の奥にいる誰かへ箱を一つ運んでほしいと声をかけた。やることがある。その理由を、知らない配達員に並べる必要はない。
「分かりました。変更したことだけ、お知らせします」
「うん。それは助かった。隣の人は行くと言っていたから、教えておく」
リコは帰る時、相手がわざわざ声をかけ直してくれたのを聞いた。
「あなたは行くの?」
「仕事が終わってから、行きたいと思ってます」
「じゃあ、楽しんで」
誘った側のつもりだったのに、楽しみを渡されて戻ることになった。
遠方へ帰ってしまった取消客への更新案内は、封筒に入れて通常便へ回した。当日の参加を求める内容にはしない。あの人が着たかったのは、帰る前の集まりであって、ここでの舞踏会ではなかった。服の条件を変えたことが、失わせた一日を返すわけではない。リコは宛先を再確認し、返事を急ぐ印を付けずに差し出した。
広場へ戻ると、ハナエが仕切りの前に立っていた。補修を終えた青灰色の上着の袖を下ろし、係員に荷物を置く場所を聞いている。少し離れたところに、休憩時間に来たユラもいた。新作そのものを持ち歩いてはおらず、イリスに借りた灰色の組紐の見本を手にしていた。
「服はこれからなのに、飾りだけで下見に来ちゃった」
ユラがリコへ言った。リコはハナエを紹介しかけたが、二人は先に互いを見て、よくここで会うのねと挨拶した。店へ通う客同士で、顔は見覚えがあるらしい。
ハナエが組紐へ目を止めた。
「光らない方なの?」
「ええ。裾の一部だけ。こっちの色が、昼も好きだったから」
ユラは自分の袖へ当てて見せた。普段のインク跡のある布には少し華やかすぎたが、本人は構わず腕を動かす。ハナエはその線が布の折れ目に沿って曲がるのを面白がった。
「細いのに、ちゃんと見えるのね」
「そっちの袖は、前より柔らかく見える」
「左を直したの。今日は紐で結ばなくてもいいし」
ハナエが両腕を広げ、ユラが一歩下がった。二人の間を係員が通りかかったので、同時に端へ寄る。その動きまで似ていて、二人は笑った。
リコは後ろからその場を見ていた。古い服の人と新しい服の人を引き合わせようとして、ここへ来たのではなかった。二人はどう腕が動くか、どこが目に留まるかを話しているだけだった。自分が衣装の由来を語らずにいられることが、今日は嬉しい。
ユラが係員に、紹介の間は外側で見ていて、そのあとの曲から踊ってよいか聞いた。ハナエは最初からゆっくり座って見ていたいと言う。それぞれの過ごし方が、絵の同じ広場へ書き込まれていく。
夕方、タエは最後の荷受け表を机へ広げた。明日着く貸衣装の三箱には、受取担当の欄が埋まっている。明後日の店からの衣装搬入は、別の行だった。リコとナギの担当する部分は、現地局の最終の時刻確認を翌朝受けてから確定する。
「今日は、そこを空けておきます」
リコが言うと、タエは頷いた。
「決まったら、私の控えにも。誰が終わりを引き継ぐかまで書いておきたいから」
舞踏会に出たあとでも、郵便の二人なら捕まえられる。そういう扱いで夜を迎えずに済むよう、残る担当の名前も記されていた。リコはその欄を読んでから、仕事を離れて自分が広場へ入る瞬間を思い浮かべた。
ナギは契約の数字を最後に照らしていた。
「三箱。往復の六十リンは、変更なし」
タエが確認し、同意の控えを畳む。紹介の列が短くなっても、運ぶ人の仕事は消えなかった。明日やって来る箱の場所を、リコは床の上に目で探した。
店へ戻る道で、楽の練習をする音が聞こえた。ナギが歩く速さを少し落とし、リコも合わせた。予定が決まるまで待っている言葉が、今日はいつもより近いところにあった。
イリスの店の窓には、深い青の帯の縁が見えた。細い橙の線を、リコは歩きながら追った。立ち止まって買うのは、まだ明日でいい。明日なら、本当に自分が着たい場所を口にしてから選べると思った。




