18. 輸送の列をほどく
最初に使う箱が、いちばん奥へ行くところだった。
「待ってください。その前に、これを」
ピッパが床の札を一枚動かした。台車を押していた男性が足を止め、手前の空いた場所を見る。箱を置けば通路が狭くなり、通路を空ければ、次に来る箱が戸の前へ残る。
まだ、荷物は全部そろっていなかった。
それでも飼育作業場の荷受け口には、朝から人が集まっている。空の輸送容器と固定具、畳んだ布、返す道具。祭りは三日後なのに、もう誰かが場所を譲らなければ、別の誰かが通れない。
「ここから出すのが先です。入れる方を、少し待ってもらえますか」
リコが空容器の返却札を示すと、男性は荷台を壁へ寄せた。
ソヨが反対側から、使い終えた用具を入れる空箱を運んでくる。短い髪の横へ指を入れ、額を拭きかけてから、両手を持ち手へ戻した。
「これを向こうへ置いたら、通れます?」
「はい。そのあと、一度ここで止めてください」
彼女が来るのを待ち、リコは戸のそばの札を掛け替えた。
誰かが急いで運べば解ける列ではなかった。
*
ピッパの予定表は、人が来る時刻と、荷が出る時刻を別々に書いてあった。
港から会場までの仕事は、一隻で済ませるものではない。中央の用水を運ぶ大型便、飼育場へ小口を届けるツバメ号、そこから西へ進む台車。それぞれの受渡しの間に、荷を下ろす人と次に運ぶ人の時間が要る。
中央で使う水のまとまった荷は、港側の貯水設備から大型便で運ぶ。中央の受入れ桟橋から据置の大水槽までは、現地の運搬組へ渡す。近くの飼育場から魚を出す仕事は、用水の便と別の欄にあった。
西側へは台車で行く。ルダの所と、水だけの見本を置く軒下。前に歩いた、段を避ける道を使う。
ツバメ号が受け持つのは、港の外倉庫から飼育場の荷受け桟橋までの小口だった。小型の枠材は設営に間に合うよう、祭りの前日までに渡す。当日の朝に運ぶのは、密閉した運搬容器に入れる水と予備の道具。そこから先は、行き先ごとの台車へ引き渡す。
「小さい船で、西まで運べないんですか」
荷を待っていた男性が尋ねた。
「下ろす場所がありません。家の庭を桟橋の代わりにはできないので」
ナギが、港で確認した区間の紙を見せた。使うのは受入れの決まった荷受け口まで。古い充填棚の枠は予定に入れず、港の設備と戻りの時間を組んである。
「船なら何でも近道に見えるんですけどね」
男性は苦笑し、西へ回る線を指でたどった。
リコはツバメ号の荷札を中央の山から分けた。
自分たちが運ばない荷にも、受け取る人の名前が付いている。今日覚えるべき顔が、船に乗る人数よりずっと多い。
ピッパが、大型便の到着欄へ定規を置いた。
「この間は、下ろし場の人を西へ出せません。戻るのを待って出発すると、ルダさんの受取時刻を過ぎます」
「中央の前に、台車を出すのは?」
「空いた道で出せます。ただ、積む人が同じです」
リコはネリの紙を探した。水と、生き物を扱う時間。先に積める物と、直前まで待つ物。全部を早くすればよいわけではない。
「西の枠と見本の容器は、前日までに渡す。ルダさんの生き物は、向こうの世話場から出すんですよね。中央の魚を運ぶ組と、台車を取り合わずに済みませんか」
ピッパは返事の前に、別の行へ目を走らせた。
「設営用の台車が戻る時刻を、そちらと合わせてみます」
机を囲む人が一人減り、代わりに返事を持った人が来た。
紙の上で離れた二本の線をつなぐのに、それだけの足が要った。
下見で思いついた、水だけの見本を二か所で使う案も、そこで決まった。
午前は道具屋の軒下。短い展示を終えたら専用の容器へ水を戻し、用具を包む。運ぶ人の休憩を挟み、午後のルダの展示が済んでから、空いた台へ据え直す。同じ水を使う予定だが、途中で汚れたら補充分を勝手に取らず、次は開かない。
「うちの子を戻して、様子を見る間は待ってもらうよ」
ルダが言った。ネリが世話場へ戻す時刻を確認し、道具屋の主人は、運搬も手伝う店員の昼休みを線で囲んだ。水を割り振る女性と主催の男性が、短くした二つの時間を確かめる。
見本用の水と容器は、生き物のものと兼用しない。ルダの庭へ運ぶ荷の欄へ、リコは二度目の分を足した。必要な水を二組ぶん受け取れる話ではなかった。
「もう出した案内にも、これを載せますね」
主人がうなずくと、リコは差替え用の紙を取った。長い時間は開けない。代わりに、あの屋根の見本をもう一度、違う人に見てもらえる。
*
ヴェルが来た時、リコは予定表の端を机へ貼り足していた。
「広くなりましたね」
「運ぶ場所は、小さくしたんですけど」
彼は机の幅を見てから、革の帳面を空いている角へ置いた。
中央の用水便を、元の予定より短い時間で受け渡す相談だった。使わない昼の回の分を外す。それで浮くものもあれば、既に頼んだ人を別の時刻に呼ぶため、増えるものもある。
「荷が減った分は、ここです。変更の手配は、この下」
帳面の二つの欄を、ヴェルが順に示した。
リコは先に聞いていた見積りと並べた。差引きの数字だけ見れば、減らした荷の量ほどには小さくなっていない。
「同じ便で、小さい会場の分も回ってもらう場合は?」
「受入れ場所と区間を増やすなら、別の計画です。そこで待つ人も要る。今日の変更分には含められません」
ヴェルは西側の図を自分の帳面へ引き寄せなかった。
「中央は、時刻を決めて受け渡せる荷をまとめていただく。その条件なら、この額です」
リコは、彼の都合に合わせれば簡単になる線と、こちらで分けなければルダへ届かない線を見た。どちらの紙にも、それぞれ人の名前がある。
「中央の水はお願いします。西側の枠と用具は、地元の台車で組みます」
答えたのは主催の男性だった。茶色い上着の袖口を押し上げ、費用の綴りへ印を付ける。
リコは台車の担当から返った時刻を読み上げた。次にナギが、まだ港の確認を待つ欄を示す。主催の男性はそこを空けたまま、今日決められる変更だけをヴェルと読み合わせた。
「こちらの都合で待たせた場合の連絡先も、下へ残してください」
ヴェルが言った。
リコは連絡先を書き、控えを受け取った。周辺へ分ける便を追加すれば別料金になる条件も消さず、その脇へ、今回はこちらを使わない、と記した。
帰り際、ヴェルは戸口で用具箱を下ろしたソヨを待った。
彼女が通路を空けてから、少し頭を下げて出ていく。机の上の金額は変わらなかったが、荷を持つ人をせかすこともしなかった。
*
港からの返事は、昼食を終える頃に来た。
当日の荷受け口と充填の枠、雨で出せない時の待機場所。ナギが行程の紙と重ね、印のある区間だけを予定表へ移す。
その便に、マレの封筒も添えられていた。
昨日、アカリの町の見直しを行ったという。持ち帰った一往復の記録と、町から集めた意見は受け取られ、共同受取所の仮登録は引き続き扱われる。次の運航日には、船と町の受入れを別に確かめる必要がある、と続いていた。
共同受取所の仮登録が続くのは、町名で手紙を受ける場所が台帳に残るということだ。次の舟を何日に出すかは、また別に決める。毎週必ず届ける便まで認められた知らせではなかった。
リコは、町の名が書かれた行へ指を置いた。
初めに見つけた時には、どこにも載っていなかった名前だった。今は、受け取った意見と次に確かめることが、その名の下に並んでいる。
「終わった?」
紙を乾いた所へ置き直すナギに聞かれ、リコは首を振った。
「見直しは。次に届ける日は、これから相談するって」
「うん」
ナギはそれだけ答え、隣で同じ行を読んだ。
町の受取担当へも、局から通常の連絡で結果を伝える、とあった。リコは、こちらでも受け取ったことを返事に書く。急いで飛び出す準備ではなく、次に仕事を渡せるようにする短い返事だった。
ピッパが空になった昼食の包みを片づけながら、向かいへ座った。
「局の方にも、控えが残ります」
「帰ったら、私もそちらを確かめます」
リコは封筒を鞄へしまった。新しい輸送表を広げる時、その角を折り込まないよう、内側の別のところへ入れた。
ピッパは宿でポルを見る番へ戻り、代わりに、午前の世話を終えたボンゴが道具を持ってやってきた。
*
午後は、ツバメ号へ載せる荷の形を確かめた。
初便で届けた六つの透明な容器は、飼育場からの搬送用と予備に分けてある。今日、船の積み方を試すのは、それとは別の、水を密閉して運ぶ容器だった。港で使うものと同じ形の空容器を借り、積載場所の寸法と合わせる。
リコは港の計量票を開いた。人、水、食料、道具を含めた四百キロまでの枠。今日は人と携行品を量り直し、残りへ予定する水と容器、枠材の重さを足してある。
「重さは、収まる」
ナギが言った。
その次に、図の上へ実物の持ち手を合わせた。容器の腹は入っても、二人で持つ時の手が戸口を通らない。
「横にすれば?」
「下ろす時も、その向きで持てるかな」
リコは空容器の端へ手を掛けた。ナギと一緒に、飼育場に引いた積み場所の線へ載せてみる。回せた。だが、その向きでは隣の荷の固定帯をほどく手が入らなかった。
「船の中で、これを抱えて待つことになるね」
「揺れている所では、やりたくない」
二人は容器を下ろした。
軽い部材の束を先に台車側へ移す。それだけで空く角へ持ち手を向けると、荷を抱えたまま待つ場所が要らなくなった。
ボンゴが、ほどいていた帯を拾い上げた。
「全部がきれいに入ると、出す時のことを忘れるんだよな」
「ボンゴさんでも?」
「俺は、外から見た形をよくしすぎる」
彼は四角く整えた部材の束を持ち、わざと少しずらして見せた。端が不揃いになり、そこへ手を掛ける隙間ができる。
「今日はこっちの顔で行こう」
リコは、はみ出した短い端を両手で受けた。見た目ほど持ちにくくはなかった。
新しい形を紙へ写す間に、ボンゴは宿の番を交替しに出た。戻ったピッパに台車へ移す分を確かめてもらい、もう一度総量を合わせる。各区間の重さと、港で受ける充填の控えもそろえた。当日も風と荷を確かめる。今日の計算のまま、何を足してもよいわけではない。
*
借りた空の水容器を返すと、次は生き物を運ぶ方の札だった。日が傾く前に、ネリが一枚ずつ読んだ。
飼育場の番号、受取人、戻し先。横には運ぶ時刻が入り、延期の時は誰へ聞くかも書いてある。
客に見せる名前の札は、まだ別の小箱に入っていた。リコはその箱へ、ボンゴが用意した濡れない包みを足した。
「帰りの台車は、ここで待ってもらいます」
リコが裏面を向けると、ネリは終わった後の欄へ指を滑らせた。
「この時間より前に世話が終わる、とまでは約束できません。待つ人には伝えてありますか」
「はい。次の別の荷を、その直後には入れないと。遅くなる時の連絡も、ここです」
ネリは名前を確かめ、札を容器の外へ結び直した。
透明な腹の向こうへ紙が透けた。中身が入る前から、行く先と帰る先は見えるようになっていた。
ソヨが戻ってきて、運ぶ用具の札を指した。
「片づけた後、これも同じ台車でいいですか」
「その札は、空になった物の方へ。生き物が戻る組とは、待つ所を分けてあります」
ピッパが床の線を示すと、ソヨは箱を持ち直して、向こう側へ運んだ。空いた場所へ、ネリが番号札を結んだ容器を寄せる。
最後の荷を動かす前に、リコは戸の外へ出た。
朝は人と空箱で塞がっていた道を、台車が一台通っていく。押す男性が、空いた手で軽く会釈した。
ナギが隣へ来て、二人の担当する荷札を渡した。
祭り初日の搬送開始、と書いた行の下に、出せなかった時の連絡先がある。リコは端の紐をそろえ、船へ持っていく袋にしまった。
「あとは、当日の空だね」
ナギはうなずいた。
頭の上には薄い雲が流れていた。晴れてほしかった。けれどもう、晴れてほしいと願うだけの紙ではなかった。




